SilverSoul

 03.子どもあつかい
 泣いてもいいだろうかと、銀時は思う。

 床には布団が三つ並び、銀時を中心に神楽と新八が寝付いていた。ひょんなことから風邪を引いてしまった銀時は、運悪く仕事の依頼を受けていた。
 依頼をキャンセルするわけにもいかず、調子の悪い彼の代わりにと新八と神楽が雨の中走り回って、なんとか依頼を無事に解決したのだが、結局三人ともダウンする羽目に陥ったのだ。

 万事屋で横になる三人。

 熱が高く、誰も動けないこの状況で駆り出されたのが、新八の姉、妙である。
 一応大家でもあるお登勢が食事などを作ってくれたのだが、お登勢はお登勢で夜は仕事がある。
 お妙も夜の仕事をしているのだが、寝付いてしまった新八を心配して、有給を取ってこうして万事屋に居るのだが。

(何の拷問!?俺、何か悪いことした!?)
「はい、あーん。」
「・・・・・・・・・・。」
 枕もとに座っているお妙が、可愛らしい笑顔で匙を差し出した。
 だがそこには、どうみても「わあ、おいしそう」とは呼べない乳白色のどろどろしたものが凝り固まっていた。
 それを口にするわけにもいかず、助けを求めるように視線を泳がせれば、新八は布団を頭まで被っているし、神楽は高らかないびきを「演出」して眠っている。
「あーん。」

 痺れを切らしたお妙の手が伸び、銀時のほほを万力のような力で締め上げた。無理やり口を開かされた男は、「死ぬ」と直感で生命の危機を感じる。

 お妙は料理が得意ではない。
 本人はシェフもびっくりするほどの凄腕だと信じている。
 真実は、お妙の思っている通りなのだが、それは全部を悪い意味でとらえた場合のみ有効だ。

 つまりは料理で人が殺せるほどの腕前なのだ。

 言葉にならない悲鳴を上げて、銀時は両腕を振り回した。このまま、このまるでその、人が気分の悪い時に、トイレとかで、上からああなっちゃうようなものを目の前に掲げられて、おいそれと口にできるほど心が広くない。
 涙眼になりながら、銀時はお妙の手を死に物狂いで振り払うと、布団の端へと飛んで逃げた。落ちたものが、じゅわ、と「ありえない」音を立てて布団を「焦がす」。

「逃げんな、こらっ!」
 匙と椀を手に、だん、と床を踏みしめ立ち上がろうとするお妙から、銀時は死に物狂いで逃走を図る。

 いつぞやもこんなことを経験したが、そんな思い出に浸っている場合ではない。
 あの時も今も、命の危機なのだ。

 まあ、前回逃げ出した時も逃げることはかなわず、結果、最大限にひどい仕打ちを受けたのだが。

「じょーだんじゃねぇ!動けない病人をいたわるのが、看病をつかさどるものの義務じゃねぇのかよ!?」
「だからいたわってやってんだろうがっ!!!!」
 ぶん、と耳元を掠めて匙が飛び、銀時は隣の部屋のソファーを飛び越え、なんとか廊下に出ようとする。
「待ちやがれ!!」
「それが病人に言うセリフか、おい!?」
 熱の所為でふらつく足のまま、銀時は必死に廊下に滑り出た。よろけ、つんのめり、それでも這うようにして家から出ようとして。
「!?」
 廊下に張られていた細いロープに足を取られて盛大にひっくり返った。

 スローで景色が移動し、最終的に銀時は後頭部を強打し、視界がブラックアウトしていくのを感じた。
 その中で、彼が最後に見たのは、魔王のような笑みを浮かべて佇むお妙であった。



「あ、おいしいです、姉上。」
「ほんとネ!姉御!!凄い旨いアル!!」
 久々にまともなもの食べたネ。

 ぼんやりした意識の端で拾ったのは、そんな二人の声。ゆっくりと目をあけ、自分がサイボーグに改造されていないことを確認すると、銀時はゆっくりと起き上がった。
「あ、銀さん。」
「気がついたアルか?」
 お椀を抱えた二人が、こちらを見る。その向こうで、二杯目をよそっていたお妙が心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫です?ここがどこかわかってます?」
「ああ・・・・・まあ・・・・・。」

 お前に殺されそうになったこともばっちり覚えてるよ。

 要らぬ一言を付け加えると、鉄拳が飛んできて、銀時は再び昏倒しそうになった。
「それより銀さんもこれ、食べませんか?」
「あ?」
 自分のほほをさすり、血が出てないか確かめていた男は、新八が差し出すお椀の中を覗き込んだ。
 中には、おいしそうなお米の料理が盛られている。

 先ほどとは打って変わって、良い香りがした。

「姉御が持って来てくれたネ!」
「姉上、いつのまにこんな料理がうまくなったんですか?」
「あら新ちゃん。私は前から料理上手じゃない。」
 特に卵焼きが絶品でしょう?

