SilverSoul

 世間には一日違いで致命傷になる出来事もある
「銀ちゃん、起きるアル」
 早くしないと戦いに負けるアルね。

 ゆさゆさと揺さぶられて、やわらかくなってきた春の気温の中で、のんびりまどろんでいた銀時は、開かない瞼を押し上げてちらりと自分を見下ろす少女を見た。
「なんだよ、神楽ーうっせーなー」
 今日は仕事ねぇだろ?

 しっし、と子犬でもおっぱらうように手を振って、銀時は再び布団をかぶってごろりと転がる。

「早く起きろよ、駄目人間。今日という日を寝て過ごしたら、タマ取られて終わりネ」
「あー、そうなったらあれだ・・・・・てか、まだ朝の五時半だし誰もタマなんざ取りにこねぇよ」
 眠いんだよ、俺ぁ

 ゆさゆさとしつこく揺さぶる神楽を、再びうるさそうに払いのけ、眉間にしわを寄せて銀時はきつく眼をつぶった。
 あたりはうっすらと明るくなってはいるが、まだ世界は動きだしてはいない。
 巨大な江戸の町は、まだまだ柔らかなまどろみの中にある。

「そんな事いってるから、銀ちゃんはだめアル。早くしないと、おカマになるネ」
「おま・・・・タマって違うからね?命だからね?って、殺し屋もまだ寝てるって。ゴルゴさんちの13くんも、まだ寝たいお年頃だからね。」
 神楽ちゃんもわかったら、まだ寝てなさい。

 ぶつぶつと文句とも説教ともつかないセリフを口にしていると、「だめアルな」と神楽が溜息混じりに切り返した。

「銀ちゃん、残念アルが・・・・・墓前には白玉だんごをおそなえしてやるから、立派なカマとして生きろよ〜」
「あ〜はいはいわかりましたよ〜 わかったから寝かせて」

 いい加減に、適当に、そうやって神楽をあしらって、そのまま再び眠りの淵を転がり落ちようとしたまさにその瞬間、物凄い爆音が響き渡り、続いて破砕音が万事屋の中に響き渡った。

「んな!?」

 蒲団の上に飛び起き、テロか!?敵襲か!?はたまたタマがタマとりにきたか!?とわけのわからんダジャレまで考えたとき、銀時は、廊下を通り、神々しい笑みを浮かべて寝間までやってきた存在に青ざめた。

 東からの光をさんさんと浴びて、そこに立つのは、志村妙、その人だった。

「おはようございます、銀さん」
「お・・・・・おはようございます・・・・・」

 入口壊れたネー!なんて、遠くで神楽が叫んでいる。恐らく、彼女がここに来る際に「破砕」したのだろう。一拍遅れで、がしゃああああん、というガラスが粉々に砕ける音がした。

「今日が何の日かご存知ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 そう言えば、さっき寝ぼけ半分に聞いていた神楽のセリフで、「戦争」とかいう物騒な単語がなかっただろうか。
 引きつった顔で、清々しい春の朝に似合いの笑みを浮かべるお妙を見上げて、銀時は言葉を探した。

 何の日?というからには、何かの日なのだろう。
 カレンダーを見れば何か書いてあるだろうか。
 あ、ちくしょう、こっからカレンダー見えやしねぇ!

 うろうろと視線を泳がせる銀時に、「そうです、今日は14日ですね」とお妙がさわやかな笑みを見せた。

「14日・・・・・?」

 一体何の日だ?
 みのもんたにでも聞いてみるか?
 いや、林家ぺーの方が・・・・・

 うろうろと視線を泳がせ、沈黙を守る銀時を、ややしばらく見つめていたお妙のこめかみに、ひきいっと青筋が立った。

「テメェ、今日が何の日かわかってないとかいいやがるのか、ああん?」
「しってますしってます、しってますって、おねーさーん!大丈夫だよー!ちょっとあれ記憶が混乱してるだけだからねー!ていうか、俺、なんかちょっと記憶喪失?みたいな!?」

 襟首を掴まれて、ぎりぎりと締めあげそうな勢いのお妙を前に、銀時は精一杯笑みを浮かべて手を振った。

「あー、なんか、頭痛くなってきた・・・・・ここはどこ!?私はだあれ!?おーい神楽ちゃーん!今日が何の日か、記憶喪失のお兄さんに教えてくれないかなー!?」
 必死の形相で神楽に助けを求めると、廊下から「今日は何の日、まだみてないからわからないアル」とのんびりした少女の声が響いてきた。
「おい」
 お妙の底冷えしそうな眼差しがすぐそこにある。
「まてまてまてまて、落ち着いて話そう!話せばわかる!!きっと俺も明るい未来を手に入れることができるはずだから!!!」
 意味不明なことばを口にしながら、銀時は脳内をフル回転させた。そうでなければ、恐らくこのおっかないお姉さんに刺殺されること間違いなしだ。
「えーと・・・・・あれだ?14日だろ・・・・・分かった!ジェイソンだ!そうだ!!ジェイソンに襲われる日だろ!?」
 さしずめ、お前がジェイソン役で・・・・・

