Muw&Murrue

 06 未来から届いたナシラ
 ふわりふわり。
「あ?」
 目の前にあるアークエンジェルの廊下を、ひとつの影が曲がった。その時、ムウの目についたのは、金色の髪だった。
「誰だ?」
 思わず声をかけて、足早に目の前の通路を折れると、明るい色の、ひざ丈のワンピースを着た少女がふわりふわりと金色の髪をなびかせて歩いていた。

「おい!」
 眉間にしわを寄せて声をかけると、くるっと振り向いた少女がちょっと驚いたように眼を見張った。
「なにやってんだ、お前?どっから入った!?」
 ここは戦艦で、場所はオーブの軍港だ。こんな少女が適当に歩いていて迷い込む場所ではない。
 一体誰が連れてきた!?とつかつかと少女に近寄れば、ぽかんと口をあけてムウを見上げていた少女は可愛らしく首をかしげた。
「おとーさん?」
「はあ?」

 ぎょっとして身を引くと、「ああ、やっぱりおとーさんだ。」と少女はほっとしたように溜息をついた。

「え?」
「リューナ、道に迷っちゃってさ。なんかエレベーターみたいなのに乗ったら、全然知らないところに来ちゃって。でもおとーさんが居るってことは、ここアークエンジェルでしょ?」
 よかったよかった。

 一人でにこにこ笑う少女に、ムウは「ちょっとちょっとちょっと!」と慌てて打ち消すように告げた。
「何言ってんの?お前。」
「だから、道に迷って」
「そじゃなくて!おまえ・・・・・今、俺をおとーさんとか言ったか?」
「そうだけど?」
「・・・・・・・・・。」
 顔に傷のある男は、しげしげと少女を見た。

 似たような経験をムウは一度していた。

 それは、二年ほど昔になるが、「アレン」と名乗った青年がふらりとアークエンジェルに舞い込んで来たことがあったのだ。
 彼はこう言った。
 自分はあんたの息子だと。

 その二年後に、これまた自分を「父」と呼ぶ小さな少女が迷い込んでいるのだ。

(一体俺の周りにはどんだけ不可思議現象が起きるんだよ、ええ!?)

 だらだらと嫌な汗を脇にかきながら、不思議そうに自分を見つめてくる少女に「あのな。」と震える声をかける。

「おまえ、兄ちゃんとかいる?」
「何言ってんの、おとーさん?」
「いや、ちょっと・・・・・とーさん、記憶がたまにあやふやになるんだよ、うん。」
「ああ、せんそーのこういしょうってやつでしょ。」
 心底気の毒そうな眼差しを向けられて、いったいどういう認識を娘にされているのだろうかと、ムウは呆れたような顔をする。
「いないよ。リューナにお兄ちゃんは。」
「え?」

 あれ?じゃあ、あのアレンとかいう青年は何者だ?

「その代り弟がいるじゃん。アレン。」

 ああ、あれがおとうと

「って、ええええええええ!?」
 思わずのけぞるムウに、逆にリューナがびっくりしている。
「な、なに?アレンはあたしの弟じゃん。」
 あんなお兄ちゃん欲しくないよ。

 何気にさらっと酷いことをいう娘をしげしげと眺め、ムウは一人混乱した。

(二年前に会ったのが、こいつの弟?だってアレンって・・・・今のキラくらいだった気が・・・・・。)

 そこまで考えて、もしかしてこのちびっこは、あの時アレンが居た時間とは違う時間から来たのかもしれない、とはたと思い当たった。
「大丈夫?おとーさん。」
「え?あ、まあ・・・・・。」
 もしかしてこれは夢なのか?
 思わずムウは、自身のほほを引っ張ってみた。
 ただむやみに痛いだけだった。
(なんだこれ?なんで俺の周りばっかり、こんな時間がゆがんでるわけ!?)
 混乱する頭のまま考え込んでいると、不意にリューナがくすっと笑った。
「?」
 そのままくすくす笑い続けるリューナに「何?どうかした?」とムウはしゃがんで未来の娘に目を合わせた。
「だって、おとーさん、ハトにビームレーザーくらわされた顔してる。」
「・・・・・・・・。」
 なんかいろいろ間違ってないか、それ。
「まあいいや。これ、おかあさんから持ってってって頼まれたものね。」
「え?」

