EvilDetective

　しかえし。: 　電人ハルの事件で食べたネウロの謎。
　彼曰く、「腹持ちする」それが少しずつ減っているのか、日毎に彼の睡眠時間が増えている。

　本日、桂木弥子が事務所を訪れると、案の定、魔人はソファーの上に長々と寝そべり、寝息がたっているのかいないのか、死んだような不思議な眠りに落ちていた。

「おはよー････ございまーす････。」

　なるたけ靴音を立てないように、事務所の内側に滑り込み、弥子はちらりと膨らんだ壁紙のほうに視線を投げた。

　コンクリの壁に埋め込まれた死体。その死体の人物は現在、ネウロの魔力の影響で髪の毛のみで活動をしている。
　あかね、と名乗るその少女は、傍にあったホワイトボードに「熟睡中。」と器用にペンで書いて見せた。

　そーっと魔人の傍に近づき、弥子はしげしげと彼を見下ろした。

（確かに良く寝てるように見えるけど････。）

　自分の口に手をあて、極力存在を感じられないようにする。

（コイツの場合、いつ起きるかわかんないんだよね････。）

　だが、弥子にはある野望があった。

　一度ならず二度も失敗した、ネウロへの報復。

　常日頃こき使われ、望まぬことを強いられ、虐げられ、虐げられ、虐げられしてきた彼女は、ネウロに評される「奴隷」から逸脱するために、ネウロに一矢報いようと考えていた。

　そう、顔への落書きというしょーもない手段で。

（やっぱり、刺したり切ったり捌いたりは駄目なわけよ。ていうか、そんなんじゃ死なないと思うけど、それをやると全力で報復されてこっちの命が危ない、絶対危ない。ならやっぱり実害が『いつものお仕置き』もしくは『関節技』程度と予想される『顔面落書きの刑』が手っ取り早いわけで････。）

　なるべく音を立てないように、弥子は自分の鞄を開けると、底のほうに転がっているサインペンを引っ張り出す。
　ペンケースに閉まっておくと、取り出しにくいので、弥子なりに工夫を凝らしたつもりだ。

（あとは････。）

　彼女は報復の日をただ待っていたわけではない。
　チャンスはあるかないか、恐らく一回しかないはず。

　ネウロにしてみれば、ミジンコ呼ばわりの自分だが、ミジンコはミジンコなりに考えることもあるってものだ。

　そう、弥子はこの日の為に、万全の体制を整えていた。
　電人ハルの謎を食うために、ネウロは万全の体制を整えた。それを見習ってのことだ。

（えと････まずは、この場に溶け込むこと、だよね？）
　彼女は過去二度の失敗を糧に、ある人物に「気配を悟られずに報復するにはどうしたら良いか」と真剣に訪ねていた。

　あまりに真剣だったので、その人物は色々とその方法について教えていた。

（そして････気持ちを鎮めて、動かない。）

　そう、弥子は笹塚から、その場の気配に溶け込む、感情を殺す、ていうか、ぶっちゃけ「テンションを低くする」方法を学んできたのだ。

　ネウロが一杯に使っているソファーの端っこに、彼女はちょこんと座ると、精神統一を始めた。

　何回も深呼吸をし、目を閉じる。

（心を無にして････ていうか、無って言うのがわかんないから、つまり何にも考えないってことよね････うんうん、笹塚さん、私頑張るね！）

　瞑った瞼の裏に、闇が広がり、弥子は自分の身体が空気に溶けて消えていくのをイメージした。
　それから、ゆっくりゆっくり心を落ち着かせていく。

　そうやって、自分の存在を、この事務所に溶け込ませて･･･････。

「む･･････？」
　緩やかな覚醒の波に押し上げられ、ネウロはぼんやりと目を開いた。事務所の天井が見える。

　どれくらい寝ていただろうか。

　あかねに時間を聞こうとして半分身体を起こし、不意に彼は何かが自分の上に圧し掛かっているのに気付いた。
　はっとして視線を落とすと。

「･･････････。」

　呆れたことに、奴隷一号が狭いソファーの上に横たわるネウロの、その上に半分身体を乗せて眠っているではないか。
　手にはしっかりサインペンが握られている。

　じろっとあかねのほうを見、しっかりと握り締めるサインペンを指差し、続いて自分の頬を指差す。
　瞬間、彼女がぶんぶんと首（？）を振って見せた。

　明らかに弥子を庇っての行動だろう。

　半身を起こしたまま、ネウロはじろっと冷たい視線を弥子に投げる。

　彼女は自分のスーツの胸元に顔を埋めて、ふにゃっとつぶれたほっぺたのまま、幸せそうな寝息を立てている。

「最悪な寝顔だな。」

　ポツリともらし、それから、ネウロは思い直したようにソファーに再び横になった。手を伸ばして弥子の後頭部に触れてみる。
　くしゃくしゃにしたり引っ張ったり。
　だが、人様の上でむにゃむにゃいう、神経の図太いミドリムシは起きる気配を見せない。

　ち、と軽く舌打ちし、ネウロは再び目を閉じた。柔らかい彼女の頬をふにふにすると、「うーん。」と眉間に皺を寄せた弥子から、不可解な呻き声が漏れた。

　悪夢でも見始めたのか。

「まあ、たまには。」

　自分の上にある重みに溜息をつき、ネウロは弥子のほっぺたをふにふにしながら呟く。

「布団をかけて寝るのも悪くないか。」

　しかし、この奴隷のほっぺたは良く伸びるな、あかね。

　目を閉じたまま、びにょーん、と弥子の頬を伸ばすネウロと、それに冷や汗をながして「うーんうーん」と唸る弥子の図はしばらく････魔人が再び眠りに付くまで続き、その後の二人は、あかねに言わせると、寄り添って寝ているように見えたのだそうな。

　弥子の悲鳴のような寝言がなければ、の話だが。

(2007/11/17)