SilverSoul

07. 勘違い
「ってーなー・・・・・ったく、あの馬鹿力女・・・・・」
 平手、ではなく、ぐーで殴られた右頬を抑えつつ、銀時は夜も更けたかぶき町の路地を歩いていた。
 飲み屋の看板の明かりが、頭上にちらほら見える狭い路地。ここを抜けると万事屋に近いので、彼はよくこの道を通っていた。
 ふらり、ふらり、と体が傾ぎ、足元がおぼつかない。

「これぜってー酔ったわけじゃないわ・・・・・殴られたからだわ・・・・・てゆっか、普通客に暴力振るう?」

 ぶちぶちと一人で文句を言いながら歩く銀時は、ふと、誰かが目の前に躍り出るのを何とはなしに見つけた。

 暗い路地には、頭上にきらめく、遠い明かりくらいしか光源がない。そんなもんだから、目の前にたった人物が何者か、銀時は判断できなかった。

「あんだ?」

 久しぶりにしこたま飲んだ。飲んだ上に殴られた。

 そんな事実に汚染された脳は、回転速度を上げず、銀時は濁った思考のまま、ぼんやりと目の前に立つ「存在」を眺める。

「お前・・・・・」
「あ?」

 不意に低い声が、目の前の黒い影から漏れた。押し殺したような、鬼気迫るものがある、声だ。
 だが、そうやってすごまれたところで、こちとら酔っ払いだ。
 ビビるなんて芸当するわけもなかった。
 ので。

「さっき、『すまいる』でしこたま飲んでいたやつか!?」
「いや、ちがうけどぉ?」

 妙に迫力のある声色で言われるが、銀時は超適当に即答した。
 その瞬間、明らかに、張りつめていた空気がおかしくなった。

「いや、確かに『すまいる』から出てきた。俺は見ていた。」
「だから違うっての。」
「いーや、違わない!10円賭けてもいい。お前、出てきただろ!?」
「しつけーなー、本人が出て来てねぇっていってんだから、違うんだろ!」
「んなわけあるかぁっ!つか、ちょっとこい!おまえに用事がある」
「だから、そりゃてめぇの勘違いだっ!俺はあんな暴力女がいる店でなんか、金輪際飲まないって決めたんだよ!」
「ほらみろ!!やっぱり飲んでんじゃねぇか!10円寄越せよ!」
「てめぇで勝手に言って、何言っちゃってんだよ、をい!!!!」

 つかつかと近寄る、黒い影。それに、銀時は眠そうな目を、さらに凶悪に濁らせて、じろっと睨みつけた。

 それは、昔神楽が「フランスパンを乗っけたような頭」と称したリーゼントで、白の衣装をばっちり決めた、サングラスの男だった。

「あれだ、お前・・・・・」
「ああ?」
 サングラスの下の眼が光る。対して、銀時の眼はこの状況でも光らず、ただ胡乱気に男を睨んでいた。
「お妙ちゃんとみょーに仲がいいんじゃねぇのか?」
「はあ?」

 ずきり、と頬が痛み、こいつの登場ですっかり忘れていた出来事をまざまざと思い出し、銀時は眉間にしわを寄せた。
「何がだよ?」
「俺ぁずーっとみてたんだぜ?今日、テメェが隣にお妙ちゃん侍らせて、朝まで豪遊してたのを―――よっ!!!」
「!?」

 ポケットに手を突っ込み、睨みつけていたサングラスの男が、唐突にこぶしを繰り出す。確かに当たるだけの間合いとスピードだった。
 だが。

「お前なぁ・・・・・どこをどう見たら俺とお妙が仲良しこよしに見えるんだよ!?」
「!?」

 最小限の動きでそれを交わした酔っ払いが、突き出したこぶしの数センチ前であくびをしている。

 よけられ、かすかに動揺するサングラスをよそに、銀時はうんざりしたように頬に手をあてた。

「今日なんか、おもっくそぶん殴られたんだぞ?信じられるか?いつまでたっても発育しないのな、お前って言っただけで。」
 ありゃ、正真正銘男だ、うん。
「十分ぶん殴られるわ!!!ていうか、お妙ちゃんが男なわけないだろ!!!」

 ぐっとこぶしを握り締めて、サングラスの男がわめく。

「漢だっ!」
「その単語は男よりも男らしい奴の称号だろうがっ!」
 ジャンプなめんなよ、コラっ!
「いーや、彼女は可憐にしてなお、凛として強く、そして内包する優しさが外見からあふれ出て、まるで奇跡」
 どっかのストーカーが同じようなこと言ってたよなぁ、と銀時は夢見がちな眼差しで朗々と謳い上げる男に遠い眼をした。

 いったい奴らの眼球には、どんな特殊フィルターが装着されているというのだろうか。

「っておい、聞いてんのか!?」
 かかわりあいになるのはよそう、とさっさと家路を急ぐ銀時に、男が声を荒げる。

「今のはお妙ちゃんに対する美の賛歌であって、俺の用事はそれだけじゃない!」
「んだよ、うるせーなー・・・・・」
 お妙が好きなら、お妙に付きまとえよ、ストーカー。
 ひらひらと手を振り、男の脇を通り抜けて、背中を向ける銀時に、男が激怒した。
「貴様!!!武士を愚弄する気か!?」
「おまえのどこをどうとったら武士なんだよ!?」
 問答無用、と突き出されたこぶしを交わして、銀時はめんどくさそうに木刀に手をかけた。その瞬間、サングラス男からけりが飛んでくる。
「終始お妙ちゃんと一緒に居て、声が掛っても彼女はまたお前の所に戻ってくる・・・・・!!うらやましいんだよ、ちくしょう!!!」
「だから、そりゃテメェの勘違いだっていってんのっ!!!」
 木刀の柄を握ったまま、銀時はひらりひらりと男の体術をかわしていく。
「何が勘違いだっ!俺は見たのだ!!!お前が、お前が」
 わなわなとふるえる男が、ついに、背中に背負っていた木刀に手をかけた。サングラスで隠れ、見えない目に、どうやら涙が浮かんでいるらしい。
「お妙ちゃんと、接吻してるのをっ!!!!」

 そこで俺は誓ったさ!おまえに絶対に復讐してやるとっ!!!!

