EvilDetective

 杓子定規
 わが道をひた走り、人権など無視しまくって、奔放に「謎」を求めて歩く、ヒトに分類されない存在。

 魔人、脳噛ネウロ。

 この男に振り回されて、まあ、色んな事件を見てきたなぁ、とあいも変わらず探偵事務所のデスクで、せっせと「謎」を探すネウロを見ながら、桂木弥子は持っていた肉まんを頬張った。

 近くのコンビニで買ってきた安物だが、秋深く風の冷たい時期にはぴったりで美味しい。

 高級な豚まんを一度で良いからお腹一杯食べてみたいと、そう思うが、やっぱりコンビニのお手軽なこの味も捨てがたい。
 えり好みせず、何でも食べるのが信条の彼女は、食べられるものが極端に限られている魔人に少し同情した。

「なんかさぁ、ネウロ・・・・。」
「なんだ。」

 顔も上げずに、吾代の勤める調査会社から送られてきた資料を見詰めて返事をするネウロに、弥子はほかほかと湯気を上げる肉まんを再び頬張る。

「謎しか食べられないってことが、いやにならない?」
「何故だ。」

 淡々と受け答えるネウロに、弥子は「だって。」と自分の手にする肉まんを見詰めた。

「確かに、私が食べてる肉まんにもね、色々種類があるよ。高級食材を使った、一個1500円の肉まんとか世の中には存在するし。自宅で作る、家庭の味のものも・・・・まあ、世界を探せばあるよね。」
 けど、肉まんしか食べられないんじゃちょっといやだなぁ、私。

 木枯らしが冷たいこの季節だからこそ、こんなほっかほかの物が恋しくなるのだ。
 流石の弥子も、今ここでこの瞬間、カキ氷を食べたいとは思わない。

「食べるってさ・・・・割とそういう・・・・季節とか気分とかに左右されるでしょ?けどネウロは・・・・。」
「くだらん。」

 ばさり、と手にしていた書類をトロイの上に放り、ネウロは興味なさそうな眼差しを弥子に向けた。

「それは、貴様らの常識で図ったところの『食事』の概念だろう?」
 それと我が輩の『食事』を同系列に扱うな。

 きい、と椅子を軋ませて窓の外を振り返るネウロに、「じゃあ、ネウロの言う食事は違うわけ?」と弥子は足をぶらぶらさせながら問い返す。

「むろんだ。大体、謎のエネルギーには貴様らの食事と同様に色々なバリエーションと味がある。同物質だからといって、どれもこれも同じというわけではない。」
「そうなんだ・・・・・。」

 じゃあ、冷たい謎とか、あっつい謎とかあるんだろうか。

「スープみたいなのとかさぁ、ステーキみたいなのとか・・・・うどんみたいなのとかアイス状のとか、あるの?」
「弥子。」

 振り返ったネウロが口だけを笑みの形にひき開け、何の表情もない瞳で弥子を見詰める。
 マヅイ、と思った瞬間には、彼女は唐突に背中に乗られて倒され、顎を掴んでエビ反りに身体をしならせる結果になった。

「い、いたいいたいいたいっ」
 何この暴力!?

「貴様のいう食料の知識はあるが、我が輩はそれを食さない。比べられるわけがなかろう、このゴミ虫が。」
「で、でも・・・・知識があるんなら、わかるでしょ!?味が・・・・どうとか・・・・い、痛いっ!痛いって!!折れるから!!色んなところが折れるからっ!!!」
「何故そんなことに興味がある?」

 つと、顔を寄せられ、弥子は自分の頬にひんやりとした魔人の体温を感じる。
 顎をがっつり抑えられているから上手く口が開かない。

「それ・・・はっ・・・・だってあんた・・・謎しか食べられないから・・・・お腹すいて可哀相だ・・・・いいいいたたたたたっ」
「ふん、貴様に心配されるようになったら、我が輩も終わりだな。」

 ぱ、と弥子から手を離し、魔人は彼女の背中から降りる。逸らした定規のように、ぽっきり行かなくて良かったと、ぐったり床に倒れる弥子を、魔人は静かに見下ろした。

「大きなお世話だぞ、弥子。」
「・・・・でしょーね。」

 顎を押さえて、首の筋が可笑しなことになってないか確かめる弥子は、ふと顔を上げた。魔人がまだ、自分を見下ろしている。
 試すような、確かめるような、そんな視線だ。
 ゆっくりと身体を起こして、弥子はネウロから視線を逸らした。
 立ち上がって、ぱたぱたとスカートの裾を叩く。

「他のものが・・・・もっと楽なものが食べられたらよかったのにって、思うことない?」
 ぽつりと訊ねると、ネウロの手が飛んでくる。
 弥子の顎を掴んで顔を上げさせ、彼女はネウロの端正な顔を覗き込んだ。
 そこの知れない黒い瞳が、翠の虹彩の渦を描いてそこにある。

「貴様のものさしで世界やヒト、魔人を図るなミジンコ。」
「・・・・・・・・・。」
「それは貴様の美徳かもしれんが、時に混乱を生む。」
「・・・・・・・・・別にそういうつもりじゃ・・・・。」

 頬を膨らませる弥子に、ネウロはにやりと笑って見せた。

「覚えておけ、弥子。図るのは好ましい行為だが、その時々でものさしを変えろ。いいな。」
 次に我が輩を貴様のものさしで図ったとき、貴様の背骨を抜いてものさしに使うからな。

 ぱ、と手を離され弥子は「はいはい。」とげんなりして答える。

 やれやれ。
 同情の一つも要らないってことですか。

 でも。

(確かに私が・・・・謎しか食べられない、他のヒトに理解されない人間だったとして・・・・そんな時、相手の身勝手なものさしで『可哀相』なんていわれたらいやかも・・・・)

 さて、さしたる謎もないし、本でも読むか。

 そう呟いて、ネウロがすたすたと壁を登って天井へと辿り着く。さかさまに立ちながら本を開くネウロに、弥子はふっと柔らかく笑った。

「ねえ、ネウロ。」
「・・・・・・・・・。」

 貴方を私の定規で測らない。
 なら、貴方もきっと、私を貴方の定規では測らないよね?

「私、小腹がすいたから、近所のラーメン屋でラーメン食べてくるね。」

 だから、あっさりと言えるのだ。
 他の人なら、驚くようなこんな発言が。

 さっさとソファーから鞄を取り上げ、いそいそと出て行く弥子をちらりと見下ろし、にっとネウロが小さく笑った。

「貴様も十分に常識のものさしでは量れん女だな。」

 山ほど肉まんが入っていたコンビニの袋は空で、外は木枯らしが吹いている。

 秋の日暮れ。おやつにラーメンを食しに行く女子高生を、ネウロは天井に逆さまに立ちながら好ましく思う。

「見ていて飽きん・・・・。」

 本を読んだまま、弥子の行動を監視する、という魔人ならではの行動をしながら、ネウロは次の謎が姿をみせるまで、飽きもせずに待つのだった。


(2007/11/27)

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