SAMURAI DEEPER KYO

 返せない借り



 闘気も覇気も鬼気も失くしてしまったと、人は言うかもしれないけれど。
 狂の事を知っている人は、必ず言う。

 前よりもずっとずっと強くなった、と。


 触れると切れてしまいそうな、鋭さ。恐怖。何者をも寄せ付けない、圧倒的なプレッシャー。
 それ故に、人から恐れられ畏怖される。

 そんな孤高の存在だったはずなのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・狂が変わったのって」
「あ?」

 辰伶に別れを告げて、ぼろぼろのまま5番目の門の前の階段に座りこんでいる狂に、ほたるがふらふらと近づく。
 そのまま、すとん、と足元にしゃがみこんで眠そうな目でじぃっと狂を見上げた。

 今なら判る。
 孤独でも強くなれるが、それ以上に、強くなる方法が。
 自分にもなんとなく、大切だと思うものが有るのが判ったから。

「やっぱり、あの女の所為だよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ほたるがちらっと視線を向ければ、そこではゆやがサスケに包帯を巻いている。

「変な女だよね」
 ぼうっとした口調で告げて、ほたるは眉間にしわを刻んだまま、「自分が殺されるかもしれないのに人の前に出るとか・・・・・普通しないよね」とぽつりと漏らす。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ま、狂は寝てたから知らないだろうけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あのまま、斬ってもよかったんだけど・・・・・なんか変な事言ってたから・・・・・うん、変な女だなって」
「ほたる」
「うん?」

 天狼を肩にあてがったまま、狂がぼんやりゆやを見詰めるほたるに肩をすくめて見せた。

「あの女はただのバカだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「テメェと同じくらい何も考えちゃいねぇよ」

 く、と喉を鳴らして笑う。楽しそうな笑い方。あんまり見ない狂の姿に、ほたるは眠そうな目のまま首を傾げた。

「俺、アキラよりは物考えてるけど」
「そっくりそのまんま、アキラに言ってみな。同じ答えを返してくるだろうさ」
「ブラコンと一緒にしないでほしい」
 むーっと嫌そうに顔をしかめるほたるは、それでも「あの女、馬鹿なんだ」と神妙に答えた。

「ああ。考えらんねぇくらい馬鹿だ」
「ふーん」
「・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿正直で・・・・・いくらでも、こっちが思いつかねぇような真似しやがる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「とんでもねぇ女だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・だから?」
「あ?」

 ほたるの眠そうな視線が、狂を捕える。

「だから、傍に置いてる?」
 今までだって、狂の傍に女が居たことは無い。連れて歩くような存在は皆無だったはずだ。
 どこかで待っているとか、そう言うのも。
 朔夜は例外かもしれないが、連れ歩くようなことは無かった。

「馬鹿だから」
 ほたるのストレートな物言いに、微かに目を見張って、狂はふっと小さく笑う。

「さあな」
「・・・・・・・・・・狂って、馬鹿な女が好みなんだ」
 変わってるね。

 じーっとゆやを眺めるほたるに、「テメェに言われたくねぇよ」と狂が吐き捨てる。

「テメェは女に興味ねぇだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・狂の女には興味がある」
「・・・・・・・・・・・・・・・やめとけ」

 溜息交じりに告げて、「手に負える相手じゃねぇよ」とどこか楽しそうに付け加えた。

「そう?」
「・・・・・・・・・・あの女に借りは返したつもりだが・・・・・」
 本当は、一分だって返せてねぇのかもしれねぇからな。
「何か借りてたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっとぼけるほたるから視線を逸らして、狂はゆやをみた。


 信じてる、なんて、簡単に言えるような事じゃない。
 不安になったりもしたはずだ。
 死ぬと言うギリギリのライン。

 辰伶の水龍が心臓を喰い破る直前。痛みと呼吸困難、身体がえぐられる感触にありながら、ゆやは狂に笑って見せた。

 ありがとう、と。

 自分の中の京四郎。気に入らない奴が力を貸さなければ、狂は彼女を護れたかどうか怪しい。

 いや、十中八九、護れなかっただろう。

 自分の身体ではない、というのは、ただの言い訳でしかない。そう有りながらも、ゆやの命を護ると約束したのは他でもない自分なのだ。


 厳密に言えば、返せていない。

 何一つ。
 一分だって返せていないのだ。

 それなのに、彼女はありがとうと言う。まっすぐに、狂に向かって。

 その、透明な瞳に映っているのは、たった一人の自分。

「馬鹿な女は嫌いなんだがな」
「?」
「・・・・・・・・・・あの女の馬鹿さ加減は嫌いじゃねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・それって狂も馬鹿だからじゃないの?」

 真顔で告げるほたるに、狂は呆れ、溜息をもらした。

「テメェにだけは言われたかねぇな」



 それからしばらく後、ほたるが思いだしたようにゆやに近づく。
「そういえば」
「え?」
「狂がね、あんたのこと、信じられない馬鹿だって言ってた」
「!?」

 狂ーっ!!!!

 怒り任せに、千人斬りの鬼眼の狂、と呼ばれた男に歩いて行く細い腕の女。

「あんた、なんてこと言うのよ!?」
「ああ?うるせぇよ、馬鹿女」
「ばっ・・・・・う、うるさいのはあんたの方よ!なんてこと言うのよ!?」
「事実を言ったまでだ。テメェは馬鹿で後先考えねぇ、トンデモナイ女だろ」
「狂っ!!!!」

 突っかかるゆやを、振り払いもせず、相手をする。
 切り捨てるわけでもなく、凄むわけでもなく、鬱陶しいなら捨て置けばいいのに、からかって遊んでいる。
 時折混じる、紅い視線が柔らかい気がして、ほたるはぽん、と掌を打ち合わせた。

「そっか。あの女」
「どうかしましたか、ほたる」
 振り返るアキラの質問に答えるような形で、ほたるが彼と梵天丸、灯を振り仰いだ。

「狂の女なんだね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほたる?それはどういう・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ていうか、それは灯たんのことでしょ!」
「だから、あの女が、狂の女」
「いや、それは・・・・・ま、そうか?」
「違います!ゆやさんが・・・・・違うでしょ」
「そうよ。狂のぉ、女はぁ、アタシ」

 色々議論を始めそうな梵天丸・アキラ・灯を余所に、ほたるは一人納得したように「そっかそっか」と下駄をからころ言わせて歩いて行く。

 やっぱり、狂はあの女の所為で変わったんだな。

 その理由も判る気がする。
 なんとなくだけど。


「なにやってんだ、あいつら」
「え?」

 いつの間にか、狂の隣を歩いていたゆやが、後ろを振り返る。

「さあ」

 まさか自分について、四聖天が口喧嘩をしているとは夢にも思わないゆやなのだった。






















 ほたる切り口で(笑)
 場面としてはVS辰伶戦後、陰陽殿を目指してる途中っぽい感じです。

(2010/06/19)

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