SilverSoul

15. 護るべきもの
「何コレ・・・・・」
「当店1・2位を誇る看板ホステス件用心棒の志村妙でございます。」
「や・・・・・それは、見れば分かるけどさ・・・・・いや、うん。そうだよ?これはお妙だよ?でもね、なんでね、こうなってるわけ?」
 半眼で尋ねる銀時は、あさっての方向を向いて、メガネを直す「すまいる」店長にひきつった笑顔を見せた。
「それはだな、銀さん・・・・・まあ、いろいろあってな」
 ふーっと遠くを見つめ、溜息を吐きだす店長に、「いや、何?いろいろって何?怖いんですけど、俺がいろいろ怖いんですけど!?」と襟首を掴んで揺さぶる。
 話題の中心人物は、気持ちよさそうに寝息を立てて、お店のソファーの上で横になっている。
 ただし、着ている物がすごかった。
「これ、明らかに下着だよね!?俺の見間違いじゃなきゃ、あれだ。勝負する時に着ててもおかしくない下着だよね!?え?店長、なにしたの?お妙に何したわけ!?」
「痛い痛い痛い、銀さん・・・・・だからっ!これにはいろいろわけがあって・・・・・っ!」
「だからそのいろいろってぇのが何だって聞いてんだよ、コラァアアアアア!!」
 掴み上げぎりぎりと締めあげる銀時に、店長は悲鳴を上げる。その時、天の助けが入った。
「ちょっと銀さん。店長が悪いわけじゃないのよ。」
「アアン!?店の娘にこんな恰好させる店長の何が悪くねぇってん・・・・・」
 振り返った銀時は、しかめっ面でそこに立つお良に目を見張った。
「これには訳があるのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 なんと、そこに立つお良は、黒のブラジャーに高そうなレースの黒の下着、それからそれらが透けて見えるキャミソールを着ているのだ。
「え?何この店・・・・・趣旨変えたの?」
 締め上げられ、目を白黒させる店長をしげしげと見下ろし、銀時は複雑な表情でつぶやく。それに、お良が溜息を洩らした。
「違うわよ。これは今日だけの特別接待。」
「接待!?」
 ほとんど放り投げるような勢いで店長を床に落とし、銀時はお良を見た。見て、目のやり場に困る。
「あー・・・・・とりあえず、もうね、お姉さん。服とか着たら?」
「この恰好を見て、イヤラシイ目をするのは地球人だけね。」
「は?」
 いや、普通イヤラシイ目で見るでしょう。そういうあれだよね?趣旨だよね?
 何が何だか、という困惑まっただ中の心中でそう言えば、「だから、地球人だけなのよ」と頭を掻きながら、黒の下着姿のまま、お良が溜息をついた。
「つまり、私たちがこんな恰好をしてるのは、こういう恰好が普通の星のお客さまを相手したからなのよ。」
「・・・・・・・・・・へ?」

 目が点になる銀時に、お良は「宇宙にはね、地球の常識が通用しない星があるわけ」と淡々と話しだした。

 どうやら、地球との外交目的でやってきたお役人さまをもてなしたようなのだが、その星では、着衣でいることこそ「破廉恥」な行為であり、地球にやって来て皆が服を着ているのに衝撃を受け、苦痛の毎日だったという。

「いやいやいや・・・・・そんな星あるわけ?」
「それがあるんだよ、銀さん」
 床に投げ出されていた店長が、腰をさすりながら起き上り、くいっと眼鏡をあげた。

「そこの星では男女関係なく、全員が裸の付き合いをしているらしいんだ」

 ぐっと手を握り締めて、「是非ともその星との交流を熱望したいものだ!」と遠い眼をして訴える。

「いやまあ確かに?地球の繁栄と言うか、交流を考えると?そういうのもいいというか、そうだな。未知の星だからと言って、無下に付き合いを却下するのもどうかと思うよな。まずはあれだ。こっちからも派遣団を送った方が」
「あんたたち・・・・・」

 床に座り込み、真顔で話す男二人に、お良は呆れ変えた視線を送る。

「ま、そういうスケベ根性も銀河規模では同じみたいでね。」
 こんな刺激的な星と、友好を結ばない手はない、って外交官の皆様も乗り気でさ。
「でも、流石にそんな刺激的な場所で何週間も過ごして辟易してきたというか、故郷が恋しくなったみたいでね」
 それで、松平のおじ様がここを紹介して、みんなでもてなしたってわけ。

