SilverSoul

 困ったら叫べ!飛んでくから!
 いつぞや、酔っ払ってその男が吐いたセリフだ。どこのヒーロー気取りですか、と道端の石ころを見るような眼差しで言い返したのは記憶に新しい。
 だから、現在、強面のお兄さんたちに囲まれたお妙はどうしたものかと、本当に困っていた。

 ざっと目をやっただけで、20人くらいは居るだろうか。
 なんとかならない数ではない。

 でも、お妙はここで彼らをぼっこぼこにするよりも、酔っ払いが言った言葉が真実なのか否かを確かめたい気にもなっていた。

(叫んでみようかしら・・・・・)
「お前だなぁ、志村妙ってぇのはっ!」
 ぐるりとお妙を取り囲む、物騒な着流し連中の、頭と思しき存在がすごむ。
「俺らの若を馬鹿にしてくれたらしいなぁ、ああん!?」
(でもなんて叫べばいいのかしらね・・・・・きゃー、とか?)
 下から上に。典型的な「睨み」を向けられるも、お妙はどこか違う方向を見て考え込んでいた。

 叫ぶとか、そんな恥ずかし真似をさせようとする、あの男の思考を疑う。いや、思考じゃなくて嗜好か?

「お陰でうちの若が、酷く傷ついてなぁ!てめぇに『ご奉仕』してもらないと、立ち直れないってぇんだよ、ゴラア!」
 下卑た笑いが巻き起こるが、お妙は聞いていない。
 これっぽっちも聞いていない。

 それもそうだろう。

 彼女は現在、お江戸でバカ売れ中の愛ポッドで好きな音楽を聴いている最中なのだから。
 そうして、目だけで状況を把握して、叫ぼうかどうしようか考えている。

 拳銃などを携帯している様子がみられないから、おそらくドスとか木刀とかそういった類を、このお兄さんたちは持っているのだろう。
 飛び道具さえなければ、お妙は蹴りだけで、ここにいる全員をひれ伏せることができる。

 でも、それ相応に面倒くさい。

「すかしてんじゃねぇぞ、このアマァ!二度と家に帰れねぇ身体にしてやるから、覚悟しろ、コラアア!」

 じり、と輪が狭まる。

 ああ、どうやら貞操の危機らしい。

 どこかのんきにお妙は考える。と、背後から抱きすくめられた。首に腕を回される。口を手で覆われて叫べなくなってしまった。

(これじゃあ、あの馬鹿を呼ぶこと出来ないわね)

 イヤラシイ笑いを口元に浮かべた男どもが、ぞろぞろと寄ってくる。無遠慮な手が帯に掛り、足を持ち上げられる。

(いや―、とか言うべきかしら)
 か弱さを演出する程度の抵抗をしてみた。途端、男たちはそれはそれは愉快そうに笑い、嗜虐的な笑みが広がっていく。
 男たちの興味は、お妙の申し訳程度にしかない胸と、足の奥にあるらしい。ほとんど暴れなかったから、抱えられているとはいえ、両腕は自由だ。
 軽くにぎにぎして、お妙は面倒そうに身体から力を抜いた。
 それを、周囲の男たちは観念したと勘違いし、嫌な笑いをさざめかせながら、裏路地に止まる車のボンネットに彼女を押し倒しに掛っていた。
 口から離れた手が、お妙にさるぐつわを嵌め、背中に冷たい金属を感じる。

 ああ面倒だ。

 お妙はぎゅっと両手を握りしめると、自分にのしかかり、片手で彼女の両腕を頭の上に縫いとめ、足を割ろうとする男に目を眇めた。

 こんな腕力で、お妙の両手を縫いとめているなんて、ちゃんちゃら可笑しい。

 すうっとお妙の眼差しに凍ったものが交じった。

(汚い手で)

 力を込めて、男の片手を吹っ飛ばそうとしたその瞬間。


「てめぇら・・・・・」
 くぐもったうめき声が周囲に響き、お妙の周りを囲んでいた男たちが倒れていく。
「汚ねぇ手でっ」

 バキイという、何かが折れる音。グシャアと、どこかがつぶれる音。それから悲鳴とうめき声と、吹っ飛ばされて板塀に激突する音。ひゅん、と風を斬る音。

「触ってんじゃねえぞ、オラアアアアア!!!!」


 どこか、爆発音にすら近い音がして、最後の一人が吹っ飛び。唖然と目を見開く、己を押し倒している男が瞬きの間に、お妙の視界の端で、回転し、空に舞い上がるのが見えた。





「立てるか?」
 身体を引き起こし、乱れた裾と襟を掴む。帯が半分以上解けていて、直すのに時間がかかりそうだと感じた銀時が、自分の羽織を脱いで、彼女に掛けてやった。
 結っていた髪は解け、さるぐつわを外してやると、頬のあたりがこすれて赤くなっていた。
「ありがとうございます」

