SilverSoul

 「ヒーロー見参…てね」




 桜が舞い、いくらか緩んだ風がかぶき町の退廃した空気を根こそぎ攫って行く。
 季節は巡る。時は流れる。緩やかに変わりゆく世界の真ん中で、坂田銀時はゆっくりと目を開けた。

「つか、ジャンプ主人公は歳取らねぇ設定だからね。季節も時の流れも別れと出会いの春も無いからね」
「起きぬけに何を言ってるんですか、銀さん」

 窓から外を眺め、春らしくなってきたなぁ、と少しばかり浮かれたような気持ちで思っていた新八は、唐突に起き上がり誰に向かって言っているのか判らない台詞を、カメラ目線で告げる銀時に突っ込んだ。

 新年度一発目の突っ込みだ。

「あー・・・・・春だなぁ」
「春ですねぇ」
「春ってこう、眠くなるよな」
「あんだけ寝ておいて何を言ってるんですか」

 新八が万事屋に出勤してからゆうに六時間は経っている。パートタイマーのおばちゃんなら一仕事して「お疲れさまでした」とスーパーから出ていく頃だろう。
 呆れ顔の新八に構わず、「まあ、あれだ。春だからな」といい加減な返事をして、銀時は大きく伸びをした。
「暇だなぁ」
「そうですね」
「暇だとこう、眠くなるよな」
「会話ループしてんですけど。あんた、ジャンプの主人公でしょ?この回何も騒動巻き起こさないで終わるつもりですか?読者舐めてんですか?」
「ああ?いいんじゃねーの?春休みが終わって、新学期になって、ジャンプを卒業する連中も一杯いんだろ?新社会人になったんだから、俺はもうジャンプから足を洗うぜ!とかいう奴が多いだろ?この時期。そんな時期に気ぃ張っても意味ネェだろ?どうせ、ジャンプ見限ってSQとか行くんだろ?そんな過疎化する時期に新章突入!みたいな展開にしても誰も読まねぇっての」
「何勝手な事いってんの?どれだけやる気ないんですか、アンタ!これ書いてる日は、とうとう銀魂アニメ、新章スタートなんですよ?映画以来の新作なんですよ!?」
「新作っつってもなぁ。アニメ独自のストーリー展開です、とかじゃねぇんだろ?所詮漫画ありきなんだよ。観た事あんだよ。新鮮味に欠けるんだよ。何が新春スタートだよ。何も変わってねぇんだよ。眠いんだよ。新連載がスタートして銀魂またもや存続の危機なんだよ。滅びろ、ジャンプ!」
「何言っちゃってんですか!?びっくりするから!止めて!そういうの止めて!!」
 偉い人に何言われるか分からないから!!!!

 新八が青ざめ、更に突っ込みをしようとした瞬間、窓からふわりと温かな風が流れ込み、空気を一瞬で桜色に染めていく。

 ふわりと銀色の髪をなびかせ、再び横になろうとしていた銀時は、窓の桟から見える柔らかで色の淡い空を見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 新しい季節。新しい事。新しい何か。

 その瞬間、電話のベルが鳴り響き、新八がいそいそと受話器を取り上げた。




「ああ、スイマセン」
「ったく・・・・・何が一大事だよ」
 やる気の無い表情に死んだ目をする男に、お妙は苦笑した。
 姉上が困ってるんで助けに行ってください、と新八に言われて、何が何やら判らず、取り敢えず指定された場所まで来て見れば、彼女は大きな袋を手にぶら下げて立っていた。
「お店のお客さん用に色々買ったんです」
「なに?新年度お疲れ様です、って?」
「春は判れと旅立ちと出世とお祝いとお金の季節ですから」
「最後、なんかおかしくね?」
 半眼で告げる銀時に荷物を押しつけ、お妙はうーんと大きく伸びをした。
「じゃ、これ、すまいるまで届けてくださいね」
「おい・・・・・」
 俺は宅配屋じゃねぇっての!
「あら、万事屋ってなんでも屋でしょう?」
「・・・・・・・・・・依頼か?」
 依頼じゃねーなら受けねぇ。
 口をへの字にして告げる銀時に、お妙はやれやれと溜息を吐いた。
「金の亡者なジャンプ主人公なんて聞いた事ありませんよ」
「うるせーな!ル●ィも●護も●ルトも裏では金に物言わせてんだよ!」
 ぶちぶち文句を言いながらも、銀時は押し付けられた荷物をスクーターのハンドルに掛けたりして、運ぶ体制に入る。それを見ながら、お妙は「それじゃあ」とぽんっと両手を打ち合わせた。
「うちのお店で」

