SilverSoul

 最近のは、ホント、巧妙化してるからお前も気をつけろ
「はい、万事屋です。」
 珍しく鳴った電話を取ったのは、掃除機をかけていた志村新八だった。この家の主である坂田銀時は、掃除機に追われた先である、ソファーの上に寝っ転がったまま「依頼だったらめんどくせぇなぁ」とどこの口が言えるのだろう、ということを考えていた。

 あふれてくるあくびをかみ殺し、何気なく新八を見る。

 と、だまって受話器から聞こえてくる内容に耳を傾けていた少年が「えええええええ!?」と悲鳴のような声を上げた。

「ちょ・・・・ちょっとまってくださいよ、姉上!!!」

 姉上?

 何やら電話口で、口論になりかけている新八を見やり、銀時はこみあげてきたあくびをかみ殺すことなく、大きく大きく解き放つ。
 どうやら、新八の電話の相手は、彼の姉、志村妙のようだ。
 焦ったような新八の「なんでですか!?」とか「それでいいんですか!?」というような単語を聞きながら、銀時はさしたる興味を示すことなく、隣の部屋のこたつで背中を丸めてみかんを口に放り込んでいる神楽に、「おーい」と声をかけた。
「悪いんだけどさぁ、神楽〜。そこにあるジャンプとってくんね?」
 だらしなくソファーに寝そべったままそういえば、頼まれた神楽が、「おまえが取りに来いネ」と丸めた背中のままにべもなく言い放つ。
「だってさぁ、俺、昨日の大立ち回りの所為で体痛くってさぁ・・・・盗人に蹴られたわき腹がしくしく痛むんだよ〜だからさぁ。」
「銀ちゃん昨日、ただ単に飲んだくれてずっこけて縁石に脇腹ぶつけただけネ。」
 自業自得アル
 ふわあああ、とあくびをして、神楽はコタツのテーブルの上に突っ伏した。
「それにここのジャンプは古雑誌ネ」
「おまえなぁ。その一冊を作るのにいったいどれだけの漫画家が血反吐を吐いて、のたうちまわって、担当と死闘を繰り広げてると思ってんだよ、バカ野郎。そんな一冊を古雑誌でかたずけていいと思ってんのか?」
 聖書だよ、聖書。バイブル。
「そんなこと思ってるの、駄目人間の銀ちゃんだけネ」
「うるせー。友情・努力・勝利は漫画家と担当編集の関係にこそあてはめるべき関係であり」
 寝っ転がったまま、くどくどと「ジャンプ論」を展開しようとする銀時のセリフは、続く新八の「姉上ーっ!!!」という絶叫にかき消された。
「さっきからうるさいネ、新八。」
 眠そうな目をこすって、だるそうにテーブルに突っ伏したままの神楽が、座った視線を新八に送る。

 ちん、と涼やかな音を立てて受話器を置いた新八が、振り返ることなくぽつりとこぼした。

「銀さん・・・・神楽ちゃん・・・・」
「姉御がどうかしたネ。」
「どーせまた、ストーカー半殺しにしたからアリバイ工作手伝ってくれとか、そんなんだろ?」
「そんなんじゃありませんよ!」

 ひどく鋭い声で告げ、充血した眼をらんらんと光らせた新八が、二人を振り返った。

「むしろ・・・・むしろその逆です!」
「逆ぅ?」
 けだるげな声を出す銀時をよそに、うつむいた新八が、真黒なオーラを放ちながら低い低い声で告げた。
「そうです・・・・姉上・・・・・結婚するって。」
「あ?」
「えええええええ!?」
 怪訝そうに眉を寄せた銀時をよそに、神楽の心底「ありえない」という声を上げた。

「姉御が結婚!?本当か、新八!」
「・・・・今、電話で姉上・・・・もう決めたからって。」
 見る間に、新八の肩がふるえ、袴を握り締めたこぶしが、真っ白になっている。
「相手は誰アル!?まさか」

 まさか!?

