Muw&Murrue
- 08 君の残したシルマが消えない
- 一人戦艦のベッドの上で、ネオ・ロアノークは眠れずにいた。
つい先刻、インパルスからの呼び出しを受けて、単機で指定場所に飛んだのだが、そこで見たのは裏切りでも、談合でもなく、ただまっすぐな少年の「願い」だった。
戦争とか、関係のない、あったかでやさしい世界。
かばうように、衰弱し青ざめた顔を見せた連合のエクステンデッドを抱えて、まっすぐな眼差しで少年はそう言ったのだ。
約束してくれと。
連合の、ファントムペインの、ミネルバを追い続けた部隊の、指揮官に向かって。
「まだ・・・・・罠のほうがましだったな・・・・。」
『仮面』を外し、傷の残る素顔で、ネオはぽつりと本音を漏らした。眉間にしわがより、苦しそうにうめく。
あんな約束、護れるわけがないのだ。
早くも、「損失」扱いになっていたエクステンデッドの帰還に艦は色めきだち、ザフトに彼らの「生体データ」が流失したのではないか、何らかの意識改造がされているのではないかと、夜通しの検査が始まったのだ。
何もせずに、自分たちを悩ませ続けたパイロットを「返却」する筈がないと。
「・・・・・・・。」
だが、ベッドに転がるネオは知っている。
あの、少年の焼けつくような眼差しが、心に消えない痕を残している。
少年は本気だった。
本気で、少女の平和と心穏やかな日々を願っていた。
彼らの間に何があったのか、ネオは知る術はないが、少年の赤い瞳には、煌々と炎が宿っていて、彼が本気で少女のことを考えていると知ったのだ。
それに対して、自分が吐いたのは、かりそめの言葉だった。
少年の本気に、自分は嘘で持って答えたのだ。
それと同時に、少女を使って、このインパルスに乗る厄介な少年を葬り去ることができるかもしれないと、残酷なことも一瞬よぎったのだ。
どれだけ汚い大人に、自分はなり下がっていくのだろうか。
奥歯をかみしめて、ネオは枕に顔を埋めた。もう痛むはずのない、顔に走る傷が痛んだ。
この傷は何で付いたんだったろうか?
閉じた瞼の裏に、これが付いた日のことを思い描こうとして、何一つ浮かんでこないことに、ネオはがっかりする。
自分の体に無数にある傷痕。それが、いつ、何のためについたものなのか、ネオは話でしか知らない。
かろうじてヤキンの戦いに参加していたのは、映像として記憶の底に残ってはいるが、妙に空虚で手触りがなかった。
それと同時に、いつも、自分の顔に走る傷痕を見るたびに、鋭い痛みが走るのだ。
お前はここで、何をしてるのだと、心の奥底が悲鳴を上げる。
「いいよね・・・・若者は・・・・。」
ぽつりと皮肉交じりにつぶやく。
己の行動がすべて正しく、正しいことをしていれば、世界は開けるのだと信じ、その信じるもののために、それ以外の、認められない他者をも切り裂いていける強さをもつ少年をうらやましくも思う。
そんなエゴとしか言いようのないほど強い気持ちを、どうして俺は持ち合わせていないのだろう。
どうして諾々と現状を飲み込むことに甘んじているのだろう。
そして、それをするたびに、この傷痕が痛むのは何故だろう。
蓋をした心の下で、わめく声がする。
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
「何をだよ・・・・・。」
乾いた声で言い、ネオは無理やり眠ろうと耳をふさぐ。
顔に残る傷痕が、教える、消えない痛みを無視し続けるのは、どうにも無理なことだと識りながら。
『銀河の欠片で10のお題』より
配布先 風花
シルマ…ギリシャ語。痕跡という意味をもつ乙女座の星。
(2006/01/19)
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