SilverSoul

 耳掃除は月一回が丁度いい
 扉を開けた先が、見なれた光景から一変していて、銀時は一度往来へと出ると、店の看板を確かめた。

 確かに、「すまいる」となっている。

 再び扉をくぐり、そこに溢れる黄色い歓声と、普段見えない、白い太ももをあらわにして、狭い通路を歩く女性に眉間に皺を寄せた。そんな変った店内をせかせか歩く店長を見つけて手を挙げる。
「よう」
「ああ、銀さん。いらっしゃい」
「なにこれ?」

 きゃいきゃいと騒ぐ女の声。そして、席ごとに仕切られたカーテン。なんとなく漂ういかがわしい空気に不安と期待を感じながら銀時は「趣旨変えたの?」ととりあえず尋ねて見た。
「最近客の入りが悪くてねぇ」
 真顔で尋ねる銀時に、店長も真顔で答えた。
「ほら、話題の吉原。あそこはもともと超法規的な場所で、怪しい感じだったろ?それが最近開かれて明るくなっちまって、雰囲気がこの界隈と似ちゃったもんでさ」
「へえ」
 とりあえず、銀時は相槌を打つ。
「そこに加えて、あの火事だろ?吉原でもレベルの高い遊女だった連中が、自分の住まいだけじゃ安全じゃないって、こっちに支店とかばんばんだしてきちゃって」
 あっちはあっちの良さが、こっちはこっちの良さがあって、客層も結構違ったのにさ。まあ、美女を抱えた奇抜な店が横行しだしちまって。
「で、対抗手段として、いろいろ企画をうちたててみたわけよ」
「それが、これ?」
「やだねぇ、不況ってのはさ」
 カーテンを指差す銀時に、なんともいえないセリフを吐いて、店長は忙しそうに奥へと消えていった。

 吉原のどっちの事件にも一枚かんでいた銀時は、複雑な顔をして一変している「すまいる」をもう一度見渡した。

「つか、カーテンの向こうはどうなってるわけ?」
 使用中、という札の掛かっているカーテンで仕切られた間を縫うように歩きながら、銀時は奥の一角いある「空室」という札を見つけた。
 妙な期待を抱きながら、銀時はカーテンを開いて見た。
「いらっしゃいま」
「お妙!?」
 と、中にはソファーが一つとローテーブルが一つ、置いてあり、そこにはポニーテール姿のお妙が座っていた。
「あら、銀さん」
 ちょっと驚いたように眼を見張った彼女は、それからいつものように「客向け」の笑顔をして見せた。
「珍しいですね、最近は吉原の方がお気に入りでしたのに」
 にこにこにこにこ。
「馴染みの女が放してくれなくてね」
 笑顔の奥に潜む「嫌悪」を見ないふりして、銀時は彼女の隣に腰をおろした。
 おろして、例にもれず、白い太ももをあられもなく晒すお妙に、びっくりした。
「つーか、若い娘さんが何っつー格好してるわけ?」
 白を基調とした着物に、桜色の花が散っている。その着物の丈が、膝上10センチ以上で、ふだんは見たこともないような彼女の肌に、銀時はなぜか内心うろたえた。
 うろたえるが、視線がそこから離れない。

 もうちょっとで太ももの先が見えそうだ・・・・・なんて無意識のうちに身をかがめだす銀時の顔面に、お妙は拳を繰り出した。

「悪かったよ。つーかぁ、そんな恰好してる方が悪くね?」
 ばっきり殴られ、顔の肌色が紫に変わっている銀時に、お絞りを差し出して「そういういかがわしい行為をする場所じゃありません」とお妙は笑顔で答えた。
 目の前にいるのはお妙で、暴力魔王だと思いだした銀時は、先ほどの、無意識にエロを追求してしまう姿勢を深く深く、深あああく反省しながら、「じゃあなんだってこんないかがわしい店内になってんだよ?」と半眼で尋ねた。
「今日は最近かぶき町ではやってる『癒しの耳かき』サービスデーなんです」
「みみかき?」
「ええ。」