 すさまじい笑顔にひきつる新八をよそに、銀時は「はいどうぞ。」と渡されたお椀をしげしげと眺めた。

 さっきのはいったい何だったんだろうか?

(夢・・・・・?幻・・・・・?だとしたら、こっちじゃね?)

 お妙の料理が「凶器」であることはよく知っている。それが、こんな風においしそうなものが出てくるとは、どう考えてもおかしい。
 ということは、自分はまだ夢の中にいるのではないだろうか?

 そんなことを考えて、銀時はおもむろにお椀を床に置くと、「目を覚ませ俺!」と柱に額をぶつけ始める。
「何やってんの!?せっかく目覚めたのに、何やってんの!?」
 あわてた新八の突っ込みが飛び、痛みに、銀時はますます眉間にしわを寄せた。

 これはいったいどういうことだ!?
 どうしてお妙の料理が、さっきのと違っているんだ?
 ていうか、落としたら布団に焦げを作った、あの料理はどこに行った!?

 しかめっ面でお椀をのぞいていると、「私のつくったもんが食えないってのか?」とお妙から薙刀を突きつけられて、銀時は慌てて「食います食います!」とがくがくとうなづいた。

 それでも中を眺めて、匙を握り締める銀時に、お妙は溜息をついて立ち上がった。おいしそうに食事をする三人に「お茶でも淹れてきますね。」と一声かけると、奥へと引っ込んだ。

 そのまま、彼女は流し台の前に立った。
 シンクには、お湯の張られたタライに焦げた鍋が沈んでいる。
 中に入っていた「劇物」はすっかりゴミ箱に捨てられていて、その傍らにはレンジで温めるだけ、の容器が転がっていた。

「・・・・・・・・・・。」
 しばらく、その鍋を見つめお妙は溜息をつくとスポンジを握り締めた。
 がしがしと、焦げた鍋を洗い始め、無我夢中で、力一杯洗っていたから、彼女は気づかなかった。

 いつの間にか後ろに銀時が立って居るのに。

「んなこったろーと思った。」
「!?」
 驚いて、泡だらけの手のまま振り返るお妙に、ゴミ箱の前でしゃがんでいた男が、冷えピタを張った頭のまま、お妙を斜めに見上げている。
「・・・・・・・・・・。」
 別に悪いことをしたわけでもない。
 それなのに、視線をそらすお妙に、がしがしと頭を掻きながら銀時がたちあがった。
「ったく、しょーがねーな。」
 うんざりしたように言い、男は半纏をはおったまま、今洗ったばかりの鍋を取り上げると、水を張った。
「ちょっと、銀さん?」
 眉間にしわを寄せるお妙に、「ほら、もっかいやってみろ。」と気のない風に言う。
「もっかいって、何をです?」
 軽く唇を噛んで告げるお妙の額に、銀時は軽くこぶしをぶつけた。
「あのまっずいもん、もっかい作ってみろってんだよ?」
 なにしたらあんなんできんのか、銀さんがみてやっから。
「・・・・・銀さんに何が分かるって言うんですか?」
 思わず頬を膨らませて言えば、「馬鹿、おまえナ。」と男は胸を張った。

「お前と違って、俺の自炊生活期間は半端ねえんだぞ?」
「じゃあ、なんですぐレトルトのリゾットなんか戸棚から出てきたんです?」
 三人に出したのは、それのようだ。
 目一杯いやみをこめてそういったつもりなのに、男は平気な様子で「そりゃあれだ。非常食だよ。」と言い、「ほら。」と彼女の手にお玉を放った。
「みててやるから、やってみろ。」
「子供扱いしないでください。銀さんのくせに」

 冷たい眼でにらむお妙に、「どういう意味だよ!?」と銀時が食ってかかる。

「その通りです。未だにジャンプなんか読んで!」
「なんだろ、コラ!ジャンプを愚弄するのか!?あれは俺の愛と青春だ!」
「250円の愛と青春ですか。」
「バカヤロ!良心的なお値段じゃねぇか!」
「あー、はいはい、わかりましたよ。」

 そのまま二人は、もう一度、お妙が作りたかった料理を最初から作っていく。

 途中、鍋が三回ほど破壊され、キッチンが爆撃にあったような惨事になったりもしたが、どうにかこうにか食べられるものができた。
 だが、それは銀時の口に入ることはなかった。
 なぜなら彼は、破壊されたキッチンの修繕、という頭の痛い問題に直面していたからだ。

 件の成功料理は神楽と新八にふるまわれ、結局銀時は風邪を悪化させ二人より長く寝込む羽目になった。

 そしてもう二度と、お妙を子供扱いして、料理を一緒につくったりするもんかと誓うのだった。


(2009/01/18)

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