PERSONA 4

夕焼け・鮫川・土手・本気
「先輩って好きな人いるのかなぁ」
「と、唐突になんですか!?」
 一緒にかえろ、と腕を取られて河原まで連れて来られた直斗は、突然草むらに座り、吐きだされたりせの台詞に驚いたように目を見張った。
「直斗はどう思う?」
「ど・・・・・どうといわれましても・・・・・」
 視線を逸らし、隣に腰を下ろす。
「探偵の勘、とかでいいからさ」
 がし、と腕を掴んで、己を覗き込んでくるりせの、その綺麗な瞳に、直斗はくらくらした。
「い・・・・・いや・・・・・ていうか、探偵の勘、ってそんなところで発揮するものなんでしょうか・・・・・」
「推理、してよ。先輩は一体誰が好きなのかっ」
 腕に掛けられたりせの手に力がこもる。見上げる瞳は真剣だ。
 そんなりせの態度に、直斗は溜息をついた。
「い、一般論からすると・・・・・より一緒にいる時間が長い人のほうが・・・・・好きになるチャンスが多いんじゃないんでしょうか?」
「やっぱり雪子先輩かぁ〜」
 がっくり肩を落とすりせに「け、結論早いですよ!?」と直斗が大いに慌てた。
「ていうか、他にも里中先輩とか」
「そうだよね。あと、なんだっけ、運動部のマネの・・・・・海老原先輩とか演劇部の・・・・・ほらあの、小沢先輩」
「他にも、アルバイト先の病院に美女がいるって聞いたことがありますね」
「げー・・・・・ライバル多すぎ・・・・・」
 がっくりと頭を垂れるりせに、直斗は「まあ、噂ですから」と慰めにならないような台詞を告げる。
「あ〜あ・・・・・先輩の周りって結構レベル高い娘ばっか集まるよね・・・・・」
 なんでなんだろ。

 ぶーっと頬を膨らませるりせに、直斗は「慕われやすいひとなんですよ」と川面を見つめて静かに告げた。

「裏表がないっていうか・・・・・優しいというか」
「うん」
「思いやりがあるというか」
「ていうか、直斗ももしかして先輩狙い?」
 はっと顔を上げた直斗は、じろーっと半眼で自分を見つめるりせに気付いた。
「ち、違いますよ!僕は、人間的な魅力が多い人なんじゃないかって、分析しただけです」
「でも・・・・・そうだね」
 慌てる直斗を余所に、りせはごろっと河原にひっくりかえると、秋の高く澄んだ空を見上げて目を細めた。
「私さ・・・・・打算とか裏とか、売れるにはどうするとか、そういう計算づくの付き合いの中に居たじゃん?」
 ああ、と直斗が改めてりせをみる。
「芸能界、って結構厳しいみたいですからね」
「うん・・・・・自分で選んだ道、だけど、結局疲れちゃって、こうやって戻って来て。そこで、高校生活、なんかはじめちゃってさ」
 そしたら、テレビの中の毎日がびっくりするくらい遠くて殺伐としてたなって思ったんだ。

 ゆっくりとりせは手を上げると、掌を空に向けた。

「そんなかで、なんの計算も打算もなく、ただ このままここに居たら死んじゃうから っていう理由だけで、自分の命も危ないのに助けに来てくれた人達が居て、凄くうれしかったんだ」
「・・・・・・・・・・」
 直斗は何も言わずに、りせを見つめている。彼女はふっと嬉しそうに目を細めると、寝転んだまま直斗を見た。
「先輩ってさ、そういう人、だよね」
 ふふ、と嬉しそうに笑うりせに、直斗も釣られて笑う。
「そうですね。結構貧乏くじ引いてるっていうか、偉大すぎてびっくりしますね」
「おまけに、ちょっとイヂワルだし」
「言えてますね。何気に毒舌だし」

 そこで顔を見合わせて二人は噴き出した。

 ひとしきり笑った後、りせは身体を起こした。
「私・・・・・好き、なんだよね、やっぱり、先輩のこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それって、大事にしなきゃ駄目だよね。」
「りせちーも、久慈川さんも、りせ、だからですよね?」
 はっとして振り返り、りせはにっこり笑う直斗に笑みを返した。
「わかってんじゃん、直ちゃん」
「な、直ちゃん・・・・・」
「私のことも、りせでいいよ。」
 なんか、元気出てきたっ!

