SilverSoul
- 05.あまい嘘
- 「まったく。銀さんが顔を出すのは、お金がない時か、怪我した時のどちらかね。」
うちをなんだと思ってるんですか。
ぶちぶちと文句を言いながらも、お妙は傷ついた銀時の腕に包帯を巻いている。不満と言うより、そういう立ち位置で自分が認識されているのが面白くない、といった口調に、銀時は「他にどんなようでここにくんの。」と投げやりに答えた。
「そ う で す ね。」
「いたいいたいいたいいたいっ!!!」
そんな銀時のいいように、さらに機嫌を悪くしたお妙が、ぎりぎりぎりぎりと包帯で彼の腕を締め上げる。
これにはさすがの侍も悲鳴を上げざるを得なかった。
「おまえっ!腕ちぎれる!!ちぎれるからっ!!!」
涙眼でにらめば、「うちは病院じゃありませんので。」と清々しすぎるお妙の笑顔にぶつかった。
「・・・・・・・・・・。」
舌うちの一つでもしたそうな顔で、そっぽを向く銀時をよそに、お妙は溜息をつくと立ち上がった。
「何も」
「え?」
手早く包帯とガーゼ、傷薬なんかを救急箱に詰めて、銀時にあてがった部屋を出て行こうとするお妙に、そっぽを向いたまま男が声をかけた。
「きかねぇのな。」
「・・・・・・・・・・。」
吉原でのひと悶着で、新八と神楽は体に受けたダメージよりも、より深い部分での痛手を負っていた。
二人とも、己の強さについて考え出し始めている。
そんな二人を引きずって帰ってきたのはいいが、いつもよりテンションの低い弟と妹のような存在に、お妙から「監督不行き届きだ」と不満の声が上がるかと思ったのだが、彼女は冒頭の文句を言っただけで、怪我の理由も、新八と神楽が落ち込んでいる理由も尋ねてこない。
多少なりとも、聞かれる覚悟をしていただけに、微妙に拍子ぬけて、思わずこんな質問を彼女に投げかけてしまったのだが。
「・・・・・・・・・・。」
帰ってこない返答に、銀時はそっぽを向くのをやめて、ちらとお妙を見た。
表情のない女が、こちらを見ていた。
「聞いたら、答えるんですか?」
その、能面のような表情に、どきりとした銀時は、しかし続いた柔らかな声色と、いつもの笑顔に狐につままれたような顔をした。
「あ・・・・・いや・・・・・。」
うろ〜っと視線を泳がせれば、「だったらそんなバカなこと言ってないで、さっさと怪我を治してください。」とぴしゃりと言われてしまった。
そのまま、立ち上がって部屋を出て行ってしまったお妙に、銀時はちょっとの間間の悪そうな顔をした後、ごろりと布団の上に横になった。
「いや・・・・・銀さんだって、聞かれたら答える気はあったよ、うん。」
一人天井に向かってつぶやく。
「でもさぁ・・・・・お妙が聞かないんだから、答える義理もないだろうが。」
そのまま、ごろりと寝がえりをうち、ずきりと脇腹のあたりが痛んだ。
「今後のことだって・・・・・。」
宇宙海賊春雨。
それとかかわったばっかりに、もしかしたら自分は後戻りできない何かに巻き込まれてしまったのかもしれない。
目をつむり、男は溜息とともに言う。
「大体、面倒なガキ二人抱え込んでるのに、なんでわざわざそんな問答につきあう必要があるってんだよ。」
目を閉じたまま、銀時は脳裏にお妙の顔を思い描いてみた。
先ほどの能面のような表情がよぎり、耐えられなくなって目を開けた。
「ったく・・・・・。」
毒づいて立ち上がる。やる気のない足取りで廊下を行けば、神楽と新八の様子を見ていたお妙が、そっとふすまを閉めて廊下に出てくるのが見えた。
「お妙。」
声をかけると、彼女がちょっと驚いたような表情で振り返り、それからやや呆れた感じで溜息をついた。
「何うろうろしてるんですか。死にますよ、今度こそ。」
「あいにく、そう簡単に死ぬつもりはないんでね。」
「あら、私の知ってる銀さんはいっつも傷だらけか金欠ですけど?」
野垂れ死に一歩手前の恰好じゃないですか?
