SilverSoul
- 大抵の怪我はじっとしていれば治る
- 久々に握った。
持ち上げて、重いと思った。
重いと思ったことに、苦笑がこぼれる。
昔はもっと軽かった。
軽かったし、信頼していた。
でも今は、ただ「重たくてめんどくせぇな」という感想しか出てこなかった。
それだけで充分だと、転がったアスファルトの上で、曇天からひらりひらりと落ちてくる冷たい雪を見上げて思うのだ。
やっぱり俺には、木刀が一番だと。
冷やかな視線が自分にそそがれているのを知っている。だが、それに反応を示せば、嵐のような小言が降ってくることも知っているから、坂田銀時は寝たふりを続けていた。
実際、それが許される立場に自分は居る。
かぶき町にある、スナック「お登世」。そこの二階に居を構え、万事屋なんて微妙な家業を続けていると、物騒な世の中だ。依頼の中には危険なものや、大して危険じゃないと思っていも、「危険にならざるを得ない」ものも紛れ込んでくるわけで。
ただ今回、銀時が「失敗したな」と思ったのは、自分一人が怪我をすれば済むところを、他のメンバー、すなわち、神楽や新八を巻き込んでしまったことである。
結果、足に負傷し、和室で動けず寝込んでいる自分の他に、包帯姿でうろうろする人間をつくってしまっていた。
その事実故、この、自分の隣に座り込む黒髪の女から、冷やかな視線を注がれることとなっているのだ。
「姉御、銀ちゃんまだ寝てるあるか?」
そーっとふすまが開けられ、驚異的な夜兎の回復力で持って、もう、頬に絆創膏を貼っているだけの神楽が顔をのぞかせた。
「ええ、そうね。」
それに、黒髪の女がひどく明るい声で答えた。
その調子に、どっと冷たい汗が、銀時は背中に流れた。知らずつむった瞼に力が入る。
「本当に、よく、寝てるわよ?」
なんなら、神楽ちゃん、試してみる?
何やら金属音がする。自分の耳もとのすぐ傍でだ。
一応「侍」でもある男は、視覚以外の器官を総動員して、いったい何が起ころうとしているのかを知ろうとした。
「いい、この先端を・・・・そうね、ここらへんにつきたててごらんなさい?よ〜く寝てるから、こんなことしても全然気がつかない筈よ?」
「おお〜、難しいな姉御〜」
「ああ、この薙刀、特注だからちょっと重たいのよ。」
「こうあるか?」
「そうそう、そして、ここを狙うのよ?」
「でも間違えたら銀ちゃん、一生男として立ち直れないね。」
「あら、全然かまわないわよ?」
どうせ今もつかっちゃいないんですから。
あーそうあるなー
冷たい殺気を、自分の股間のあたりに感じて、銀時は飛び起きた。
「あーあー良く寝たー!やっぱあれだな!人間12時間は寝ないといけないなー、あははははー」
恐怖の色をにじませて、緊張した声でそう言うと、銀時はわざとらしく伸びをした。自分の眼が血走っているであろうことに気付きながら。
「あ、銀ちゃん起きたね。」
「おはようございます。」
ちぇー、と明らかに不服そうな顔をし、薙刀を逆手に構える神楽と、あまりに明るすぎて、人間の心にある闇をくっきりと浮かび上がらせるような笑みを浮かべる女に、銀時は片頬をひきつらせた。
実は脇腹もかるくイカれているのだが、この際なりふり構っていられない。とにかく、起きてしまった以上、寝続けること・・・・ひいては、女の冷たい視線を無視することは不可能に思えた。
残る手段は脱出だ。
「さー、神楽ー飯にしようかーいやー寝てても腹は減るんだなー」
あはははー、とやっぱり乾いた笑い声を立てながら、必死に立ち上がろうとする銀時に、「銀さん。」と明るい声がかかった。
この声を聞いて、恐怖しない人間はいないだろう。
きっと、あのゴリラストーカーも恐怖するに決まっている。
決まっているのだ。
「ご飯ならここにありますわよ?」
ね、神楽ちゃん。
「そうね、銀ちゃん。私と姉御で作ったね。」
「ひい!?」
思うように立ち上がれず、這ってでもこの和室を出ようとした銀時は、目の前に出された器に、情けない声を出してしまった。
紫色の、どろどろの液体がぼこぼこと煮立っている。
「体力付けてもらうのに、すっぽん鍋にしたね。」
笑顔の神楽のセリフに、銀時はめまいがした。
すっぽん!?これのどこがすっぽん!?