 立ち上がり、りせは、沈んでゆく夕陽を睨みつけると両手を握りしめた。

「私、やるよ」
 先輩の隣に居る時間が少ないけど。周りにいる女の子たちに負けないよ。
「そして、先輩に絶対振り返ってもらうんだからっ!」
 おーっと拳を突き上げるりせに、直斗は目を細めた。
「いいですね、そういうの」
「直斗は無いの?そういうの」
 日の光を浴びて、赤く染まるりせをうらやましそうに見つめながら、直斗は首を振った。
「今は・・・・・特に・・・・・」
「じゃあさ、気になる人とかは?行動が気になるというか、そういうの」

 言われて直斗は、はた、と思い当たる。

「恋愛に関係するのかどうかは分かりませんが、最近この辺りに出没するカツアゲ犯は気になりますね」
「をいをい・・・・・」
 思わず半眼になるりせを余所に、「今度巽くんに、この辺りの不良について、聞き込みをしたいと思ってるんです」と直斗はいたって真剣だ。
「ふーん・・・・・完二ねぇ・・・・・」
「時間があったら話たいことがある、って伝えてあるんですが、巽くん・・・・・忙しいのか、連絡をくれないんです」
 困ったように頭をかく直斗に、「ほうほう」とりせがうなづく。
「でも、こちらから捜査協力を依頼する身ですから・・・・・催促は出来ないし・・・・・」
「や、全然いーんじゃない?」
 それに、りせはとびっきりの笑顔を作ると、ぽん、と直斗の肩をたたいた。
「でも、巽くんの予定が」
「いーのいーの、所詮完二なんだし。」

 どういう意味ですか?とあきれ返る直斗を余所に、りせはにこにこ笑って「今日、暇?っていえば一発だから」なんて、ちょっと色っぽい声色で言ったりする。

「そーでしょうか・・・・・」
「そーでしょう、そーでしょう」

 きゃらきゃら笑うりせは、「ま、あれだな」とうんうんうなづく。

「お互いガンバローってことで」
「はあ・・・・・?」

 誰かを好きになるのは、理屈じゃない。
 打算じゃない。
 計算じゃない。
 裏の裏の裏を読んだり、そんなことをしないで、とにかく今は、自分の気持ちに素直になろう。

「それから駆け引きしたっていいんだから」

 イタヅラっぽく笑うりせに、直斗も釣られる。

「というわけで、先輩ーっ!!りせの本気みせちゃうんだからねーっ!!!」

 仁王立ちで、川に向かって叫ぶりせと、その姿に拍手を送る直斗。


 その様子を、陽介と東雲が遠く、土手の上から眺めていた。


「直斗とりせ・・・・・って、二人で何やってんだ?本気って?」
 あきれる陽介の隣で、東雲が笑をかみ殺して肩を震わせている。
「おい、相棒?」
 半眼で尋ねる陽介に、東雲は面白そうに、土手の下に居る二人を見やった。
「お手並み拝見、ってとこかな?」
「うわっ、なんか余裕っぽくてむかつくんですけど!?」
「いやいや、結構厳しい戦いだと思うけど、俺は」
「どの面下げてそういうかなぁ!?うらやましいんだよ、テメーはっ!!!」
「馬鹿!やめ・・・・・落ちるっ!土手から落ちるっ!!」
「落としてやるっ!!!!」



 りせの本気アタックがどんなものなのか・・・・・それは神のみぞ知る、であった。


(2009/07/18)

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