EvilDetective

 見返り
 サイと共に行動していた、アイ、という女性が死んだ。
 それが、今後のサイに、どんな影響を及ぼすのか・・・・あの、不気味なシックスという男の手の内に落ちて、サイがサイで居られるのか。

 彼に捉えられ、洗脳され、ネウロを殺すために利用された弥子だが、それでも心配になる。

 サイは中身が無いと言っていた。
 自分が何者で、どうしてこんな力があるのか、自分のルーツが分からないと。

 それが心の底から不安だと。

(でも、サイは楽しそうだった・・・・・あの・・・・アイって人と一緒に居て。)

 ぱくり、と近くの弁当屋から買ってきたから揚げ弁当のから揚げをつまみ、あいまに、カップラーメンをすする。手近にあったファーストフードのポテトを口に放り込んで、それからコンビニのおにぎりにかぶりつく。

(サイにとって、アイって人は特別だったんだろうし・・・・自分を保つのに重要な人だったんだろうな。)

 チーズバーガーを手に取り、シェイクを飲む。かぶりついて、それから今度は鮭弁当の鮭を口に突っ込んだ。

(サイ・・・・中身がないって言ってたけど・・・・。)

 ネウロを殺して中身を見る。そのために、凶悪で残忍で、手段を選ばない所業。
 身が震えるほど怖い存在だと思っていたが。
 それが、『サイ』だと、そう弥子は思っていたし、今でもそう思っている。

(全然別人になったりするんだろうか・・・・。)

 即席の焼きそばを口いっぱいに頬張る弥子は、そのままコッペパンに手を伸ばした。

(一緒に食べれば焼きそばパン・・・・)

「化け物並みの食欲だな。」
 サイのことを考える合間に、ふと、食べ合わせのことが弥子は気になった。
 そんな彼女が、「これとあれはどうだろう・・・・。」と二種の違ったものを手に取るのに、トロイの前に座り、呆れたように彼女を見ていたネウロが声をかけた。

「ほりゃ・・・・ほうよ・・・・・」
 もぐもぐ、ごっくん。
「三日間、何も食べさせてもらってないし。」
「それは無いと思うがな。」
 ふー、と口を拭って、それからもう一つ、と筋子のおにぎりに手を伸ばす弥子に、魔人は冷静な突込みを返した。
「燃費が悪いから、代謝関係から整えたって、奴が言ってたが・・・・・。」
「え?」
 その部分だけ洗脳を解除しなければよかったと、ネウロは口いっぱいに食べ物を放り込んで租借する弥子から、しらっとした視線を逸らした。
 自分は養殖の不味い謎しか食べていないのに、奴隷が腹いっぱい物を食べるのが面白くない。

 くるっと椅子を回転させて、窓の外に視線を移すネウロを、弥子はスプーンを咥えたまま見詰めた。


 ありがとう。


 助けられたとき(散々酷い目には遭ったが)弥子はちゃんとお礼を言っていた。と、いっても、小声のものだが。

(ちゃんと言ったら自分の首を絞めることになりそうだし。)

 カレーをすくって口に運び、弥子は椅子の背から見えるネウロの頭を見詰める。

 助けに来てくれると、思っていた。
 自分にそれだけの価値があるのかどうかはともかく、ネウロにしてみれば、折角作り上げた「名探偵」の隠れ蓑は必要だろうし。

(サイにつかまったのは私の不注意だし・・・・その所為で、ネウロは養殖の不味い謎なのに動かなくてはならなかった。)

 ぱたり、とプラスチックのスプーンを置いて、弥子は空になったカレーのパックを見詰めた。

(サイと戦っているとき、ネウロは楽しそうだった・・・・・。)

 それが見返りだろうか。

 弥子はほうっと溜息をつくと、あんパンに手を伸ばす。
 そう。
 ネウロにしてみれば、余計な手間を取らせるばかりだったはずの、今回なのに、見返り要求が無いのが不気味なのだ。

 かといって、「恩返しはしなくてもいいの?」なんていう弥子ではない。
 そんなことをしたら、どんな目に遭わされるやら。

(それとも今後、今回の貸しを盾に取られて、無茶な要求するつもりなのかなぁ・・・・。)
 うえええ、それはやだ・・・。

 げんなりした表情でもぐもぐしながら、弥子はもう一度ちらとネウロを見た。

「何か言いたいことでもあるのか?」
 それを察知したように、くるっとネウロがこちらを見る。にやりとした悪魔の笑顔に、「な、なんでもない。」と弥子は引きつった声で応じた。
 だが、過去に何回か、こういったら、脅してでも内容を吐かされたことを思い出し、弥子は、しまった、と口を押さえる。

 だが、魔人は「そうか。」とだけ答えてパソコンのキーボードに指を走らせ始めた。


 それが、更に弥子の恐怖を煽った。

「ね・・・・ねえ、ネウロ・・・・あんたさ・・・・なんかおとなしくない?」
 恐る恐る言えば、「そうでもないぞ。」と画面から顔もあげずに男が答えた。
「その食事代金の借用書を作るのに忙しいだけだ。」
「ああ、そっか!って、ちょーっとまったーっ!!!!!」
 お、おお、おごりじゃないの!?

 涙目で詰め寄る弥子に、ネウロはぽっかりと黒い空洞が開いたような笑みを浮かべた。

「当たり前だ、ミジンコ。金利は一秒で50パーセントだ。」
「ちょ・・・・・!!!!ありえない!!!ありえないでしょ!?」
「我が輩に助けてもらっておいて、そういうのか?」
「!!!!!!」

 そう来るか。
 そう来るのか、この男は。

 金か。

 ちくしょう!金の使い道なんかないくせにーっ!!!

「あっかねちゃーん、この代金の領収書、私に頂戴・・・・ネウロ!あんたからお金は借りませんっ!!!」
「なんだ?折角ネットオークションで、貴様の肝臓が高値で取引されそうなのにか?」
「取り消して!今すぐ!!取引中止っ!!!!」

 まったく、おとなしい分けないよね、あんたが。

 一応、事務所の経費を担当するあかねから、先ほどのコンビニ弁当他もろもろの領収書を受け取り(買ってきたのは吾代で払ったのも吾代)弥子はそれでも自分のお小遣いでは足りない額にがっかりする。

「ああ・・・・・助けられたけど、素直に喜べないよ・・・・。」
「自業自得だろ。」

 ネウロの興味のない突込みにますますげんなりしながら、それでも弥子は、事務所に帰ると同時に、吾代が用意してくれていた食料にかじりつく。

 せっせと力の源を摂取する弥子を見ながら、ネウロは、ふと隣で蠢くあかねに視線を向けた。
 ホワイトボードに書かれたあかねの文字に軽く目を見張る。


  探偵さんが戻ってきてよかったですね。


「・・・・・・・・・。」
 それに、ネウロはふっと笑うと背もたれに己の体重をかけて軋ませ、天井を仰いだ。

「ああ。隠れ蓑が無いと面倒な事は三日間で知ったしな。」

 それから。



 サイの言っていた言葉。


 一貫して彼女の細胞は落ち着いていた。

 ネウロ。
 あんたが助けに来てくれる確信があったからさ。


「まあ、奴隷の忠誠心としては合格だな。」

 ?

 不思議そうなあかねをよそに、ネウロはペットボトルのウーロン茶を飲む弥子に目を細める。


 助けただけの見返りは、それで十分にあったと、妙に優しい感情で思いながら。


(2007/12/08)

designed by SPICA