そう突っ込もうとして、銀時は知る。
目の前にある器に、すっぽんはまだ入っていないのだと。なぜなら、笑顔の女がじたばたと暴れるすっぽんの首を掴んで微笑んでいるからだ。
「いま、捌きますね?」
「いいっ!!!いらないから!!!すっぽん要らないから!!!!!」
あわあわと彼女のそばにより、哀れなすっぽんをひったくる。
「まあ・・・・せっかくの神楽ちゃんの心遣いを無駄にするつもりですか?」
眉間にしわを寄せて、かわいらしく首をかしげて見せる女の手には、まだ包丁が握られている。
すさまじいまでに恐ろしい。
「や、その・・・・・そ、それよりほらあれだ。あ、甘いもの食いたいなぁ、なんて」
「甘いものなら、さっき新八が見つけたカステラがあるね。」
それでいいか?
「いいっ!いいな、それ!!あ、あっちの部屋にあるのか!?とってくるわ、俺」
甘いものないと、禁断症状が出るからな、俺。
再び這ってでも和室を出ようとする銀時に、笑顔の神楽が「いいね。私がもってくるあるよ。」と言うから、どうしようもない。
普段なら、さっさと動ける自分が憎い。腹ばいで手を伸ばす銀時を捨て置き、神楽がさっさと和室から出て行った。
遠のく足音に、銀時は動けない。
振り向いたら最後、どうなるかわからない。
「銀さん。」
さあ、どうしようかと進退を本気で考えていた銀時は、先ほどとまったく同じ、明るい調子の声に、久々に絶望を感じた。
口の中がからからに干上がり、何を言っていいのか、言葉が出ない。
「そんなところで、そんな恰好でいたら、治るものも治りませんよ?」
穏やかで優しげな声。だが、誰よりもそれに、銀時は恐怖した。
「はい・・・・・。」
振り返り、完璧な笑みを浮かべる彼女のもとへと、戻らざるを得ない。のそのそと布団まで戻れば、笑顔の女がきちんと座りなおした。
足をかばうようにして布団に座り、視線をそらす男と、静かにほほ笑む女。
二人の間に冷気が永遠と横たわっていた。
「銀さん。」
一秒が数百倍に引き伸ばされたような、居たたまれない空気にさらされ、「ここは俺の家だよな!?」と自問自答していた銀時は、降ってきた相変わらずの声に、びくりと背中をこわばらせた。
「何があったのか、説明しろとは言いません。」
「・・・・・・・・・・。」
じっとりと、嫌な汗を掌に掻く。蒲団の一点を見つめ、冷や汗をかく男に、女は淡々と続けた。
「ただ。」
彼女・・・・志村妙には弟がいる。大事な弟だ。
その弟、志村新八は現在、銀時と同じように・・・いやそれ以上に大怪我をして、隣の部屋で寝ている。
お妙はその看病のために、万事屋に通っているのだ。
まあ、彼の怪我の大半が、逃げる時に一人、派手に階段から落ちた所為なのだが。
だが、それがこの女に通用するとは思えない。それに、自分はお妙と約束していたのだ。
「もうだれも傷ついてこないでくれ」と。
そのために、とった真剣だった。
はずだった。
確かに、そのために護れたものもあった。
だが、彼が真剣を手に取ったということはすなわち、相手がそれだけやばかったというわけで。
結果的に、お妙との約束は破られてしまったのである。
「・・・・・・・・・。」
続く沈黙に、ちらと銀時は隣に座る女を見た。うつむいた彼女の口元は、先ほどまでの笑みを湛えてはおらず、真一文字に引き結ばれていた。
「あー・・・・・・。」
その様子に、銀時はかける言葉を必死に探した。
すまない、だろうか?