 流石に全裸はまずいので、全員店側が用意した下着姿での接待となったのだが。

「お妙がよくそんなん許したな?」
「松平のおじ様をぼっこぼこにしてたけどね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 容易に想像がつく。
「ま、それでも仕事は仕事だってね。」
 でも、なんかいつもよりもペースアップしてお酒、飲んでたわね。
 肩をすくめるお良に「へえ」とだけ答えて、銀時はちらっとソファーの上に横になるお妙を見た。

 白い肌を際立たせるように、桜色のブラジャーのラインが見える。それから、同系色のショーツ。着ている物のスタイルは同じで、お良と同様に透けているキャミソールを着ているのだが、腰から太もも、お尻がきわどいラインで隠れていて、それが余計になんというか、艶めいていて、銀時は音が立ちそうな勢いで視線をはがした。

「ほかの店の娘は帰っちゃったんだけど、お妙だけつぶれちゃったのよ。」
 やれやれとため息をつくお良に「それで俺に迎えに来いってか?」と銀時はおそれおののいた。

 冗談じゃない。

「普通新八だろ?」
 焦って怒鳴れば、「逆効果でしょ」とお良が眉をあげた。
「姉上になにさせとんじゃああああ、って大暴れよ。」
「・・・・・・・・・・だからってなんで俺?」
 冷汗をかきながら言えば、お良はあっけらかんと告げる。
「だって銀さんって、すれた恋愛しかしたことなさそうだから」
 もうとっくに女の肌なんかに照れるでもなく・・・・・ていうか、枯れてるでしょ?
「馬鹿言え、お前。俺だってなあ、ジャンプを愛する、身も心も青少年よ?こんないかがわしい店にいること自体、紳士たる俺の、ジェントルメエンななんっつーか、あれ?なんだっけ」
「はいはいはいはい、あたしの格好見て普通に話せるんだから、どうってことないでしょ?」
「いやいやいやいや、それとこれとは話が別だろがっ!!」
 あーもー、寒いから着替えてくるわね。
 そういって、面倒そうに更衣室に向かうお良の腕を銀時がつかんだ。
「確かにだな!?いかがわしい店にも行ったこともあるよ!?けどね、お姉さん!そこにいるのはお妙なんですけど!?とりあえず服着せてくんね!?このまんまお妙が目覚めたら、どうなると思う!?」
 血の海よ!?俺の血で俺が溺れるなんて、意味わかんねぇから!?

 必死ですがる銀時に、お良が美しい笑みを浮かべた。

「それは無理な相談ね。」
「何で!?」
 俺が隠れてる間に、お姉さんがお妙連れてけばいいだけだろ?!
 その後は家まで送るから、と言おうとして「銀さん?」という声が後ろから掛った。びりびりびり、と銀時の身体が電撃を受けたように震える。
「じゃ、お疲れ様〜」
「おねーさあああああん!!!」
 ばっと周囲を見渡せば、店長があたふたと奥に消えるのが見え、お良がダッシュで更衣室に向かう。
「なんですか、そんなところに座り込んで。」
「え?あ・・・・・いやあの・・・・・」
 振り返れない。
 お妙の声は眠そうに濁っていて、どうやら事態をうまく把握していないようだ。
 さあ、どうしようか。

(畜生・・・・・あの女!依頼料倍にしてやる・・・・・!!)
 ただ単に、彼女から万事屋にかかって来たのは、「お妙を迎えに来てほしい」というものだった。それなら新八に頼め、と言おうとして「万事屋の旦那に、仕事としての依頼だから」と涼しい声で言われてきたのだ。
 それが、まさかこんな命の危険を伴う物になるとは。

(とにかく落ち着け、俺!そうだ・・・・・落ち着くんだ。お妙はまだちゃんと覚醒していない!!)