 炬燵を飛び出し、まっすぐにかけてくる神楽に、新八は絶望的な声で言う。

「そう・・・・・そのまさか、だよ。」




「あー、でもまあ、よかったじゃねぇか。あの凶暴な女でも嫁に欲しいって望まれていくんだからさ。」
 じゃなきゃ、一生結婚なんて無理だったでしょ、ねぇ。
「ねえ、じゃないですよ、銀さんっ!!!相手はあの、近藤さんなんですよ!?」
 くわっと目を見開き、青筋を立てた新八が、持っていた掃除機のホースをひねりつぶす。
「よりによって・・・・なんで!?なんで近藤さん!?」
 あんなにストーカー被害に困りはて、毎日のように撃退を繰り返していたのに、なんでよりによってあのゴリラを選ぶんだ!?

 わからん、と頭を抱える新八に、神楽が遠い眼をした。

「姉御もきっと疲れたネ。それに、女は惚れるより惚れられるほうが幸せになるって、ピン子が言ってたアル。」
「だからって、なんであのゴリラなんだよ!?」
 姉上なら、もっと・・・・もっと・・・・!!!

 涙をこらえて、力一杯抗議する新八に、銀時は「うるせぇなぁ。」と心底めんどくさそうに声を上げた。

「アイツが望んで決めたことなんだろ?ならいいじゃねぇか。」
「良くありません!!!!」
 僕は、たった一人の肉親なんですよ!?

 自分をここまで育ててくれた、母親代わりの姉。その姉の幸せを願う新八としては、彼女に付きまとい、もはや変態ストーカーとしか言いようのない近藤に姉を受け渡すのが我慢ならないようだ。

「納得いきませんよ!そんな・・・・・それに、姉上に妥協で幸せになって欲しくなんかないです!」
 きっと、寝そべる銀時をにらみつけて言う新八に、「そうかい。」と投げやりに答えて、銀時は体を起こした。
「じゃあ聞くがな、新八。お前の姉ちゃんは、情に流されて誰かと結婚しちまうような、そんなやわな女か?」
 がりがりと銀色の髪を掻きながら尋ねる銀時に、新八はぐっと口をへの字にする。
「そんな女じゃねぇだろ、あのじゃじゃ馬は。」
 ふーっと息をつき、銀時は天井を見上げて笑う。
「なら、お前の姉ちゃんは、自分で決めて、自分でこいつとなら幸せになれるって選んだんだろうさ。」
 お前の知ってるお妙はそういう女だろ?

 諭すように言われて、新八は耐えられないように、視線を床に落とした。

「新八ぃ・・・・大人になるアル。姉御が幸せなら、相手が誰だろうとかまわないって、お前、前にいってたネ」
 柳生とのいざこざを思い出し、新八はその時言った言葉を思い出す。
 だが。
 けど。

「あんなことがあった後だ。そう簡単に、ゴリラと結婚する、なんていいだしゃしねぇよ、あの女は。」
 それが結婚するってんだから、それ相応の覚悟があるってことなんじゃねぇの?

 溜息混じりに言われ、新八はもはや反論するすべがない。
 自分の兄があの近藤だと思うと、そして、家に近藤と自分の姉が一緒にいて、あまつさえ、寝食ともにしている姿を想像して、絶望と嫌悪を感じても、妙がそれを望んだのなら、自分にそれを否定する権利などどこにもないのだ。

 姉が、幸せなら、それでいいのだ。
 それでいいと思っていた・・・・のに。

「でも・・・・・だって、余りにも唐突で・・・・。」
 そんな自分の感情が子供じみた、本当にどうしようもないものだと知っているからこそ、新八は反論の言葉を口にする。
「だって・・・・昨日だって姉上・・・・近藤さん撃退用の罠を考え出して嬉々として設置してたんですよ!?」
 今度のは、赤外線センサーによる、レーザー銃自動発砲装置だって!