 その瞬間、悲鳴が上がった。

 二人ははっと振り返る。一人の女性が、「あれ!」とビルの上の方を指さしていた。
 地上15メートル上のそこに、スーツ姿の男が一人立っていた。遠目からはその表情は読みとれないが、疲れ切ったように肩が落ち、背が歪んでいる。
 早まるな!と誰かが叫び、何人かが携帯で警察に連絡をしている。

「銀さん!」
「あ?」
 ちらとだけその様子に目を走らせた後、興味を失くしたようにさっさと荷物を運ぼうとする銀時の袖を、お妙が引っ張った。
「無視する気ですか?」
 眉をしかめたお妙がこちらを睨んでいる。それに、銀時は肩をすくめた。

「無視っつーかー。そのうち警察くんだろ?それに、飛び降りるつもりなら止めても無駄だろ」
 あっさり告げる銀時に、お妙は更に眉をひそめた。
「現代日本人の悪い癖ですね」
 我関せずなつもりですか?
「関わってる人間が大勢いるだろ?江戸も捨てたもんじゃねぇな」

 口々に説得するような台詞を叫ぶ野次馬のみなさん。それを見やり、銀時は肩をすくめる。そのまま走り去ろうとする男の着物を、お妙は力一杯引っ張った。
 潰れたカエルの様な声を上げて、銀時が後ろにのけぞった。

「何すんだよ!?」
「止める場面だろが、ここは!このままなんにも起きずにこの回終わらす気か、ああん!?」
 ぎりぎりと締めあげられて、「落ち付け!」と銀時は潰れた声で続ける。
「たまにはいいだろ?どうせ新年度に突入してリストラされたか、もしくは転職しようとして失敗したか、どうでも良い様な理由で死のうとしてんだろ?死なせてやれよ。それが優しさだろ?」
「見損ないました!!!」
「お前が何時俺を尊敬してたんだよ!?」

 ぱっと銀時の襟元から手を離し、お妙は口々に飛び降りるのをやめるよう説得する人間に混じって声を張り上げた。

「貴方の人生は今まで真っ暗だったかもしれませんし、これからも何もイイ事なんかない、負け犬同然のものかも知れませんが」
「追い打ち掛けてどうすんだよ、をいー!」
「ここで死んだ方が楽かもしれませんけど、家族にも恋人にも裏切られ続けてきた人生を終わらせるのに、これほど派手な演出はないでしょうし、死んだ後のことなんかしったこっちゃないでしょうが」
「説得になってないから!何言っちゃってンのお前!」
「今すぐ死になさい!」
「おいいいいいいいいい!!!びっくりするから!お姉さん!?やめたげて!それはやめたげて!!!」

 今すぐ死んでやる!

 ビルの屋上で声を張り上げる男に、銀時は焦った。自分の命なのだから、死ぬのも生きるのも自分の権利だと、それはそうかもしれない。だが。
 だからと言って、その事態を見過ごせないのも、人間の権利である。

「待て待て待て待て!いいか、良く聞け!世の中にはな、玉ねぎ剣士として生きている奴も居るんだ!その人は、仕事を失い家を失い妻をも失いかけて、裁判にも掛けられて、転落人生まっしぐらでグラサンくらいしか特徴の無い奴だけどな、一生懸命生きてんだよ!長谷川さん舐めんな!」
「俺が傷つくから!なにそれ?風評被害!?」
 野次馬から声が上がる。ただし顔は見えない。姿も見えない。かおなしやくなし。
「どんだけ俺存在感ないの!?」
「えー・・・・・そういう人間が生きてるのにお前が死ぬことはない!」
「おいいいいいいい、さらっと酷い事言ったよ!銀さん、俺が死にたくなるからやめて!」
「そうですよ、長谷川さんが生きているんです!貴方が死ぬことない!」
「お妙ちゃああああん、!!!!泣くよ!?おじさん泣くよ!?」
「生きろ!長谷川を蹴落とせ!」
「生きて!!!長谷川さんの分まで!!!!」
「死んでないから!!!!俺、生きてるから!!!!!」

 生きろ!生きろ!生きろ!生きろ!!