 その間に、さりげなく服を着せればいいのだ。

「銀さん?」
「ん!?あ・・・・・いやあの・・・・・店長から電話が来てな」
 ぎぎい、と軋んだ音を立てて振り返れば、ぼーっとこちらを見るお妙が、酒に濁って蕩けきった眼差しでこちらを見ていた。
 上気した肌が、ほんのり桜色で男は激しく激しく動揺した。
 まな板みたいな、と昔言って殴られた胸にすら視線が言ってしまう。きちんと膝を揃えて座っているのが、その太ももに隠れた部分が、余計にいらん想像を掻き立てる。
(落ち着け・・・・・!あれは魔王だ・・・・・!大魔王だっ!!)
 ちょっとでも不審な態度をとれば、息の根が止まるまで殴打されるっ!

 恐怖なのか、それとも別の感情なのか、ばくばくする心臓を抱えたまま、銀時は「お前が泥酔して寝てるっつーから仕方なく迎えに来てやったんだよ、この銀さんが」と、裏返りそうな声で言う。
「あら、そうなんですかぁ?」
 多少間延びした口調でお妙が言う。
「そんな、銀さんのぼろスクーターに乗るほど酔ってませんけど?」
 小首を傾げると、彼女の頬が、抱きかかえていた一升瓶にくっつく。眼を閉じる彼女が「きもちい〜」と冷たい一升瓶に笑顔を見せた。
「とにかくだな。時間も遅い・・・・・つーか閉店だし。帰るぞ?」
「え?」
 視界が遮断されているのをこれ幸い、と銀時はわたわたとお妙に近づき慎重に肩に触れた。
 はたと、すぐ近くでお妙と目が合い、銀時はだーっと背中に冷や汗をかいた。ふわりと、甘い果実酒の香りがしてこの女が、自分の抱きかかえる一升瓶をカラにしたわけじゃないのだと、気づく。
(って、何悠長に考えてんだよっ!)
 とにかく今は、彼女を更衣室に押しやって、着替えさせなければ。
「なんか、銀さんの手、熱いですね」
 へんねぇ、と首を傾げるお妙に(そりゃ直に触ってるからだああああ)と内心悲鳴を上げる。
 気づくな気づくなお願いだから、余計な事を気にしないでえええええええ!
「そ、そうか?と、とりあえずあれだ、お妙。帰る準備してこい。な?」
「ええ、そうね。」
 立ち上がると、ふらり、とお妙の身体がかしいだ。足もとがおぼつかない。
「大丈夫か?」
 思わず抱きとめると、銀時はその場に動けなくなった。腕に感じる、彼女の素肌は信じられないくらい柔らかくて、熱い。
(この女はゴリラの化身ゴリラの化身ゴリラの化身・・・・・)
 だらだらだらだらと冷たい汗をかきながら、銀時は呪文のように唱え続けた。そうすれば、目の前で惜しげもなく白い肌を晒す女が、本当にゴリラに見えるだろうと信じながら。
 そんな、固まる銀時を、首をかしげたお妙が見上げた。
「なんか・・・・・すーすーするんですけど」
 そういって、己の衣装に目を落とす。ぴらり、とキャミソールの裾を掴んでまくると、ふわりとお腹のあたりの白い肌が見えて、銀時は心の中で悲鳴をあげた。
「く、空調の関係だろ!?て、ててててんちょーっ!クーラー利きすぎじゃね!?省エネでしょ、今の時代はっ!?」
 「あら?なんかこの恰好」と眉間にしわを寄せ始めるお妙に、別の意味で心臓を破裂させそうになりながら、銀時は奥に向かって声を張り上げた。
「とにかくお前は帰る用意してこい!俺だって明日早いんだから!!頼むから、ね!?」
 大急ぎで彼女の背中を押す。じゃないと、色んな・・・・・本当に色んな意味で身体が持たない。
「変な銀さん・・・・・」
 とろんとしたまなざしのまま、何が楽しいのか、くすくす笑って、お妙はようやく更衣室へと歩いていく。

 ぱたん、と閉じる、奥に続く扉を見つめ、それから数十秒後に詰めていた息を吐き出し、銀時はがっくりとその場にしゃがみこんだ。

「何なんだ、あの女・・・・・っ!」
 こええよ、マジでこえええよっ!!何この拷問!?俺に死ねってこと?!今ここで死ねってことですかあああ!?
 倍どころか、10倍の依頼料をもらわないとやってらんねー、なんて天井に向かって叫ぶ。

 そこで、ふと、あの恰好で今日は一日接客していたのだと気づき、銀時はちらとドアに視線を落とした。

 イヤラシイ目で見る連中はいなかったという。むしろ、着衣の方が、「そういう対象」として捉えられる星の人間だという話だ。
 それでも、複雑な気持ちにならざるを得ない。

 ―――――普通、断るんじゃねぇの?

