SilverSoul

責任感のある酔っ払いなんて存在しない
 酔った頭は正常な判断を欠いていた。

 最近色々あって、諦観、なんて気持ちで日々を過ごしていたけれど、感情の起伏が「伏」の状態だと、やっぱり・・・・・というかどうしても気分が滅入るものだ。

 日々おちゃらけて、どうやって楽に稼ごうかに、真剣に頭を使っている銀時も例外ではない。

「俺なんてなぁ・・・・・駄目な大人なんだよぉ・・・・・結局さぁ・・・・・何やってもうまくいかないんだよぉ・・・・・」

 まるで長谷川さんのような台詞を吐いて、滅入った気分のままローテーブルに突っ伏す。
 隣でしぶしぶお酌をしていたおりょうが溜息をこぼした。

「ちょっと旦那・・・・・飲みすぎだよ?」
「今日だってよぉ・・・・・新八が新八だったんだよぉ・・・・・その新八が、新八っていうから、俺もうどうしていいか」
「そりゃ、どうしていいか困るわね」
「そもそも新八ってなんだよぉ・・・・・わけわかんねぇよ・・・・・新八が新八で新八に新八なんだよ・・・・・だったら俺に新八の意味を教えてくれ」
 人生新八って四字熟語?
「ちょっと旦那!いい加減、支離滅裂だから、飲むのやめな」
「新八!お前も新八かっ!くそ・・・・・新八は誰の手先なんだ!?」
「アンタの手先だろーがっ!」

 珍しく絡み酒になっている銀時とおりょうをちらりと見て、お妙は視線を逸らした。
 ああ、珍しい、位の感覚でしかない。そのまま、自分を指名してくれたお客に、スマイル数万円を向けて確実に蓄財していく。

 夜の蝶のごとき、甘い蜜に確実に向かい、やがて全てを奪い尽くしてぽいっと捨てる。

 ひらりひらりと舞うお妙を、銀時の淀んだ眼差しがとらえた。
 彼女は金銭に換算できる笑みを浮かべて、相手とたわいもない話をしている。お客が夢見心地な雰囲気で彼女との会話を楽しんでいるのを、銀時は信じられないものでも見るような眼差しで観察した。

 あの全身暴力の塊みたいなお妙が、よくこんな仕事をしてるもんだ。

「なあ、お妙の奴・・・・・あんなふうに笑うんだっけ?」
 見たことない・・・・・というか、むけられたことのない笑顔を観て、銀時がぽつりとおりょうに漏らす。
 それに、「ああ」と彼女は気のない返事をした。
「旦那に営業する必要がないから、見たことないんじゃないの」
「・・・・・あれ、営業スマイル?」
「一回三万円」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 あ、そりゃ無理だ。

 自分の懐具合を思い出して、銀時は決めつける。無理無理。ぼったくり。ていうか、お妙に払うのってなんかむかつく。

「笑ってほしけりゃ、三万払えばいいのよ、旦那」
 にまっと笑うおりょうに、グラスに手を伸ばした銀時が、鼻で笑った。
「いらねーよ、あんな暴力女の金まみれの笑顔なんて。それだったら一本三万円コースが」

 がっしゃあああああん、と凄い音がして、銀時の後頭部にガラスの灰皿が命中した。
 そのまま、男は昏倒する。

「ごめんなさい、なんか手が滑っちゃって。お客さん、大丈夫?」
 テーブルにキスする銀時に、更に追い打ちをかけるように、「あら手が滑ったわ」とお妙が銀のお盆を落とした。
「どういう手の滑り方だああああ!?」
 がばあっと起き上がった銀時に、お妙がにっこり笑う。

 人が殺せるほうの笑みだ。

「あら銀さんだったの。よかったわ、お得意様じゃなくて。死んでも特に損失のない人間でほっとしたわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 そのまま笑顔で、先ほどの客のほうに向かうお妙に、銀時はじんじんする後頭部に手をあてたまま、視線を逸らした。

