SilverSoul
- 02.気付かないフリ
- 何時だと思ってるんですか!?というお妙のセリフに、赤く腫れぼったい瞼の奥に、どろんと濁ったまなざしを湛え、きしみそうな音を立てて彼女に視線を向けた銀時は、「昼の一時です。」とひどくかすれた声で答えた。
背中には神楽を背負い、左の脇には新八を抱えている。
二人とも気持ちよさそう、というよりは糸の切れた操り人形のように、ぐったりと眠り込んでいる。
上がり框の前で、薙刀片手に仁王立ちしているお妙に「とりあえず、新八と神楽、受け取ってくんね?」とますますかすれた声で銀時は頼む。
場所は彼の家ではなく、彼女の家、だ。
重く疲れた体を引きずって、かぶき町まで行く体力がなく、こうして志村家の門を叩いて、爆睡する二人をせめて布団で寝かせてやりたいと思うのだが、お妙は仁王立ちしたまま動こうとしない。
「あの・・・・・おねーさーん?」
銀時自体、このままぶっ倒れて、廊下ででもなんでも眠れそうな気分だ。
頭は痛いし、体はだるいし、とにかく瞼が重い。
眼力に覇気がない、とよくスナックのおねーちゃんに言われるのだが、今はそれに輪をかけて曇って濁って淀んでいる。
「ちょ・・・・・重いからさ・・・・・頼むよ・・・・・。」
とにかく神楽を下ろそうと、上がり框に背を向けて腰をかがめる。ごろん、と背中の少女を床に下ろし、ついでに新八も隣に転がそうとして、銀時は自分の尻に衝撃を受けた。
「!?」
力いっぱいけられて、一回転し、引き戸に嫌というほど背中と後頭部をぶつける。
「なにすんだよ、お妙!?」
「朝帰りならともかく、翻りとはいったいどういう了見ですか!?」
しかも、新ちゃんも神楽ちゃんも未成年で、新ちゃんからはお酒の匂いがするんですけど!?
仁王立ちのお妙が、神楽を抱きよせ、新八をかばう。その眼は逆三角で、紅蓮の炎を宿して爛々と光り輝き、銀時をにらみつけている。
「あのなぁ、俺だって好きでそいつら連れまわしたわけじゃねえぞ!?」
力いっぱい怒鳴り返し、銀時はしゃがれた声のまま、這うようにして玄関を移動する。
「こいつらが勝手にだなぁ・・・・・。」
「勝手になんですかっ!?」
「・・・・・あー・・・・・その、まあ張り込み現場にだなぁ・・・・・その・・・・・。」
「張り込み現場ってどこですか?」
懐中電灯を下からあてたような、そんな恐ろしい形相で言われ、銀時は視線を泳がせた。
言えるわけがない。
いかがわしい店で、いかがわしい行為に走ろうとした、高校生の娘がいる会社役員の父親を改心させて、一緒に一晩豪遊した、なんて。
零時を過ぎた時点で新八と神楽を返せばよかったのだが、盛り上がった会場はそれを許してくれそうな雰囲気ではなかったのだ。
と、まあ、そんなものは、お妙にしてみれば言い訳以外の何者でもないし、霞掛った銀時の頭でも理解できた。
だが、それを言わなければ、良いようにお妙にぼこられるだけだ。
「その・・・・・なんだ、居酒屋だよ、居酒屋。」
「どんな居酒屋ですか?」
ノーパン、なんて言えない。絶対言えない。
「んなことはどうだっていいんだよ!とにかく・・・・・新八と神楽、頼んだぞ。」
片手を投げやりにひらひらと振り、よっこらせ、と立ち上がった銀時はふらつく足のまま、道場を後にしようとする。
それに、お妙がかすかに目を見張った。
「って、逃げるつもりか、コラ」
「や・・・・・あの・・・・・これ以上おねーさんに迷惑をかけるわけにはまいりませんので、はい・・・・・。」
家でゆっくり寝ようかな、なんて。
引き戸に手をかける銀時の真横に、物凄い破壊音を立てて薙刀が突き刺さった。
ぱらぱらと、手にガラスの粉が落ちてくる。
振り返れば、お妙がきれいすぎる笑みを浮かべていた。
「かよわい乙女に、この二人を寝間まで運べっていうのか、ああ?この駄目酔っ払い」
