PERSONA 4

キスから始めよう
 よく考えたら、ずかずかお邪魔して、しかも家には二人っきりって、狙ってるとしか思えないんじゃないでしょーか!?


 そう思った瞬間、久慈川りせの心臓は、爆発的に高鳴った。

 ただ何となく、二人で話がしたくて、いっつも河原だとか高台だとか、惣菜大学とかで。
 沖奈のお洒落なカフェ〜、とかでもよかったのだが、何となく、「二人っきり」がよくって、それで半ば押しかけるように「先輩の部屋がいい!」なんていっちゃったのだけど、ああ、ちょっとどうしましょうー!?

 かーっと顔面真っ赤になるりせを余所に、「お茶入れてくるな」と東雲はさっさと下に降りていく。

「あ、お、おかまい・・・・・なく・・・・・」
 思わずこぼれた言葉に、振り返った東雲が、じーっとりせの顔を覗き込んだ。
「な・・・・・なんでしょーか!?」
「いや・・・・・」
 すぐそばで見つめられて、りせはあっつくなった顔を無理やり逸らす。
「熱でもあるの?」
「!?」
 にやっと笑って言われた台詞に、更に体温が急上昇して、りせは思わず拳を振り上げた。
「ち、違いますっ!!」
「だよね。」
 背を向けて、階段を下りていく東雲の、背中が笑っている。
(先輩のイヂワル・・・・・)
 ぶーっと頬を膨らませ、からかって遊んでる年上のヒトを睨みつけて、りせはぼふん、とソファーに腰を下ろした。
 おろして、改めて自分の恋しい人の部屋を眺め渡した。

 来るのは二回目。
 一回目の時は・・・・・その・・・・・あんまりよく覚えていなかった。

(部屋の感じとか・・・・・は覚えてるんだ・・・・・ケド)

 恋人の部屋に行って、過ごす。
 ドラマやなんかではよくあるシチュエーションで、その度に求められる演技を繰り返してきたはずだ。

 だが、実際、本当にそんなシチュエーションに遭遇した瞬間、りせは口から言葉が出ないことに気付いたのだ。
 台本にあるような台詞を、一言もしゃべれない。

 かろうじて、「好きですっ!」とぶつけるように吐きだしたのだが、思い返しても色気がなかったよなぁ、とぼんやり反省してしまう始末だ。

(そう・・・・・だよね。結局・・・・・なんにもなかったし・・・・・)

 必死に、体当たりじゃーっ!とばかりに東雲に抱きついて、好きです、って死にそうなくらい真剣に告げて。
 何かを期待したとかそんなんじゃなくて、ただ、頭が真っ白だった。
 カット、の声が入らない、静かな部屋。
 ああ、これが私のリアルなんだ、と思ったら、また心拍が上がって。

(結局、ぎゅーってしてもらって、目、回しそうな私を気遣ってくれて・・・・・だった・・・・・よね、うん・・・・・)

 心臓が破裂しそうだったのに、それでもふわりと柔らかくて甘くて、溶けそうな時間だったと、りせは思い返す。
 ただ、そんな状態だったから、何を口走ったのか覚えてないし、相手が何を言ってくれたのか覚えていないのが腹立たしかった。

「だから、せめて今日こそは」
「今日こそは何?」
 きゃああああ!?

 入口から唐突に声をかけられて、りせは飛び上るほど驚く。ばっと振り返るりせの余りに必死な様子に、東雲は噴き出した。
 雪子顔負けの爆笑を見せられて、恥ずかしさで赤くなっていたりせは、だんだん冷静になっていった。

「そこ!笑いすぎ!!」
「ごめ・・・・・」
 お盆から冷たいお茶を取り、りせは一口飲むとふいっと東雲から視線をそらした。
 頬が膨らんでいる。
「ごめんってば」
「知らない」
「ただ訊いただけだろ?」
 ぽすん、とソファーが揺れて、りせの心臓がばっくん、と一つはねた。
「今日こそ、なんですか?」
 くすくす笑っている雰囲気が伝わってきて、りせは口をへの字にして東雲を振り返った。
「な ん で も あ り ま せ ん っ!」
「そ?」
 睨みつけるりせから視線を外し、それでもまだ笑っている東雲に、何か言いかけるようにりせは口を開くも、やっぱり言葉は出なかった。
 無言でお茶を飲んでいると、不意に「そーいえば」と東雲が立ち上がった。
 ローテーブルからリモコンを取る。
「?」
 首をかしげるりせの前で、男はテレビをつけた。
「今日から再放送」
「!?」

