SilverSoul

11. 笑い話にするつもり?
「笑い話にするつもりですか?」

 壮絶な笑顔。凶器な笑顔。これはまずい本能的にまずい。マズすぎて具合が悪くなってくる。

「なんか超怖いんですけど。無駄に怖いんですけど。ていうか、銀さん、何もしてないよ?新八君にそんな風に睨まれるようなこと何も」
「にらんでません。笑顔です。」
「それが怖いんだよ、なんだよ、笑顔って。笑顔ってのはもっと人の心をあったかくするもんじゃないのか?なにその氷点下ですオーラ。やめてくんない?ちょ、マジで頼むわ」
「マジで頼みたいのはこっちです。」

 笑みを浮かべてはいるものの、新八の眼鏡の奥は鋭く光り輝き、人一人射殺せるだけの破壊力を秘めていた。

「一体、姉上に何をしたんですか?」
 ちょっと待ってよ、俺何もわるいことしてないじゃーん・・・・・と、逆切れチックにそっぽを向いていた銀時は、言われたその一言にぎっくん、と体をこわばらせた。
「え?」
 だーっと、背中に嫌な汗をかく。
「ですから、姉上に、何を、したんですか?」
「な・・・・・」
 脳内で一瞬のうちにいろんな事を考えたのち、銀時はちろっと視線をそらした。
「何も?」
「なんですか、今の不自然な沈黙は!?明らかに何かしたよね!?僕の姉上になんかしやがったよね、この腐れ侍っ!!!!」
「おおおおお落ち着け!俺は別に何もしてないぞ?何かするわけないだろ!?よく考えろ新八くん!俺のこの目を見ろ!この優しげで儚げなこの」
「虚ろで凶悪な悪漢が宿ってるネ」
「かーぐらちゃーん!今そういうこと言っちゃいけないから!この眼鏡オタクが乱心するから!!」
「誰が眼鏡オタクだボケー!!!この色情魔がーっ!!!!」
「だから落ち着け!落ち着いて俺の話を」

 殴りかかってくる新八から必死で身をかわし、人間、怒れば尋常ならざる力がでるもんだな、と遠いところで考える。
 と、その時、「新ちゃん、やめなさい。」とこの場に一番響いて欲しくない人物の声が響いた。

 はっと振り返ると入口にいつもと変わらぬ笑みをたたえたお妙が立っていた。

「姉上・・・・・」
 その姿と笑顔を見て、一瞬ひるんだ新八だが、「止めないでください、姉上!」とさらに怒りを加速させて銀時に突っ込んでいく。
「この男に天誅を・・・・・っ!!!」
「だから、やめなさい新ちゃん・・・・・新ちゃん?」
「姉上の敵っ!!!」
「死んでませんから、新ちゃん。聞こえてます?」
「よくもよくも、嫁入り前の姉上に」
「聞けって言ってんだろうが、コノヤロー!!」

 がすん、と後頭部に下駄の直撃を受けて、新八が崩れ落ちる。なんとか怒れる弟から身をかわしていた銀時が青ざめた顔でお妙を見上げた。

「い・・・・・いやあ、助かったよ、お妙・・・・・」
「いいえ。弟がご迷惑をおかけしました。」

 にっこり。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 その「にっこり」に、銀時は自分の背筋が総毛立つのを感じた。

「姉御ー、このシスコンが言ってたね。姉御が朝帰りしたって。そして、姉御と同じ香りで銀ちゃんが朝帰りしたって。」
 何かあったアルか?

「いや、神楽・・・・・お前意味分かっていってんの?」
「違うのよ、神楽ちゃん。」
 ふー、とため息をついて、お妙が変わらぬ笑みで神楽の頭をぽんぽんとなでた。
「昨日、お店でお客さんが大暴れして。ちょっと変わった天人のお客さんだったんですけど、お店のみんな、狭い部屋に避難して。長谷川さんと銀さんもちょうど一緒に居たから、匂いが移っちゃったのよ。」
「で、でも姉上・・・・・香水なんてみんな違うでしょう?」
 復活した新八が目を怒らせるのにお妙はころころと楽しそうに笑う。
「みんな一緒にいたから、香りが混じっちゃって同じ香りになってしまったのよ。」

 あーなるほど。

 ぽん、と両手を打ち合わせる神楽に、お妙は微笑みかけると「というわけだから新ちゃん。」とお妙は一人大騒ぎをした弟に笑みを向けた。

「銀さんにちゃんと謝ってください?」
「え?あ・・・・・」

 そっぽを向いた銀時ががりがりと自分の天パに手を突っ込んでいる。その姿に新八は「どうも、お騒がせしました。」と低い声で切り出し頭を下げた。

「ま・・・・・あれだ。俺も何の連絡もなしに朝帰りなんてしないように気をつけるからさ。」
「本当です、銀さん。」
 お妙が、凍てつくような笑みを銀時に向けた。
「貴方と何かあったなんて、新ちゃんに誤解されて、いい迷惑です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 その笑みに混ざる意味に気づいて、銀時は殺されるかもしれない、と頬をひきつらせた。