「・・・・・・・・・・。」
「すごいネ、姉御!!銀ちゃん、うちにもほしいアル!」

 志村家はどんどん要塞化してるな、と遠い眼をして思いながら、銀時は、そんな新八を諭すように「女ごころと秋の空、っていうだろうが?」と偉くまっとうなことを言う。

「そういうもんだろうさ。」
「そんな・・・・・。」

 納得いかない、と唇をかみしめる新八は、再び鳴り響いた電話に、はっと机を振り返った。
「はい、万事屋です。」

 それにしても、あのお妙がゴリラとねぇ。

(・・・・・・・・。)

 俯き、ごめんなさい、と謝った女の姿を思い出す。柳生一族とのいざこざ。その時に、お妙は知ったはずなのだ。
 望む、望まない、選ぶ、選ばない、それはすべて、自分の覚悟と、自分の気持ちとの上にあるものなのだと。

 本当に、心のそこから望んだ事こそが、大切な弟や大切な人を納得させ幸せにすることなのだと。

(だから、お妙が選んだんなら、それが本当なのだろうさ。)
 だが、新八にああ言ったとは言え、どうにもすっきりしない気がするのは、どうしてなのか。

「えええええええええ!?」

 そんな銀時の心情などお構いなしに、三度、新八の絶叫が響き渡った。

「ちょ、ちょっと待って!?姉上」
 そのまま、何度かもしもし?を続けるが、向こうに電話を切られてしまったらしく、青くなった新八が、受話器を置いて振り返った。
「どうしましょう、銀さん・・・・姉上が・・・・姉上がっ」
「どーした?ゴリラに一発やられたか?」
「違うわ!!!!許さないよ!?そんなの!!!結婚前にそんなの、許さないよ!!!!!」
「うるさいネ 未経験者」
「何がだよ!!!!」
「で?何があったんだよ、お妙に。」

 それに、新八は青ざめたまま「それが・・・・近藤さん、借金が多々あったらしくて・・・いとしい人を助けるために・・・・遊郭に身を売るって・・・・。」と言葉を濁す。

「はあ?」
「どうしましょう、銀さん・・・・姉上・・・・このままじゃ・・・・。」
「なんで姉御がそこまでしなくちゃならないアルか!!」
「僕だってそう思うよ!!!でも・・・・借金の頭金だけかえせればって、姉上・・・・。」

 深刻そうな顔で、黙り込む新八に、銀時が「あ〜、あのさ、新八君。」と遠慮がちに口をはさもうとした。だが、真剣な表情の神楽が「いくらアル!?」と大声で割り込んできた。

「50万・・・・。」
「なんとかならないのか!?仮にも連中一応、公務員アル!」
「そ、そうだね、神楽ちゃん!真選組のみんなから少しずつ借りればなんとかなるかもしれない!!」
「おーい、新八くーん」
「まったく・・・・ゴリラもゴリラアル!姉御売り飛ばす前に、部下からまき上げろよな、コラー!」
「しょうがないよ・・・・・近藤さん、一応局長だし・・・・・。」
 体裁があるんだよ、サムライには。
「これだから男は嫌アル!女を食い物にして!!!!」

 憤るお子様二人は、そのまま「姉上を汚すわけにはいかない!!!」と息巻いて万事屋から飛び出した。

 後に残された銀時が、ソファーから身を起こしたまま、はー、と深いため息を漏らした。

「ったく、しょーがねーなー・・・・。」






 最後の一人を叩き伏せ、銀時は「ま、こんなもんかね。」と倒れ伏すごろつき数名の懐から財布を抜きだす。
「ま、これで勘弁してやらぁ。」

 木刀を腰にさしなおし、銀時は靴音高くその場を離れた。日が斜めにかしぎ、オレンジの空に、今出てきた廃工場の煙突がくっきりと浮かび上がっている。

 やっぱり、というか、案の定、というか。

 連中は詐欺師の一団で、真選組の局長にストーカーをされている姉と、それにぞっこんの弟は格好の「振り込め詐欺」のターゲットにされたのだろう。
 振り込まれようとしていた頭金50万は、おそらくまだ借りられていないだろう。
 とっととかえって、突っ走っているガキ共を連れ戻さなくちゃなぁ、なんて思いながら、銀時は夕暮れ時の、人通りが多い通りへと出た。

 詐欺師からまきあげた金は大した額でもない。頓所に届けて、手間賃と称してせしめようと思っていた銀時は、このままかっぱらっちまったほうが早いなぁ、なんてぼんやり考えていた。
 だから、向こうから歩いてくる女に声をかけられるまで気付かなかった。

