SilverSoul

09. この青い空の下
「憂鬱ですよね、インディペンデンスディ・・・・・.」
「ほんとアル。女の子の日は前髪が決まらなくてイライラするアル。」
「お前らな、本当のハッピバースデーつーゆーの恐ろしさを知らないんだよ。だから新八なんだよ。」
「なんですか、本当の恐ろしさって。」

 ダレた空気のだたよう万事屋の一室で、極度の湿気と蒸し暑さにより、体力気力を根こそぎ持っていかれた万事屋メンバーが、いつも以上のやる気のなさでソファーやら、椅子やら、畳の上でひっくり返っている。

「あれだよ・・・・・この間お天気お姉さんの結野アナが言ってたんだけどよ、ここんとこの異常気象で、なんだっけ?ゴリラ豪雨?とかいうのがやって来て、街中をゴリラで埋め尽くそうとしてるとかって。」
 怖ぇよな、ゴリラ。
「違いますよ!なんですか、ゴリラ豪雨って!ゲリラですよ、ゲ リ ラ !!」
「下痢のように止まらない雨アルか?」
「なんでそう品がないんだよ、お前らは!!!て言うか神楽ちゃんが言っていいセリフじゃないからね!やめて、そう言うこと言うの!!!」

 つまりは、突然の集中豪雨のことをいうんですよ。

「最新の予報技術を駆使しても、予測できない、急速に発達した雨雲と雷雨、集中豪雨のことを言うんです。」
「そのゴリラ豪雨で何が起こるネ。」
「ゴリラが活性化されるんだよ。」
「何回言えばいいんだよ、お前ら」

 青筋を立てるも、それも一瞬で、降り続く雨の前に、新八はげんなりした様子で窓辺に立った。やむことの無い雨が、天と地の間を埋め尽くしている。

「こんな生易しい雨じゃなくて、もっと・・・・・そう、江戸中を水浸しにし、洪水なんかが起きるんですよ。」
「へー。」
「この万事屋は大丈夫アルか?」
「ここは二階だから大丈夫じゃねぇーの?問題は一階のババァと平屋の新八んとこだな。」
 お前ん家、沈むんじゃね?

 人が悪そうに笑う銀時に、新八はカチンとくるも、涼しい顔で「大丈夫です。二階を増築するくらいの資金はありますから。」と無理に答えて見せた。
「それよりも、一階が沈むとして、銀さんたちが無事だっていう保証はないですよ。」
「あんでだよ。」
 やる気のなさそうな口調で問う銀時に、新八が半眼でぺらりと一枚の紙を持ち上げた。
「先月も、先先月も、先先先・・・・・とにかく、家賃の滞納がハンパないですからね。」
 お登勢さんが一階に居られないとなると、追い出されるのは確実です。
「!!!!!」

 しまった、と目を見開く銀時とは対照的に、神楽が「新八、姉御への手土産はダッツでいいアルか?」と早くも買収作戦に打って出る。

「テメェ、神楽っ!」
「私、海の上を漂う小舟で生活とかまっぴらネ。銀ちゃん一人で、魚釣って暮らすアル。平屋万歳アル」
「汚ねぇぞ!・・・・・新八くぅ〜ん、俺達、三人で万事屋だよねぇ〜?」
「気持ち悪っ!こう言うときだけ、そういう態度やめてくんない!?」
 あーもう、鬱陶しい!!!

 すり寄る大の大人と、のしかかる子供を相手に、新八はわめいた。

「そういう事は本当に洪水になってから言ってください!!!」





 かぶき町一帯で、急速に雷雲が発達しております。これから、一時間に100ミリ以上の豪雨が観測される恐れがあります。付近住民は洪水に対して十分な警戒をお願いたします。
 繰り返します。かぶき町一帯で、急速に・・・・・