 そんな思いが胸のうちに込み上げて、いつものお妙なら、「そんなふざけたお客の相手なんかしてられません」とかなんとか、上等な笑顔で言って、帰ってくるのではないのだろうか、と思う。

(なんか・・・・・俺、腹立ってきた・・・・・)
 言いようのない、むかむかが込み上げて来て「俺、今日一滴も飲んでないのに、何このむかつき」と小声で吐き捨てる。もんもんと何かを考えていると、「おまたせしました」と涼やかな声がかかり、銀時は「遅かったじゃねぇか」とぶっきらぼうに言って顔をあげた。

 上げて、固まる。

「何してんのおねえさあああああん!?」
 悲鳴のような声で言えば、「え?」とお妙が首を傾げる。
「何って、帰るんでしょう?」
 だから帰り支度をしてきたんですけど?

 そこに立つお妙は、先ほどの桜色の下着姿から、白の下着姿へと変貌していた。

「どのあたりが帰り支度!?色変わっただけじゃねえかああああ!!!」
 怒鳴る銀時に、お妙は「いやだわ、銀さん」ところころ笑いだす。
「いつもそうですよ?」
 店に出るのと普段着は違いますから。
 にこにこ笑うお妙に、「そうじゃなくてえええええ!」と銀時が絶叫した。
「そもそも着物が違うから!!」
「ええ、ですから普段着と仕事用の着物は違いますから。」
「そうじゃねえってんだろうが、このアマあああああっ!」
「誰がアマじゃぼけええええっ!!!」
 力いっぱい殴られて、銀時が吹っ飛ぶ。ぱんぱん、と手を払って「さ、帰りますよ〜」とお妙がのんびり告げた。

(なんで俺・・・・・殴られてるわけ!?)

 泣きそうになりながら頬をさすり、そのまま下着姿で出て行こうとするお妙に、銀時は大いに慌てる。いくらド深夜といえ、ここは仮にもかぶき町の繁華街だ。
 酔っぱらったスケベオヤジ共がまだうろうろしているだろう。
「まてまてまてまてえええええ!!!」
 必死に駆け寄り、銀時は大急ぎで帯とベルトを外し、己が着ていた白の羽織を強引にお妙の上に着せた。
「なんですか?これ」
「・・・・・・・・・・い、いくら春とはいえね。スクーターにその恰好で乗るのは寒いから、うん。」
 お、お姉さんに風邪ひかれたら、新八が看病に取られて、んで、万事屋の人手不足になるから。さ。
 苦しい言い訳をしながら、銀時は己の羽織をきっちりと着せ、帯でしっかりと結わいつける。
 裾も袖も長い、銀時の羽織を着て、お妙はしかめっ面をした。
「なんか、汗臭いんですけど」
「文句言うな!俺でも泣くぞ!?」
 ほら、とっとと乗れ。

 もうこうなったら、このまま家まで送り届けてそして、今日のことはなかったことにしよう。そうしよう。

 予備のヘルメットをお妙に放り、銀時は座席にまたがる。「これ薄汚れてません?」と更に嫌そうな顔をするお妙に、「殺されたいのか、お前はっ」と怒鳴り返して、銀時は頼むからもう黙っててお願い、と懇願して後部座席に彼女を乗せた。


 春の月が、南の空で大きな顔をしていた。
 空気は埃っぽく、街道に咲く桜から、はらはらと白い花びらが落ちてくる。


 のどかな、草花の香りを含む夜気が、辺り一帯を覆っている。そんな中を、銀時は慎重に走り出した。背中に抱きつく女の体温は、やはり高い。このまま寝てしまうのではないだろうかと、たまに振り返りながら、銀時はぼーっとしたまなざしで、流れていく景色を見つめるお妙を確認した。
(こんな恰好で出て行こうとするってことは・・・・・相当酔っぱらって、ごっちゃになってんだろうな・・・・・)

 普段の彼女からは考えられない。

 それくらい、飲んで酔っ払ってしまおうと思うくらい、苦痛な仕事だったということだろうか?

