Muw&Murrue

 07 アルスハイル・アルムリフ
「星を手に入れようとしたぁ?」
「そーだよ。」
 唯一心を許している、若いメイドにムウはむっつりとして言った。
 星を手にしようとして木から落ち、死に物狂いで駆けてきたメイド長にこっぴどく怒られた後の話だ。
「だったら何も、木に登らなくてもよかったのに。」
 落っこちた際に、地面に手をついて捻挫をした。その手首に包帯を巻きながら、呆れたように言われて、「俺もそう思った。」とムウは視線を泳がせた。
「木から落ちて、寝ながら空を見上げたら、すっごい良く見えた。」
「そんなんじゃなくても、星を手に入れる方法はあるわよ。」
 はい、できた。
 ぽん、と手をたたかれて「いってぇ!?」と飛び上がる。そんなムウにけらけら笑いながら、メイドはカーテンの引かれた大きな窓へと歩み寄った。
「ほうら、ぼっちゃん。見てごらんなさい。」
「え?」
 いってーな、乱暴者。
 頬を膨らませるムウは、電気を消して開け放たれた窓の向こう、テラスに出て空を指差すメイドを見た。手まねきされて歩み寄れば、満点の星空が、周りにある雑木林の向こうに燦然と輝いていた。
「明日ね、数十年に一度の流星群があるのよ。」
「・・・・・・りゅーせい?」
「流れ星のこと。大量にね、降ってくるのよ。」
 ロマンよねぇ。
 ほう、とため息をつくメイドを見上げ、ムウは唇を尖らせた。
「おまえでもそんな乙女チックな事いうんだな。」
「まあね。」
 それに、メイドはにやりと笑うとムウの髪の毛をくしゃりとした。
「私もさぁ、だいぶお金もたまったし、そろそろ恋人の所に行こうとか思ってるわけよ。」
「やめるの?」
 思わず顔を上げれば、メイドは空に手をのばして気持ちよさそうに笑った。
「まあ、ね。」
「・・・・・・・・・。」
 凍りついたように彼女を見上げるムウに、視線を落とした彼女が「ぼっちゃんと過ごした日は充実して楽しかったよ。」といつものように、飾らない笑みを見せた。
「明日の流星群、あいつもどっかで見てると思うんだよ。十数年前の、まだちっこい子供のころに一緒に見たからね。そんときにさ。次に降る時には一緒になろうって、子供みたいな約束。」
 坊ちゃんと同じくらいの歳だったけどさ。なんか腐れ縁で結婚できそうな感じなわけよ。
「・・・・・・・・よかったな。」
 なんとなく、ここで「やめないで」と駄々をこねるのは男らしくない気がして、ムウは奥歯をかみしめたままそう告げた。
 それに、少しだけ寂しそうな顔をして、メイドが笑う。
「きっと、坊ちゃんの大事な人も、見ると思うよ?明日の流星群。」
「ほんと?」
「ほんとほんと。どっかの国で可愛い女の子が、星空見上げてさ。私の王子様を教えてください、ってさ。」
「そうかな。」
 半眼で睨むも、楽しそうにメイドは笑う。
「おうおう、私が言うんだから本当だ。」
 だから、明日は一緒に星を捕まえましょうね?
「降ってくるんだから、一個くらい掴めるはずってね。」
 にやっと笑うメイドに、いくらか笑顔を取り戻したムウは「うん」と素直に笑うと、広大な夜空を見上げた。

 繋がっているこの空の果てに、居ると思うとうれしくなる。
 手に入れた星を、渡したいと願う相手が。




「るーせいぐん?」
 首を傾げるマリューに、彼女の母はにっこり笑った。
「そうよ。」
「おばーちゃんちからみえるの?」
「ええ。」
 にこにこ笑う母と一緒に汽車に乗り、暮れていく空を見ながらマリューは目を輝かせた。
「それって、にゃがれぼし?」
「そうよ。」

 うわーい、やったー!まるーね、いっぱいおいのりするよ!

 うれしそうに、列車の椅子で足をバタバタさせるマリューに、彼女の母はにこにこと笑い続ける。

「マリューは何をお願いするの?」

 きらきらひかるー よじょらのほしよー

 うきうきと楽しそうに歌うマリューはその言葉に、「うんとねー。」とうっとりしたように笑った。

「まるーのおうじしゃまをおしえてください、って」
 なるべくおかねもちがいいにゃー。しょしてね、としうえがいい。

 にこにこ笑うマリューのセリフに「お金持ちが第一条件なのね・・・・。」と母親は遠い眼をする。

 いつの間にこんなにおませさんになったのだろうか。

「いいひとみちゅけて、けっこんしゅるんだー。」
 くふふ、と笑うマリューが、あんまり嬉しそうだから、母親もうれしくなって小さく笑った。
 きらきら星を再び楽しそうに歌うマリューに、彼女はそっと目を細めるのだった。




「あ、流れ星。」
「どこ!?」
 オーブの軍港に泊まっているアークエンジェル。そこから降りて夜空を見上げていたマリューは、ムウが指差した方角を見た。
「どこ?どれ?!」
「必死だな、マリューさん。」
 笑いをかみ殺すムウに、マリューは「だって。」と頬を膨らませた。
「私、昨日の流星群、見られなかったんだから。」
 昨日がピークだったのに・・・・・。

「ま、今日も見れるからいいだろ?」
 笑いながら二人はまた夜空を見上げる。なんとなく、距離を詰めるように手を繋いで。

「子供の頃、こやって空、見たっけな。」
「そうなの?」
「ああ。メイドの一人にさ、すっげー気さくな奴がいて。ガキの頃、星を一緒に見た時にさ。結婚を約束した男と、幸せになるんだーって言ってるの聞いて、なんかうらやましかったな。」
 俺も星に誓うとか、やりたかったなぁ、なんて。

 ちらっとマリューを見る男に、彼女は涼しい顔をした。

「で、それからそれを口説き文句に使うことにしたのかしら?」
「厳しいねぇ。」
 笑いながら、ムウは再び空に視線を戻す。
「でもさ。まあ、確かに?口説き文句としてはいいかなと思ったけど。」
 ベタすぎるっつーかね。
「もてる人の発言は違いますわね。」
「・・・・・・なんか。本当に大事な人に使おうとか、俺の中で思ったわけよ。」
「・・・・・・・・。」
 自分を見つめる女に、男はいっつもは自信たっぷりなのに、今日は妙に照れたように笑って見せた。
「というわけで、マリューさん。数十年に一度の流星群に願ってもいいでしょうか。」
「何をですか?」
 笑いをかみ殺して告げられて、ムウは彼女の手の甲に口づけを落とした。

「次にこれを、家族でみましょうって。」

 きらりと落ちた流れ星。それを目にしてマリューはこっそり祈る。

 今のセリフが次の流星群の時も、その次の流星群の時も聞けますように、と。










アルスハイル・アルムリフ…アラビア語。誓いあった星という意味をもつ帆座の星。

(2006/01/19)

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