「すごい雲ですよ、姉上・・・・・。」
 縁側からのぞいた東の空は、西日を受けて不気味に赤黒く光り、どんどん膨らんでいく。
「本当・・・・・新ちゃん、雨戸閉めるの手伝ってくれる?」
 梅雨の晴れ間。昼間はあんなに綺麗に晴れていたのに、と新八はラジオが告げる気象予報に耳を傾けながら、ふと万事屋は大丈夫だろうかと思う。
 まさか、あんな話をした数日後にこんなことになるとは。
「姉上・・・・・うちは洪水とかになっても大丈夫なんでしょうか?」
 心配そうに、雨戸を閉めながら尋ねる新八に、奥で玄関の履物を整理していたお妙が笑みを見せた。
「大丈夫よ。うちの周りにはひそかにお堀が掘ってあるから。」
「・・・・・え?」
 初耳だ。
「お・・・・・お堀?」
「ええそう。どんなに豪雨が降り注ごうが、すべての水を排出し、濁流となってストーカーもろとも地の果てまで流すのよ。」
「それって・・・・・」
「本当に怖いわね、ゴリラ豪雨。」
 ゴリラが活性化されて困っちゃうわ。
「いや、違いますから、姉上・・・・・ていうか、姉上までそんな勘違いしないでください。」
 そう新八が言った瞬間、ぱっと空が茜色とは違う、銀色の光を放ち、少年ははっと庭先を覗いた。さっきまで、空は夕焼け半分、雷雲半分だったのに、もう、真黒な空が、夜をも塗りつぶしている。生ぬるい風が上空から吹き込み、新八は慌てて雨戸を閉めた。
「姉上、降ってきますよ。」
「あらやだ。早くお堀モードをオンにしないと。」
 その時、誰かが志村家のチャイムを鳴らした。



「すごい雨アル・・・・・」
「ほら、土産のダッツだ。これで一晩泊めろ。」
「やっぱり追い出されたのか・・・・・。」
 やって来た銀時と神楽を家に上げて、新八はやれやれとため息をついた。洪水を警戒したお登勢に、家賃を盾に追い払われた二人は、数日前に言った通り、志村家へとやって来ていた。
「ダッツって、一個?二人で一個かよ!?」
「しょーがねぇだろ・・・・・一応、ババァへの義理として一か月分家賃払ったんだから。」
「払って追い出されるって、どんだけため込んでんだよ・・・・・」
「いいんだよ、家から通ってるやつに言われたくないんだよ。それより飯まだ?」
「ジュースくらい出すアル。カルピス、濃いめ以外飲まないがな」
「おまえらくつろぎすぎだぁぁぁぁぁっ!!!」

 居間の畳の上で寝っ転がり、持ち込んだジャンプをめくり、ポテトチップうす塩を頬ばる銀時と、ちゃぶ台の上のお煎餅を口に放り込み、勝手にテレビのチャンネルを変える神楽に、エプロン姿の新八が怒鳴った。
 お玉を握っている彼は、ちょうど夕飯の支度中なのだ。

「うるせぇなぁ・・・・・お客はもてなすものだって、社会の常識よ?」
「あんたから学べる社会性なんてこれっぽっちもないよ。」
 ぶちぶち言いながらも、台所に消える新八は、少し楽しそうに「今夜は暑いからソーメンでいいですね。」と言っている。
「ピンクのやつ入ってたら私のアル!!」
 ていうか、全部ピンクがいいね!!!

 新八が持っているソーメンの束を奪いに、神楽が台所へと引っ込んだ。
 ストックしてあるソーメンから、ピンクのやつだけ抜き取って集めようという腹らしい。

 そんな中、そっと、縁側の雨戸を開けて、凄い音で屋根に当たる雨を見つめていたお妙が、「あら?」と声を上げた。

「なんだ?活性化されたゴリラでもいたか?」
 ジャンプから目を上げることなく銀時が尋ねる。それに、お妙は「ええ。」と驚いた様子で答えた。
「おいおいお姉さん、大人をからかうもんじゃねぇよ。今降ってんのはゴリラ豪雨じゃなくて・・・・・あれ?なんだっけ?ゲロまみれ豪雨?」
「違いますよ、銀さん。ゲラッパ豪雨です。」

