EvilDetective

 霞(再開は霞んだ空と霞んだ視界の街から)
「ふむ・・・・・もう少し進歩したかと思ったが、相変わらずだな、ヤコ」
「あんたもね。相変わらずデリカシーが無いと言うか・・・・・」

 三年前、唐突に姿を消した魔人は、三年後、「謎が有る」という理由だけで唐突に戻ってきた。
 私は、この三年でだいぶ修行を積んだつもりだ。まだまだだと思ってはいるが、それなりに「進化」したと思っている。
 だが、常識の通用しない魔人相手では、人間の進化は「たかが知れたもの」だったようだ。

「飛行機の窓が割れたくらいで大騒ぎするとはな。我輩の計算では、貴様は高度5000メートルから落ちても生き残る予定だったのだが・・・・・」
「あんたは私を何にしたいんだ!?」

 思わず突っ込む。ふむ、と顎に手を当てて考え込んでいたネウロは「やれやれ」と異様に冷たい眼差しで私を見ている。

「ち。これは一から鍛え直しだな。」
 面倒だ。これから貴様には東京までランニングで帰ってもらおう。
「文明の発達した時代になんの嫌がらせ!?」
「ヤコよ。我輩はこの休養期間中に随分と色々考えさせられたのだ。」
 どんなに頭脳が良くても、どんなに策略をめぐらせる能力に富んでいても、最後に物を言うのは体力だとな。
「・・・・・・・・・・それ、三年前も言ってたわよね」

 ジムに唐突に出かけた出来事を私は思い出す。その時、確かにネウロはそう言っていた。

「だから我輩も随分とトレーニングを積んできたのだ。魔界のボディービルダー達が我輩の筋肉美に惚れて、嫉妬のあまり筋肉だけになってしまったものだ」
「いやもう、それ魔人でもなんでもないよね・・・・・ただの筋肉の塊だよね・・・・・」

 こいつはちっとも変わっていない。少しは何か変わっているのだろうかと思ったのだが、相変わらず人間の感情に疎いし、人の思考を読むのが苦手そうだ。
 そこのところを鍛えてくれば良かったのに、と思うが、大雑把で大味で、パワーが物を言う魔界において、そんな人間の機微を学べるような事態は無かったのだろうと察しがつく。

 そして、そんな察しが良くなったネウロなど、想像しただけで鳥肌が立ちそうだ。

 場所は空港。例の立てこもり事件を解決し、帰国する途中の飛行機で事件が起きた。
 ハイジャックだ。
 爆弾の位置を特定するのに随分と時間が掛ったが、唐突に、飛行機の窓ガラスを割って突入し、機体の気圧を目一杯下げた男は、他の乗客に一切気付かれず、私だけを死の淵に立たせて何食わぬ顔で乗りこんできた。
 新しい魔界道具は、人を護るために使われた。

 ・・・・・・・・・・私は護られなくて、危うく壊れた窓から外に吸いだされ、空の散りか海の藻屑になりそうだったのだ。

「やはり、地上の謎は味が良い」
 彼が上機嫌なのは、ハイジャック犯の作りだした謎が、それなりに高度だったからだ。謎が高度であればあるだけ、ネウロにとっては美味らしい。
 久々に見た、悪意を奪い取られて、崩れ落ちる犯人に、私は何とも言えない懐かしいものを感じていた。
 ・・・・・それがいいのかどうなのか、まだ判断が付かないが。

「で、貴様は今どこで活動しているのだ?」
「あの事務所だよ。アカネちゃんもトロイもあるし・・・・・あそこが私の活動拠点」
 にっこり笑ってみせると、魔人は少々驚いたように、不思議な碧の虹彩が渦巻く瞳を投げてよこした。
「貴様のようなミジンコでも経営が出来るとはな」
「ま、これも吾代さんのおかげなんだけどね」
 私は特に何もしてないよ。
 笑いながら言うと、ネウロはじっと私を見た後、ふっと馬鹿にしたように小さく笑った。
「ナルホド、貴様がいくら稼いだ所で全部食費に消えていくのだから、経営など無理だったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・否定できない自分が悲しい」