 まぁたしかにぃ?営業する必要もないぃ?貧乏人だけどぉ、俺は。

「あー・・・・・」

 もともと今日は気分が悪かった。それが拍車をかける。何故かかすかにいらだったように立ち上がり、「なんか酔いも覚めちまったし、帰るなぁ」とひらりと手を振った。






「何してるんですか?」
 白々と夜が明け、からころと下駄の音を、しんと静かな朝の街に響かせて帰ってきたお妙は、門の前にぼーっと立っている銀時に、あきれたように尋ねた。
「何って・・・・・立ってる?」
「なんでこんなところに立ってるんですか?」
「ここは天下の往来で、部下の家なんだから、別に問題はねぇだろ?」
 ふわーっとあくびをして、銀時は眠そうな目でお妙を観た。
「・・・・・・・・・・何たくらんでんですか?」
「・・・・・・・・・・今日、家賃の回収日だってすっかり忘れてて」
「そうですか。じゃあ、さっさと帰ってお金払ってきたらどうです?」
 こめかみに青筋を立てながら言われて、銀時は「んな金あるかよ」とあっさり言った。
「じゃあ、お登勢さんに半殺しにされてきてください」
 からころ、と下駄の音を響かせて、お妙は銀時の横をすり抜けて中に入ろうとする。

 その彼女の肩を、銀時は掴んだ。

「ちょ」
 反射的に背負い投げる。
「どうわああ!?」

 吹っ飛ばされ、銀時は門の戸を破壊して玄関先まで転がった。

「おま・・・・・突然投げる奴があるか!?」
「私に触るとやけどしますよ?」
「やけどじゃねぇよ!!擦り傷切り傷打撲だろ!?」
「なんなんですか、一体!」
 じろりと睨みつけ、薄青く朝の光に満ちた玄関先で、銀時は、今日も暑くなりそうなバラ色の空を見上げた。
「だから、かくまってほしいっていう、俺の気持ちを察してくれ」
「いい社会人が何をいってるんですか」
「おま・・・・・家賃回収の血で血を洗う戦いを知らないからそんなことが言えるんだぞ!?いいのか!?銀さんが血の海で海水浴をしてもいいのか!?」
「江戸が平和になります」
「酷っ!」
 血も涙もない!

「とにかく帰れ。そして死んでこい」
 座った目で告げて、今度こそ、とお妙は引き戸を開けて中に入ろうとする。その彼女を、銀時は後ろから抱き締めた。
「なっ!?」

 今度はみぞおちに肘鉄を喰らわそうとするが、抱きしめる銀時の腕が首に掛り、締めるように動くから、お妙は身を固くした。

「銀さん?」
 そこで、ようやくお妙はこの男の様子がおかしいのに気がついた。飲んでいた時、銀時は珍しく絡み酒じゃなかったか?

 そうとわかると、お妙は急に男の腕を払えなくなる。溜息がこぼれた。

「放してください。新ちゃんが見たら卒倒します」
「そんなんじゃねぇって、知ってるから大丈夫じゃね?」
 耳元でかすれた声が言う。弱く低い調子に、お妙がちらりと横目で男を観るが、銀色の前髪に沈んだ銀時の表情は見えなかった。
「そんなんじゃないなら、こんなことしないでください」
「・・・・・・・・・・三万」
「は?」
「三万払うから、笑ってくんねぇか?」
「はあ?」

 すっとお妙の言葉の温度が下がる。だが、腕に力を込めて彼女を抱きしめている男は、構わずに続けた。

「笑ってたろ?よく知らないオッサンに」
「仕事です。」
 私の高感度を下げるような言い方はやめてもらえませんか?名誉棄損で訴えますよ?
 冷やかにそういうも、酔っぱらっている男は、やっぱり構わない。
「ずるくね?あんな知らないオッサンに笑っといて、俺には殺気とか、ありえなくね?」
「殺気も惜しいくらいです」
「だから、金払うから」
「払える金があるなら家賃払え」
「いや、三万ぽっちじゃ家賃全額返済むりだから。だったら俺は目先の欲望に生きる」

 その生活態度を改めろってんだよ。

 いい加減イラっとしたお妙は、銀時の腕を振り払って脱出しようとする。だが、構わずに男は腕に力を込めて、お妙を締めあげようとした。

「ちょっと・・・・・ふざけないでください!」
「ふざけてない」
「これのどこがふざけてないっていうんですか!?」
「お妙・・・・・」

 ぐ、と腰に腕をまわしてさらに抱きしめられて、頭にきたお妙が力いっぱい銀時の足を踏んだ。

「いっ!?」
「はなせってんだよ、このエロ親父がああああ!!!!」

 繰り出された拳をかわし、銀時は彼女の手首をつかんだ。勢いよく彼の胸の中に、不本意ながら倒れ込んだお妙は、激高した。

「い、いいかげんにっ!」
「いいじゃねぇか!ちょっとくらい俺に優しくしてくれても!!」
 銀さんだって人恋しい時もあるのよ?銀さんだって男なんだよ!?知ってる!?!?
「だからってなんでこんな」
「お妙が欲しいからに決まってるからだろうがっ!?」
「もっとムードのある迫り方が出来ないんですか、あなたはっ!?」
「出来たらもっとバラ色の人生をおくっとるわあああああ!!!」