「・・・・・・・・・・。」
ひきつった笑みを浮かべれば、引き抜かれた薙刀の切っ先が喉元に突きつけられる。
「てめーで運べや、コラ」
「はい・・・・・。」
もう限界、ほんと限界。寝ないと死ぬ。このままだと死ぬ。
口の中で呪詛のようにそう呟きながら、銀時はお妙が用意した布団に新八と神楽を寝かせると、自分もここで倒れようと辺りを見渡した。
十畳はある和室にはしかし、布団は二つしか延べられていない。
「あ・・・・・あの、お妙さん?俺のは?」
だんだん瞼と瞼の間隔が狭まり、ぐらりぐらりと脳内が船を漕ぎだす。
それに、お妙は「あら、銀さんは帰って寝るんでしょう?」とにべもなく言い放った。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
数秒の沈黙ののち、「あのな、お妙。」と何事か言おうとして、銀時は疲れ切った溜息を洩らした。
「あー、もういい・・・・・ここで寝る。何もいらね。」
口論する元気もなく、銀時は体の力を抜いて、その場に倒れ伏そうとした。
ただし。
「え?」
その際、新八と神楽の様子を見ていたお妙に向かって倒れたのだ。
「ちょっと・・・・・銀さん!?」
そのまま両腕に抱えられて、畳の上に押し倒される。
「ちょ・・・・・何考えてんだ、このスケベ酔っ払い!」
殴り飛ばそうと腕をあげるが、両方とも抱きすくめられていて動かない。けり上げる足も、器用に体にのしかかっている銀時に当たらず空を蹴るだけだった。
「放せ・・・・・コラァっ!!」
「あーうるせーな・・・・・二日酔いに響くんだよ。頭いてぇんだよ。察しろ!すべてを察しろ!!」
「ああ!?」
目を三角にして怒るお妙をよそに、彼女を抱えたままの銀時は体の力を抜いた。
「おもっ・・・・・!」
体にかかる重みが増し、お妙は銀時の高い体温に包まれながらわめく。
「酔っ払い!!降りろーっ!!」
「だからお前、ちょっと黙れって・・・・・。」
口ふさぐぞ。
耳元で、掠れた声で言われて、お妙は思わず硬直した。自身の理性に反して頬が熱くなる。
「セクハラだぞ、酔っ払い」
それでもなんとかドスの利いた声でいえば、銀時はなにやら意味不明なことを告げて、意識を手放そうとする。
「こ、こら!?」
「うるせー・・・・・俺もう、二日酔い・・・・・。」
ぎう、とお妙を抱える腕に力がこもり、お妙はぎゅっと唇を噛んだ。
二日酔い、ね。
体温が高い、自分にセクハラ行為を続行しているこの男からは不思議とアルコールの香りも煙草の香りもしなかった。
かすかに混じるのは、血の匂い。
新八からはアルコールのにおいが、神楽からは花のような甘い香りがしていたのに、この男は、あんなに甘いものが好きで、強くないくせにお酒が好きなのに、そのどちらでもなく血の匂いがするのだから、しょうがない。
「まったく・・・・・。」
目を閉じ、お妙はそっとホールドされている腕を動かして男の着物のはしを握り締めた。
「これだから酔っ払いは。」
耳元で、やわらかな声色がそう告げ、かすかに目を見開いた銀時は頬を緩めた。
漂ったのは、うれしそうな笑み。
「うるっせーな・・・・・男はね、昼まで飲んでこそいっぱしなんだよ。」
酒は飲んでも呑まれるななんだよ。
「呑まれてるじゃないですか。」
文句を聞きながら、銀時はその腕を離さず、気持ちよさそうに目を閉じた。
お妙からする、甘く、酔うような香りをこっそり吸い込んで。
「呑まれてねーよ。ただちょっとあれだよ・・・・・酔いが回ってるだけだよ。」
「はいはい。」
それ以上二人は会話をせず、詮索をせず、このまま春の日差しのさす和室の午後は、緩やかに緩やかに過ぎていくのだった。
(2009/01/16)
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