SAMURAI DEEPER KYO
- 桜の時 始まりの時
折角だから、朔夜にも会って行って。
へらっと笑って告げる京四郎が、思った以上に幸せそうだったから、ゆやは楽しそうに笑うと、狂の袖を引っ張って、彼の後について歩き始めた。
「キョウ!」
桜の木の傍に、薬屋の旗が翻る。畑に水をまいていた朔夜は向こうからやってくる三人に輝くような笑顔を見せた。
よかった、と心のどこかがほっとする。じわり、と彼女の真黒に澄んだ瞳に涙が浮かんだ。
手に付いた泥を払う事なく、屈めていた腰を上げて駆け寄る彼女の、漆黒の髪がふわりとなびき、春の日の、桜が舞い散るそこに、三人の姿がぼんやりと、柔らかく浮かび上がる。
紅く紅く、どこまでもすきとおるような鬼の瞳。そこに映っている昔から知っている人たち。
ふっと、三人を取り巻く空気が柔らかく、温かくなるのに気付き、ゆやはほうっと感嘆の溜息をもらした。
長身で歩幅広い狂の後ろから歩いていた彼女は、足を止めてその光景を見詰める。
そこだけ、光りの輪が出来ているようで、泣きそうなくらい嬉しくて穏やかで、ゆやは魅入られたように、それを見詰め、どこか寂しい物を感じた。
あの絵のような、ふんわりした時間に、自分は多分馴染めない。
それは、卑屈な感情ではなくて、ただ純粋に、彼らは彼らで一個なのだと思ったのだ。
それが、とてもうれしくて。
(変なの・・・・・)
疎外感、とか、孤独感、とかそんなものでは言い表せない、あこがれにも似たような感触。
嬉しい気持ち。
彼らが彼らで有るのが、ゆやは力一杯嬉しかった。
「ゆっくりしていけるのでしょう?」
にこにこと楽しそうな朔夜と、「いったいどこでなにやってたんだよ?」と笑う京四郎。鼻で笑いながら、それでも二人を見詰める瞳が優しい狂。
順繰りに彼らを眺めて、ゆやは壊しちゃいけないよね、と口元に笑みを浮かべた。
「狂!京四郎!」
「ゆやさん?」
大声で呼ばれ、初めてゆやと距離があるのに気付いた京四郎がきょとんとして振り返る。ちらり、とコチラに視線を投げた狂も、いくらか不審そうで、ゆやは心配かけまいと、笑みを浮かべた。
「私、この先の街に用事が有るの」
「え?」
「用事?」
目を瞬く京四郎と朔夜に、ゆやは手を振った。
「私は明日立ち寄るから!狂!どっか行かないで、ちゃんとそこにいんのよ!!」
何となく、不満の色を感じるが、それよりも、三人一緒で話す事がたくさんあるだろう、と感じたゆやはひらひらと手を振って、街道へと戻って行く。
「ゆやさん!」
朔夜の声が追いかけてくるが、それに、振り返ったゆやは綺麗に笑って見せた。
「狂の事、ちゃんとそこに留めておいてくださいね〜」
「行っちゃった・・・・・」
目を瞬く京四郎の隣で、ゆやを見送った狂はふっと小さく笑う。
「ゆやさん、狂と会ったばっかりなのに・・・・・」
もしかして、狂、嫌われてんの?
ちらと己を見る京四郎にむっとし、「ありゃ俺の下僕一号だ」とばっさり切り捨てる。
「狂〜」
「ご主人様を裏切ったりしねぇよ」
気がすんだら戻ってくんだろ。
さっさと京四郎と朔夜の家に上がり込む狂に、「え〜」と京四郎は不満の声を上げた。
「だって、ゆやさん、全国津々浦々、狂を探して旅してまわってたんだよ?それが、せっかく会えたのに・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・いーんだよ」
小さく笑う狂に、京四郎は朔夜を振り返る。朔夜はそれに、大層おかしそうに笑った。
ゆやがその足でたどり着いたのは、己が住んでいた街だった。
「変わんないな・・・・・」
いや、大分変わっているのだろうが、ゆやの眼にはどれもこれも懐かしく映った。
兄と暮らしていた長屋は、仇を討とうと決めた時にすっかり引き払ってしまった。有ったもの全部を売り飛ばし、路銀にした。
全部を捨てる。
帰る場所も、何もかも。
それこそが、ゆやの決意であり、最初の一歩だった。
未練など必要ない。
思い出など要らない。
手にした銃の重さと冷たさだけを頼りに、彼女は一人で歩きだしたのだ。
振り返ればよかったのだろうか、とすっかり変わり・・・・・でも変わらない街を歩きながら、ゆやは苦笑した。
何が有っても、ここには来なかった。
来たら負けのような気がしていたから。
でも今は違う。
きゃらきゃらと笑いながら駆けていく、小さな子供たち。それを見送る母親。中には、ゆやと同じくらいの歳の母親も居る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何を捨てたのだろうか。
小さく笑い、ゆやはゆっくりと街の中を、丘の方へ歩いて行った。
「やっぱり、行くんですね?」