「笑い話にするつもりじゃないでしょうね?」
 これで一件落着、とグラスを傾ける銀時に、お妙は冷え切った声をかけた。それに、げほげほげほとむせた銀時が横目で隣に座るホステスを見る。
「いや・・・・・」
「あの場はなんとかなりましたけど。ほんと、いい迷惑です。」
 あ、すいませーん、メロン一玉お願いします。銀座のやつで。
 いやがらせのように高級メロンを注文するお妙に、「おまえ、俺の稼ぎ知ってる!?」と銀時があわてた。それにかまわずお妙は「今日の罰金です。」と涼しい顔だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 苦苦苦しい顔でグラスを煽る銀時に、「まあ別に。」とお妙は男から視線を反らして言う。
「私はかまいませんけど。銀さんが笑い話にしたいんなら。」
「おまえの方こそ、笑い話にするつもりじゃねぇだろうな?」
「え?」

 思わず銀髪の男を見れば、彼は空のグラスを置いてうつむいている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「俺だってな、新八にあれだ。追及されたら話すつもりだったよ?けどさ。」
 お前の方だろが、あんな風に言いだしたのは。

 睨みつけるように下から見遣れば、お妙は一瞬、あっけに取られたような顔をした後、あわてて視線をそらせた。
 かすかに頬が赤らむ。

「だ・・・・・だって・・・・・」
「どーせ、お前は弟命なんだろ?」
 ソファーにそっくりかえり、銀時はやる気なさげに呟く。それに、お妙は唇をかんだ。
「そりゃ・・・・・新ちゃんは大切な弟よ?道場の跡取りだし・・・・・私がしっかり面倒をみてあげないと」
「おねーさーん、知ってますかー、姉弟じゃ結婚できませんよー」
 茶化すように言われて、お妙はじろりと銀時をにらんだ。
「そういうんじゃないんですけど。」
 視線に気づき、男は姿勢をただすと相変わらずのやる気のない眼でお妙を見た。
「じゃ、笑い話決定か?」
「・・・・・」
 普段と同じ、曇ったまなざしだとそう思うのに、お妙は動けなかった。奥に鈍く光るものを見てしまったからかもしれない。

「俺だって、お妙が笑い話にするきなら、構わないけどな。」

 空のグラスに自分でお酒を注ぎながら、銀時はあっさりと言い切る。そう言われて、お妙は気づいた。

 つきり、と胸が痛むことに。

「・・・・・ごめんなさい。」
 次の間に、お妙は考えもせずに言葉を口にしていた。
「訂正します。」
「あ?」
 顔をあげ、銀時はお妙のまっすぐな眼差しを真正面に受けた。彼女の透明な光をたたえが瞳が自分を映している。
「笑い話になんかしたくないわ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 かすかに、頬が赤くなり視線が泳ぐ。そんなお妙の様子に銀時も、何も考えずに手を伸ばした。
 彼女の頬に触れる直前、奥のボックス席からけたたましい歓声と、グラスの派手に割れる音、怒声がとび二人は我に返った。

「お妙!お客さんが」
 あわてたおりょうが駆け寄り、ぱっと彼女は立ちあがった。
「銀さん。」
「二日続けてかよ?」
 ここは決闘所ですか?
「いいから働け!メロン代ちゃらにしてやるから。」
 にっこり笑うお妙に「マジで?」と銀時が応じる。
「何勝手に決めてんの!?」
 店長があわてる横で「おいおいおにーさん、ホステスの取り合いはみっともないよー?」と銀時が木刀に手をかけた。
「なんだてめーは!?」
 振り返る酔っ払い二人に、銀時はにっと頬を引き上げる。

「笑い話にできねぇ目に遭いたくなきゃ、下がるんだ―――なっ!!」

 がしゃああああん、と一際ド派手な音がすまいるの中に響き渡った。






「新八。」
「何?」
 今日も姉上遅いのかな、と時計を見ながらつぶやく新八に、銀時のジャンプを、銀時のいちご牛乳片手に寝そべって読んでいた神楽が顔をあげた。
「新八ん家はじめじめしてるアルか?」
「はあ?」
 確かに古い家だけど、と言う新八に、神楽が首を傾げる。
「なんでだよ、神楽ちゃん。」
「姉御、首んところ虫に刺されてたね。ダニでもいるんじゃないのカ?」
 うぷぷ、これだから田舎は嫌アル

 からからと笑う神楽に対し、しばらく沈黙した後、新八が絶叫した。

「って、笑えるかあああああああああ!!!!!」



(2009/03/02)

designed by SPICA