Muw&Murrue

 18 耳を噛んで


「あ・・・・・んっ」
 すべらかな身体が、自分の下で跳ねて、首に回されていた腕に力が籠る。
「んっ」
 すがりつくようにして、でもいやいやと首を振る女を、力いっぱい抱きしめながら、ムウはそっと目を閉じた。
「マリュー・・・・・・。」
 甘い声が耳朶を打ち、ふる、と彼女が震える。
「ム・・・・ウ・・・・・。」
 弾んだ吐息に混じる掠れた声。目尻を赤く染めた彼女が、恋人の首筋に、噛み付くようなキスを繰り返した。
「マリュー・・・・・・。」
 甘やかな声が、体に染み渡り、気持ちも身体も溶けていく。溺れそうになるのを、必死で宥めすかし、マリューは足を恋人に絡めた。
 ムウの唇が、首筋や耳たぶを愛してキスを落としていく。
 鼻にかかる甘い吐息が、二人の間を埋め尽くし、脆い部分に受け止めている熱に、侵されていく。
 涙の滲む彼女を、両腕に閉じ込めて、そっと顔を覗き込み、ムウは淡く笑った。
「マリューさん・・・・。」
「ん」
 酸素を求めて喘ぐ唇を塞ぎ、汗ばむ肌をそっと撫でる。張り付いた前髪を、はらってやり、それでも手を止めずにムウは彼女を愛し続けた。
「あっ・・・・・ムウ・・・・・っ」
「ん?」
「だ、だめ」
 髪の毛に顔を埋め、耳元に唇を寄せてちうちうしていたムウは、そう言って過敏に反応するマリューに、小さく笑った。
「くすぐった・・・・・・。」
「違うだろ?」
「ひゃっ」
 吐息まで感じる至近距離で囁かれて、マリューの身体に衝撃が走る。ダイレクトにそれを感じたムウが、楽しそうに笑った。
「こういうのは、くすぐったいんじゃなくて、気持ちいいって言うんだろ?」
「あ」
 芯まで蕩けそうになり、マリューは首を振った。彼のそんなイタヅラから逃れる為に。
「だ、駄目だった・・・・らっ」
「そーお?」
「ひゃん」
「何が駄目なの?」
「そ・・・・れは・・・・あっ」
 耳への攻撃は止まらず、マリューが泣きそうな声を上げた。
「ねがっ・・・・・止めて・・・・。」
「止めない。」
「いやあん。」
 可愛らしい声をもっと聞きたくて。彼女をどんどん色っぽく艶っぽくさせたくて。
「マリューさんったら、可愛い過ぎ。」
「ひゃあっ」
 弱い箇所も、繋がっている場所も、それから柔らかなふくらみも唇も、愛しさを込めて愛し、お互いの身体の境界線が、曖昧になるくらい強く抱き合って。
 一つになるようにして、登っていくのだった。



「やー、マリューさんってば、やっぱり耳弱いんだね。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 くすくす笑う男が気に入らず、マリューはふいっと彼に背中を向けて、ブランケットに包まった。狭い艦長室のベッドでは、これくらいしか相手に意趣返しが出来ないのだ。
「二年前もそうだったけどさ・・・・・かわってなくて安心した。」
 そんな彼女を、ブランケットごと抱きしめて、足で挟む。ごろごろと懐く男が、頬を寄せてくるのに、マリューは顔を枕に埋めて抵抗した。
「そういう事言う貴方も、全然変わってませんわね。」
 いささかくぐもったセリフに、「うん?」とムウがおかしそうに眉を上げた。
「そういう事、ってどういう事?」
 ぎゅーっと抱きつき、首の辺りから手を差し込んでいく。うりゃうりゃと首を掠めるそれに、「くすぐったい!」と身体を跳ね上げ、マリューはきつくブランケットの端を握り締めた。
「あんなことです。」
「だーから、どんなこと?」
「・・・・・・・・・・ご自分で考えたらどうですか!」
 完全にむくれる愛しい女に、ムウは「えー。」と白々しい声を上げた。
「大体、俺が言ったのって、『ここ気持ちいいんでしょ。』とか、『どこがいいか言えよ』とか『何して欲し』」
「もういいです!!!!」
 素面で聞かされるとたまったもんじゃない。
 真っ赤になって更に更にきつくブランケットに包まるマリューを、ムウはケットの上からくすぐりだした。
「なー、そんなぐるっぐるになってないで出てきてよー、マリュー。」
「ちょ・・・・きゃあっ・・・・」
 く、くすぐらないで!
「俺一人寝は嫌だよー。寒いしさぁ・・・・・。」
 ほら、マリューさんが毛布全部持ってっちゃったらか、俺裸だぜ?
「パンツも履いてないんだぜー、俺。」
「そ、それくらい履いて下さ・・・・きゃあっ!?」
 半分身体を起こしたムウが、ついにケットの端に手を掛けて、ぐい、と力任せに引っ張った。
「お?」
 巻きついたブランケットの所為でごろ、と転がるマリューに、ムウがにんまり笑った。
「そりゃ」
「ちょ・・・・きゃあっ!?」
 ごろごろ、と狭いながら二回転し、ブランケットを剥ぎ取られた上に、素肌をさらけ出してムウの下に現れた恋人に、問答無用で彼は抱きついた。
「んー、暖かいー。」
「ば、馬鹿!もう!止めて!!」
「止めないー。」
 キスを繰り返しだすムウに、マリューが「やだやだばかばか」と手を上げて、ぎゅっと耳を掴んだ。
「うわっ!?」
「・・・・・・・・・・え?」
 途端、弾かれたように身体を離すムウを、マリューがきょとんとして見上げる。
「あっ」
 まず、と視線を逸らすムウに、しばし瞬きを繰り返したマリューはぴんときた。