隣に置いた天狼に手を伸ばす狂に気付き、朔夜が柔らかく微笑んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「止めておいてくれ、と言われたんですけど・・・・・」
くすくす笑う朔夜に、思わず舌打ちする。それから、長い黒髪に手を伸ばした。
「幸せそうだな」
「はい」
己を斬ってくれ、と泣き叫んでいた頃と、彼女は違う。線の細さも、儚さも、なのに泣きそうなくらい京四郎を愛しているのも、変わらない。
二人そろって頑固者だと、知っている狂はゆっくりと立ち上がった。
「あれ?狂・・・・・どこいくのさ?」
酒瓶を抱えて部屋に戻ってきた京四郎が目を瞬く。
「あの女放っておくと、ろくでもないからな」
やれやれと、歩きだす狂を、窓から差し込む夕日が照らす。
「狂」
「あ?」
朔夜を振り返り、京四郎はぐいーっと狂の腕を掴むと戸口の外、桜の影まで引っ張って行く。
面白くなさそうな顔をする狂に、京四郎はひたと目を合わせた。
「一つだけ・・・・あのね、狂・・・・・あのまま、僕がゆやさんの隣に居たら、きっと僕はゆやさんの事を手放せなくなってたと思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちらり、と狂の瞳に微かな炎が宿る。それを見詰めながら、京四郎は口を開いた。
「朔夜を諦めて・・・・・何も成し遂げられないと、全部に絶望して・・・・・せめて償いをと歩いてきた。ゆやさんにとって、僕は大事な人を斬り殺した最悪の仇で・・・・・憎まれても当然だとそう思ってた」
でも、ゆやさんは。
苦く笑う京四郎から、狂は目を逸らさない。
「こんな僕でも、やっぱり自分の知ってる僕だって、安心したって、泣いてくれた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「憎くて、怖くて、嫌って当然の存在の為に、泣いてくれた。そうしたら、どうしても堪らなくて、力一杯抱いてた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
なんでこんなことが言えるのか。
どこにそんな強さが有るのか。
それが知りたくて、両腕に閉じ込めた身体は、ただただ細くて頼りなかった。
「手に力を込めたら、折れてしまいそうで・・・・・それでもしなやかに受け止めてくれる強さが有って。ああきっと、手放せないって、そう思ったんだ」
だから、狂。ゆやさんが君を選んで口惜しかったんだと思う。
からっと笑って告げる京四郎に、狂は目を細める。
「だから、これでお相子」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何がだ」
苛立たしそうに、見詰める狂の紅い瞳。それを見返して、京四郎はにやっと笑った。
「お互い失恋した気分」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
にやにや笑う京四郎に、ちっと舌打ちし、狂は目の前の男を睨みつける。
「怒んないでよ。僕だって、狂しか朔夜を幸せに出来ないんだって思ったら、すっごいいらついたんだからさ」
「んなことよりも」
「え?」
まだにやにや笑う京四郎に、狂は怒りの滲んだ眼差しのまま笑みを浮かべた。
「テメェ・・・・・いつ、あの女に手ぇ出しやがった」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
きょとんとする京四郎は次の瞬間、「えあ!?」と驚いたように一歩足を引いた。
「手?いや、だってほら・・・・・僕はただ単にゆやさんを抱いただけで」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ごおっと物凄いプレッシャーが肌を刺し、「誤解だって!」と京四郎が声を上げる。
「次にあの女に手ぇ出したら、叩き斬るからな」
「抱いたって・・・・・抱き締めただけだなのに」
「・・・・・・・・・・」
「わ、判った!判ったってばっ!!」
あわあわする京四郎を捨て置いて、さっさと狂は歩きだす。その後ろ姿に、京四郎は呆れたように溜息を吐いた。それから、小さく笑う。
不器用すぎる奴、と心の奥で思いながら。
「あのね、兄さま。狂が、朔夜さんや京四郎と一緒に居たいっていうなら、それでいも良いかなっておもったの」
ゆやは今、残照が残る緑の空を背に、丘の頂に有る小さな墓に向かい合っていた。
心はすっかりないで、穏やかだ。
「あの三人は、あの三人で、完成していて素敵だなぁって思ったの」
てへへ、と笑い、ゆやはしゃがんで膝を抱える。
「そこで、狂が幸せそうにしてるのが、好きなのかもしれない。狂が、笑ってるのが嬉しかったの」
だからね、私はそれでいいって思ったんだけど、変かな?
