PERSONA 4

しろくろ
「一日一個限定の質問、ですか」
 放課後、直斗とともに図書室に来たりせは、机の上につっぷして「そーなのー」と覇気のない声を出した。
「一体何を聞いたらいいのかなぁ・・・・・」
 それに先輩、なんだかんだで絶対ごまかすんだよね。
 超子供扱いー、と意味不明な愚痴をこぼすりせに、「そういうの、僕は得意ですね」と直斗が胸をはった。
「ホント!?直ちゃん!」
 きらきらと目を輝かせるりせの前で、直斗はちょっと赤くなるり、「まあその」と一つ咳ばらいをした。
「要するに、先輩がごまかせない質問をすればいいんです」
 それが難しいのだ。
「たとえばどんな?」
 勢い込んで尋ねるりせに、そうですね、と直斗は軽く目を伏せた。顎に手を当てて考え込む。

「誰が好き、とか誰を愛してる、といかいうしつもんは多分に主体の意識の違いが入ります。」
「?」
 眉間にしわを寄せて、首をかしげるりせに、「主観的な言葉だって意味ですよ」と直斗は自分が今読んでいた本を取り上げて見せた。
「この本を、たとえば僕と久慈川さん」
「りせ!」
「・・・・・ぼくと・・・・・その、りせ・・・・・ちゃん、が好きだったとします」
 ふむふむ、とりせが頷いている。
「ですが、僕がこの本が好きな理由と、りせちゃんがこの本が好きな理由は必ずしも一致しませんよね?」
 同じ、好き、なのに。
「ああ!」
 ぽむ、とりせが自分の手を打ち合わせる。
「同様に、愛、も言えます。相手と己と、同じ 愛している という単語を使ったとしても、その度合いや頻度などは使用者の意思に左右されやすい・・・・・つまりは、信用ならない単語ということになります」
「うわぁ・・・・・なんかそれって結構さばけた意見だよね・・・・・」
「も、物事の本質を正しく推し量っていくとこうなるって話です!」
 言葉の必要性云々じゃないんです!
「でも確かに、愛してるって単語の重さとか深さとかって、相手との関係とか、自分がどう思っているかに左右されやすいよね・・・・・」
 先輩相手に、それが「誰?」なんて問い詰めるのはやっぱり難しいかぁ。

 うーむ、と腕を組んで考え込むりせに、「だから、もっとも単純で、そして答えが白黒しかない質問をすればいいんですよ」と直斗が人差し指をりせに突き付けた。

「そして、その答えはだれでも平等に受け取れるものである、と」
 なるほどなるほど、とりせは眉間にしわを寄せ、両手を組んで目をつむった。
 瞑想でもするように、唸りながら考え込む。と、やがてりせが本を開いてノートを取る直斗の袖を引っ張った。
「ね、ねえ、直ちゃん・・・・・」
「なんです?」
 せっせと何か調べ物をしていた直斗が顔を上げて、ぎょっとしたように目を見張った。

 りせの目に一杯に涙がたまっている。

「考えれば考えるほど、意地悪な返答をする先輩しか思いつかないよ・・・・・」
 えぐえぐ、と泣き出すりせに、直斗は慌ててハンカチを取り出して「どんだけイヂメられたんですか、あなたは!?」とかみつくように尋ねた。
「だって〜・・・・・先輩って・・・・・絶対私をからかって遊んでるもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・まあ、そういうところが無いとは言えない人ですからね・・・・・」
「でしょー!?」
 そもそもちゃんと質問に答えてくれない時点で、からかわれてると思わない!?
 きっと眦を決するりせから、一度でいいから先輩を慌てさせたい、との思いがひしひしと伝わってきて、直斗は溜息をついた。
「そう・・・・・ですね・・・・・先輩をぎゃふんと言わせる質問」
「そう、絶対逃げられない、白黒しかない質問!」
「・・・・・・・・・・そうなると、イエスかノーで答えられる質問、がいいですよね、シンプルで」
「そうだね。」

