SAMURAI DEEPER KYO

 置いては行けない






 曇天が広がっている。
 なんとなく雨が降りそうな天気だ。

「めんどくせぇな・・・・・」
 そんな中、裏庭に刀を下げて立つ狂は、その昔、師匠の村正に言われた事を思い出していた。

 薪割りも修行の内です。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 積み上げられている材木を前に、だらしなく刀を下げたままの状態で、ふっと狂は笑う。
 修行だと思ってやるつもりは毛頭ないが、割らないとなんだかんだで、狂の雇用主は怒るのだろう。

 からかって遊ぶのも悪くないかな、とすっぽかそうと踵を返しかける。
 だが、その前に、手にしている天狼が「とんでもなく威厳の無いものを斬らされた」と不愉快になる方が面白いだろうかと思い直し、狂は再び材木の山に向き合った。

 多分、一振りすれば全部一瞬でばらばらになるだろう。

 無造作に刀を振るおうとして、はっと狂は後ろを振り返った。

 ざわっと、湿気を帯びた生ぬるい風が、木々を揺らして通り抜けていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・めんどくせぇ」

 本日二度目の台詞を吐き捨て、狂は事が起きる前に面倒事を片付けてしまおうかと考える。

「・・・・・・・・・・」
 刀を振りあげ、狂はそのまま片手で振り下ろした。
 材木の山に向かって。






「辻斬り?」
 目を瞬くゆやの台詞に、大雨の中狂とゆやを訪ねてきた梵天丸は一つ、頷いた。
「ああ。ここの隣の藩で随分人が斬られているらしい」
「酷い・・・・・」
「天下泰平とはいえ、ろくでもない人間はいくらでもいると言う事ですよ」
 温かなお茶を手にして、アキラが肩をすくめて告げる。借りた布で頭を拭っていた時人が「そういう人間、随分見てきたしね」と忌々しそうに吐き捨てた。

「女子供、誰彼かまわず、擦れ違っただけで斬られてる」
 信念も思想もあったもんじゃねぇ。
 呻くように告げる梵天丸に、ゆやは眉間に皺を刻んだまま「手配書は、出てるんですか?」と賞金稼ぎらしい疑問を挟んだ。
 その問いに、梵天丸は小さく呻く。
「?」
「大勢の、無抵抗の人間を斬り殺しているのに、手配書は出てません」
「どうして!?」

 思わず声を荒げるゆやに、アキラが「犯人が藩の重役だからですよ」と涼しい顔で答えた。

「そんなっ」
「手配書は出さねぇ、だが、自分の藩からも出さねぇ・・・・・連中は内々に事を片付けちまおうとしてるわけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 興味なさげに、煙管から煙を吐き出していた狂は、話の流れから嫌な予感がした。
 ちらと視線をやれば、梵天丸と目が合う。

 更に嫌な予感がする。

「おい」
「だが、狂ったように人を斬ってるそいつは、藩の中でもかなりの腕前らしく」
「おい、コラ、ジジィ」
「倒せるヤツが、一人、また一人と斬られちまってな」
「馬鹿梵!」
「誰がバカボンだっ!?」

 声を荒げて狂を振り返る梵天丸に、「テメェ、まさかそいつを俺に斬れって言うんじゃねぇだろうな」と絶対に関わりたくない面倒事を先に提示した。

「テメェがやりゃいいじゃねぇかよ」
 俺様を巻き込むな。

 言い捨てて、狂は再び煙管を取り上げる。それに、「俺だってテメェの手なんか借りねぇよ!」と吠えるが、「だがな」とその口で逆接の語を繋いだ。

「そいつが辻斬りなんかに落ちた理由が、村正だっつったら・・・・・狂、お前ぇどうする?」
「・・・・・・・・・・」
 ぎろ、と狂の紅い瞳が梵天丸を映す。ゆやの淹れたお茶を一口飲み、梵天丸がちゃぶ台に頬杖を付いた。