 はう、と溜息をつき、空港のエントランスを自動ドアに向かって歩いていく。吾代さんが迎えに来てくれているはずだ。
 空は快晴。東京の街は桜の花が咲き誇っている。

「ネウロ」
 私はくるっと彼を振り返ると、興味深そうに辺りを見渡していたネウロに胸を張って見せた。
「お帰り」
 腰に手を当てて言うような台詞ではない。だが、少し目を見張った魔人は、にたりと笑ってよこした。
「貴様も、少しは成長したようだな」
 頭を掴む手が懐かしい。力一杯、潰されるのではないかと思うくらいに掴まれるのが普通なのに、今日に限ってそれは手加減されて柔らかかった。

 じわりと、胸の内に泣きたいような気持ちがこみ上げてくる。

「あんたはどうなのよ」
 この三年間、私は随分と頑張ったつもりだ。
 いつ戻ってくるか判らない魔人を失望させないために。
 謎を取っておいたつもりだ。
「我輩は我輩だ。」
 あっさり答えて、ネウロはぐ、っと私を引き寄せる。間近で端正な顔立ちが、探るように私を見る。
「貴様の目にはどう映る?」

 碧の瞳が細められて、品定めされている気になる。だが、その目元が柔らかいのに、私は気付いていた。

 人に興味の無かった魔人。
 でも、最後にシックスと戦った時、彼は確かに、謎を護るためだけではなく、人間の為に戦ってくれていた。

 人に、興味を持ってくれていた。

「相変わらずのドSに見えるわ」
 言ってやると、魔人は愉しそうに笑う。
 伸びた指先が、そっと私の顎に触れた。
「これほどまでに優しい主人の我輩に、そんな暴言を吐くとは、流石我輩の奴隷だ」
 先生はほんとに趣味が悪いんですから。

 にっこり笑われて、私は嬉々として自分に拷問をしかけてくるネウロの様子を思い描く事が出来た。

 それすらも、懐かしいと思ってしまえる自分が情けない。
 情けないけど・・・・・。

「私はあんたの奴隷じゃないわ」
 ぱしり、とその手を払い、私はかつかつとヒールを鳴らして歩きだす。私の後ろ姿をネウロが凝視しているのが判る。
 自動ドアが開き、温かく、春の香りがする風がふうわりとなだれ込んでくる。
 スーツケースを引っ張りながら、私は深呼吸をした。

「あんたの相棒よ」
 隣に立った、ネウロがすっと目を細めた。
「・・・・・留守の間、どうだった?桂木弥子よ」
 感慨深そうに東京の霞んだ空を見上げるネウロの腕を、私は取って引っ張った。
 向こうに多分、吾代さんの車がある。
「世界は、謎だらけよ」
「・・・・・そうか」
 その手を握り返して、ネウロは風に髪をなびかせる。歩幅が違い、最終的には私が引きずられるように引っ張られる。
 見上げる、その背中が懐かしかった。じわりと視界がにじむほど。

 ああ、隣に戻ってきてくれた。

「では、謎を探しに行こうか」

 引きずられて嬉しいなんて、どうかしている。
 本当に、ネウロと居ると、どうかしていると思う事ばかりだ。

 辛い事の方が多いだろう。
 また、大事な人を失うかもしれない。
 でも、きっと私は止められない。

 この男に付き合ってやろうっていう気に、もうなってしまっているから。

 大概私もドMだとそう思う。そう思うけれど。


 東京は桜が咲き乱れ、空気は暖かく、世界はまどろんだ春の気候。でも、そこにうごめく謎の影がある。
 私たちはまた、そのうごめく影に向かって突き進んでいく。

 どうしようもない人間の、生み出した数々の知性と悪意と向上心の結晶を探しに。

 差し当たって、最初の犠牲者の吾代さんに、私は心から謝った。
 多分、トンデモナイ命令を受けるに決まっているのだから。













 GW期間にリクエストを受けつけたのですが、今更の更新でスイマセン(汗)
 ecoさまからのリクエストで
 『ネウヤコで。散々良い雰囲気を振りまいておきながら、甘くなりきらない二人が良いです。』
 という事だったのですが・・・・・いい、雰囲気、なんだろうか・・・・・???(爆)
 一度は帰ってきたネタをやりたかったのでこんな感じですが、吾代さんの今後が不憫です(大笑)

 こんな感じになりましたが、楽しんでいただけましたら嬉しいですv



(2010/01/08)

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