 力いっぱい抱きしめられて、お妙は呼吸が出来なくなる。意識に反して耳まで真っ赤になる。
 自分に触れる腕が胸が首筋が熱い。

 酔っ払いが、とお妙はくらくらする頭の中で毒づいた。

「お妙・・・・・」
「・・・・・・・・・・なんです?」
「酔っぱらってるよな、俺」
「でしょうね」
「だから、多分朝には忘れてると思うんだよ」
「でしょうね」
「だったら・・・・・ちょっとだけ・・・・・付き合ってくんね?」

 酔った頭は正常な判断を欠いていた。

 思いながら、銀時はますますきつくお妙を抱きしめた。


 深い溜息が耳元で聞こえ、持ち上がった細い掌を背中に感じる。


 あ・・・・・あれ?もしかして・・・・・?

 そっと身体を放した瞬間、ふわりとほほ笑むお妙が目に留まる。

「お妙・・・・・」
 釣られるように、唇を寄せようとして。

 顔面に正拳をくらって、銀時はその場に昏倒した。


 おそらく、ちょっとした嫉妬みたいなもんだった。
 自分には絶対見せない笑顔を、営業でも他の男に見せるのが、なんとなく面白くなかった。

 だから、なんとなく酔いに任せて迫った気がする。
 まあ、最低な行動には間違いないが。

 目が覚めた志村家の客間で、銀時はぼーっと天井を見上げていた。

 あー、なんかもう、俺ってどうしようもなくね?
 お妙となんて、ちょっと・・・・・一本三万円のほうがまだよくねーか?
 おかしかった。
 俺、マジでおかしかった。
 ていうか、ぜってー殺される・・・・・!

 つらつらと考えていた断片的なものが実像を結び、銀時は慌てて起き上がる。

 ここは敵の居城だ。
 殺される・・・・・!!

 次の瞬間、からり、と襖が開けられ、ざーっと青ざめた銀時が固まる。

「あら、起きてたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あーはい・・・・・志村妙さまにおかれましては、多大なるご迷惑をおかけしたこと、ここに深く反省している次第でこざいます」
 くるりと振り返り、がばあっと土下座する。布団に額を擦りつける銀時を、無言で見つめた後、「銀さん」と固い声が降ってきた。

「はい」
「酔っぱらって迫って、後悔するの、辞めてもらえません?」
「・・・・・・・・・・え?」

 恐る恐る顔を上げると、笑ってもいなければ、殺気が滲んでいるわけでもない、唇をかんだお妙にぶつかった。

「・・・・・・・・・・」
「とっとと帰ってください。そして、ちゃんと家賃、払うんですよ?」
 ことん、とグラスに入った水を置いて立ち去るお妙に、銀時は慌てて声をかけた。

「後悔しなかったらいいのか?」
 ああ、俺は何を言ってるんだ?
 さっき、「なんでお妙と?」って考え直したばかりじゃないか。
 それが何を・・・・・


 振り返ったお妙が、怒ったような、ふてくされたような顔で、銀時を見ていた。

「銀さんとなんて、冗談にしかなりません」

 そのまま、廊下を歩いていくお妙を見送り、銀時はコップ一杯の水を飲むとごろりと横になった。
 まだ眠気が残っている。

「そうか・・・・・」
 ぽつりと、銀時が漏らす。

 営業スマイルを見たことない。

 けれど、普段の彼女を随分よく知っている。


 金銭の絡まない、今みたいなふくれっ面とか、泣きそうな顔とか、怒り心頭な顔とか。

 小さく笑う。

「冗談にしかならないんなら・・・・・いいってことか」
 それが、本気になるならよし。冗談なら、別に構わないじゃないか。

「傷になるわけじゃないみたいだしなぁ・・・・・」

 ゆっくりと目を閉じて、銀時は苦笑した。

 今度は「伏」じゃなくて「起」の時に抱きしめてみようか、なんて思いながら。

 それで鉄拳でも、まあいいか。


(2009/08/11)

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