SilverSoul
- 14. 足りないのは糖分だけか?
- ※なんというか、ちょっとエロ表現があるかもしれないです><※
なんという仕事だったろうかと、お妙はたどり着いた自宅の座敷に崩れ落ちるように座り込んだ。
まだ頬が熱い。
(忘れる忘れる忘れないと身が持たないわ・・・・・)
目を閉じて、お妙はぶんぶんと首を振った。瞼の裏に蘇る光景に、身体がふるえ、慌てて立ち上がる。
こんな風に、呆けたように座り込んでいるからいけないのだ。
静かにお湯でも浴びて、そして寝てしまおう。
思った以上に疲れているし。
お妙はいくらかふらつきながら立ち上がった。そして、今日の「仕事」の内容を思い出す。
ただ隣の座敷に座っているだけ。
「すまいる」は単なるキャバクラだ。男性客相手に、お酌をして、夜にみる楽しい夢を実現させてあげ、日頃のうっぷんや愚痴を静かに聞いてあげるような、そんな場所だ。
だが、そんな男たちの聖地に、たまに女性客もやってくる。
人間関係、恋の悩みなどを、人生経験豊富な、玄人っぽくみられるキャバ嬢に相談をしようとやってくる者たちだ。
そんな客の一人が、お妙に相談と仕事を持ち込んで来たのだ。
なんでも、しつこい男に付きまとわれていて、なんど断りを入れてもやってくる。
職場にも迷惑がかかるし、お妙なら腕っぷしも強いし、ストーカー被害にあうたび撃退しているから、その手腕を発揮してほしいとそう、彼女は熱心に話したのだ。
最初は断ったが、彼女があまりにもかわいそうだし、報酬も良かったので結局お妙は引き受けることにした。
そうして今日、彼女の職場に足を踏み入れたのだが。
(まさかその先が遊郭だったなんて・・・・・)
最近、吉原は革命が起きて、日の光を受け「健全なエロ」を楽しむ場所へと発展したという。
いわく「自分で働きたいと思うようになった」心構えが違うというのだが、お妙が潜入したその店だってやっていることは同じなのである。
遊女とお客、双方が気に入り、合意の場合のみ立ち入ることができる寝所。
その隣に控えて、お妙は遊女の元に乱入してくるかもしれない「困った輩」を待った。
お客を取ることで、遊女の賃金も上がるシステムらしい。気に入られようと男は必死になるし、女も贈り物を山と貰う。
そうして何度目かの逢瀬の後、「じゃあ」ということになったらしい相手と、その部屋に消えるのを確認して、お妙は隣の部屋に待機した。
(こういう仕事って銀さんとか万事屋さんの仕事よね・・・・・)
彼らの仕事を取ってしまったことになるのかしら?とお妙はちょっと複雑な気持ちになりながら、せまいそこに置いてあった座布団に腰を下ろす。
待つことしばし。
(・・・・・・・・・・・・・・・。)
襖一枚隔てた奥から聞こえてくる生々しい音に、お妙は真っ赤になってうつむいた。
確かに、こんなところに新ちゃんや神楽ちゃんをおいてはおけない。
だからと言って銀さんなんかに任せたら、恐らく、もっと悲惨なことになるに違いない。
(女性に頼んだ気持ちがなんとなくわかるわね・・・・・)
ここでは「そういうこと」を売りにして商売にしている。
うまく心が・・・・・嘘でも通えば「こういうこと」ができますよ、手順を踏んで、疑似恋愛体験をすれば、ここまでたどりつけますよ、という商売なのだ。
うたかたの夢。
一夜の夢。
消して本物にはならない、けれど、「恋愛をした気になれる」場所。
彼女の喉から発せられる声が、本当なのか似非なのか、お妙にはわからなかった。
わからなかったが、なんというか、居たたまれなくなるのと同時に、心の奥からじわりと熱のようなものがこみあげてくるのに気づき、彼女は慌てて頭を振った。
とにかく今は、隣の「疑似恋愛」に気を取られている場合ではないのだ。
そう、彼女を守るものはお妙しか居ないのだから。
(そう・・・・・か)
つやっぽい嬌声。懇願する声。甘い囁き。
確かにそれだけ聞けば、この二人は仲睦まじい二人と言えるだろう。だが、所詮は客と商売人なのだ。