「・・・・・あのな。」
思わず半眼で睨むも、反論するだけの言葉がない。いらだたしそうに髪をかきむしる銀時に、お妙はふわりと笑った。
「カステラ、貰ったんですけど、食べます?」
「食う。」
「どうせろくでもないことに首を突っ込んでたんでしょう?」
「・・・・・・・・・・。」
出されたカステラとお茶で糖分補給をする銀時は、淡々と言われたセリフに、目をあげる。
相変わらずの笑顔がそこにあった。
九兵衛いわく、張り付いてしまった彼女の笑顔。
「まあ、あれだ。仕事だな、うん。」
「仕事ねぇ。」
「お姉さん?俺だってね、好き好んでこんなになるまで首突っ込んでるわけじゃないの。」
「じゃあ、何でです?」
お茶を口にするお妙に、気のない調子で聞かれ、銀時はあむ、とカステラを口に放り込んだ。
「ほへの」
「食べてから言えよな、きたねえだろ、コノヤロウ」
ひき、とこめかみをひきつらせるお妙に、銀時は口に残ったまま「俺のルールに従ったまでだよ。」なんて言う。
「ほっとけねぇと思ったから首突っ込んだんだよ。」
「それで無茶してこれですか。」
「生きて帰ってきたんだからいいだろうが。結果オーライだよ。」
「死んだらどうするって言うんですか。」
「その時はその時だろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
再び、お妙がじっと銀時を見つめ、その表情に何の動きも感動もなく、男は居心地の悪いものを感じた。
「死ぬつもりはないけどな。」
俺はナ、天寿を全うして、たたみの上で死ぬのが目標なの。
あわてて付け加えたそれに、お妙が「私の知ってる銀さんでは無理ですね。」とあっさり笑顔で切り捨てた。
「何!?全否定!?」
「私が知ってる銀さんは、万年金欠で、けがばっかりして、無事に生き残れるだけの気力があるとは思えない、死んだ目をしてる侍です。」
「ばっかだな、お前。そんなの、銀さんの一部でしかないんだよ?銀さんの何をしってるっていうの、お前。」
「ですから。」
そこで、お妙はきれいすぎる、まぶしすぎる笑顔を見せた。
「うちに来るのはそういうときばっかりじゃねぇかって言ってんだよコラ。てめぇの頭はざるでできてんのか、ああん?」
「だから、それ以外にここに来る理由なんぞねぇって話だよ!」
なんで好き好んでまな板みてーな胸した女に会いに来る必要があんだよ!?
「いっぺん死んでこい!!!!」
悪態の応酬ののち、「あーもー気分悪ぃ!寝る!!」と一方的に話を打ち切って、銀時はさっさとふすまを開けて出ていく。それにお妙が壮絶な笑顔を見せた。
「カステラ代と治療費と寝食代は後で請求しますから。」
「・・・・・・・・・・。」
がめつい女。
ぱしり、と襖をしめて、銀時は廊下に立ち尽くす。そのまま、考え込むように佇んでいると、不意に扉が開き、ぎょっとする彼の前に、お妙が顔を出した。
「銀さん。」
「あ・・・・・・・・・・ああ?」
「次にうちに来るときは、お金がないってことにしておいてあげますからね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
再び、すーっとふすまが閉じられ、日の光の差し込む廊下に立ち止まっていた男は、苦いものでもかみつぶしたような顔でうめく。
ここに来る理由。
金欠か怪我か。はたまた新八に頼まれたからか。
それ以外では来ないようにしている。
ここは「そういう時に来る場所」だと嘘をつく。
(失敗した・・・・・。)
寝間に向かって歩きながら、銀時は「勘の良い女は嫌いなんだけどなぁ。」とぼやく。
理由もなく、ここに来るようになったら。
なってしまったら。
きっと、本当に傷つて戻ったとき、もっともっとつらい思いを「彼女」にさせるだろう。
だから、理由をつける。考える。嘘を、付く。
(けど、ばれてんじゃ意味ないかもなぁ・・・・・。)
どうにも面倒な女に、自分はもしかしたらはまりつつあるのかもしれないと、苦々しく思うのだった。
(2009/01/25)
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