 次の瞬間、お妙がにっこりとほほ笑んだ。

「それは、13日の金曜日だろーがああああっ!!!!」

 その笑みのまま彼女から、右ストレートが繰り出され、空間がゆがみ、銀時の頬にヒットする瞬間、そこに確かに、次元のはざまというか、ブラックホールが出現し、ふっ飛ばされる銀時と同時に、超時空爆発が万事屋の中心で起きたのだった。





「だから、悪気があったわけじゃないんです・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ただその・・・・・あれだ・・・・・あんまり盛り上がらないだろ?ホワイトデーって・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だからだな、お妙」
 ごほん、と咳払いし、顔半分以上を包帯で巻いた銀時が、むくれてそっぽを向くお妙の前に、正座していた。
 あのあと、担ぎ込まれた病院で、ようやく看護婦さんからホワイトデーのことを聞いたのだ。

 銀時は前回のバレンタインに、お妙からミロ一袋(小袋)をもらっていた。
 一応、チョコレート、に換算されるらしい。

 それの御返しを取りに、早朝お妙が万事屋に乗り込んできたというのだが、乗り込まれた方は、よういもなにも、そもそもホワイトデーの存在をきれいさっぱり忘れていたのである。

 結果、このように志村家までやって来て、土下座まがいのことをしているのだ。

「今現在、俺は・・・・・ていうか、万事屋にはカネはない」
 よって、お前に御返しをするだけの余裕もない。

 すっぱり言われたセリフに、お妙はちらと平身低頭する銀時を見た後、これ見よがしにため息をついて見せた。

「まあ、予想はしてましたけど」
「・・・・・・・・・・」
 予想、されてたんだ・・・・・

 それはそれでプライドが傷つく。

 複雑な心境の銀時をよそに、「それでも、ちょっとはなにか見返りがあるのかなって期待してたんですけど」とさらに傷口をえぐるようなお妙のセリフが続いた。

「バレンタインにチョコレートなんかもらったことのない、銀さんですから。侍として、御返しくらいはきっちり覚えてるだろうなぁ、なんて思って、お店の帰りに寄ってみたんですけど!やっぱり無駄足でしたね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 面目次第もありません。

 だらだらと汗をかく銀時を横目に、お妙はきゅっと唇をかむと「もういいです!」と立ち上がった。

「ちょっと待て!」
 さっさと着替えようと居間を出て行こうとするお妙の袖を、銀時が力一杯掴んだ。
「え!?」
 思わずバランスを崩してその場に倒れ込むお妙を、銀時が抑え込んだ。
「な、何するんですか!?」
「代わりに、銀さんを丸ごと上げるから」
「はあ!?」

 包帯に隠れた、瞳が真剣だ。

「いりません、そんなもの!」
 反射的に言えば、「いや、一回試してみて、すんごいから、まじで」と銀時は上をどこうとしない。
「だいたいさぁ、お妙。お前、俺にバレンタインにチョコくれたってことはさー、気があるってことなんじゃないのー?」
 逆に、にやにやわらったりするから。
「はあ!?なに適当なことぬかしてんだ、この包帯男っ!!!」

 お妙の黄金の右が、再び火を吹き、銀時にヒットしそうになる。
 だが、それをなんとか身体をどかしてかわし、逃げようとするお妙を、後ろから抱き締めた。

「いいから、銀さんもらっとけって」
「いりませんっ!!!つか、銀さんの使い道なんか、畑に立てて案山子の代わりにするくらいしかありませんからっ!!!」
「言うに事欠いて案山子!?」
 あったまに来た!おまえに、銀さんのよさをたっぷり叩き込んでやるから、覚悟しやがれ、コノヤロー!

 やめろ、ばか!
 手、放せ!!
 なにすんのよ、放しなさい!!ていうか、銀さんとかまじありえないから!!!

「もー、いい加減朝から何騒いでるんですか〜?」

 いい感じ(?)でお妙を抑え込んだ瞬間、奥の襖が開き、新八が眠い目をこすりながら入ってくる。
 どうやら彼は、バレンタインにきららさんから貰ったチョコと手紙へのお返しのために、徹夜で何か作業をしていたらしい。

 その彼は、二人の姿を見て硬直し。

「ほんとに何やってるんですかーっ!!!!!!!」


 辺りを揺るがす怒声が、その日一帯に朗々と響きわたったのだったそうな。





(2009/03/20)

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