 かすれた声で告げて、お妙は奇妙に顔が赤くなるのを感じた。

「ったく・・・・・オマエな、お客をあしらうのはお手のもんだろうけどな、時と場合と人を考えろ、人を!」
 あんな危険な奴をぼっこぼこにしたあと「金だけ寄こしてとっとと消えろや」とか言うな馬鹿!
「そんなに危険には見えなかったんですよ?お金はありそうだから、成金かと」
「お前の眼は節穴ですか!?首まで刺青の痕があったよね!?金髪でその筋っぽい指輪とかしてたよね?!」
「あら、そうだったかしら・・・・・私にはただの取り立てやにしか見えなかったわ」
「ただの取り立て屋ってなに!?」

 ああもう、これだから、お前はっ!

 とっとと帰るぞ、と、ぐいと彼女の手首を掴んで、銀時は明るい方に歩いていく。

「大体、なんでこんな暗いところを一人であるいてんだよ!店長に言われなかったか!?今日は明るい道を通って帰れって!」
「言われましたけど・・・・・私に指図するなんて、生意気だと思いました」
「だからってわざわざ言いつけ破るのかよ!?忠告無視!?」
 意味ねぇ、忠告意味ねぇ!ていうか、お前ってほんと意味ねえええええええ!!!

 ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる銀時について行きながら、「結果オーライでしょう」とお妙は明るく答えた。

「何が!?どこが!?お前、判ってる!?本当に判ってんの!?銀さんがどれだけ大変だったか判ってていってるんだったら、お前はSだ!まぎれもないドSだっ!!」
 俺がどれだけ苦労してお前を探しあてたと思ってんだよ!?マジ無い!マジないわ、お前!!

 乱暴な足取りは、普段のやる気の無さとは正反対で、心の底から彼が怒っているのが判る。
 だから、お妙は一人でなんとか出来ました、という「可愛くない女」発言を控えた。

 代わりに、己の手首を掴む銀時の手を外して、自分の指と絡めた。
 ぎゅっと握りしめる。

「どうして判ったんですか?」
「ああ?」

 柔らかな手が、どこか縋るように握りしめるのを感じて、銀時はどきりとする。
 正面を向いたまま、男はぶっきらぼうに言い切った。

「勘だ」
「尊敬して損しました」
「お妙・・・・・今までの発言のどこに俺を尊敬してる部分があったのか、詳しく訊きたいんだけど」
 半眼で見下ろす男に、お妙はほんの少しだけ、心を許してみた。

 ふわりとほほ笑んで寄りかかる。

 ぎくん、と銀時の身体がこわばる。だが、それも一瞬で、男はあきれ果てたように溜息をもらした。

「次からは金取るからな」
「あら」

 それに、お妙は心地よい銀時の体温にくすぐったいものを感じながら言った。

「じゃあ、私のご奉仕でいいかしら?」


 どうせろくでもないダークマターもどきの物を、口に詰め込まれて「ご奉仕しましたv」とか言われるんだろう。
 鼻で笑い、男はからかい気味にお妙を見た。

「身体で奉仕してくれるってんなら、銀さんも考えちゃうかも」
「いいですよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 涼しい顔で切り返し、お妙は銀時を見上げた。

「その代り、今日くらいのタイミングまでに来ないと、私が暴漢をぶちのめしてますから、悪しからず」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 女としての最大の恐怖を味わったはずなのに、お妙はどこか涼しげで、乱れた衣服にも頓着していない。
 これが、ただの小娘なのだろうかと、勘繰りたくなる。

「なあ」
「はい?」
「お前って、歳誤魔化してない?」

 刹那、めこ、という音がして、お妙の鉄拳が銀時の顔面にヒットした。

 蹲る銀時を見下ろして、お妙は笑う。

「それにしても」
 暴力女、と涙目で叫ぶ銀時を、いつものかぶき町の表通りで見つめながら、お妙は可笑しそうに言った。
「叫んでもいないのに飛んでくるなんて・・・・・銀さんらしいわ」

 間に合うか、間に合わないか。

 どっちでもありうるのが、坂田銀時と言う名のヒーローだと、お妙は思う。
 それに、銀時は苦くつぶやいた。

「俺はジャンプでも枠にとらわれない、個性的なヒーローで売り出していく予定なんだよ」
「・・・・・・・・・・それ、売れます?」

 ヒロインのピンチに間に合わないヒーローに、少年が心ときめかせるだろうか。

 銀時は「時代は新しいものを常に求めているんだよ」と訳のわからないことをほざきながら立ち上がり、今度はお妙の手を握りしめて歩き出す。

 その銀時に手を引かれて、隣を歩きながら、お妙はこっそり思う。

 ジャンプの行く末が心配だわ、と。








(2009/10/09)

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