 やる気のない足取りでがら、と雨戸を開けた銀時は見た。

「お妙さあああああああんっ!!!!」

 雨に打たれ、全身ずぶ濡れのゴリラストーカーが、塀にかじりついてこっちに向かって必死に手を伸ばしている姿を。

「ああ、ゴリラ豪雨だな、ありゃ。」
 活性化されてるな。すげーな、おい。
「な・・・・・万事屋!おまえ、なんでそんな・・・・・お妙さんとひとつ屋根の下に!?」
 黄色い暖かな明かりの下に見える銀時とお妙の姿に、ゴリラストーカーこと、真選組局長近藤勲が、わなわなと震えた。
「ていうか、ぐわあっ!?雨が、雨が目にっ・・・・・しみっ・・・・・」
「おーい、あんまり無理するなよー。雷に打たれて死ぬ前に、早く檻に帰ろうね。」
 湿気は髪の大敵なんだよ。早く閉めろよ、雨戸。
 さっさと雨戸を立てようとする銀時に、近藤の必死な声を出した。
「今、貴様がお妙さんの隣にいるのは・・・・・我慢ならん!ならんが、その・・・・・お願い、助けてー!!」
「何がだよ?豪雨を前に、活性化されてるんだろ?よかったじゃねぇか。」
「ちが・・・・・足もとには濁流が」

 塀にかじりついている近藤の足の下は、堀が口をあけている。逆巻く水が、泥を含んだ激流となって凄いスピードで流れていた。
 そこを漂う流木が、木っ端みじんに粉砕されるのを見て、近藤は真っ青になった。

「早くっ!!お願い!!!すんごい水流なの!!どんな汚れも真っ白になっちゃうくらいの!!!ていうか、真っ白どころか、真っ赤に染まっちゃうから!!!!己の血で!!!!!」
「最新の洗濯機は違うな。」
 染まるんだ、俺色に。
「そんなかっこいいものじゃなく・・・・・おっふぁあああああっ!?」

 竜巻のような突風が吹き、遠くからいかがわしい看板が飛んできて、近藤の顔面にクリーンヒットする。

「まあ、あんなきれいな人とキスできて、よかったですね、活性ゴリラ。」

 カーンと、良い音を立てて看板とキスした近藤は、そのまま「お妙さあああああああん」という絶叫を上げて、裸の美女と交わりながら濁流へと落ちて行った。

「すげえぇな、ゴリラ豪雨。」
「本当ですね、ゴリラ豪雨。」

 さ、雨戸閉めるぞ。

 がたがたと戸を閉めて、振り返るとお玉を握った新八がこちらを覗いていた。
「今、なんか悲鳴が聞こえたんですけど・・・・・」
「ああ、気のせいよ。それよりお夕飯にいり卵でも」

 その瞬間、台所の窓が真っ白に光り、凄い音が鳴り響いた。ばりばりと、銅鑼を打ち鳴らすような音だ。次の瞬間、ばちん、と音がして不意に辺りは真っ暗になった。

「うわあっ!?」
 神楽がピンクのソーメンを握り締めたまま声を上げる。
「て、停電!?」
「落ち着け。ヒューズが飛んだんだろ。」
「銀さん・・・・・いまどきヒューズなんて言いませんよ・・・・・」
 ちょっと僕、懐中電灯取ってきます。
 歩きだそうとして、新八は神楽にぶつかり派手に転んだ。
「痛いっ!神楽ちゃん、なんか、刺さったっ!?」
「あああああ、私のソーメンに何するアルかーっ!!!!」
「だから、ピンクのはそっちのパスタ用のガラスケースに入れておけって言ったでしょがっ!?」
「いやアル!!!誰かに盗まれるかもしれないアル!!!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐお子様二人に、姉は溜息をつくと「しょうがないわね。私はヒューズを見てきます。」と暗がりを歩きだした。

「姉上!ヒューズじゃなくて、うちはブレーカー・・・・・」
「はいはい。ヒューズのブレーカーね。」
「ヒューズから離れて!!!」

 突っ込みを耳にしながら、お妙は廊下に出る。そのあとを銀時があわてて追いかけた。

「待てって!暗闇でむやみに動くと」
「きゃあ!?」
「ほれみろ・・・・・」

 何かに滑ったお妙が、バランスを崩す。慌てて支えた銀時が溜息をついた。

「すいませ・・・・・」
「いいから、お前は懐中電灯さがせ。居間にあんだろ?」
「ええ・・・・・」
「ヒューズは俺が見てくるから。」
 ブレーカーだっつってんだろがー!!