「なあ、お妙。」
 苦々しいものをかみしめながら、銀時は前を向いたまま、静かにお妙に尋ねた。
「今日の・・・・・仕事だけどさ」
「はい?」
 ぼうっとした眼差しで、銀時の背中に頬をくっつけていたお妙は、のろのろと顔をあげた。
「なんで・・・・・受けたんだ?」
 酔っぱらい、思考が混濁している彼女のことだから、自分の今日の仕事内容を覚えているとは思えない。それでも訊かずにはいられなくて、銀時は静かな調子で尋ねてみた。
 しばし、沈黙が落ち、ぼろスクーターのうるさいエンジン音だけが、空気に落ちて溶けていく。
「なんでって・・・・・じゃあ、銀さんはなんで私を迎えに来る仕事、受けたんです?」
 かすかにろれつの回っていない口調で、逆に聞かれて、銀時は「そりゃお前」と咳払いした。
「あれだ・・・・・俺は万事屋だからな。頼まれた仕事はきっちりこなすのが普通だろうが」
 告げる銀時に、ふっと眼をとじ、背中に寄りかかったお妙が笑う。
「私もおんなじです。」
「あん?」
 半眼で振り返れば、気持ちよさそうにするお妙が「仕事だからです」とあっさり答えた。
「いや、お姉さん。仕事っつってもね。出来るものと出来ないものがあるだろうが」
「確かに、しゃぶしゃぶ天国は無理ですけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、第一話の」
 半分身売りをしてるといっても過言でもなかった仕事だ。初めて新八と、それからお妙と会った時の話である。
「すまいるの店長はしっかりした方ですし」
 無体なことは言ってきませんからね。
「そこまで義理立てするような仕事か?」
 思わずそう言えば、ドゴオッ、と背中を殴打される。 ギャギャギャギャと凄い音を立てて、スクーターがスピンしかけ、痛みに悶絶していた銀時は、あわてて体制を立て直した。
「危ねぇじゃねえかああああ!?」
 俺を殺す気!?
 振り返ってかみつけば、鋭いまなざしの彼女が、銀時をにらんでいた。
「当然です。私はこの仕事に誇りを持ってますから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「店長や仲間達に、私は感謝してますし」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それに、この仕事が」
 息を吸い、お妙は南の空に、煌々と輝く真白い月を見上げた。
「私たちの道場と・・・・・新ちゃんを守ってるんですからね。」

 そうだった。新八もお妙も、自分たちに残された父親の形見ともいえる道場を守ろうとしているのだ。

「それが、義理立てしないような仕事だって言えます?」
 ひたりと、銀時に視線を合わせて、ふわりと笑うお妙に、男は返す言葉をなくした。

「ま、そういもんかね」
 それだけ言い、銀時は前を向く。春の宵に沈む、静かな街を、彼女を送り届けようとひたすらスクーターを走らせた。
「銀さんだって、そのつもりで、万事屋やってるんじゃないんですか?」
「ああん?」
 彼女と新八の置かれていた状況や、笑顔ですまいるに努めるお妙の姿をつらつらと考えていた銀時は、不意に後ろから聞こえてきたお妙のセリフに目を見張る。
「自分を頼って来てくれた人・・・・・目についた人・・・・・困ってる人・・・・・そう言うのを助けて、護ってやりたいと思ってるからこそ、やってるじゃないんですか?」
 万事屋。
 くすくす笑うお妙の、楽しそうなそのセリフに、「そんな大層なもんじゃねぇよ」と銀時はぶっきらぼうに答えた。
「じゃあ、何でです?」
「てっとりばやく・・・・・・・・・・金になると思ったからだ」
「ふ〜ん?」
 見透かすように相槌を打たれて、「お姉さんは何か勘違いしてねぇか!?」と声を張り上げた。
「俺はね、そこまで考えちゃいねえんだよ。ただ、この街はごたごたしてて・・・・・付け入る隙があるっていうか、困りごとと言うか、トラブルが絶えねぇだろ?だからだな、金になりそうな仕事がごろごろしてると思ったからだなぁ」
「割には万年金欠ですわよ?」
「・・・・・・・・・・俺はお前と違って、仕事を選んでるからな」
「私だって、お客は選んでますよ?」
「選べるほど指名はいらねぇだろ」
「このまま地面にたたき落としましょうか?」

