SilverSoul

10. 「泣かない女」: 　背中を向ける銀時に、お妙は口を開かなかった。いや、開けなかった。
　今、口を開けば、勝てる見込みもないくせに、戦いに向かってしまう男に、ひどいことしか言えないと知っているからだ。

「あのさ、おねーさん。」
　万事屋の中はひっそりとしている。ターミナルにある春雨の戦艦。それに乗り込んでいった神楽を連れ戻そうと、新八が飛びだし、きっと今、江戸の町を走っていることだろう。
　新八ほど直情的ではないこの男も、今にも春雨の居るドッグへと走り出したいのだろう。

　だが、引き戸に手をかけたまま、彼は動かない。

「何か言ってくれないと、出て行きにくいんですケド･････。」
「新ちゃんと神楽ちゃんに何かあったら、切腹してもらいますから。」
　介錯は私が担当します。すっぱり首を落とすつもりはないのでそのつもりで。
「･･･････････････。」
　言うに事欠いてそれ！？

　引きつった顔で、銀時は振り返る。自分に背中を向ける、お妙の後姿が見えた。

「冗談じゃないね。俺は死ぬのは畳の上って決めてんだよ。」
「孤独死ですか？」
「違うわ！」

　孫に囲まれて大往生だコノヤロー！

　目をひんむいて言われ、振り返ったお妙が普段と変わらぬ笑顔を見せた。
「あら、相手も居ないのに孫の話をするなんて、駄目な大人の見本見たいですわね。」
　目を開けてみる夢ほど性質の悪いものはありませんわよ？
「うるせーな。俺はな、べっぴんな嫁さんもらって、子供を育て上げて、そして美人の孫に膝枕してもらって死ぬ予定なんだよ。」
「身の程知らずね。」
「言ってろよ。」

　はん、とそっぽを向いて、それから再び彼は万事屋を出て行こうとする。その後ろ姿を見つめて、お妙は「銀さん。」と低く名前を呼んだ。

「あ？」
　振り返る。いつもはやる気のない、死んだ眼差しが、銀髪の下にあるのに、今は違う。何かを決意したかのようなそのまなざしに、お妙は泣きたくなった。

　この男が真剣になるのは、たいていこういう時だ。
　いや、この男に限らない。すべての男がそうなのかもしれない。

　でも、お妙はこの男の、こう言う眼差しが嫌いでもあり、好きでもあった。

「一度しかいいませんから、よく聞いてくださいね。」
「？」
　怪訝そうに自分を見上げる銀時に、お妙は精一杯笑って見せた。

「銀さんが死んでも、私は泣きませんから。」
「･･･････････････。」
「涙がもったいないですからね。」
「をい。」
　思わず突っ込む銀時に、お妙は力一杯着物の裾を握りしめ、笑みを崩すことなく言い切った。
「私を泣かせたいのなら、戻ってきてくださいね。」
「･･･････････････。」

　必死に言われたそのセリフに、銀時はがりがりとその天然パーマをかきむしると、溜息をついた。
　それから、手を伸ばすと、お妙のおでこにデコピンをくらわせる。

「痛っ」
「バーカ。」
　俺はね、惚れた女は泣かせない主義なの。
「だから、いいか？帰って来ても泣くんじゃねぇぞ？」
　ふふん、と笑う銀時に、お妙は唇をかみしめる。その様子をしばらく、やわらかな眼差しで見つめた後、男は今度こそ、引き戸を開けて、春の風が吹き荒れる外に出た。

　こぼれそうになる涙を、お妙はこらえ、春のぬるい光に向かって歩き出す男の背中に目を細める。
　埃っぽい道を、男は振り返らずに、いつものスクーターにまたがって飛ばしていく。

「冗談じゃないわ。」

　お妙は呟く。

「孫はジャニーズ張りの美系に決まってるじゃないの。」

　帰って来ても、来なくても、なくもんか。ああ、意地でもなくもんか。
　もし自分が泣くとしたらそれは。

「貴方に愛想を尽かしたときですからね。」
　だから、安心して帰って来なさい。

　ぴしゃりと引き戸を閉めて、お妙は小さく笑った。

　春の空には霞がかかり、決戦の地は酷くぼやけかすんでいた。
　風が強く、吹き抜けて行った。

(2009/03/02)