 台所から間髪入れず新八の突っ込みが飛んできて、「優秀だな、お前の弟」と銀時は遠い眼をした。

「ブレーカーを上げるのにも、懐中電灯は必要でしょう?私が持っていきますから。」
 そう言ってお妙は、居間に取って返す。二人で探した方が早い、と銀時も踏み出した瞬間、むに、と何かを踏んで銀時がよろけた。
「おわっ!?」
「え!?」

 後ろから突然銀時に倒れかかられ、彼の声に、振り返りかかっていたお妙は無理な体勢のまま床に倒れ込んだ。

「痛っ・・・・・」
「んだよ、これ・・・・・」
「銀さん・・・・・重っ・・・・・」
「そう言っても、足に何か絡んで動けね・・・・・」


 その瞬間、ぱちり、と明かりがともった。どうやら、ヒューズでもブレーカーでもなく、本当に停電していたようだ。

「あ。」

 お妙を図らずも押し倒した格好になっている銀時は、まぶしそうに眼を細める彼女の着ている着物に目を見張った。
「これ・・・・・」
「え?」

 その瞬間、きゃあああああああああ、と悲鳴が上がり、銀時は、お妙ではない声に、足元を見た。

 自分の足を抱き抱えている、さっちゃんこと猿飛あやめが、メガネを光らせて悲鳴を上げていた。

「そんな・・・・・銀さんとお妙さんが・・・・・そんなあああああああああ」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「私は認めない!認めないわよ!!!そんな、お妙さんと銀さんがそんな・・・・・あ、でも、都合のいい女も萌えるじゃない!!!!!」


 次の瞬間、銀時がさっちゃんの帯をつかみ上げると力一杯雨戸の向こうに放り投げた。

 彼女の悶える声が、濁流の流れる方向に沿って遠のいていく。

「この家の安全はどうなってんの。」
「銀さんこそ、女連れ込むなんて、どういうつもり?」
「そういうのじゃないの、知ってんだろが。」



 やがて雨は小ぶりになり、半分の長さになったピンクのソーメンに満足した神楽が、畳の上で腹を抱えて横になる。新八がガラスの器やら鍋やらを洗っている。銀時は、そのまま寝そうになっている神楽に、タオルケットをかけているお妙をもう一度見た。

「気付かなかったけど、それ。」
「え?」
 戻ってきたお妙が、ごろっとひっくり返っている銀時の隣に座るのに、男は着物の袖を引っ張った。
 深い青色の生地に、真っ白な細い糸で柄が織り込んである。線で描かれているのは、真白い雲とそこを飛ぶ、一羽の鳥だった。
「ああ、綺麗でしょう?」
 夏空なんですよ、これ。

 にこにこ笑うお妙に、銀時は「ふーん」と目を細めた。 着物の柄について、全然詳しくないし興味もない。
 だが、お妙が今着ているそれは、純粋に綺麗だと思った。

 梅雨に曇った空ばかり、眺めていたせいもあるだろう。

「こんな天気ばかりだから、気持ちだけでも明るくしなくちゃと思って。」
 くすくす笑うお妙に、銀時は「いいんじゃねぇの。」とあくび交じりに答えた。
「銀さん。」
「んー?」
「明日は晴れるかしら。」

 屋根を叩く雨の音は、もうだいぶ弱く、ともすれば聞こえない。

 お妙の袖を掴んで、目の前に広げながら、銀時は「そうだな・・・・・」とつぶやいた。

 こんな青空の下で、こんな風に寝っ転がっているのも悪くない。

「きれいに晴れてんじゃねぇの?」
 適当なセリフに、お妙は「そうですね。」とつけっぱなしのテレビを見た。

 結野アナのお天気コーナーが始まろうとしている。

「予報では明日の天気は・・・・・」




 翌日、綺麗に晴れ上がった夏の青空の下に、ゴリラ豪雨の被害者二名が打ち捨てられているのを、通りがかりの住民が発見し警察に通報。
 駆け付けた土方にこっぴどく局長が怒られたのは、この青空の下二人で、並んで日向ぼっこをしている銀時とお妙のしったこっちゃない事実なのだった。



(2009/02/09)

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