 そこには、りせが主演したドラマの再放送が入っているではないか。

「ちょっと!?先輩!?」
「あー、りせが映ってるー」
 自分が映っているものを、自分でチェックするのはよくやることだ。意識の向上にもなるし。でも、それをまさか東雲に観られるとは。
 いたたまれないような、居心地の悪いものを感じて、りせは慌てて彼の手から、リモコンを奪おうとする。
「消して!早く!!先輩っ!!」
「おー、りせ、色っぽいな、これ」
「ち、ちょっと大人の役だったんですっ!」
「知ってる。俺、観てたから」
「!?」
 東雲の腕にかじりついて、リモコンを奪取しようとしていたりせが、硬直する。目を見開き固まるりせに、気づいた東雲が苦笑した。
「これ、視聴率20パー越えてただろ?毎回」
「そ・・・・・だけど・・・・・」
「この主演の俳優さんと噂にもなったよね?」
「先輩っ!!!!」
 真っ赤になったりせが、もがきながら東雲の手のリモコンに手を伸ばす。
「それはっ!あくまでっ!噂ですっ!!」
 狭いソファーの上で、りせに圧し掛かられて、東雲の体制が横になっていく。
「でもさ、フライデーされてなかった?」
「馬鹿っ!!」

 耳まで赤くなり、悔しいやら恥ずかしいやら、誤解を解きたいやら、いろんな感情が交じって、りせの目に涙がにじんでいる。

「わ・・・・・私っ・・・・・はっ!」
 ぽかり、とりせの拳が東雲の肩を打った。
「そんなただの噂で・・・・・ていうか、ほんと・・・・・好き・・・・・なの先輩だけ・・・・・だし」
 くしゃっと顔をゆがめて、力いっぱい告げるりせに、東雲は数度瞬きを繰り返すと、ふわりと柔らかく笑った。
 目じりが優しく緩んでいるのに気付かず、「先輩はイヂワルですっ!」とりせの必死の抗議が続く。
「こーんなにいやな人だと思いませんでしたっ!」
「仕方ないだろ?」
 ぽかぽかと、軽い拳で殴るりせの背中に、腕をまわして、東雲は己のほうに彼女を引き寄せた。

「!?」

 二人して、ソファーに横になり、抱きしめられて、りせはようやく己の状態に気付く。
 再び真っ赤になる彼女を、腕の中に収めたまま、東雲は溜息をついた。

「こんなキスシーン、見せられたら、どんなに寛容レベルが高くても、意地悪の一つや二つしたくなるだろが」
「!!!!」

 このドラマが放送された時に、話題になったキスシーンがでかでかと画面に映っている。

「消してっ!!!今すぐっ!!!!」
 東雲の身体の上で、手を伸ばすりせ。それを上手にかわして、男は腕を上げて彼女を捉えた。
「消してもいいけど」
「・・・・・けど?」
「俺にもキスしてくれる?」
「!!!!!!!!」

 ぼん、と音が出そうな勢いで真っ赤になるりせに、東雲はたまらず噴き出す。テレビでは濃厚なキスシーンが続いているというのに、なんだろうか、このギャップは。

「先輩っ!!!!」
 悲鳴のような声で抗議するりせに、「不思議だな〜、ほんと」と東雲は笑いながら彼女の頬に指を伸ばした。
「カメラがあって、監督が居て、カットの声がなきゃ、無理?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぎゅっと手を握りしめるりせが、困った顔で上から自分を見下ろしている。
 そんなに可愛い顔をされたら、むしろこっちが困ってしまう。

(我慢が聖人君子レベルなら、我慢するんだろうけど。)
 そんなパラメーターはないからな、俺。

「先輩?」
「りーせ」


 頬に触れる手が、促すように、優しく滑って行く。耳の後ろ辺りに指先が届き、柔らかなりせの髪の毛に絡まる。

「あ・・・・・」

 耳が熱い。身体が熱い。注がれる視線に、泣きそうだ。

(ファーストキスって・・・・・いつだったっけ・・・・・)
 こんなに緊張したっけ?

 唇と唇が重なる瞬間、りせはそんなことを考え、このままキスしちゃったら、私は一体どうなるんだろうか、なんてことを考え、瞼の裏に広がる、優しい一瞬の暗闇のうちに、先輩のことが好きでよかったと、爆発的に思うのだった。





「・・・・・・・・・・・・・・・」
 きゅーっと何故か目をまわしているりせを抱きしめて、東雲は遠い目をした。

 画面では、繰り返したキスの果てに、甘々なベッドシーンへと突入するりせの姿がある。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やれやれ」

 その後、目を覚ましたりせの、慌てふためく姿に温かいものを感じながら、家まで送る東雲だった。

(2009/07/09)

designed by SPICA