SilverSoul

 01. 「侍」
 お妙は溜息をついた。きつくこぶしを握り締めて佇む新八が、不憫、というよりむしろ意気地なし、に見えたからだ。
 だからと言って、お妙は、弟の背中を押していいものかどうか、判断に困っている。

 侍なら、自分で自分の決めた道を進んで欲しい、なんて思うのは勝手な望みだろうか。

 時には手を差し伸べることも、背中を押すことも必要だろう。
 なんせ、新八はどんなに大人びて見えてもまだまだ少年なのだ。
 でも。

「新ちゃん。」

 お妙は、努めて平静な声を出すと、突き放すでもなく、怒鳴るでもなく、普通に声をかけた。

「今日は私が晩御飯を作るわね。」

 その瞬間、凍りついたように佇んでいた新八の悲鳴が、閑静な、と呼んでもいい割と大きな住宅が立ち並ぶ地域に朗々と響きわたった。




「別に俺らがやいのやいの言うような話じゃねぇだろが。」
 その晩、お妙は画期的、と書いて殺人的、と読む卵料理の数々を弟に披露し、勤め先に出た後、夜分遅くに万事屋のドアを叩いていた。
 神楽はドラえもんのごとく押し入れですっかり寝入り、やっぱり、というか一人起きていた銀時は突然の訪問者に、多少嫌な顔をするも、彼女を中に入れてくれていた。
 綺麗な満月が、かぶき町一帯を青々と染め上げる夜だった。

「そうですけど・・・・・でも、銀さんだって気になるから起きてるんでしょう?」
 昼間、のことである。

 恒道館道場に道場破りが現れたのだ。

 道場の再興を目指している現在、門弟は新八と姉の妙しかいない。開いているのだか、つぶれているのだか、なボロ道場だが、看板を掲げている以上、道場破り、なんてものがやって来てもおかしくはない。

 普通に新八が対戦する予定・・・・・というか、それ以上にいったいどんな風に道場破りと対決をするんだという話だが、実際はそうはならなかった。

 道場破りを仕掛けてきたのは、天人で、体長2メートル、恐竜タイプの天人だったのだ。
 竹刀での三本勝負・・・・・を新八が持ちかけたのだが、最終的にはK-1のルールが持ち出され、挙句の果てには、未来の義弟の危機、とばかりに床下から現れた近藤らが押しかけ、事態はトーナメント方式に切り替わり、一回戦で沖田と当たった新八はあっさり負けてしまったのである。

 結局道場破りはというと、近藤を打ち破り、銀時に土下座をさせたお妙の「ちょっと一息入れましょうね?」で出された卵プリンの前に玉砕。

 晴れて恒道館道場の看板は守られた・・・・・とはなんとも言い難い状況になったのである。

 この微妙すぎる結末に、新八が何を思ったのか、察するに余りある。

 そもそも、一回戦で負けてしまった自分のふがいなさに、彼は落ち込んでいるわけで。

「強さ、弱さにはいろいろ種類があらぁ。これも一種の試練だろうが。」
 そんな新八の「強くなりたい」という発言に、何も答えなかった銀時は、尋ねてきたお妙に投げやりに言った。
「それはそうですけど・・・・・。」
 対してお妙も、語を濁して黙り込む。

 しばらく、二人の間に沈黙が落ち、それを銀時が破った。

「それとも何か?まさかお前、俺にアイツを鍛えろとかいう?」
 ソファーに座り込んでいちご牛乳のパックを傾けている銀時の、心底嫌そうなセリフに、お妙は首を振った。
「違います。ただ、私は新ちゃんに何を言ったらいいのかと思って。」
「別に何も言うことねぇんじゃねぇの。」
 ソファーの背中に腕をまわし、天井を見上げた銀時が、板張りの天井を見透かすように眼を細めた。
「新八は今でも十分に強いよ。」
 言われなくたって、わかってらぁ、あいつならな。
「・・・・・・・・・・銀さんは。」
「あ?」

 視線だけでお妙を見遣れば、彼女は自分のきちんと揃えた膝の辺りを見ながら、ぽつりと漏らした。

「一体どうして剣術で強くなろうと思ったんです?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 ダルそうで、毎回死んだような眼をしてて、やる気のかけらもなくて。
 でも、いざというときには戦って。傷ついても誰かを守ろうとする。

 ふと思った疑問を口にしただけのお妙は、予想以上に銀時がぎょっとしているのに目を見張った。

「あの・・・・・。」
 銀時が剣術修行をしている・・・・・そんな姿が思いつかなかったから、だから、これだけ強いのには何か理由があるのだろうと、そう思っただけなのに、視線を落とし、床をにらむ男の様子に、お妙は戸惑った。
「聞いちゃいけないことでした?」
 沈黙が続くのがいやで、先手を打つように言えば、「ま〜。」といつものやる気のない声が答えた。