「村正って・・・・・」
 ぎゅっとお盆を抱きしめるゆやに、アキラが「刀ですよ」と重い口調で切り出した。

「稀代の刀匠、村正が作りし名刀。恐れられ、名を知られているものは4本で、天狼、紫微垣、北落師門、北斗七星。例の、扉を開ける鍵になった四本です。でも、村正はそのほかにも人を魅了せずにはいられない力を持ったものがいくつか有あります」
「ま、元が先代赤の王を倒す為に作られた刀だからな。普通の人間が振るうにはちーっと荷が重いもんもあるってのが道理だろうさ」
「その・・・・・村正が、今回の辻斬りに関わってる・・・・・?」

 恐る恐る尋ねるゆやに「噂だがな」と梵天丸が引き取った。

「なんでも、遠目に辻斬りを観た人間が、真っ暗な闇の中で、奴が持っていた刀が炎をあげて燃えているように見えたっていうそうなんです」
「らしいだろ?」

 にやっと笑って狂に振れば、男は閉ざされた襖のほうに目をやったまま煙草の煙を吐き出す。

「刀は・・・・・どうやったって刀だけど・・・・・でも、下衆の手に渡って、弱いものを斬って行くのは我慢できない」
 叔父さまの刀がそんな風に使われるのは許せない。

 ぎり、と奥歯を噛みしめ、時人がきっと顔を上げた。

「鬼眼の狂がやらないって言うんなら、僕が真相を確かめて・・・・・この手で斬ってやる」
「時人くん・・・・・」
 刀は刀。
 それを使う人間がどうであるのかが、重要になって行く。

 どのような経緯で、村正がその人間の手に渡ったのか、今のところは判らない。
 判らないが、放ってはおけない。

「狂」
 そっと同居人を伺えば、煙をくゆらせた男が、ちらっとゆやに視線を落とした。それから、ふっと目を細めるとにやりと笑って梵天丸を見る。

「で?下僕の分際で、俺様を動かそうってんだ。それなりに対価はあるんだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・誰もテメェにお願いなんかしてねぇんだよ」
 ひき、とこめかみに血管を浮き上がらせて、梵天丸が両の拳を突き合わせる。
「俺様一人でもじゅう〜〜〜〜ぶんなんだがよ?使われてる刀が村正ってんで、お前ぇが村正のおじちゃんの事が気になって気になって仕方ねぇんじゃねぇかと思って話をありがた〜〜〜〜くもってきてやったんだよ?」
 感謝して欲しいくらいだぜ?

 にやにや笑う梵天丸に、今度は狂のこめかみが引きつった。

「それが余計な御世話だっつーんだよ、ジジィ。歳取ってんな判断も出来なくなったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「はいはい、その辺にして!・・・・・気になることは、気になるんでしょう、狂」
 二人の間に手にしたおしぼりを投げ入れて、殺気の応酬を中断させると、ゆやが腰に手を当てて狂を見る。苦い顔をした男が「テメェは黙ってろ」と切り捨てる。
「狂!」
「実際、相手がどんな刀を持っているのか確認が取れてはいません。本当にそれが村正なのか・・・・・時人で判るかどうか微妙なので、天狼を持っている狂に力を貸してほしいのは事実です」
「なっ」
 かちん、と来たのか、今度は時人のこめかみに青筋が浮かぶ。だが、アキラは「事実でしょう」とすぱん、と言い切った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、俺としちゃ、辻斬りやってる人間をぶっ飛ばして、刀取り上げて終いで良い気がすんだがよ」
「いいわけないでしょう。これだから筋肉馬鹿は困るんですよ」
「アキラっ!!!」
「村正の刀に何かが起きている・・・・・もしそれが本当なら、騒乱が起きるのは必死ですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ち、と舌打ちする狂に、ゆやが目を瞬いた。

「騒乱?」
「チンクシャ・・・・・お前も梵に負けネェくらい馬鹿だな」
「んなっ!?」
「ゆやさん・・・・・村正は、徳川に仇なす刀、としての逸話があるんです」
「あ」
「徳川の天下をひっくり返そうなんて野心を持ってる連中はいくらでもいる」
「壬生一族はもう、関わってないからね。動乱なんていくらでもおきるさ」

 ふん、と鼻を鳴らす時人に、ゆやがごくん、と喉を鳴らした。

「つまり・・・・・村正を手にした大名が反旗を翻す可能性があるってことですか?」
「そこまでおおごとになるかどうかはわかりませんが、可能性はないとは言えませんね」
 アキラの静かな物言いに、「あの〜」とゆやは更に訊きたくない事を尋ねた。