 どうやら、美女の太ももに顔を押しあてて、耳かきをしてもらいながら、あわよくばあんなことやこんなことが出来ちゃうサービスってことらしい。

「だから違うっつってんだろ」
「痛い痛い痛い!!!耳がちぎれる!!耳かきするまえに、ちぎれっちゃうからあああああ!!」
「耳がかぱって取れたら掃除しやすいと思いません?」
「馬鹿言え!!!耳がぱかってとれるかああああああ!!!」
「やってみなくちゃわかりませんよ?」
「悪かった!!!撤回!!!六行上の、地の文を模した俺のモノローグは撤回するからっ!!!」

 ぱっと手を離されて、銀時は慌てて己の耳を押さえた。取れてないことを確認して早駆する心臓を抑える。

「お前・・・・・洒落になってないからマジで・・・・・」
「それで、やっていかれるんですか?耳かき」
「あ?」
 赤くなって、熱くなってるそこを抑えて、銀時はお妙を見た。銀色の耳かきを持ったお妙が笑顔を浮かべている。
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 確か耳って、脳と近いんじゃなかったっけ?
 あれで耳の奥一突きされたら死んじゃうんじゃね?俺。

「ふ、普通に酒とかのめんの?」
「耳かきは要らないんですか?」
「とりあえず、ウイスキー、ロックで」
「35万になりますけどいいですか?」
「どんだけ!?ぼったくり!?ここはぼったくりバーか!?つか、あれだよね、お姉さん!ただ単に耳かきしたいだけだよね!?」
「耳かきをすると、一杯100円にサービスです」
「やっす!!!つか、それに俺がだまされると思うか!?ただ単にお前が耳かきしたいだけだろ!?絶対そうろ!?」
「違いますよ、銀さん。私はただ、父上が昔、私の耳かきが凄く上手で将来、剣術小町が耳かき小町かどっちかになるかもしれないなぁ、って言ってたような気がしただけです」
「願望!?ていうか、お前に耳かきされる位なら、別の女の子にするわっ!!」
 チェンジだチェンジ!!
「仕方ありませんね」
 それに、ほうっとため息をついたお妙が「すいませーん」とカーテンの向こう側に向かって叫んだ。
「えっと・・・・・そうね、新人のゴンザレスを呼んでくれるかしら?そうそう、色黒で、鼻の横のほくろから幸運の毛が生えてる、身長2Mの」
「おねーさああああん!!俺やっぱノーォォチェンジでえええええ!!!!」
 がしい、とお妙の手を掴んだ銀時は見た。揺れたカーテンの向こうに、明らかに女性とは思えない、色黒のゴンザレスを。
「いいんですか?凄く若くて気立てのいい女の子なのに?」
「いいんだよ、別に!俺はお妙がいいんだから!!!!」
 お妙じゃなきゃいやだなあああ、俺!!!
「まあ、銀さんたら」

 何が銀さんたらだよ、おいいい!絶対こいつ俺を殺す気だ!!!抹殺する気だ!!!!なんでかしんねぇけど!!!!!


「じゃあ、横になってください。触ったら耳と耳が貫通しますから、そのつもりで」
「どこが癒しの空間!?」
 緊張の連続じゃねぇかあああ!!

 別の意味でばくばくする心臓を抱えたまま、銀時はお妙の太ももに頭を乗せた。

「横にならないと、耳かきできませんけど?」
 笑顔で言われ、正面を向いていた男は、しぶしぶ・・・・・本当にしぶしぶ顔を横にした。
「ちょっと・・・・・くすぐったいっ」

 次の瞬間、どごお、と凄い音がして、銀時はソファーから床に転がり落とされた。

「なにしてくれてんのオマエえええええええ!!!」
 尻と肩と後頭部をぶつけた銀時が絶叫した。
「だって、銀さんのその変なパーマがさわさわしてくすぐったくて」
 まずは耳かきの前に丸刈りにしましょうか?
「なにこれ?!癒やしの空間じゃなくて嫌死の空間なわけ!?どこに耳かきサービス受けるために坊主になる奴がいるんだよ!?」
「つべこべいわずにその腐れパーマ剃ってこいや。あってもなくてもかわんねぇだろ?テメェのナニと同じくらい必要ないだろ?」
「何言い出すんだよ、お前は!!!」
 じょーだんじゃねえええええ!!!やってられるか!!!

