Muw&Murrue
- 01 貴方の優しさで泣いてしまいそうだ
- 口にするのは冗談ばかり。せめて言葉だけでも軽くしないと、乗り切れないと知っている。
真実はただ、周囲を斬りつける刃にしかならないから。
だからせめてと、ムウ・ラ・フラガは軽口を言う。
(大人よね・・・・・)
机に突っ伏したまま、マリュー・ラミアスはつい先ほど閉じられたばかりの自室のドアを眺めていた。
ヘリオポリス爆発から、アルテミス壊滅。先遣隊壊滅。第八艦隊壊滅。
まさに死のロードと呼んでもいいような宇宙の航路を、呪われた艦アークエンジェルは進んできた。
彼らを犠牲にしてでも守り通したストライクを、失くしてたまるかとアラスカに降下する予定を大幅に変更して砂漠に降り立った。
そこで、レジスタンスと手を組んで砂漠での死闘。
たまたま乗せてしまった、ヘリオポリスの民間人の少年少女の心を、それらの戦闘は確かに蝕んでいる。
支援の手もなく、海を渡り、ザフトの執拗な攻撃を「辛くも」のがれたこの艦は現在、その少年少女の故国であるオーブに身を寄せていた。
涙をこらえて、ここまで虚勢を張っていた彼らに、せめて一時だけでも安心させて上げられないだろうか、とマリューは、彼らが両親や家族と接見できるように取り計らった。
ストライクのメンテナンスと、その搭乗パイロットの技術貢献を条件に提案したものだ。
もっと他の交換条件を出せばいいのではないだろうか、と最後までキラの技術貢献を渋ったナタルが捨て台詞気味に吐いた言葉に、マリューは首を振らなかった。
当然だ。
彼らに強いてきた我慢を思えば、ここで彼らを解放することのほうがよっぽど人道的だった。
でも、言えるわけがない。
ナタルは平気で真実を口にする。規則を口にする。正しいと、そう信じているから言えるのだ。
でも、マリューはそれを口に出来なかった。
作戦行動中の除隊は出来ない。
知っている。
でも、そんな「自分たちの為の」規則が、ただ乗り込んで成り行きで志願した彼らを縛るのは可笑しいとそう思うのだ。
でも、言えない。
(皆で船を捨てて、アラスカまで泳ぐ・・・・・)
肩をすくめて、そう、規則の可笑しさを皮肉ったムウの言葉を思い出して、マリューは噴き出した。
ストライクの修理も、艦の修理も、ここオーブでなすべきではなく、対価を払うべきだと頑なに言ったナタルは、軍規から考えれば当然の不満を口にしただけだろう。
それを、ムウはばっさりと切り捨てた。
そんな誰のもんとも判らない規則に、縛られて、結局自分たちは極寒の海を目指して泳ぐしかなくなるのか、と。
(大人だわ・・・・・)
ぼうっとドアを見つめて、マリューは苦笑した。
清も濁も彼なら飲みこめるのだろう。
戦闘機乗りとは、そういう人間なのだろう。
(まあ、ナタルみたいなのが戦闘機乗りだったら・・・・・敵に捕まった時点で自害しそうよね。)
余りに似合いすぎる姿に、空恐ろしいものを感じる。ムウなら、おそらく捕まってもただで終わらないだろう。
ひょっとしたら幹部にまでのし上がって、そこからとんでもないことをしそうだ。
(偏見かなぁ)
考えるのが億劫で、思考はどんどん違う方に逸れていく。だらしなく机に突っ伏している艦長、なんて威厳の欠片もない。
それでなくても、艦橋クルー達には、あまりよく思われていないだろう。よっぽど副長のほうが頼りになると、どこかで聞いた気がする。
(どうせ私は甘いですよ・・・・・)
唇を噛んで、マリューは己の中に限界が溜まっているのを識った。ざわり、と腹の奥がうねって黒いものが喉元までこみ上げる。
それを、飲み下すのにももう、飽きた。
(泣いちゃおうかな・・・・・)
去り際に、少佐から肩を叩かれた。
ぽんぽん、と。
厭らしさの欠片もない、ただ温かいだけの手の重みに、マリューは酷く情けなくなったのだ。
厭らしさが無い、同僚としての「頑張れ」を、マリューは勘違いしそうになったのだ。
その手を取って、目の前の男を引き寄せて抱きつきたいくらいには。
だから、精一杯虚勢を張った。
(セクハラには程遠いぽんぽん、だったわよね)
悪いことをした。
でも、だからと言って、自分が思った通りの行動を起こしたら、きっとムウは困っただろう。いや、ムウだけでない、マリューだって困ったはずだ。
そこから先に、進めない二人だからだ。
一時の甘さに全てを流してしまったら、きっともう二度と、彼に飛んでくれと頼めなくなる。いや、それ以前に、艦長として艦橋に座ることが出来なくなる。
今だって自分の弱さや甘さがよく思われていないのに、辛いから男に縋りました、では示しがつかないにも程があるだろう。
でも。
それでも。
触れた手の暖かさに思い出す。
自分は一人じゃないのだと。
(あ・・・・・)
少年少女の心を蝕む、暗い暗い、戦いに従事する者に提示される現実。
それは、志願してここにいるはずの、大人のマリューも、確実に蝕んでいく。
真実は凶器。
目に見える事実は刃。
切られて、心の柔らかい部分が血を流す。
ぽろ、と涙が頬を濡らして、マリューは目を閉じた。
軽口でごまかして、なんとかして笑い合う。
飛んでいる最中、彼はよく適当な事を言う。戦闘中もどこか遊んでいるような口調で言う。
やんわりと刃を包む、そんな鞘に、自分は随分助けられていた。
どんな状況でも殺伐とならなかったのは、そんな彼の優しさのせいだろう。
(そうか・・・・・)
だったら、自分は肩を叩かれたあの時、泣いてしまえばよかったのかもしれない。
(泣いてもいいってことだったのね・・・・・)
拒むんじゃなかった。
もし、彼の前で泣いていたら、何かが変わっただろうか。
温かい涙が、こぼれていく。心の奥に溜まっていたストレスが溶けだし、マリューは心地よい嗚咽の中で笑った。
貴方の優しさで、泣いてしまいそうな自分を、今度は隠さないでいようと。
(2009/10/09)
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