膝に頬をくっつけて、ゆやはそっと目を閉じる。
「私ね・・・・・狂に会えて・・・・・凄く良かったって思ったの。きっと、兄さまの敵打ちだけに自分の人生注ぎ込んでいたら、きっと今の私はいないと思うから」
だから、狂は恩人なの。
「こからさき、どうしようかなぁ・・・・・あ、峠の茶屋なんかいいかな、って思ってるんだ。旅の途中の・・・・・色々な信念を抱えて、道の途中の人たちの、ほんのちょっとの休憩所になれたらって。そうしてね、兄さま。いつかは・・・・・いつかは、素敵な人と」
「悪ぃな望。この女は一生、俺様の下僕だ」
「!?」
唐突に背後から聴こえた声に、ゆやははっとして振り返る。見れば、手に酒瓶を持った、紅い目の鬼が立っている。
空は、紺色の東の端に、緑をちらつかせ、空には白い星が光り出している。
「き、狂!?」
驚いて立ち上がるゆやの隣に立ち、狂は手にしていた酒瓶をさかさまにした。
墓石代わりの丸い石が、ゆっくりと酒に濡れていく。
「って、何よ、下僕って!?」
はっと我に返り怒鳴れば、にやりと狂が笑った。
「女にするには色気が足りねぇ」
「なっ・・・・・っ!!」
怒りに真っ赤になって、口をぱくぱくさせるゆやを余所に、狂は墓石の前にしゃがみこむとふっと笑んだ。
「女になったら、もらってやんよ」
「っ・・・・・」
何を勝手な事をぬかしているんだ、この男は。
今度は別の意味で真っ赤になり、ゆやは力一杯唇を噛んだ。
「ま、灯との約束よりはるかに無謀だろうがな」
その一言に、かちんとくる。
きっと眦を決し、ゆやは狂の背中を睨みつけた。
「ふざけないでよ!わ、私だって、い、色気くらいっ」
「ほー?」
馬鹿にした顔の狂が振り返る。試すような眼差しと口元に、ゆやの沸点はどんどん上がって行く。
「色気より食い気だろ?テメェは」
「〜〜〜〜!!!」
真っ赤になるゆやに、立ちあがった狂が近寄り手を伸ばした。はっとして身を引こうとするゆやに、男は意地悪く笑った。
「色気がねぇ」
「っ」
口惜しそうな緑の眼差しに、狂が映り、ゆやはこの目の前の男をどうやって言いくるめてやろうかと躍起になった。
「そんなことないわよ!か、可愛いって言われるしっ!」
「誰に」
「・・・・・・・・・・・・・・・い、色っぽくはないけどっ!で、で、でもっ」
これでも、それなりに、努力は・・・・・
だんだんしぼんでいく、どこか口惜しそうなゆやの台詞に、狂は大げさに溜息を吐いて見せた。
「おい」
「・・・・・・・・・・なによ」
むくれるゆやに、狂は楽しそうに笑う。
「手っ取り早く、俺様がお前を色気づかせてやろうか?」
「え?」
つ、と一歩身を寄せた狂を見上げ、ゆやは目を瞬いた。
「目ぇ、閉じろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何かこう、壬生の秘術でも施されるのだろうか。
彼らは強さの他に、美も追求していた筈だ。
そうかもしれない。
だって、狂は最後の真の壬生一族だ。
ぎゅっと目を閉じるゆやの頬を、狂の指が触れて、そのまま後ろに流れていく。もう片方の手が、顎に添えられて、ゆやは顔を上向けられるのを感じた。
「え?」
次の瞬間、降ってきた口付けに、ゆやの身体が凍る。
「!?!?!?!?!?」
指先まで硬直するゆやから唇を離し、角度を変えてもう一度。今度はやや深く、喰われるようにされて、息苦しさから、ゆやの唇が開く。
「!?!?!?!?!?!?」
更に舌が絡まり、とうとうゆやの脚から力が抜けた。
抱きとめて、狂は肩を震わせて笑う。
「なっなっな」
セクハラ、と呂律の回らない舌で、必死に語を繋げば、にやりと笑った狂がその頬に手を寄せた。
「多少は色気づいてるかと思ったら・・・・・なんにも学んでねぇみたいだな?」
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「望」
真っ赤になるゆやを柔らかく見下ろし、狂は墓石に視線をやった。
「テメェの大事な妹・・・・・女にしても良いか?」
その台詞に、一人むせ返るゆやを抱きあげて、「ま、テメェの許可は最初っから期待してねぇけどな」と笑いながら宣言する。
「きょ」
「ま、せめて喰い出があるくれぇには成長してもらわないと困るんだが、なぁ」
お前、全然成長しねぇし。
「わ、悪かったわね!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺様が育ててやるのも悪くねぇか」
覚悟しとけ?
にたりと、悪魔のように嗤われて、ゆやは必死で暴れながら、紅い顔を隠すようにする。
心臓がばくばくする。
止まらない。
「狂・・・・・」
「ん?」
吸いこんだ夜気には、ふんだんに木々の香りが混じっている。
「・・・・・・・・・・・・・・・私、でいい、の?」
真っ赤な頬に気付き、狂は柔らかく笑った。
「テメェを放っておくと、ロクな事にならないからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
街のふもとに向かって歩いて行く。
二人が、最初の地点に立つまで後わずか。
狂の腕の中で揺られながら、ゆやは溜息をもらした。
過分に女らしい、溜息だった。
初狂ゆやSSS なんとなく京四郎・狂・朔夜とゆやの絡みが書きたかったので・・・・・(笑)(2010/06/10)
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