(何かあったときに彼女を守る腕は、今、抱かれている腕ではない・・・・・)
己を組み敷く相手は、自身のすべてを委ねてしまうには余りに頼りなく、そして薄っぺらな相手でしかないのだ。
いくら逢瀬を重ねようとも、いくら心を通わせようとも。
結局はふりでしかない。
中に本気になるお客さんもいる、とそう話していたのはたしか、ちょっと前だった。
自分にはその気はないのにと。
彼女のあられもない啼き声を耳にしながら、お妙は心の奥に熱い塊を抱えたまま切なく、悲しくなっていく。
いろんな感情がせめぎ合い、ひとつになるほど近くにあるのに、何億光年もの隔たりがあるような、そんな行為。じり、と胸の奥が痛くなったとき、ひたひたと廊下を歩く音が聞こえて、お妙ははっと身をこわばらせた。
彼女を守るのは、自分だ。
意を決して、お妙は隣の部屋とこちらを仕切っている襖をそっとあけてみた。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
その結果みてしまった二人の絡まる姿が、今も目に焼き付いて離れない。
思うところも、考えることも、また、切なさも色んな事情も理解しているつもりだが、衝撃が強すぎた。
思った以上の力で、忍んできたストーカーをぶっとばしたのもそのせいだ。
そのあと、永遠と説教して、すっかり忘れていたが、今一人になって我に返ると、いろいろ思い返してしまう。
(こんなんだからいけないのよ・・・・・)
ふるふると頭を振って、お妙は台所に向かった。冷蔵庫にダッツがあったはずだ。
あの甘さに癒されたい。
ああ、ほろほろと口の中で溶けていく甘さが恋しい。
(あら・・・・・でもそういえば、最後の一個)
勝手に銀さんに出しちゃったって、新ちゃんが・・・・・
あの腐れ侍、と一瞬頭に血が上りかけた時、「あれ?」という声がかかり、仰天してお妙は振り返った。
「お前、今日仕事だったんじゃねぇの?」
「ぎ・・・・・」
スーパーの袋を提げた男が、深夜二時を回った人ん家の廊下に立っている。
次の瞬間、お妙の鉄拳が銀時の腹部にヒットした。つぶされた蛙のような声が響く。
「な、なんでいるんですか、ここに!?」
声を張り上げれば、「いきなり殴るか普通!?」と銀時が涙眼でお妙を見上げている。
「新八が、お前のダッツ、俺に出しちまって、買い置きがねぇって騒いでて。そんで、仕事で持ち場をはなれらんないあいつの代わりに俺がだな・・・・・」
「てめぇの所為じゃねぇかよ」
「買い忘れた新八君が悪いんじゃないわけ!?」
ぎりぎりぎりぎりと締めあげられ、「何で俺、いわれのない暴力を受けてるんだよ!」と声を上げる。
「てか、お前が帰ってくるには時間が早いんじゃ?」
「・・・・・・・・・・」
いつもは明け方すぎだ。ド深夜でも帰宅が早い、とはなんともはやだが、それにお妙は銀時のぶら下げていた袋をひったくると「今日は別件です」と答えた。
そう言った瞬間、見てしまった二人の姿を再び思い出して、お妙は己の頬が信じられないほど熱くなるのを感じた。
早くアイスでなんとかしなくては。
早足で座敷に戻ると「一応、俺の分もあるんですけど」と銀時が明るい居間についてくる。
「さ、食べましょう、食べましょう」
座り込んで、がさがさと袋を漁るお妙を、不意に見つめた後、銀時が眉を寄せた。
「お妙」
「はい?」
「おまえ、熱ない?」
「!?」
不意に銀時の冷たい手が伸びてきて、額に触れる。その乾いた掌の感触に、びりびりびり、とお妙の体に衝撃が走った。
「あ、やっぱり。お前、熱いぞ?おでこ」
なにやってんだよ?
「・・・・・・・・・・・・・・・」
間近で覗き込んでくる、このダメ侍の顔に、お妙は耳まで熱くなるのを感じた。
疑似恋愛。
そんな単語が脳裏によぎり、お妙はうろたえる。
(どうしよう・・・・・私・・・・・)
あんな場所にいたから、なんかおかしくなってる!?