「もしかして・・・・・梵天丸さんとアキラさんに、辻斬り騒動の話をしたのって・・・・・」
 恐る恐る尋ねるゆやに、梵天丸がにたりと笑った。

「ああ。恐ろしく執念深い男だよ」
「幸村か・・・・・」

 ふっと小さく笑う狂が、ひたりと梵天丸とアキラに視線をやる。まっすぐに見据えて、にたりと男が笑った。

「良いぜ、引き受けてやる。ただし、それ相応の報酬を出してもらわねぇとなぁ」







「報酬なんて・・・・・べつにいいじゃない」
 三人分の寝床をどこにしようかと、押入れの前に立って考えていたゆやは、ふらっと姿を見せた狂に声を掛けた。
「どっかの雇い主がちゃんと報酬ださねぇからな」
「・・・・・・・・・・お酒はだしてるじゃないの」
 思わず目許が紅くなる。平常心、平常心、と呪文のように唱えながら、ゆやは押入れを開けた。
「ゆやさん、手伝いますよ?」
「あ、いえ、大丈夫です」
 その狂の後ろから姿を見せたアキラに、枕と敷布をひっぱりだして、ゆやが笑顔で答える。
 まだ雨は続いている。表の扉の方をじっと眺める狂に、自然とアキラの顔もそちらに向かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「狂?アキラさん?」

 よいしょ、と布団を抱えたゆやがきょとんとして尋ねる。
「チンクシャ。こいつらの布団は俺様の部屋に運んどけ」
 テメェら三人、そこで寝ろ。
「?・・・・・じゃあ、狂は?」
 ゆやが持っていた布団を取り上げ、アキラと更に彼の後ろから現れた時人に押し付けて、狂はにやりと笑った。
「俺はテメェの部屋だ」
「ああ、なるほど・・・・・って狂!?!?!?」

 びっくりして声を上げるゆやの腕を掴んで、狂がずるずると引きずる。

「オラ、とっとと布団運ぶぞ」
「ええええ!?な、・・・・・ちょ、狂!?」
「うるせぇな・・・・・お前、俺様との約束、護らねぇ気か?」
「や、約束?」
「・・・・・・・・・・テメェ・・・・・」
 更に強く腕を掴まれて引きずられ、ゆやは混乱した頭のまま、ついさっきの会話を思い出した。

 今度は逃げない。

「ちょ・・・・・き、狂・・・・・あ、あの・・・・・だって、お客さん」
「関係ねぇ」
「ええええええ!?」
 嫌よ!絶対嫌!!!ていうか、狂の馬鹿っ!!変態!!!エロ魔人ーっ!!!!

 セークーハーラーと真っ赤になって叫ぶゆやと、適当にあしらいながら連れ去る狂を、布団を抱えた時人とアキラがぼーっと見送る。
 やがて、笑いながら梵天丸がのっそりと襖から身体を半分廊下に出してきた。

「なんだ・・・・・あの二人、てっきり出来あがってるもんだと思ってたんだがな」
「なっ・・・・・」
 紅くなるアキラを余所に、時人がふん、と鼻で笑う。
「案外、度胸ないんだな、鬼眼の狂って」
「・・・・・あなたが言うには10年早い台詞です、時人」
 言い切り、「自分の布団は自分で運んでください」と素っ気なく告げて、アキラがさっさと狂の後を追いかけていく。
「10年早いってどういう意味だよ!?」
 むっと頬を膨らませてそのアキラを追いかける時人。
 やれやれと立ち上がり、梵天丸は思わず笑ってしまった。

(ったく、全員まだまだお子ちゃまだぜ・・・・・)

 肩を震わせて笑っていると、いきなり背中を踏まれた。

「ジジィにやる布団はねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・テメェ」
「言っとくがな、梵。覗いたら、辻斬りの前に叩き斬るからな」







(ど・・・・・うしよ・・・・・)
「とっとと寝ろ」
「ええ?!」
 ゆやの部屋に二つ並べられた布団。襖の前で固まっていたゆやは、さっさと中に入ってとっとと寝っ転がる狂に、目を白黒させた。
「あ・・・・・の・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「えと・・・・・その・・・・・」