 背中の木刀を抜き、構えて猛スピードで突っ込んでくる男を前に、「はあ?」と銀時は首をかしげた。

 そんなことはなかった。
 ・・・・・と、思う。
 たぶん。

 いや、ないない。

 ・・・・・微妙に飲んでた間の記憶もないケド。

「え?ちょっと待てって?俺、お妙とキスしてたの?」
「しらばっくれるなああああああ!!!!」
「?????」

 ぶん、と耳の横を一太刀掠め、それでも銀時は自分の記憶の糸を探る。

「あれ?」
「貴様っ!死ねぇっ!」
「いや待てって!ん?」

 どうにも記憶に霞がかかっている。わめきながら突っかかってくる男に、ちらりと視線を走らせ、銀時は一瞬で木刀を抜いた。

「だから待てっていってんだろ、コノヤロー!」

 構えも、セオリーもなにもなく。ただ無造作に振り下ろされた木刀の一撃が、突っかかって来ていたリーゼントグラサン男を昏倒させた。

「えー・・・・・と」

 ああ、静かになった、とひとりごち、銀時はその場に立ちすくんで首をかしげて考える。

 そう言えば、お妙に殴られたちょっと前に何かあったような気がする。


 いつまでたっても発育しないのな、お前


 そのセリフ、一体どうして出てきたんだったろうか?

「・・・・・あー、だめだ、思い出せねぇ・・・・・ちょ、お前さぁ、延びてないでもうちょっと詳しく聞かせろよ」
 しゃがみ込み、昏倒する男の頭をつつきながら銀時はうーん、とうなった。

 酒に濁り、回転速度の落ちている脳裏に、ぼんやりと切れ切れに記憶がよぎる。


 だが、どれもつかみ取る前に頬に受けた衝撃の記憶に吹っ飛ぶのだ。

「あーもー!てか、あれだ。俺とお妙がどうのってのは、全部お前の妄想で、勘違いだ。」
 考えるのが面倒になって、銀時は伸びている男に、そう吐き捨てると、再びふらつく足取りで家路を急ぎだす。
「そうそう・・・・・大体、俺の好み、お妙じゃねぇし。」

 あ、いつまでもそこで寝てたら風邪ひくからな。パトカー呼んどいたから。

 金はいらねぇよ、と、相変わらず昏倒する男にいい捨て、ゆっくりゆっくり銀時は自宅へと歩いて行った。



 それから数時間後。


 仕事を終えたお妙が、周囲がドン引きしそうなほど真っ黒いオーラをたぎらせて、朝もやのかぶき町を歩いていた。
 その口は、呪詛のように何かを唱えている。

「あれは間違いなにかの間違いむしろ人命救助の勘違い?」

 がっこがっこと、おおよそ若い娘に似合わない下駄の音を響かせて、お妙は朝もやの中を突き進んでいく。

 脳裏には昨夜の出来事が残っている。


 眠たそうな銀時に、ちょっと優しく声をかけた。
 そろそろ家に帰ったほうがいいですよ?と。

 その時、間近に見た銀時のまなざしが、ふわりと揺れたのをお妙は見逃さなかった。

 あら、この人でも多少は動揺することあるのかしら?

 そんなことを思った。思って、つい、銀時の瞳に釣り込まれた瞬間。

「なあ、お妙」
「はい?」

 手首をつかまれ、ぐいっと引っ張られて。

「へ?」

 引き寄せられて、あっさりキスされてしまった。

「!?」

 何が起きたのか、訳がわからず目を点にしていると、不意に胸まで触られてその場でお妙は硬直した。
 飛び退くことも、押しやることもできなかった。

 我に返ったのは、銀時が離れて、お酒に曇った彼のまなざしに自分が映っているのを見つけた時だ。


「いつまでたっても発育しないのな、お前」

 何か言うより先に、男から突き付けられたセクハラまがいのセリフ。


 刹那、お妙は一も二もなく銀時をぶん殴っていた。


 ――――と、日の昇る朝もやの中、回想しながら、彼女は激しく動揺した。


「だから、私は何を勘違いしてるんですか、バカらしい!!!!」

 徐々に明るく白くなる青空を見上げて、彼女は必死に叫ぶ。

「これも全部あの腐れ天パのせいじゃ、ボケー!!!!」
 半殺しにしてくれよう!!!!

 ダッシュで橋を渡るお妙は、鬼の形相である。このまま家に直行して、愛用の薙刀片手に万事屋に突っ込む気なのだ。

 そうやって、自分をごまかさないと、お妙は平静でいられないのだ。

 あんなことをされて、とっさにぐーで殴ったのにもかかわらず、ちっとも嫌な気がしなかったという事実に。




(2009/02/05)

designed by SPICA