Muw&Murrue

 04 力が足りない、強くなりたい








 さあ、貴方は自由です。何でも好きな事が出来ます。

 なら、貴方はどこに行きますか?



 轟音と飛沫を上げて艦が出ていく。南の国の太陽は黄色く、眩しい。頬を撫でる風は温かく湿り、花の香りがした。
 それに、己の金髪と制服の裾をはためかせながら、ネオは光輝く巨大なエンジンをぼうっと見送った。

 アークエンジェル。

 散々自分達の部隊に苦渋を呑ませ、戦局を混乱させ、フリーダムには損害を負わされた。
 敵でも味方でもない、灰色の艦。
 一度、オーブの艦なのか?と尋ねた時、飛び去る大天使の艦長殿は「さあ、どうかしら」と曖昧に答えていた。

(政治的、機密的な問題で濁されたんだと思ったんだが・・・・・)

 本当に無所属なんだろうか、と秘密裏に建設されたドッグに停泊する間考えていた。
 バッグに有るのは一体どんな組織なのか。何を目的に動いているのか。

 地球軍なんて場所で大佐として勤務するうちに、嫌でも身に付いたのは、自分の所属する部署の適切な有り方だった。
 有体に言えば処世術のようなものだ。どこそこの派閥が、とかどこそこの研究チームが、とか内部分裂とか、腐るほど目にしてきた。
 そして、そこを適当に漂う術も持っている。

 そんな目を持つ彼に、この艦は随分とフランクに見えた。よく言えばまとまっている。悪く言えばサークル的。

(こんなでっかいサークル活動なんて有ってたまるか・・・・・)

 どこかから重要情報を拾い出し、一目散に駆けつける。巨大な戦力を持っていて、動きがフリーなら、ザフトも地球軍も怖がるもの無理はないだろう。

 蒼い空に溶けるように消えていく光点を見詰めて、ネオは溜息を吐いた。

 そして今、ネオは自由な場所に立っている。

 ネオ・ロアノークは恐らく、MIA認定されているだろう。生きていると知って、さてジブリールはネオをどのような位置に据えようとするのだろうか。

(・・・・・・・・・・・・・・・拷問?)

 あながち無いとは言えない気がしてげんなりする。こんなに科学の発達した世界に有りながら、人間の精神面はまるで進化していない。

 目には目を、歯には歯を、裏切り者には制裁を、とは一体何世紀前の格言だ。

(それが、まだまだ地で行けるんだから、人間ってのは愚かだね)

 風が、彼の髪を攫って流れていく。

(馬鹿だよなぁ・・・・・)

 こんな戦闘機まで与えて、一体何を考えているのか、あの女は。


 ちらりと見遣ったスカイグラスパーに、ネオは再び溜息を吐く。過去、女から色々貢いで貰ったが、まさかの戦闘機とは。
(どんだけ太っ腹なんだ、あの女・・・・・)
 しかも、これが手切れ金?
(冗談じゃねぇっての)

 知らず知らず、落ちていたネオの中の、普段の彼が持ち上がってくる。仮面の下に押さえ込まれていた、彼の本当の姿。
 彼は人一倍、情勢に敏感で、真相を見極めるのに長けていて、なのに鈍感な振りが出来る男だ。
 それゆえに、必死になる事が少なかった。

 必死になれる何かを求めて、軍に居たような気もしている。
 それも、見つける事が叶わなかったが。

 でも今は。

「・・・・・・・・・・こんなの要らないから、アンタをくれって言ったら、くれるかね、あの艦長」
 可愛い顔立ちに、意志の強そうなオレンジの瞳。胸は大きいし、足首はしゅっとしているし。
 喘がせたら絶対可愛いと思うしぃー。

 ふっと笑みがこぼれて、ネオはぽん、とスカイグラスパーの装甲に掌を押しあてた。






 たった一人、生身では何もできないが、その手に武器が有れば戦える。
 それでも、一人の女すら笑顔に出来ないのなら意味が無い。

 力が欲しい。
 強くなりたい。

 この女を護れるだけの強さが。


「・・・・・・・・・・・・・・・何してるんですか?」
「え?」
 顔を上げると、コーヒーの入ったマグカップを持つ女が立っていた。
 アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスだ。
「いや、艦の整備からムラサメのチェックしてくれって言われて」
 手にした端末を操作して、スペックのチェックをする。
「・・・・・そうですか」
 現在彼は食堂に居る。ホットドック片手に設置圧だの噴射角だの微調整するネオに、向かいに腰を下ろしたマリューは自分も手にしていたサンドイッチを取り上げた。
「野菜取らないと、美容に悪いぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女のトレイの中身を見もせずに言われ、マリューの眉間にしわが寄った。
 サンドイッチにフライドポテト、コーンスープという取り合わせには、明らかに生野菜が不足していた。
 サラダのパックに手の出なかった自分を見透かされて、「そういう貴方は休憩時間じゃないんでしょうか?」と皮肉気に返した。