 言葉に詰まるゆやに、寝返りを打って背中を向ける。

 何も言わない狂に、ゆやはすとん、と布団に座りこむときゅっと両手を握りしめた。

「あの・・・・・そっち、行ってもいい?」
「あ?」

 後ろを振り返れば、小袖一枚になったゆやが顔を俯けている。耳が紅いのが、ぼんやり灯っている燭台の火に見えた。

「・・・・・・・・・・喰われてぇのか?」
「・・・・・・・・・・な、にもしないでとは・・・・・言わないから」

 狂の気持ちに甘えて、なんとなく、でここまで来てしまった。「そうなること」を望んでいないわけではないが、自分から行動を起こすには、ゆやは色んな事を諦め過ぎていた。

 兄の敵討ちの為に、女を捨てて歩いてきた。
 だから、どうしたらいいのか、何が女らしい振る舞いなのか、いまひとつ判らない。

 求められても、応える方法が判らない。

 でも。

 く、と手を掴まれて、はっとゆやが顔を上げた。反射的に身を引くより先に、狂に引っ張られる。
 倒れ込んだゆやを、男はしっかりと抱きしめた。

 ばくん、と心臓が一つ高くなり、ゆやは身を固める。微かに震えているのに気付き、狂は苦笑した。

「怖いんなら、自分とこで寝ろ」
「違っ」
「んじゃ、期待してんのか?」
「も、もっと違うわよっ!!!」

 条件反射で否定すれば、おかしそうに狂が笑った。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ったく、相変わらず面白ぇ女だな」
「誉められてる気がしない」

 う、と言葉に詰まる彼女を、ゆるく抱きしめて、狂はそっと首筋に顔を寄せた。吐息が肌を掠めて、びくり、とゆやの身体が震える。
 過敏過ぎる反応に、狂は喉を鳴らして笑った。

 馬鹿にされていると知り、ゆやは真っ赤になった。

「ち、ちょっと、狂!!!」
「心配すんな。取って喰ったりしねぇよ」
 まだ、な。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 抱きしめられ、押しつけた胸板から、鼓動が響いてくる。狂の心音に合わせて、早鐘のようだったゆやの鼓動が、徐々にゆるくなって行く。

 そこにある温度に、安心する。
 一人でこの部屋に居るよりも、ずっと。

「・・・・・・・・・・・・・・・ね、狂」
「なんだ」
「ちゃんと帰ってきてね」
 きゅっと狂の着物の袷を握りしめて、ゆやは俯き加減に零した。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 身じろぎし、狂は彼女の頬に指を滑らせる。目尻に溜まった涙に気付いて、小さく吹き出した。
「な、何よっ!」
「女ぁ・・・・・お前、何か勘違いしてねぇか?」
「え?」
 顔をあげるゆやの、まっすぐで透明な眼差しを見詰めて、狂はすうっと凶悪に笑う。
 ぞくん、とゆやの背筋が震えた。
「んな場所に、お前一人置いて行けるかよっ!!!!」


 その、刹那。


「っ!?」
 銀色の光りが走り、天狼が鞘ばしる。ば、と襖が斬られそこに居る筈のない、黒い装束の人間の胸元が裂けた。

 ゆやの喉から悲鳴が漏れるより先に、狂が彼女の腰を掴んで引き寄せ抱えあげた。

「ちょ!?」
「何人だ!?」
 廊下の奥に向かって叫べば、「結構いるぜ、おい」と梵天丸がひょうひょうと応えた。
「ざっと、20人、って所でしょうか?」
「テメェら・・・・・追われてんなら最初っから言え」
「お、追われてなんか!」
「・・・・・・・・・・藩のお偉い連中が外に漏らしたがらねぇ訳だ」