ごめん、だろうか?
それとも・・・・もしかして土下座?
土下座もそうかもしれないが、ひょっとしたらもっとこう、とんでもない要求をされるのかもしれない・・・・。
別の意味で「それは勘弁」と冷や汗をかき続ける銀時をよそに、お妙はゆっくりと口を開いた。
「ただ、お願いですから」
ごくりと喉を鳴らして彼女を見れば、真黒な瞳に自分が映っていた。
「自分を盾に使わないで下さい。」
「・・・・・・・・・。」
自分の予想を180度裏切るセリフが飛び出し、銀時はその場に固まった。
今、なっんっつった?この女。
「前にも言ったと思いますけど、もう、いい歳なんですから。」
は?・・・・いや・・・・え?
「それだけです。」
そう、締めくくられた言葉に、眉間にしわを寄せたお妙の顔がある。
考えが追い付かず、言葉が更に出てこない。
すっと、たたみに手をついて立ち上がり、部屋を出て行こうとするお妙の着物の袖を、銀時は思わず掴んでいた。
「?」
軽くつんのめり、振り返るお妙に、銀時は言葉をなくしたまま、口を開いた。
「怒ってんじゃないのか?」
「え?」
不思議そうに眼を瞬かせる女に、銀時は自分が何をいってるのかわからなくなりながら、言葉をつなぐ。
「いや・・・その・・・・・新八と神楽にけがさせて・・・・。」
「貴方も怪我してるでしょうが。」
呆れたように言う女のセリフに「いや、そうだけどな。」と銀時は言葉を濁す。視線をそらす彼に、溜息をつき、お妙はもう一度彼の隣に腰を下ろすと、ぎゅーっと銀時の腕をつねった。
「いっ!?」
何しやがる!?
思わず眼を吊り上げる銀時に、お妙は真顔で「痛いでしょう?」と告げた。
「あったり前だ!力一杯やりやがってっ!!」
大体お妙は力つえぇんだよ。
瞬間手刀が飛び、銀時は布団とお友達になる。
突っ伏す彼を横目に、お妙は溜息混じりに告げた。
「誰だって、けがすれば痛いものです。誰だって、ね。」
「・・・・・・・・。」
「あなただって、十分に痛いんですから、率先して怪我するようなまね、しないでください。」
布団の隙間から見上げた女は、普段よりも憂えた顔をして自分を見下ろしていた。
「・・・・・・・・。」
返す言葉もなく、そのまま彼女を眺めていれば、やがて諦めたようにお妙は溜息をつき立ち上がる。
その後ろ姿に、銀時はのっそりと体を起こした。
「俺だって好きで怪我してるわけじゃねえよ。」
低く告げられたセリフに、振り返ったお妙が、これ見よがしにため息をついた。
「だったら・・・・もう少し説得力のある恰好で戻ってきてください。」
好んで危険に突っ込んでいったようにしか見えませんからね。
「それに。」
ぼりぼりと頭を掻く銀時を振り返らず、お妙は聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの小さな声で付け加えた。
「銀さんが怪我したら、私も痛いんですから。」
「あ?」
聞き返す銀時に、喉を鳴らし、お妙は心持乱暴にふすまを閉めた。そのふすまを眺めて、銀時は天井を見上げた。
ますます、真剣が重くなる。
それどころか、木刀ですら重くなりそうだ。
「俺も怪我できないとなっちゃ、これから先どうすりゃいいんですかねぇ」
それでも、お妙の心が痛まないように危険な仕事は慎もうかと、珍しく殊勝にも思ってしまうのだった。
(2009/01/09)
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