SilverSoul

12. 男の勘
 抜けるような青空。眼に痛いくらい真っ白な雲。熱い風。熱気に揺らめく砂浜と寄せては返す海。
 真夏の海水浴にやってきた万事屋一行は、楽しげな人の波に乗ろうとめいめい水着姿で佇んでいた。

 麦わら帽子をかぶって波打ち際をダッシュする神楽と、さあ、泳ぐぞと気合を入れてゴーグルをつける新八。この二人をよそに、シャツを着た銀時はアイスをくわえたままパラソルの下でだらしなく横になっていた。

「あー、神楽ー、あんまはしゃぐなよー日射病になるから。」
「分かってるネ。海の中をどこまで歩いていけるか試してくるアル」
「ああ、神楽ちゃん!そっちにはクラゲがいたから、気をつけて」
「クラゲってこれアルか?」
「素手でつかんじゃ駄目だってばっ!!!」

 慌てる新八をよそに、神楽は着ていたチャイナ服の裾をたくし上げてばしゃばしゃと沖の方へと歩いていく。

「まるで入水するみたいだよ、ありゃ・・・・・」
 ぎゃー、神楽ちゃんナマコ素手でつかまないで!!

 二人で大騒ぎするのを横目に、銀時はあくびをかみ殺す。その横で、水着の上からパーカーを着ていたお妙がうーんと伸びをした。

「じゃ、私も泳いでこようかしら。」
 銀さん、荷物宜しくお願いしますね?

 振り返ってにっこり笑うお妙に、「あー、そりゃ駄目だ。」と銀時がのんびりした声で答えた。

「何でです?」
 海には泳ぎに来るものでしょう?
「俺とお前は、あいつらの保護者だろ?保護者が楽しんでどうすんだよ。」
 ひらひらと手を振り、半眼で楽しそうな新八と神楽を見ながら言う銀時に、お妙が「あらいやだ。」と口元に手をあてた。
「もしかして銀さん、泳げないんですか?」
「ばっ・・・・・ちげーよ。俺はだね。お前らがみっともなくはしゃぐから仕方なく来てやったんだよ?保護者という名目で。」
「ですからそこで荷物番をしててくださいな。」
「だから、お前もなんだよ。文句あるのかコノヤロウ」
「だからなんで私まで荷物番しなきゃならないんだって言ってんだよ?」

 手をぐーにして言われて、銀時は「まあおちつけ。」と身を起こした。

「いいか?海ってのは魔物がすんでんだよ。そりゃおっかないな。昔、イカ釣り漁船のおっさんが教えてくれた。海にはいろんなものが棲んでいて、いろんなものを食料としている。中には中国産のウナギしか食わないなんとかフーズの社長」
「もういいです。とにかく私は泳ぎに来たんですから、泳がせていただきます。」
「馬鹿!よせって、あれだ。お前・・・・・えー、ほら、あの・・・・・ばーんってなるから、頭が」
 暑さで。
「私がばーんてして差し上げましょうか?」
 冷たい笑顔を見せるお妙に、銀時は「男の勘を見くびるなよ!」と指を突き刺した。
「いいか?絶対良くないことが起こる!お前が泳ぎに行った瞬間に、絶対に確実にマズイ事が起こる。だから、悪いことは言わない。お前はここにいろ。俺の隣にいろ。」
 プロポーズ的な意味じゃなくて。
 真顔で言われて、お妙は一瞬いらっとした表情を見せるが、ふと銀時の顔を覗き込んだ。
「ていうか、なんですか、その男の勘っていうのは。」
「俺くらいの侍になると分かるの。お前が泳ぎに行ったら、面倒なことが起こるってな。」
「面倒なことってどんなことですか?」
「そりゃあれだ。普通の銀魂のようにだな、誰かが溺れてるとか、頼みもしないのに真選組連中がやってくるだとか、ゴリラストーカーがどっかで盗撮してるとか・・・・・とにかく、楽しい気分が台無しになるようなことが巻き起こるんだよ。」
「・・・・・それが銀さんの勘ですか?」
「そーだ。」

 真剣に言われて、ようやくお妙は諦めたように溜息を洩らした。

「まったく・・・・・何も起こらないとおもうんですけど?」
「いいや、起こってからじゃ遅いんだよ。」
 俺たちゃ、待機してりゃいいんだよ。来るべき時に備えて。
「銀さんらしくないですね。」
「俺の勘は当たるんだよ。」

 やれやれ。

 パラソルの下、銀時の隣に座りながら、お妙はちらと男を見た。こちらを見下ろす視線とぶつかり、彼女は慌てて視線をそらす。
 一体何がおこるっていうんだろうか。

(まったく・・・・・何を考えているんだか。)

「なあ、お妙、アイス食う?」
「銀さんのおごりなら。」



「あれ?なんで姉御泳がないネ」
 銀ちゃんと二人で座ってるアル。

 沖もだいぶ遠くまで「歩いて」来た神楽は、隣で浮き輪に捕まってぷかぷか浮かぶ新八に言う。「ああ」と少年はやる気のない声で答えた。

「たぶん、銀さんがまたむちゃ言ったんだよ。」
「無茶ってなにアル」
「きっと、姉上の水着姿を他の男に見せたくなくて、なんか適当なこと言って傍に置いてるんじゃないの?」
「案外肝っ玉の小さい男アルな」

 ふふん、と鼻で笑う神楽とは反対に、新八は深刻そうに頭を抱えた。

「ていうか、あんな駄目人間を兄とは呼びたくないんですけど・・・・・」




「なあ、お妙、焼きそば買いに行くけど、行くか?」
「銀さんのおごりなら。」
「そればっかりなのね、お前・・・・・」

 あたりまえです、銀さんに付き合ってるんだから。

 じろっと睨むお妙に、銀時は(まあ、こんなもんで繋いどけるんなら安いもんか)と計算するのだった。

「あのかき氷だけどさ・・・・・二人で一個とか・・・・・」
「嫌です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 まだまだ前途多難かもしれない。



(2009/03/02)

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