 こういう事に関して、自分は疎いほうだと思う。
 攻められたら攻められっぱなしで、受けるのに精一杯で、自分から「した」ことは無かった。

 二年前も、今も。

 そんな自分でも、分かった。

「・・・・・・・・・・・ムウ。」
 自分の上に被さる男に、マリューはくすっと小さな笑みを浮かべる。
「なに?」
 枕の脇に両手を付いて、見下ろすムウが、視線を泳がせる。
「これ、弱いのかしら?」
「ちょっと、マリューさん!?」
 とめる間もなく伸びた手が、ムウの耳の辺りを優しく撫でて、思わず身体が強張った。
 背中に走る感覚に、震える。
「弱いんだ・・・・!!!」
「ちょっと、マリュー!?」
 嬉しそうに笑う女を、押し倒しているのに、何故かムウは動揺して彼女から離れようとする。そうすると、彼女の方が有利だ。すかさず起き上がったマリューが、「ムウ〜。」と甘えた声を上げて、彼に抱きついた。
「ちょっと!?」
 柔らかく潰れた塊が、胸元に押し付けられ、細い腕が逞しい首に絡まる。
「愛してる。」
 ぽそ、と耳元で告げられた、マリューの甘やかな声が、体に「キタ」。
「っ」
「すき。」
 掠れた、舌ったらずなセリフが染み渡る。身体が理性を無視して、顕著な反応をするのに我慢ならず・・・・そもそも、マリューに攻められてる、というのが、どうにも不慣れで、ムウは彼女を押しやろうと手を伸ばした。
 だが、柔肌をさらす彼女は、ムウが一番綺麗だと思っている反面、一番壊れそうで、扱いに困るのだ。

 ちょっと乱暴にしただけで、壊れてしまいそうで恐い。

 本当は、無茶苦茶に抱く中でも、理性のどこかが、彼女を「傷つけて」しまわなかと、恐怖を覚えているのだ。

「大好きよ、ムウ。」
「やめ・・・・・!!」
 珍しく慌て、振りほどこうにも全体重を預けてのしかかってくるマリューを、乱暴に出来ない。それを知っているのか居ないのか。天然の、ムウだけの姫君は、すりすりと首筋に頬を寄せてくる。
「ちゅー。」
「た、楽しそうだね、マリューさん!?」
 彼女が耳たぶにキスをするたびに、何かが流れ出て行きそうになるのを懸命に堪えて、ムウが揶揄するように言った。
 普段なら、恥かしがるはずのこんなセリフも、攻めるだけ攻めて、いじめてくるムウが焦っているのに気をよくしているマリューには届かない。
 届かないどころか。
「知らなかった・・・・なぁ。ムウが、ここ、弱いなんて。」
 自分が言いそうなセリフを、可愛らしく言ったりするのだ。
「随分強気じゃないのさ、マリューさん。」
 何とか主導権を取り戻そうとするムウ。
「そーう?」
 くすくす笑うマリューが、再びムウの耳元に唇を寄せた。
「貴方が珍しくしおらしいのよ。」
「っ」
 びくん、と震えるムウに益々気をよくして、マリューがそっと唇で軽く、耳の縁を挟んだ。
「んっ・・・・・・・。」
 甘い声が、ムウの喉からもれて、マリューはどきっとした。

 そんなに気持ち良いの?