(じゃなきゃ、銀さん相手に赤面するはずがっ)
「おまえ・・・・・」
ぐるぐるといつもの冷静さとは裏腹に、パニックになりかけているお妙を、銀時がじーっと見下ろしていた。
(だめ・・・・・)
「熱があるっつーか・・・・・」
まっかっかで、目元をうるませて見上げる女に、男は数度瞬きする。
「もしかして〜銀さんに惚れちゃってて〜触られてどきどきするぅ〜とかいう?」
にやっと笑って、からかうように告げられたセリフ。
当然、「馬鹿なこといわないでください」という底冷えするようなセリフとともに、ちゃぶ台とキスする覚悟を決めていた銀時は、思いもしないお妙の反応にぎょっとなった。
彼女は、大急ぎで視線を反らして、畳の目を凝視しているのだ。ふとよく見れば、触れた頬が熱く、彼女の肩が細かく震えている。
(え?)
何その反応?え?ええ?!俺、なんかした?
彼女と同様になぜかパニックになる銀時。自分の頬に触れる手がかすかにこわばるのを感じて、お妙は我に返った。
(な・・・・・なにやってるのよ、私は!目の前にいるのは銀さんなのよ!?あの万年金欠の、だめ人間代表の銀さんなのよ!?)
心のうちでそう叫んで、お妙は顔をあげた。とにかく、何か言わなくては。
そう・・・・・ええと・・・・・あれだ、ほら・・・・・
言葉を探して、銀時を見上げていると、男の視線が自分に落ちてくるのに気づいた。
背筋に電撃が走る。
「あー、あのな、お姉さん・・・・・」
彼の瞳に、己が映る。
その瞬間、お妙は自分に触れている手の持ち主である、目の前にいる相手が何者だか確認したくなった。
一体彼の瞳に映る自分は、彼にとってなんなんだろうか?
体を委ねても、薄っぺらい繋がり。
気持ちが通い合ってるように見えて、結局は客と商売人。
そんなのを見てしまったから、いろいろ考えるのだ。
銀さん相手に、超超不覚にも赤面なんかしているのだ。
そう、この人と自分は別になんでもないと気づけば、こんな相手、叩きのめすことができる。
「・・・・・・・・・・・・・・・そんな風に見上げられると困るんですけど?」
明らかに弱ったような顔をする銀時を、自分の対象から外すために、お妙は「あの」と口を開いた。
「銀さんにとって、私ってなんですか?」
「はあ?」
唐突に繰り出されたセリフに、銀時が再び驚く。
「おまえ・・・・・はい?」
質問の意図がつかめず、混乱する銀時をよそに、「素直に思ったことを言えばいいんです」とお妙は真剣な眼差しで詰め寄る。
「いや・・・・・つか、え?なにお姉さん?そんなこと聞いてどうしようってわけ?」
とにかく話をごまかしたい銀時が、からかうようにそう言うも、お妙は全く取り合わない。
逆に、銀時の襟元をつかみ上げてぎりぎりと締める始末だ。
「いいから言えってんだよ。」
すごまれて、いったいこれは何なんだ!?なんの押し問答だよ!?と銀時はますます混乱する。
何を言えばいいんだろうか。
この状況で。
ていうか、この状況を打破できる言葉はなんだ!?
(つか、打破する状況って・・・・・なに?)
見下ろせば、お妙は非常に真剣で、目なんか珍しくうるんでいる。
滅多に泣かないこの女がだ。
ぎりっと唇を引き結び、己をつかむ手は白く震えていた。
一体何があったのか。
何が彼女をこうさせているのか。
(けど・・・・・しゃあねえよな・・・・・)
おそらく、「俺はお前をゴリラだと思っている」なんて言って、ばっきり殴られて、それで解放される雰囲気じゃない。
彼女は真剣だ。真剣でひたむきで、まっすぐに己に挑んでいる。
(ガチでこられてるんじゃしゃあねぇよな・・・・・)
そう思って、銀時は一瞬目を伏せるとため息交じりに言葉を発した。
「え?」
その言葉に、てっきり俺はお前を最強最悪のゴリラ女だと思ってます」と言われるだろう、なんて考えていたお妙は度肝を抜かれた。
そんな台詞、この男の口から出てくるとは思えなかったし、思わなった。
一言でいえば似合っていない。
似合っていないからこそ、お妙は動揺し、そして、今ここでそんなことを言う男に、眩暈がした。
呆けたように見上げるお妙に、言いたくない本音を言わされた銀時がかみつく。
「って、おまえ、人に言わせといて、スルーか!?スルーなのか!?」
どんだけ酷い女だよ、お前!!!
がくがくと揺さぶられて、はっとお妙が我に返る。
「いえあの・・・・・びっくりしたから、つい・・・・・」
「自分で強要しておいてびっくり!?」
どんだけ酷い女なんだよ、お前はっ!
