EvilDetective

 回答案
「ねえ、ネウロ・・・・ちょっと思ったんだけど・・・。」
 トロイの上に脚を投げ出し、一見読み取れない表情で新聞を読んでいる魔界の突然変異生物に、私はソファーから声をかけた。
 持っていた雑誌を膝に置いて、窓ガラスを背にする男を振り仰ぐ。

 逆光で影になっている魔人は、こちらを見るでもなく、淡々とそこにあった。

「アンタと違って、私は人間だよね。」
「いや、貴様はミドリムシだ。」
「・・・・・・・・まあ、この際何でも良いんだけど。」
 間髪入れず、表情も変えずに言われた台詞に、私は脱力しつつテーブルの上のカップに視線を落とす。
 アカネちゃんが入れてくれた紅茶だ。
「ミドリムシだろうが、ミジンコだろうが、うじ虫だろうが」
 言っててちょっと泣けてくる。
「とにかく、私はアンタよりも確実に先に死ぬわよね。」
「ゴキブリの寿命は30年位か?」
「・・・・・・・・仮に30年だとしても、絶対30年後にアンタは死なないでしょ。」

 半眼で言えば、ようやく魔人が新聞を降ろして、私のほうを見た。半分伏せられたその瞳が、何を物語っているのか、やっぱり私には判別できない。
 でも、ちょっとだけ、その目に「興味」の色がちらついているのに私は気付いた。

 もっとも、何をいいだすのだ、という投げやりな空気のほうが八割を占めているのだが。

「そうだな、いくら弱体化してるとはいえ、たかだか30年ぽっちでは我が輩が死ぬことはまずありえない。」
「でしょ?あと、70年、っていったって、アンタはきっとそのまんまの姿でそこにいる。」
「何が言いたい?」
 すっと目を細める相手に、「そうしたらどうするのかな、と思っただけ。」と私はぽつりと零してカップを取り上げた。
 そのまま良い香りのする紅茶を喉に流し込んだ。
「くだらんな。」
「・・・・・・・・・。」
 興味なさ気に呟かれた台詞に、私は何も言い返せなかった。

 ただ、ちょっとそんなことを考えてしまったのは、あまりにもこの魔人が常識離れしているからだ。
 人間の常識で測れない、魔人ネウロ。

 その存在は圧倒的過ぎて、私はいつも思い知らされる。

 人間としての限界を。

 その一つが寿命だ。

 ネウロに流れる時間と、私に流れる時間は全然違いすぎる。
 ゆえに、私には必ず、どこかで、「ネウロと別れる」という運命が絶対に訪れることになるのだ。

 ネウロと違って、私は車に轢かれればあっさり死ぬし、流れ弾に当たって運悪く死ぬ可能性もある。

 人の死をたくさんたくさん見てきた最近だからこそ、そう思うのだ。

 私達とネウロの決定的な違い。

「人間の女の平均寿命は、80歳を超えている。」
 唐突にネウロが切り出し、私は「うん。」とうなづくと顔を上げた。
「つまり、我が輩が貴様を隠れ蓑にし続けられる限界が、80歳だ。」
「・・・・・・・80のおばあちゃんをいたわろうって気はさらさらないのね・・・・。」
「聞け。つまり、ヤコ、貴様を奴隷として扱えるのはせいぜい60年足らずだ。」
 奴隷から格上げはないんだ・・・・・。

 何処となくしょんぼりしていると、そんな様子に気付かず、ネウロは淡々と続けた。

「だが、人間は進化する。こちらが見ていて興味をそそられるほどに。それは貴様ら人間の生命力が短いからだ。」
 魔人の我が輩と比べると、とんでもなく少ない時間を生きる故に、進化のスピードも速い。

「・・・・・・・・・・。」

 見詰めるネウロが、にやりと、本当に不敵に笑い、私はぞっと背筋が凍った。
(コイツ、何かとんでもないことを言い出しそうだ・・・・・。)
 と。

「つまりだ、ヤコ。例えば我が輩が貴様を60年間奴隷として傍に置いたとしよう。その間、貴様は我が輩から放出される瘴気を60年、浴び続けることになる。」

 ・・・・・・・・瘴気を浴びる・・・・・ってことは・・・・・。

「貴様ら人間の時間は短く進化は早い。我が輩の瘴気が死者の髪の毛を復活させたように、ヤコ。60年もあれば、人を化け物に変えるのも出来ないことではないといえるだろう?」

「えええええええええ!?」

 思わず声を上げると、ネウロがいつの間にか私の背後に忍び寄り、ぎりぎりと首を絞め始めた。

「喜べ、ヤコ。こうして貴様も普通の人間の域を脱するのだ。」
 こんな風に首を絞めると、あまたから花が咲くように、だ。
「いやだー!そんなの!!」
「そうして、」

 ぱ、と手を離し、続けて踏みつけられながら、私は頬を膨らませてネウロを見上げた。見下す男は、愉悦にまみれた笑みを私に向けている。
 あー、腹のたつほど良い笑顔だ。

「貴様は我が輩の求める所有物としての進化を遂げるのだ。」
 もしかしたら、ほら、ヤコ。背中から手が生えるかもしれないぞ?

「そんな進化絶対要らない!!!!!」

 悲鳴を上げながら、でも私はどこかで妙に悟る。

 ネウロの傍に居続けるということは、つまり、人を超えることかもしれないのだと。

(それでいいんだろうか・・・・・・・・。)

 別れがたいと少し思っていたけれど、本当はもっと早く別れたほうがいいんじゃないだろうか。
 人間で居たいのならば。

「だがその前に、『不慮の事故』で貴様が死ぬかもしれないがなv」
「いたいいたいいたい!不慮の事故って何!?故意に何かやらかす気でしょう、あんたっ!!!」

 でももし、人じゃないものになったとしても、ネウロの傍にいたいと思う日が来てしまうことのほうが、別れを決意するより先に来そうな気がしているのは、確かだったりする。

 つまり、私も結局はネウロに興味がある、ってことなのだろうケド。

「さあ、くだらない話は終わりだ。ヤコ、謎のにおいがする。」
「・・・・・・・・とりあえず、このガソリンをなんとかして。」


(2007/11/03)

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