PERSONA 4

いちにちいっこ
「先輩の誕生日っていつですか?」
「え?」
 後ろから声をかけられ、並んで歩く残暑の厳しい夕方。通学路の河川敷を、ゆっくり移動しながら尋ねられた台詞に、東雲は目を瞬いた。

 なんとなく、尻尾を振る犬のように見えて、東雲は噴き出しそうになるのをこらえた。

「2月の31日」
「あ、2月生まれなんですね!血液型は?」
「大型」
「Oですか!そんな感じ、しますします。えと、あとは好きな食べ物はなんですか?」
「ヤシの実のから揚げ」
「へー・・・・・南国料理かなんかですか?」

 好きな音楽は?
 民謡。
 好きな芸能人は?
 ケント・デリカット
 好きな女性のタイプは?
 持統天皇


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、先輩」
「ん?」
 にこにこ笑って、隣を歩くりせを見れば、彼女は唇を尖らせて、東雲のことを睨んでいた。
「そこまで来たら、私でも嘘だってわかります!」
「やっと気付いた?」
 にやにや笑う東雲の横で、「先輩ひどーい!!」とりせが真っ赤になって声を荒げた。
「私、本当に先輩のこと知りたいだけなのにっ!」
 どこから嘘だったんですか!?

 ぐ、と東雲の制服を握りしめて、背伸びをするような格好で尋ねるりせに、彼はたまらずに噴き出した。

「りせ・・・・・2月は絶対に31日なんてないから・・・・・」
 笑いすぎて、涙がにじんでいる東雲に、彼女は耳まで真っ赤になった。
「って、全部!?ですかっ!?!?!?」
「フツー気づくでしょ」
 あー、おかしい、と腹を抱えて笑っている東雲を、しばらく情けない顔で見つめたのち、ふるふるとりせの肩が震え、とうとう。
「先輩のばかっ!!!!」
 目じり一杯に涙をためたりせが、力いっぱい東雲の背中を押した。
「うおあ!?」
 バランスを崩した彼が、土手の上を走るようにして落ちていく。
「りせ!?」
 なんとか転ぶのはまぬがれた東雲が振り返る。金色の夕陽を受けて、りせが俯き、悔しそうに肩を震わせていた。
「ばかぁ・・・・・」
 ぎゅっと唇を噛んで、泣き出しそうなのを懸命にこらえている。

 騙されたのが悔しいのか、2月31日なんていう知識の無さを披露したのが悲しいのか、それともその両方なのか。

 恥ずかしいやら、悲しいやら、悔しいやらで、ぎゅっとスカートを握りしめているりせに、東雲は、大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出した。
「りせ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・ごめん」
 やっとこ土手を登り切り、腰をかがめて、彼女の耳元に吹き込む。うつむいた彼女の表情は見えないが、肩がふるえているから、まだ泣くのをこらえているのだろう。
「で、俺の何が知りたいの?」
 ゆっくり尋ねると、ぽろ、と頬に涙の珠がこぼれた彼女が、顔を上げた。

 ああ、泣き顔も可愛いんだな、アイドルは。

 一瞬そんなことを考える東雲に気付かず、彼女はぎゅっと彼の制服を握りしめた。

「あの」
「ただし!」
 一気に色々聞こうとするりせを制して、東雲は彼女の柔らかな唇に人差し指を押しつけた。
「一日一個」
「い、一個・・・・・」
「そ。それ以外は答えない。」
 にっこり笑う、イヂノワルイ先輩を前に、りせは「ずるいー」とさらに唇を尖らせる。
「いやなら何も答えない」
「聞くっ!」

 瞬時に答えて、りせはしばらく腕を組んだまま考え込んだ。
 さあ、何を聞いてくるのだろうか。

 真剣そのものの彼女の表情に、東雲はふわりと柔らかく笑った。目元が緩んでいる。

(えーとえーと・・・・・何がいいかな・・・・・先輩の・・・・・誕生日かな、やっぱり。あ、でも過ぎてたら意味ないし・・・・・)

 一日一個。
 この人から聞きたいこと。

 色々考えるうちに、ふと、数日前に直斗と河原で話をした時のことを思い出した。

「あ、あのっ!」
「はい、なんでしょう?」
 ころころと表情の変わるりせを眺めていた東雲は、勢いよく己を見上げる彼女に笑みを変えす。
「な、なんでも答えてくれるんですよね?」
「もちろん」
「うそ・・・・・無しですよね?」
「とーぜん」
「じ、じゃあ・・・・・」
 ごくん、と喉を鳴らして、りせはきゅっと己の手を握りしめると、東雲を見上げた。
「先輩の・・・・・好きな人って誰ですか?」
 口から心臓が飛び出そうになる。それをこらえて、ぐるぐる回る視界のまま、それを尋ねると、視界の先で、先輩が笑うのが見えた。

「誰だと思う?」
「こ、答えになってません!」

 直斗と話したのは、東雲先輩の周りにいる女性のこと。
 長い時間一緒に居る人。
 私とは違う女の子たち。

 雪子先輩と千枝先輩は最強だろう。

(あーもー・・・・・どうなんだろう・・・・・先輩っ)
 必死に見つめるりせをしばらく見つめた後、東雲は「あのな」と酷く真面目な顔をすると、手をかこってりせの耳元に近付けた。
「俺が好きなのは、」
「はい」
「花村陽介」

 その瞬間、えええええええええ、と絶叫してりせが東雲を見上げた。

「な・・・・・えええ!?」
 真っ赤になって驚くりせに、東雲が今度こそ大爆笑をした。
 その様子から、もしかしてまたからかわれたのかと、りせが憤慨す。

「ちょ・・・・・先輩!!!!」
「だってりせ、異性で、って訊かなかったろ?」
「な」
「他にもまだいるぞ?クマも好きだし、完二も。堂島の伯父さんもね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 何か言おうとするりせに顔を近づけて、東雲はにやりと笑った。
「質問は一日一個限りです」
 ちょん、とおでこをつつかれて、りせは笑いながら歩いていく東雲の背中に、走って行って鞄をぶつけた。
「先輩なんかキラいっ!!!」
「残念だな、俺、りせも好きなのに」
「も!?もってなに!?もー嫌いっ!!!!本当に嫌い!!!!」
「えー。俺悲しいなぁ、それ」

 長い影が河原の道に続いている。夕陽を浴びて二人、今日の終わりを一緒に歩いて行った。

「明日こそはちゃんとした質問、考えてきますからね!絶対答えてよ!!」
「はいはい」

 頬を膨らませるりせが、東雲の全てを知る日が来るのはいつになるのだろうか。

(2009/07/19)

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