SilverSoul

金を借りる時に最悪の想像をするのが大人
 夜の街の明かりを受けて、きらりきらりと光るのは、銀色の雨粒である。街灯の明かりのもとに、随分雨が降っていることに気付いたお妙は「いやだわ」とため息を漏らした。
 夕方、家を出た時は、綺麗な夕焼けが西の空に広がっていた。天気予報は雨を示唆する内容を告げていたが、傘を持っていくには余りにもバカらしい天気だったので、無視してしまったのだが。
「なんだいお妙ちゃん。傘ないのかい?」
 早あがりのお妙は、「すまいる」の裏口の前で、困ったようにため息をついていた。タクシーでも拾おうかと、きょろきょろあたりを見渡していて、店から出てきたお客さんに声をかけられたのだ。
「ええ、そうなんです」
 眉を寄せて溜息をつく若い娘の仕草に、酔っぱらったオッサンの目が光る。
「じゃあ、おじさんと一緒に相合傘でもしてかえるかい〜?」
 語尾がビミョウに上がっている。それに、お妙は美しい笑みを見せた。
「そんな、とんでもないです。おじさまと相合傘なんかしたら、大事なお客さまが濡れちゃいますから」
「大丈夫大丈夫、密着したら、ほんと濡れないから」
 あ、でもおじさんとしては、お妙ちゃんが濡れる所を見てみたいなぁ〜なんて
「いやですわ、おじさまったら」
 わきわきといやらしく手を動かす酔っ払いに、お妙は笑みを深めた。
「確かに雨でぬれることはありませんケド、おじさまが己の血潮で真っ赤に染まったら意味ありませんから」
 にっこり。
「・・・・・・・・・・え?」
 ひきい、とこわばる酔っ払いに、お妙が畳みかける。
「あら?違うんですか?相合傘なんかして濡れるっていったら、男の方の血潮でしょう?」
 真っ赤なそれが着物を濡らすって、広辞苑にも載ってますよね?
「いやいやいやいや、なんの広辞苑!?女の広辞苑!?」
「まさかそんな。ただちょっとセクハラなんかされたら、銀河の果てまで連れて行かなくちゃならなくなるっていうか」
「何物騒な話してんだよおめーは」
 及び腰になる酔っ払いから、「それが嫌なら、お前の持ってる傘寄こせよ、コノヤロウ」と言おうとして、お妙は声のしたほうを透かし見た。

「あら、銀さん」
 途端、傘を奪われかかっていた酔っ払いが、転げるように走っていく。ち、と舌打ちするお妙に「お前、それかつあげっていうの知ってる?」とひきつった顔で突っ込んだ。
「ほれ」
 男は、自分の傘の他に、もう一本、傘を持っていた。

 いつぞや、銀時に貸した、うさぎ柄の黄色い傘だ。

「返しに来てやったぞ」
「新ちゃんに言われてですか?」
「まあな」
 ごまかしもせず言い切る銀時に、お妙は溜息をついた。
「ちっともこの傘に対する感謝の気持ちが伝わらないんですけど?」
 ぱん、と傘を開いて、歩きだすお妙の、斜め後ろを行きながら、銀時は鼻で笑った。
「こっちは貸してくれって言った覚えはねぇよ」
「あら、そうですか?」
「あら、そうですよ」
 返す銀時に、ぴたりと足を止めたお妙が、笑顔で振り返る。そのまま、己の傘を閉じると、びしっと銀時に突き付けた。
「なら、返さなくて結構です」
「は?」
 そのまま笑顔で、どごおおお、と突き刺すように傘を差し出す。間一髪よけた銀時が「あぶねえだろが!?」と目を剥いた。
 そのまま、黄色い傘を押しつけて、お妙は銀時の傘の下に入った。
「え?」
 男は寄り添う女を改めて見下ろす。
「返さなくて結構です。その代り、銀さん、血に濡れてください」
「いやいやいやいや、何!?血に濡れるって何!?何する気!?」
「私の間合いに入ったことを後悔してください」
「間合いって、お前が勝手に」
 繰り出される右ストレート。それを顔面に受けて、銀時が吹っ飛んだ。

 頭から、電柱わきに置かれたポリバケツに突っ込んだ男の手から、傘を奪い取り、さっさとお妙が歩いていく。

「な・・・・・なんで・・・・・」
 迎えに来て殴られて、意味わかんねぇし!?

 かっとなって起きた銀時は、お妙の傘をさして、あわてて彼女を追いかけた。

「てめ・・・・・なにしやがんだよ、おい!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 つん、と顎を上げて、お妙が歩いていく。
「おい!?せっかく濡れないようにって迎えに来た俺を吹っ飛ばすとは、おかしくないですか、おねーさーん!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「てめぇ・・・・・このアマ」
「この傘の意味がわかったら、受け取ります」
 かっとなって、お妙の肩に手を掛ける銀時に、振り返ったお妙が、絶対零度の眼差しでほほ笑む。
「だから」
「は?」
「その手を放せってんだよ、コノヤロウ!!!!」
「!?!?!?!?!?!?!」

 顎めがけて繰り上げられたアッパーカットをくらって、銀時は雨降る夜空に向かって高く高く飛翔した。



「まったく・・・・・」
 一人家路を急ぎながら、お妙は頬を膨らませた。
「まだまだ持ってろっていうのよ」

 お気に入りの、黄色い傘。
 ちゃんと返してくださいね、という置手紙。

 銀時は返しに来たのに、お妙は受け取るわけにはいかないのだ。

 その傘に込められた「無事でいて」という願いに応える気のないうちは。



 そして、雨の水たまりに全身漬かって、うつぶせにひっくりかえる銀時は、頬に水滴を感じながら溜息をついた。

「あのバカ女・・・・・」

 どうしても受け取らせたかったから、何気なく、自然に返しに来たというのに。

 こんなもんを持たされてたら、心置きなく戦うことなんかできないではないか。
 傘にこもる「無事に帰ってこい」に、応える自信が酷く無いから。

 死ぬ気はないが、お妙が望むように、無事でいられるとも思えない。自分が背負ってるものと同等の、重たいものを背負わせたくなんかないというのに、まあ、あの女ときたら。

「俺の傘・・・・・どうする気だ、アイツ・・・・・」

 あの女のことだ。
 きっと返してほしかったら、取りに来いとかいうのだろう。

「あー、めんどくせ」

 雨に打たれながら、それでも銀時は苦笑した。こうやって、自分とお妙の間に、望まぬ約束事が増えていくのかと。
 一人でしょい込むなとか説教する癖に、からっきし自分の背負ってるもんを人に任せることが苦手な銀時は、あっさりそれを見破るお妙に敵わない。
 そして、あの女は、目くじらを立てて言うのだろう。

 傘を返すまで、くたばるなと。

「俺なんか気にしても、なんもいいことねぇってのによ・・・・・」
 立ち上がり、銀時は空を見上げた。

 古傷が、雨に打たれて痛む前に、お妙の所に行こうと決める。
 とりあえず、口実は十分にある。

 傘を返せと、口論でもなんでも。

 今はまだ、くたばる気も傷つく気もないのだと、あの女に教えてやらなくては。


 そうじゃないときっと。なんとなく、だけど。

「まあ・・・・・泣いてはいないとおもうけど」

 悲しんではいる気がして。

「ほんと・・・・・なんなんだよ、あの女!」

 銀時はひたすら、暗い道を駆けだした。うさぎ柄の黄色い傘をさして。


(2009/06/15)

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