 しばらく二人で、窓辺の机に座りこんだまま考えにふける。あーでもない、こーでもない、とルーズリーフに質問を書き散らし、ようやく二人は一つの質問にたどり着いた。





「先輩!」
「うわあ!?」
 学校を出た瞬間、唐突にりせから声をかけられて、東雲は心底驚く。ちょっと気が緩んでいた・・・・・というか、考え事をしていた所為で、彼女の存在に気付かなかった。
「り、りせ?」
「今日は先輩に質問があってきました!」
 意気込むりせに、ああ一日一問、のやつか、と彼はかすかに笑う。

「何かな?」
 顔を寄せれば、睨みつける少女が大きく息を吸った。

 イエスかノーで答えられる、シンプルな質問。 
 且つ、先輩の内面に触れられそうな・・・・・そんなもの。
 直斗と出した答え。
 それは。

「私は先輩のこと、本気で好きです。傍にいたいって思うくらい。それで・・・・・先輩はこの私の想いと同じくらい私が好きですか!?」


 まず、自分のベクトルを提示する。
 それと同等かどうか、イエスかノーで答える。

 基準をはっきりさせ、なおかつ二択にして、逃げ道をふさぐ。

 これが直斗と考えだした究極の質問、だった。

「え・・・・・と?」
 笑いながら首をかしげる東雲に、「イエスかノーで答えてください!」とりせが釘を差した。
 嫌いじゃないけど、とか言われたらたまったもんじゃない。

 自分を見つめる真摯な眼差し。それをしばらく覗き込んだ後、東雲は、ぽん、とりせの頭に手を乗せた。
「?」
 見上げるりせを、至近距離から見下ろす。ひょんなことでキス出来てしまいそうな距離に、りせが耳まで赤くなった。
「答えはノー」

 次の瞬間、さらっと言われた台詞に、りせの目が丸くなる。

「え・・・・・?」
 全身から力が抜けていくような、そんな気分に襲われる彼女から、男は身を引く。くすくす笑いながら帰ろうとする東雲に、「せんぱい!」とりせの乾いた声が追いすがった。

「それって・・・・・何で!?」
 思わずもれた叫び。
 人を好きか嫌いか愛しているかに何でも何もない。
 それは多大に主観的で、基準があいまいな感情だと、検証したばかりなのに、だ。
 だが、東雲はくるっと振り返ると、人差し指で唇を抑える。

「それは明日、教えてあげるよ」
「!!!!」
「質問は一日一個」
 笑いながら遠のく東雲の背中に、りせは悔しそうに唇をかんだ。

 あの余裕の態度。
 絶対何かあるんだ。
 私の質問を逆手にとって、はぐらかした意味が。

「もーっ!!!!」
 いー、と東雲に向かって怒りをぶつけながら、りせはくるりと踵を返すと図書室に駆け込む。
 今日の作戦の成果を直斗と話し合って、明日、本当に「ノー」の理由を聞いたほうがいいのか否かの作戦を立て直すのだ。
「直斗!!」
 つかつかと奥の机でまた、何か調べ物をしている彼女に近づき、ふと、りせは直斗が見ているものに視線を落とした。
「ていうか・・・・・昨日から何調べてるの?」
 覗き込むりせに、「ああ」と直斗が振り向く。
「カツアゲ犯の話はしましたよね?この間巽君と聞き込みに行って来たんです。その時に面白いことを聞いたんで調べてるんですが・・・・・そっちはどうだったんですか?」
 それとこの、妖怪辞典と何か関係があるのだろうか、と首をひねっていたりせは逆に問い返されて、事の顛末を話す。
 苦笑いをする直斗の前で、りせは「もー、絶対人の反応見て笑ってる!」と決めつける。

 また作戦の立て直しだ、と隣に座るりせに、直斗は先輩がいつまでもからかって遊ぶからこんなことになるんだよなぁ、とぼんやり考えるのだった。



(2009/07/20)

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