 落とされ殴打した尻を抑えて、銀時は立ち上がると、命がいくらあっても足りない、とばかりにカーテンを持ち上げた。

 と、外の狭い廊下をうろうろと歩く近藤を見つけて、銀時は一瞬で動きを止めた。

 このままいけば、近藤はお妙を見つけて、お妙から「粛清」されるだろう。
 おそらく、耳に耳かきをつきたてられて。
 運よく太ももを堪能できても、それは死出の旅路に他ならない。

 義理も情けもないが、銀時はカーテンをそっと下ろすとソファーに戻った。

「銀さん?」
「俺って超優しい・・・・・」
「え?」
「いいから、耳かきしろ。」
「命令するなや、コラ」




「そんなに吉原がいいんですか?」
「あ?」
 凶器を突き付けられているようで、少しも気が抜けない銀時は、すぐそばで聞こえたお妙の声に、目を上げる。
 だらしなく垂れ下がっている目蓋に被って、お妙の表情は見えない。
「うちの客足もおちてますからね。お客さまが流れてるって店長が」
「・・・・・・・・・・」
「銀さんも、だいぶ吉原と深い関係があるみたいですから」
「いったろ?馴染みがいるって」
 突っぱねるように答えて、銀時は目を閉じた。
「馴染みねぇ」

 お妙の呆れを含んだ声がわずかに震える。それに気付かず、銀時は閉じた瞼の裏に、数週間前の出来事を描いた。

 吉原に放たれた炎。その中心に居た月詠。そして彼女の師匠と「名乗る」男。

「・・・・・・・・・・まああれだ。俺くらいの男になるとなぁ・・・・・女の方が放っておかないんだよ」
「身ぐるみ剥いで捨てるとか、だまくらかして、美人局のターゲットにちょうどいい感じですか?」
「おまえの中の銀さんっていったいどんな男なわけ?」
 片頬をひきつらせて言えば、「給料をくれない、労働基準法に違反した経営者」と弟のことを話題に出された。
 これには反論すらできず、銀時は冷や汗をかくしかできなかった。
「別に、銀さんがどこの誰としっぽり行こうが構いませんけどね。」
 やるときは気をつけてくださいよ?自分の食い扶持もろくに稼げない侍が、慰謝料なんて払えるわけありませんからね?
「ああそう、よくわかった。お前が俺に抱いてるイメージ」
 こめかみに青筋を浮かべながら告げる銀時に、お妙は取り合わず、静かに続けた。
「ちゃんと・・・・・好きな人と幸せになること。」
「あ?」
「あんまり、女性を泣かせちゃ駄目ですからね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ほら、反対側、やりますよ?

 促されて顔を元の位置に戻した銀時は、にっこり笑うお妙にぶつかった。
 距離が近い。

 ああ、俺、膝枕されてんだっけ。

「余計な御世話だよ」

 逆向きになると、すぐそこに、お妙の身体があった。

「心配されなくてもなぁ。モテねぇ男だよ、俺は」
 銀時は耳が貫通するのを覚悟で、彼女の腰に手を伸ばした。
「なんせ、大事なモンもろくに護れた試しのねぇ、負け犬だったことのある、男だからな」

 護れなかったもの。

 日だまりのような日々と、そこにあった一人の姿。


 己に抱きつく男を見下ろし、お妙は悲しそうに笑った。

「それでも、背筋、伸ばしていくんでしょう?」
「ったりめーだ」
 でも。

 お妙のぬくもりがすぐそこにある。細い体・・・・・のくせに、魔王並みの破壊力を秘めた女。
 強い女だろう。
 おそらく、誰よりも。
 護ってると思いながら、逆に自分は守られているのではないだろうかとそう思ってしまう、唯一苦手な女だ。

「ま、たまには癒されんのも悪くないわな」
「・・・・・・・・・・銀さん」
「あ?」

 気持ちよさそうに目を閉じていた銀時に、お妙は綺麗に笑った。

「ここから先は特別料金になりますけど、どうします?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前ん家なら、タダ?」
 帯に指をひっかけて尋ねる銀時に、お妙は拳を固めた。

「私を脱がせられたら、タダで結構ですよ?」



 吉原で受けた怪我以上の怪我を、銀時はこれから数十分後に負わされるのだった。




(2009/05/21)

designed by SPICA