「俺も若かったってことだな。」
「・・・・・・・・・・。」
「なんか、かっこいいだろ?侍ってさ。刀持っててびしっと決めればきゃーきゃー言われるしさ。」
 ま、そんな理由ですよ。男が強くなろうなんて思うのは。

 侍、なんてものはさ。

 お妙と目を合わせない銀時のそのセリフに、彼女は再び溜息をついた。

「じゃあ、新ちゃんも強くなる必要はないと?」
「今で十分だっていってんの。」
「・・・・・・・・・・そうですね。」

 そのまま、お妙はすっとソファーから立ちあがると「夜分遅くにお邪魔しました。」とそっけない声で言ってすたすたと部屋を出て行こうとする。
 それに、「おいおい!?」と銀時のほうがあわてた。

 時刻は深夜2時をとうに過ぎている。女一人を歩かせていい時刻でも町でもない。

「ちょっと待て!家まで付いてってやるから!」
「いりません、別に。」
「はあ?」

 玄関で乱暴に下駄をつっかけるお妙に、銀時が眉間にしわを寄せた。

「向上心がないお侍さんに送って頂いても、いざというとき何にもなりませんから。」
 冷たい眼で睨まれて、銀時は、嫌そうに鼻にしわを寄せた。銀色の髪をくしゃっとする。
「そういう話じゃねぇだろ。」
「そういう話をしてました。」
「向上心がどうのって話じゃないだろ!?」
「そういう話です!新ちゃんが強くなりたいって思ってるのに、私たちはどうしたらいいかっていうことを相談に」
「だー、もううるせーなっ!」

 その瞬間、声を荒げた銀時が、さっさと自分のブーツを履くと、お妙の手首をつかんだ。

「弟が強くなるのと、姉貴が一人で夜中に家に帰るのとなんの関係があるんだよ!?」
「ですから、銀さんみたいな、いい加減な侍に送ってもらいたくな」
「違うだろうが。」

 ぐいっと彼女の手を掴んでひっぱり、銀時は引き戸を開けた。冷たい銀色の月明かりが、青に沈む世界に降り注いでいる。

「お妙、お前はもう少し新八を信頼しろ。」
 かんかんかん、と鉄製の階段を、お妙を引っ張って降り、銀時はめんどくさそうに告げる。
「アイツだって侍だ。あいつにはあいつの強さがあって、それで先のことを考えてる。」
 違うか?
「・・・・・・・・・・。」
「なんでもかんでも首突っ込むなよ。お前は黙ってあいつのこと見守ってやりゃいいんだよ。」
 それでな、ちゃんと帰る家に居てやれ。
「こんな風に一人で歩かせて、何かあったら寝覚めがわりぃだろうが。」

 どんどん先を歩く銀時の手を、お妙は力一杯振り払った。

「おい!?」
 怪訝そうに振り返る銀時に、お妙は唇を尖らせた。
「じゃあ、なんで銀さんは今の時間まで起きてたんです?」
「・・・・・・・・・・。」
 口を開きかけ、それから銀時は言葉を飲み込んだ。溜息をつく。

「どうせ、お前か新八がくると思ってたからだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 息をのむお妙に「ほら、さっさと歩け。」とぶっきらぼうに言って、銀時はすたすたと夜道を歩きだす。
 それについて歩きながら、お妙は、内心歯噛みした。

 まさか、そこまで読まれていたなんて。
 すまいるでお客をあしらっている自分としたことが、ここまでこの、駄目な男に内心を読まれていたなんて、とんだ失態だ。

 悔し紛れに、お妙は低く切り出す。

「銀さんでも、人の気持ちに配慮して行動できるんですね。」
 放たれたそれに、男はにやっと笑うと振り返った。

「一応、俺も侍でね。」
「銀さんの言う侍って、ぐーたらしてて、まるで駄目な男のことを指すんですか?」
 立ち止まる銀時を抜き去り、吐き捨てられたセリフに、男は「可愛くねぇな。」と漏らした。
「ま、あれだ。」
 足を早め、女の手を取って握り締める。
「自分の信じたことを貫ける奴が侍だと思ってるぜ?少なくとも、俺は。」

 乾いた掌に、ひっぱられるようにして歩きながら、お妙は悔しそうにうつむく。

「大した侍道で。」
「だから、新八の事は見守ってやれよ。」
 人から言われて気づくこともあるけどな、アイツは今にも気付きそうだからな。



 結局、銀時がなぜ、強くなろうと思ったのか、その理由は分からずじまいだった。
 だったが、お妙はこの掌が変わらずにここにあるのなら、信じてみようかと、そう思う。


 こんなバカな侍、でも放っておいてもきっと、この手を放さないのだろうと。


(2008/01/15)

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