「大丈夫、大丈夫。休憩になってるから」
「どの辺がです」
「艦長が来た辺りから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔を上げてにっこり笑う。手にしたコーヒーカップを持ちあげられれば、「もう」と根負けするしか無くなった。

「割と良い機体だな、ムラサメ」
 パタン、と端末を閉じて改めて食事を始めるネオに、「でしょう?」とマリューが楽しそうに笑って見せた。

「ザフトにも負けません」
「ウィンダムにも負けてないよ」
 コーヒーをすすり、またホットドックにかぶりつくネオの台詞に、マリューは改めて居住まいを正した。
「これからの・・・・・貴方の機体、何だけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 これには驚く。ホットドックの中身がぼたり、と皿に落ちるのにマリューは苦笑した。

「これからアークエンジェルは宇宙に上がるのだけど、アスハ代表はオーブに残ると言う事だから」
 アカツキの乗り手が居ないのよ。

 フリーダムにはキラが。ザフトの坊主にはジャスティスが。

「おいおい・・・・・俺に預けて良いのか?」
 ムラサメ隊にも優秀な連中いるだろうが。
 思わずそう言えば、マリューは首を振った。
「ビットを操れるナチュラルは早々いないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ストライク・フリーダムと共同技術で組みあげられたアカツキには、フリーダムと同じように無線式のビットが搭載されている。
 それを操る技量を持つのは、この中ではネオしか居ない。
「それって、俺がゼロのパイロットだったからか?」
「そうだったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ムウの事を踏まえて鎌を掛けてみたのに、あっさりはぐらかされて、ネオは溜息を吐いた。
 しばらく考える。

 その間に、サンドイッチを手にしたままのマリューが、ぽつりと漏らした。

「嫌ならいいの。貴方は空母の艦長だったんだし・・・・・艦橋で私の代わりに」
「あんたの代わりなんて居ないだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぱしり、と言われて、マリューは改めて顔を上げた。オレンジの眼差しが、スカイブルーのそれを捕える。

「良いぜ、それに乗る」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ただし、条件が有る」
「え?」

 腕を組んで、ソファにふんぞり返って、ネオはうんうんと頷いた。

「俺がそれに乗る。代わりに、あんたは絶対、何があっても、そこに居ろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そこに居て、大人しく俺に護られる事」
 いいな?

 ふてぶてしく言い切られて、マリューは目を瞬くと「なんですか、それ」と眉間にしわを寄せた。

「私だって戦艦の艦長です!護られてるだけだなんて、ごめんだわ」
「いいから、あんたは無茶も無理もしなくていいんだよ」
「馬鹿にしてるんですか!?」

 思わず声を荒げれば、休憩に来ているクルーがぎょっとしたように顔を上げるのにぶつかった。慌ててごほん、と咳払いし「嫌です」とマリューははっきり告げた。

「強情」
「なっ」
「なあ、あんた。判ってんのか?」
 言われ、ぐい、と両頬を掴まれてマリューは真っ赤になった。その顔を間近で覗き込み、ネオは眉間にしわを寄せる。
「目の下には隈があるし、肌はかさかさだし、唇は乾いてるし、明らかに寝不足だろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 かああああ、と彼の両手に頬の熱が急上昇するのが伝わってくる。目を白黒させるマリューを余所に、ネオは更に顔を寄せた。
 唇に吐息が触れる。

「一人で強くなろうとすんな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は、アンタと一緒に居たいから残った。世界がどうなるかっていうのは、俺の中では二番目の理由だよ。そのアンタが、つらそうにしてたら、俺が嫌なの」

 ネオに、アカツキの事を切り出せなかったマリューは、見透かされてうろたえた。

 彼を戦闘に引き込みたくない。
 彼に飛んで行くように指示を出したくない。
 出来るなら、最後の瞬間も傍に居たい。

 そんな彼女の弱さが、多少なりとも彼に、アカツキに乗るのかどうなのかを選ばせるのを躊躇わせた。

「頼れよ。俺はその為に・・・・・その為だけにここに居るんだから」
 な、艦長。

 力が欲しい。
 強くなりたい。

 このいとしいひとのためだけに。

「なら、貴方も私を頼ってくださいます?」
 ぐっと彼の方を押して、熱くなった頬を隠すようにネオを睨みあげる。そのマリューに、ちょっと目を見張ったネオはふわりと優しく笑って見せた。
「そりゃ勿論。眠れない夜とかに、是非」
「っ!!」

 伸ばされた手を叩き落として、マリューは席を立つ。そのまま食堂を出ていくのかと思ったら、彼女は挑戦的に、野菜の入ったカップを大量に手にして戻ってくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「私の肌がつやつやになったら、考えます」
「えー、それ俺が相手した方が早くね?」
「女のプライドです」

 きっぱり言い切り、生野菜をもしゃもしゃ食べ始めるマリューに、ネオは目を細めた。

 この女が笑ってくれるのなら、俺は多分何だって出来てしまうんだろうな、なんて愚かな事を考えながら。





(2010/11/11)

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