突っ込む銀時の、赤い耳に目をやってから、お妙はぐるぐるする思考と、火照った顔と、震える身体と心を持ったまま「とにかく」とかすれた声を出した。
「いったん、落ち着きましょう。」
アイスでも食べて。
「ちょっとまて、おい」
ぱっと銀時から離れ、混乱する脳内を冷却しようとするお妙の体を、銀時が強引に引き寄せた。
「どういう意味だ、そりゃ」
人にあんなこと言わせといて、冷静になるだあ?おかしなはなしですねぇ、お嬢さん?
こめかみをひきつらせて言われ、引き戻されたお妙は、触れる彼の腕に全身がふるえるのを感じた。
「あ」
思わずもれた声に、がばああっと彼女が口元に手をやる。
だが、それに瞬時に気づいた男が、驚いたように眼を見張った後、「ふうん」と意味深なつぶやきを漏らした。
「おねーさーん、今の色っぽい声、なに?」
「何でもないです。」
視線を逸らす彼女を、抱きかかえるようにして、男はお妙の顔を覗き込んだ。
「何でもないような声には聞こえなかったケド?」
ニッコリ笑う男が憎たらしい。
「つーか、俺の告白に対する答えは?」
「ですから、ここにあるダッツを食べてから」
「そりゃ卑怯でしょ、お姉さん」
「どうして?」
思わず睨みつければ「俺を誘惑しておいて、はいさようなら、ってのはなし」と銀時がにまにま笑っている。
「ゆ、誘惑!?」
「あんな顔して教えてなんて言われたら、男は本音を言わざるを得ないでしょうが」
「本音!?」
「それの答えが、冷静になってから考えます、なんて卑怯じゃね?」
今すぐ、言うこと。
ぐいっと顎を掴まれて、逃げ場のない彼の瞳に己が映る。
「今日は疲れてて・・・・・考えがまとまらないんです」
「じゃあ、なんであんなこと聞いたわけ?」
「そ、それは・・・・・」
貴方に抱いた気持ちが、幻想だと思いたかったから。
(なのに銀さんがあんなこというから・・・・・!)
疑似恋愛じゃ済まなくなった。
赤くなった彼の耳を見ればわかる。
彼から発せられたセリフは、間違いなく本音だろう。
じゃあ、自分は?
疑似恋愛だと思い込もうとしていた自分の、この、触れる腕と彼との距離にどぎまぎする自分の今の気持ちは?
「ま〜ただんまりかよ・・・・・」
溜息を付く、銀時はしかし、腕を緩めようとしない。体に巻きつく男の腕から、とにもかくにも逃げ出したいお妙は「しょ、しょうがないでしょ?脳内が・・・・・うまく働かないんですから」
銀さんと違って、私は頭を使って生きてますからね。
「おいおい、誰が考えなしだって?」
「銀さんがです。」
「馬鹿だな、お前。俺が定期的に糖分を摂取するのは、あれだぞ?頭を使う毎日を送っているから」
「とにかく、私も糖分補給しないとダメなんですっ!」
ぐい、と男の腕を持ち上げて、お妙はそこからはい出そうとする。だが、銀時はそれを許さない。
「てゆっか、お妙さん?」
「きゃあ!?」
ぐいっと、引き寄せられ、そのまま畳の上に押し倒される。放せ、ともがく彼女は、見下ろす彼の笑っている瞳に動けなくなった。
ああ、やっぱりか。
彼は知っているのだ。
自分の過剰な反応がどこからくるものなのか。ひた隠しに隠して、疑似恋愛だーなんて言って、認めようとしない自分の気持ちを、この男は、この自分よりももっとよく、手に取るように知っているのだ。
「足りないのは糖分だけか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
このぐるぐるする眩暈と、動揺と、震えと、火照りと、この気持ちを補うためのものは。
「・・・・・もう一度、言ってください。」
絡み合う二人の姿がよみがえる。
あんな風に自分も乱れてしまうのだろうか。
いや、たぶんだけど、きっとあれ以上じゃないだろうか。
なんせ、目の前のこの男のことを自分は・・・・・・・・・・
そっぽを向いて顔を赤くするお妙の耳元に、ふせった銀時がゆっくりつぶやいた。
「好きなんですけど、なにか?」
ここで終わりかよ!(笑)
お妙さんはつじょーするの巻きになってしまった上に、分かり辛っ! orz
(2009/03/06)
designed by SPICA