 斬り捨てた男を、開け放した雨戸から、雨の降り注ぐ闇夜に放り出し、ゆやを担いだまま、狂がは、と笑う。

「梵、アキラ、時人。どうやら、人斬りが持ってんのは村正らしいな」
「幸村の野郎・・・・・もっとふっかけてやりゃよかった・・・・・」
 苦々しく吐き捨てる梵天丸に、アキラがふう、とバカにしたように溜息を吐く。
「曲がりなりにも、梵天丸は伊達藩の藩主で、天下にも興味が有る・・・・・そんなあなたに、幸村さんがこの件を依頼するなんて、普通考えないでしょ。それをあなたに話したってことは・・・・・話していないなにか・・・・・こうなることも承知してたんじゃないんですか?」
「なっ!?」
「普通判るだろ。踊らされてるんじゃないの?僕たち」
 ま、それでも僕は、村正をそんな風に使われるのはごめんだから好都合だけどね。
 すっとカードを指にはさむ時人に、狂が笑った。
「幸村が欲しいのは、村正の力じゃねぇよ」
「え?」

 すと、とゆやを廊下に下ろして、狂は天狼の切っ先を目の高さに持ち上げた。

「あいつは、そんなもんに縋って、天下をねらう様な野郎じゃねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「待ってんのさ」
「なに・・・・・を?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 尋ねるゆやに、ふっと狂は笑って天狼を振りあげた。

「村正を使いたがる連中が、どいつなのか」


 そのまま、一気に振り下ろした。


「あぶりだされるのをなっ!!!」




 空を斬り裂き、冷たい風が一直線に走る。大地を割って、走った衝撃破。それは次に、轟音を上げて辺りの空気をを震わせた。

「っ!?」
 天に向かって風が走り、上空を渦巻いていた黒い雨雲が散り散りに吹っ飛ぶ。
 吹き下ろしてくる、大気。温かい風が全てを包み込み、ざあっと月明かりが辺りを照らす。

 呆然と佇む、ざっと20人の黒装束の連中が、月光に露わになり、狂が刀を鞘に納める鍔鳴りと同時に、一斉に刻まれて倒れた。

 ぱっと夜空に舞い散る鮮血。


「みずち・・・・・よね?」
 今までみた、どれよりもすさまじい破壊力だ。へたん、と廊下に座りこむゆやが、恐る恐る狂に視線をやる。
 本来の躯に戻った彼が放つ技はどれも、大きなものばかりで、そういえば、みずちを撃つのは初めて見た。
 威力の大きさに、息をのむ。
 ゆやを見下ろして、紅い瞳の鬼が笑った。
「チンクシャ」
「へ?」
「朝一で出るぞ」
「・・・・・・・・・・私・・・・・も?」
 くるっと背中を向けて、さっさと部屋に戻る狂に、ゆやが慌てて声を掛けた。振り向かず、「当たり前だ」と狂が告げた。
「俺が何のためにここに居るんだと思ってんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

 ふにゃ、と嬉しそうに笑ってぱたぱたと駆けよれば、ぐいっと腕を取られて抱きこまれる。
「ちょ」
「テメェを寝かせねぇのはその後だ」
「!?」

 貴重な睡眠時間をなにしてくれてんだ、とぼやき、大あくびをかまして、梵天丸はアキラと時人を振り返った。


 じっと、朱に染まって崩れ落ちる賊に視線を落としたまま、時人が手を握りしめた。

「下衆がっ」
 村正を使って人を斬る。そして、その人斬りの行為を、村正の存在を表に出さないためだけに、隠そうとする。
 村正のことを聞きつけら連中に平気で刺客を送り込む。

 震えるような怒りに、唇を噛んで耐える時人に、アキラは素っ気なく声を掛けた。

「放っておけばいいんですよ、そんな連中」
「・・・・・・・・・・」
「大本を断って、そして、村正を回収すればいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 泣きそうな顔で振り返る時人に背を向け、「睡眠を取って、身体を休めるのも侍の基本ですよ」とアキラはさっさと部屋に戻っていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 無言で従う時人に、梵天丸は小さく笑うと、ふっと空に掛る月を見上げた。


 透明な光を振りまく月は、どこか、梵天丸の良く知る村正にそっくりに見えた。

 明日から始まる道行を、見守っているように。
























 微妙に続いてますけど・・・・・一話完結っぽい連作?(え?/笑)
 狂さんはいつになったら、お預け状態から解放されるんでしょうか・・・・・(あ、解放されるとしたら、この連作?の終わりだ/笑)

(2010/06/24)

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