「マリューさん・・・・ちょっとくすぐったいから・・・・な?」
「んんっ」
「うわっ?!」

 今度は少し大胆に、とばかりに、マリューがかぷ、と彼の耳を噛んだ。

「ちょっと・・・・・マリューさん!?」
「んう・・・・ふ・・・・・。」

 ちろちろと触れる舌も、甘噛する感触も、腰の辺りをざわつかせる。

 とうとう、我慢できずに、自分に乗っかっているマリューを両腕で抱き込んだ。

「きゃっ」
 軽い悲鳴を上げる彼女を、強引にムウは組み敷いた。
「と・・・・・ムウ!?」
 折角優位だったのに、と手首を掴んで押さえ込もうとするムウに、マリューはじたばたと抵抗する。
「嫌よ!これじゃ・・・・駄目!」
「人のことおちょくったお返しだっ!」
「お、おちょくってなんかないわ!ただ・・・・その・・・・・。」
 あ、駄目だってば、ムウ!!!

 攻められて、呑まれて行く。折角見つけた弱点なのに、もう悪戯をさせまい、とさっさと体制を変えられて、後ろから貫かれてしまい、身動きできない。

 結局、再び腕の中に戻った時には、「お仕置き」と題されて、さんざん弄ばれた後だった。

「・・・・・・・・・・。」
「何?」
 ブランケットに顎まで埋まって、そこから睨むマリューに、ムウが涼しい顔で笑う。
「ちょっと・・・・・ズルイなって思っただけです。」
「何がさ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
 にやにや笑うムウに、マリューはどうしても勝てない。

 当たり前だ。

 彼はこの手のことに関しては、恐ろしいくらい経験豊富で、百戦錬磨で、ムウの前に一人としか関係を持ったことのないマリューとしては、太刀打ちできっこないのだ。

「もっと色んな人と付き合えばよかった。」
「!?」
 純粋に、自分の経験値の低さを思ってぽつりと放たれたマリューのセリフに、ムウが度肝を抜かれる。
「二年もあったんだし・・・・・ムウが吃驚するくらい上手に」
「うーわーわーわー!!!」
「?」
 唇を尖らせて、とんでもない事を言うマリューをムウが慌てて遮った。
 それから、ぎゅううううっと抱きしめる。
「いいんだよ!んなことは、どうでも!!」
 焦った口調で言われて、「どうでもよくないわ!」とマリューが切り返す。
「だっていっつもいっつもムウが主導権持ってて私ばっかり気持ちよくて・・・・私だってたまには、ムウのこと気持ちよくしてあげたいの!」
「・・・・・・・・・・気持ちだけで十分だよ。」
 凄いセリフを夢中で言ってしまうマリューに、ムウが苦笑しながら言う。
「やだ。」
「やだって・・・・・・。」
「ムウだって、私が上手な方がスキでしょ?」
「だからそういう事を言うなっての!」
 それに!!!
 彼女の頬に手を添えて、ムウがこつん、と額を合わせた。
 青い瞳が、真っ直ぐにマリューを捕らえる。
「マリューさんは経験値低くて良いの。」
「・・・・・・・・どうしてよ。」
「俺が経験値上げてやるから。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

 マリューさんが俺の為に、っていうんなら、俺が手取り足取り、今まで以上に教えてあげるから。

「だからいいの。俺の楽しみなの、それは。」
「自分ばっかり楽しいのはずるいわ!!!」
「・・・・・・・・・・・。」

 論点がずれてる気がするが、まあいいか。

「じゃあ、こうしようぜ、マリューさん。」
 むーっとにらみ上げる恋人に、ムウは小さく笑うとキスを落とした。
「俺の耳、マリューさんに上げる。」
「!!!」
「たーだし。」
 にやっと男が笑う。
「俺はなかなか、そんな事させないからな。」
「・・・・・・・・・・。」

 マリューさんが上手に自分のしたいように持っていくんだな。

 ニコニコ笑う男に、マリューはぎゅっと唇を噛むと、「わかりました。」と小さく答えた。

「ほいじゃ、もっかい、やってみる?」
「・・・・・・・・・・・・。」

 今日は随分沢山した気がする・・・・・気がするけど・・・・・。

「あと・・・・一回ね。」
 上目遣いに、恥ずかしげにいわれたセリフに、ムウが極上の笑顔を浮かべた。
「りょーかい。」



 なんか、いいように乗せられている気がするけど・・・・・まあ、いいか。


 もう二度と、ないことだと、思っていたし。きっと私は永遠に知らなかった筈だ。

 ムウは耳が弱いっていう事実を。

 それを知ることが出来た今に、感謝しよう。

「じゃ、そういうことで。」
 キスをするムウに、ゆっくりゆっくり応えながら、マリューはそっと手を伸ばした。

 先手必勝とばかりに、耳を引っ張る為に。












恋愛的お題 より 配布先 Agitateさま(雨吉さま)※現在閉鎖

(2006/11/25)

designed by SPICA