「銀さん?」
「あ?」

 歩いてくるのは、スーパーの袋を手にしたお妙だった。

「よう。」
「お仕事帰りですか?」
 ニッコリ笑ってそう言われ、銀時は「無駄足だったなぁ。」とぼやく。
「新ちゃんたちは?」
 巻き上げた財布をぽんぽんと放り投げては手で受け止める銀時は、「お前の身売りを阻止しようと走り回ってるよ。」と気のない調子で続けた。
「ええ?」
 眉間にしわを寄せるお妙に、銀時は、視線を落とした。

「おまえさ、ゴリラと結婚するんだって?」

 その瞬間、ほほに右ストレートを食らい、銀時は地面に突っ伏すのだった。





「まったく、なんてものに引っかかるのかしら。」
 ふーっと溜息をつくお妙が、銀時の隣に腰をおろした。
 連れてこられたのは、お妙と新八の家だ。
 縁側に腰をおろして月を見上げていた銀時は、持っていた杯に、お妙がお酌をするのを黙って受けた。
「で、お前の最愛の弟は?」
「真選組に謝りに行かせました。」
「おいおい・・・・・。」
 別に新八が悪いわけじゃねぇだろが。

 そう思って、眉間にしわを寄せる銀時に、お妙はめんどくさそうに溜息をついた。

「だって、新ちゃんったら・・・・私が近藤さんと結婚するって、隊の人たちにいちいち告げて借金してまわったんですよ!?」
 万に一つもないって言うのに!

 いらいらと、乱暴に酒を注ぐお妙に「お前、俺に当たるなよ!」と銀時は抗議の声を上げた。

「それに、万に一つもない、なんてなんで言いきれる?」
「え?」
 あらごめんなさい、と盃を開ける銀時に、今度はいくらか丁寧にお酌しながら、お妙は不思議そうに眼を瞬いた。
「なんだって、決められた通りに行かないのが世の中だろ?」
 大体、お前もゴリラなんだから、似合いじゃねぇか。
「まあ、銀さんったら。殺しますよ。」

 いつの間にか握られた薙刀の切っ先を、いい笑顔で喉元に突きつけられて、「すいませんでした」と銀時は両手を上げて告げる。冷汗が背筋を伝った。

「でもま。あれだ。」
 お前の惚れた男が、借金抱えてるってーことはないとは言えないだろ?
「・・・・・・・・。」
「それと同じだろうさ。惚れたはれたに、万に一つも、なんて普段の冷静なものが通用するわきゃねぇだろ。」

 何がきっかけになるかわからない。
 男と女ってのは、そんなもんでしょが。

 ぱ、と銀時の袷から手を放し、「そうですわね。」とお妙は溜息混じりに答えた。

「新ちゃんはそれだけ・・・・私を心配してくれたったことなのかしら。」
「それだけ、お妙を信じてるってことなんだろうさ。」

 万に一つもない結婚話。
 でも、もしかしたら、姉上は身をやつしてまでも助けたいと思うほど、相手を思っているのかもしれない。

 自分の知っている姉は、きっとそうだから。

「じゃあ、銀さんは?」
「あ?」

 じろっと睨まれて、「振り込め詐欺を退治してくれたのはありがたいですけど、貴方は信じなかったってことなんですか?」と冷ややかに告げられた。

「私の結婚話。」
 身をやつしてまで、相手を助けたいと思うほど、私が誰かに惚れる、ということを。
 信じなかったのか?

 それに、銀時は「銀さんを舐めてもらっちゃ困るよ。」とぶっきらぼうに告げた。

「こう見えても、人生経験豊富だからね、俺は。」
「へー。」
 投げやりな返答に、銀時はむっとするも、きれいな満月を見上げた。
 盃を傾ける。

「それに・・・・。」
「それに?」


 信じなかったわけではない。
 ただ単に、信じたくなかっただけなんじゃないだろうか。
 俺は。

 お妙が、結婚するっていうことを。

「銀さん?」
 盃に浮かぶ月を眺めて、銀時はふっと笑う。

「いや、お前が結婚するなんてありえないと思ってるからね、俺は。」



 本日二度目の鉄拳を受けて、銀時は廊下に突っ伏す。
 ぱたぱたと遠ざかる足音に、男は溜息を洩らした。



 彼女が結婚するのはたった一人だと、それ以外は認められない、なんて思ってる自分自身に。



(2009/01/12)

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