SilverSoul

甘いものは別腹
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 要らない、という台詞が喉に張り付いたまま出てこない。
 よくよく自分はプライドが低いなぁ、と情けなくなる。

 坂田銀時は、「どうぞ?」と白い紙の箱を開いて、色とりどりのケーキを見せられて、だが、それを拒否する言葉を知らなかった。

 拒否すべきだと言うのは、判っているのだ。

 笑顔の志村妙が、そのケーキを差し出しているのは別に構わない。
 それが、彼女の買ってきたものなら、別段問題なく、おいしく頂く。

 だが。

「姉御ー、私、このオレンジのがいいネ」
 いそいそと神楽がオレンジタルトに手を伸ばす。このお店の一番人気だとお妙が説明したのが、利いたのだろう。神楽は「一番」と「人気」に弱いらしく、いそいそとそれを手に、満足げな笑みを浮かべていた。
「でも・・・・・いいんですか?」
 全面に喜色を押し出す神楽とは反対に、新八がやや居心地の悪そうに切り出した。
「このケーキ・・・・・姉上のお客さんに買ってもらったんですよね?」
「ええそう。今江戸で、並んでも買えない、一日数十個しかケーキを作らないお店が有るっていうから。そこのオーナーと知り合いの方に奢ってもらったんだけど・・・・・気にしなくていいわよ」
 にこにこ笑うお妙に、新八は複雑そうな顔をする。
「でも・・・・・」

 このケーキの対価に、姉はその男性と一緒に食事に行く予定になっている。

 その辺が不満な新八と同様・・・・・いや、それ以上に複雑な気持ちの銀時は、「まああれだよ新八君」とケーキの手を伸ばしながらだるそうに言った。

「君のお姉さんのことだ。食事に行った所で特に何かが起こるわけでもなく・・・・・むしろ、お妙を誘った男の方が五体満足で戻って来られるかどうか、その辺を心配してあげた方がよっぽど建設的だろうさ」
 無一文で、身ぐるみはがされて捨てられるのが目に見えてんじゃねぇの。

「銀さんは食べないでください」
 いらっとしたような笑みで、ばっさり切り捨てられる。だが、お構いなしに、銀時は苺ケーキを取った。
「何言ってんの。俺が喰わないで誰喰うの?しっかり貰っておかねぇと、何かが起こってからじゃ何にもならないんだよ?」
「何かってなんですか」

 むっとして睨まれる。二口でいけるかなぁ、とケーキにかぶりつこうとしていた銀時は、「あん?」と眉を寄せた。

「何って・・・・・お妙が、お前を誘った世にも奇妙な慈善家で慈悲深いイマドキあり得ないくらいの、超善良な男性が、奈落の底に突き落として、塩撒かれて人生を後悔しない内に、助けてやろうってことだよ」
 あむ、とケーキにかぶりつく銀時に、「どういう意味だコラ」とお妙が引きつった笑みを見せた。鼻先にいつの間にか薙刀の切っ先が掠めている。

「落ち着け!本当のことを言われて激高するなんて、大人げないぞ!」
「何が本当の事ですかっ!」
「お前がケーキの見返りに、おとなしく男とデートなんぞ出来るか!?」

 無理だろ!お前、ホテルに連れ込まれて、男がシャワー浴びてる間に、財布かっぱらって逃げるタイプだろ!?

「一辺死んでこい!!!!」

 ばきゃあ、と凄い音を立てて壁にめり込む銀時に、手をぱんぱんと打ちつけて払うお妙が死ぬほど冷たい眼差しを送った。

「冗談じゃありません。ホテルに連れ込まれる前に片を付けるに決まってるじゃないですか」
「おま・・・・・それ笑顔で言う事?ねえ、笑顔で言う事!?」
 片を付けるって何が?片付けるってこと?どこに!?何を!?!?!?
「私は結婚するまで自分自身を護るタイプなんで」
「え?ちょ、お前、一生何もしない気!?」

 今度こそ、銀時はガラスを突き破って外へと放り投げられるのだった。



「あ〜あ、姉御、いっちゃったアル」
「うん」

 なんとなく腑に落ちない顔をする新八と、複雑そうな顔をする神楽に、銀時は溜息をついた。

「そう心配するなって。アイツの事だ。どーせなんにも起きやしねぇよ」
「銀さんは随分お気楽ですね」
「いい大人なんだから、別にどっかの野郎と何をしようと勝手じゃねぇの?」
「勝手じゃないよ!僕の姉上なんですよ!?」
「あー・・・・・うん。へー」
 どこか遠い目をする銀時に「何か文句があるのかコラアア!」と新八が怒鳴る。
「ま・・・・・あんまり気にすんな」

 そう言って銀時は愛用の木刀を取り出すと「よっこらせ」と立ち上がった。

「?」
「銀ちゃん、どこいくネ?」
「ん〜?ああ・・・・・あんな報酬貰っちまったら・・・・・行くしかねぇだろ?」
「報酬?」
 首をかしげる新八に、銀時はにやりと笑うとやる気のない足取りで廊下を歩いていく。
「銀ちゃん?」
「銀さん?」

 不思議そうな二人の声を聞きながら、銀時は玄関から外へ出る。


 食べるべきじゃなかった。
 男としてプライドが有るのなら。

 惚れた女が他の男に買ってもらったものを、自分が喰うなんて、どうかしてるとしか言えないだろう。

 それでも食べたのは。

「・・・・・・・・・・限定ケーキで雇われた、ってことにしといてやるか」

 これで堂々と邪魔が出来る。

 お妙がただでケーキをくれるはずがない。
 あれは、自分を雇う為の報酬だ。
 では、何のために銀時が雇われたのか。

 答えは簡単だ。

 デートが嫌だったから、潰して欲しいんだろう、そうだろう、そうだろう。



 そんな物凄い自分勝手な理論を展開して、銀時は一人哂う。


 空は、オレンジタルトと同じような夕焼けで、男は愉しそうにお妙が待ち合わせをしている場所へと歩いていった。













(2009/12/12)

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