 野次馬から歓声が上がり、夕陽がビルに当たる。屋上で鉄の柵にしがみついていた男の、歪んでいた背中が真っ直ぐに伸びていく。疲れ下がっていた肩が上がる。

 春の風が、下から淡い茜色の空へと噴き上がり、街に溜まっていた澱みを一切攫って飛んでいく。

「俺・・・・・」

 掠れた声。涙声。それが地上にひらりと降り注いだ。

「生きる・・・・・長谷川さんの分まで!!!!」
「おいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 長谷川の突っ込みは大歓声に溶け、彼は震える手で安全柵をあちら側へと降りるのだった。




 その後、到着した警察に男は保護され、長谷川さんの行方はしれない。
 歓声に沸く大通りを抜けて、スクーターの後ろに乗ったお妙は、銀時の腰のあたりにしがみ付きながらうふふ、と小さく笑った。

「ヒーロー見参・・・・・っていう感じですか?」
「・・・・・・・・・・ま、銀さんにやってやれない事は無いからな」
「やるまでが大変なんですよね、銀さんの場合」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あのなぁ、と後ろを振り返る。お妙の白い顔がこちらを見て微笑む。思ったよりも柔らかなその表情に、銀時は一つ溜息を洩らすと再び前を向いた。

「銀さんだってやる時はやるんだよ」
「はいはい」
 信用してねぇな、お姉さん。

 赤く染まった空の下、銀時はお妙を乗せて「すまいる」へと道を急ぐ。

「ヒーローはやる時じゃないときも、常にやる気なんです」
 店の前に付き、降りるお妙の手首を、銀時は掴んだ。そのままぐいーっと引っ張る。

「銀さんだって、常にやる気あんだぜ?」
 そのまま、ちうっとキスをされて、思わずお妙は身じろいだ。


 何かが変わる。新しくなる。
 身を切る様な風ではなくて、肌に優しく暖かな風が、世界を覆う。

 門出を祝福するように。

「どういうやる気ですか」
「こういうやる気、かな?」

 へらっと笑う銀時の頭をすぱこーんと叩いて、「これで今日の報酬はちゃらです」とお妙は真顔の笑顔で切り返した。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 からころと下駄を鳴らして店に入っていくお妙の、その華奢な背中を見送って、銀時は空を見上げて小さく笑う。
「なーんにも、変わらねぇ・・・・・けど」
 ゆっくりゆっくり、目に見えない変化も悪くない。

 基本、やる気の無いヒーローっていうのも、ありだよなぁ、と銀時は楽しそうに再びスクーターのエンジンを掛けた。


 ジャンプで主人公を張ってるんだから、取り敢えず行方不明の長谷川さんを探して、一杯飲もうかと、そう考えて。























 2011年4月4日アニメ銀魂リ・スタート!

 というわけで、30万&GWリクエスト企画より、拍手から

 『銀妙のヒーロー・・・のお題を書いてほしいです。よろしくお願いします。』

 と、頂きましたので、今回の更新となりました!!!!
 遅くてスイマセン orz 11カ月ですよ!5月5日にリクエストを頂いたので、本当に一年経つ直前ですよ!!!!

 もう、本当にお待たせしすぎて御覧になられてるかどうか判らないのですが(汗)ありがとうございました><
 久々の銀妙!そして、テレビシリーズ復活!!ということで!!!!旅立ちと出発と別れの春風にしてみましたw

 長谷川さんごめんなさい・・・・・こんな扱いでスイマセン(汗)
 相変わらずな雰囲気ですが、書いてる方は楽しかった!!!

 アニメも始まるし、ちまちま銀魂追いかけて行きたいと思っております!


(2010/04/04)

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