 にっこり笑うお妙に、「すいません。不適切な発言でした」と銀時は焦って返した。

「それでも私は・・・・・私の護りたいもののために、働いてるんですぅ」
 銀さんと違って。
 男の背中に体を預けて、目を閉じたお妙が告げる。それに、路地を曲がりながら、銀時は小声で呟いた。

「それなら俺だって同じだっての」
「え?」


 俺だって、俺の護りたいもののために、やってんでだよ、万事屋。


「誰かの助けになりたくてやってんじゃなくて・・・・・こうすりゃ、少しは、俺が護れなかったもんを護れんじゃねぇかと思ってやってるってことだな。」
「・・・・・・・・・・意味が分からないんですけど」
「俺は俺のために、万事屋やってるってことだ」
「なんですか、それ。自分のためって、どんだけですか」
 頬を膨らませて告げられて、銀時はにっと笑って巨大な月を見上げた。
「いいんだよ、それで」
 人に分かってもらわなくてもなぁ。
「寂しい人生ですね」
「ほっとけ。」

 スクーターは走り続け、銀時は柔らかな夜を身にまとって抜けていく。

「なあ、お妙。」
「はい?」
 眠そうな声が答える。志村家の門が見える距離まで来て、銀時は楽しそうに告げた。
「お前が道場と新八護ろうとして頑張ってんのは知ってる。」
「はい。」
「だからさ。」
 ブレーキをかけて、門の前に慎重に止まり男は女を振り返った。

 淡い黄色の月光の下、銀時は彼女に顔を寄せた。

「俺がそんなお前を護るってのはどうだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕事ですか?」
 溶けそうな眼差しで問い返されて、銀時は「ま、そんなとこ?」と笑みを返した。
「報酬はこれでいいよ」
「え?」

 ちう、と唇にキスをして、離れると、男はぽんぽんとお妙の頭を撫でた。

「だから、あんま無茶な仕事するな。」
 真剣な眼差しが、すぐそこにある。それを見詰め返し、お妙は目を瞬かせる。
「わかったか?」
「はい。」
 言葉の強さに押されるように、思わずそう答えると、「よし」なんて意味不明な納得をされてしまった。
 対して銀時は、先ほど感じていたもやもやをすっきりさせて、にやりと笑う。
「じゃあな。」
 手を振って、スクーターを起動させる。一体何が起きたのだろうか、ぼうっと考え込む女を横目に、、銀時は再び春の夜を走りだす。
「あ、その羽織、洗濯よろしくな」
「わかってますよぅ・・・・・」

 己の唇に指をあてて、ぼんやりとそう返したお妙は、遠くなっていく銀時の背中をしばらく眺めたのち、じわじわと赤くなる頬のまま笑った。

「――――って、あなたに護ってもらわなくても十分なんですけど」





 俺が護りたい者。護れなかった者。そのために万事屋をやっている。
 誰かのためとか、誰かを護りたいとか、そうじゃなくて。

 俺が俺の為に、俺の護りたい者のために、やっている。


「朝になったら、きっと殴られんだろうなぁ」
 自分の羽織の下は下着しか着ていないのだ。なんで銀時の羽織を着ているのか。
 要らん想像をして、万事屋に怒鳴り込んでくるお妙の姿を想像して、銀時は笑う。

「まあ、いいかぁ」

 それで、彼女が護れたのなら、万万歳だ。


 夜の蒼い闇に、銀時のスクーターが溶けて行き、やがて東の空が白み始める。


 それから数時間後、お妙が万事屋のドアを叩き破った。

 要件はただひとつ。

「護ってもらわなくて結構ですので、昨日の口付けを返してください」
 笑顔で言われたそれに、銀時は洗濯され、お妙の着物と同じ香りがする己の羽織を受け取って、数度目を瞬くとにっと笑った。
「クーリングオフ期間は終了しました〜」


 乙女の唇奪っといてなにぬかしとんじゃボケエエエエエエ!!!!!
 命で償わんかいっ!!!!


 普段通りの怒声が響き渡り、雑多でごたごたしたかぶき町の一日が始まった。





(2009/03/16)

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