 不意に「お母さん」の単語が出てきて、ムウはぎくりと背筋をこわばらせた。
 この場合、「お母さん」はもしかして・・・・・。

「はい。」
 自分の持っていた小さなバックから、リューナは一つの封筒を取り出した。

「これ・・・・・・。」
 真っ白なそれに、リューナはにっこり笑うと、「渡したからね。」と走り出した。
「ちょ」
「じゃ。」
 そうそう、今日の晩御飯、ピザ作るって言ってたから、必要ならタバスコ買ってきてってさ〜。

 ばいばい、と手を振って、再び廊下を走りだしたリューナを、慌てて追いかけ、軽やかに彼女が曲がった角を急いで曲がる。
 だが、そこには誰もおらず、しんと冷たい居住区の廊下が続いているだけだった。
「・・・・・・・・。」
 ハトにビームレーザーをくらわされたような顔をして、ムウはその場に立ちすくみ、渡された封筒にはっと視線を落とした。

 確かにそこには真っ白な封筒がある。

 恐る恐る封を切って、中の手紙を取り出し、ムウは数度、目を瞬いた。





「ただいま〜。」
 途中で旧友のアカネと、満足するまで遊んで帰ると、すでに時刻は5時を過ぎていた。
「お帰りなさい。ちゃんとお父さんに手紙渡したの?」
「うん。」
 どたばたと洗面台に向かい、丸いふみ台を取り出し手を洗う。
「おやつ残してある〜?」
「もう晩御飯でしょう?ないわよ、おやつなんか。」
「えー。」
 ぶーっとほっぺたを膨らませるリューナはお皿を出しているアレンを見て、一瞬で「自分もやらなきゃ怒られるな」と悟った。
 キッチンから、ピザの焼けるいいにおいがしてくる。
「タバスコのこともちゃんと言った?」
「言った〜。」
「おねいちゃん、たばしゅこってなに?」
 尋ねるアレンに、リューナは「知らない。」とあっさり答えた。
「なんか、必要なものらしいよ。」
 リューナもどんなものか知らないんだけどね。
 肩をすくめるリューナに、アレンはいったいどんなものだろう、と期待のまなざしを玄関に注いだ。不意に感じた妙な感触。
 リューナもそれに反応して「お帰り!」とドアが開くのと同時に叫んだ。
「ただいま〜。」
 お帰りより後に、「ただいま」を言いながら、苦笑した一家の主が入ってくる。途端、アレンが走り出した。
「おとーしゃん、たばしゅこってにゃに!?」
「・・・・・・タバスコ?」
 首をひねる父親に、「かってきたんだよね?」とアレンが輝く瞳を向けた。
「なんで?」
 それに、目を瞬いた父親が答える。とたんリューナが「えー、言ったじゃん。」と頬を膨らませた。
「今日ピザだから、タバスコ要るなら買ってきてって。」
「はあ?」
 つか、今日ピザなの?
 振り返れば、母親が驚いた顔で大皿を持ってリビングにやってきた。
「ええ。リューナから聞かなかった?」
「リューナ言ったもん!タバスコ買ってきてって!!」
「?」
 電話でもしたのか?と自分の携帯を確認する父親に「会いに行ったじゃん!アークエンジェルに!!」とリューナはますます頬を膨らませた。
「アークエンジェルに?」
「手紙、貰わなかった?私がリューナに持たせたんだけど。」
 いう自分の妻に、「手紙?」と夫は首を傾げ「渡したもん!!!」と涙眼で訴えるリューナに、父親はしばし考え込んだ。

 そして、やおら「あああああああ!!!!」と叫ぶと、大急ぎでカレンダーを見た。
 日付を確かめる。

「そうか・・・・・あれ!」

 言うが早いか、リビングを出ると、廊下の先の寝室へと向かう。がらくたが突っ込んである押入れの箱を引っ張り出し、ドアの隙間からのぞく三つの顔に満面の笑みを見せた。

「手紙って、これのことか!?」
「え?」

 いくらか黄ばんだ封筒をひらひらする父親に、リューナは眉間にしわを寄せた。
「もっと真白だったよ・・・・ていうか、なんで押入れ?」
 首をひねるリューナに、父親は「そうかそうか・・・・今日か。」と何度か頷いたのち、自分の大切な家族に笑って見せた。
「これな。確かに受け取ったよ、リューナ。」





「えー・・・・・と、劇「サムライと7人の小人と15人のお姫様」の招待状????」

 日付は遠い未来で、場所には小学校の名前が記載されている。
 出演者の中に「リューナ」の名前を見つけて、ムウはしばらく穴があくほどそれを見つめた。
 やがて、小さく笑うと大事そうにそれを胸のポケットに押し込む。

「ずいぶん遠い未来からのお便りだな。」

 招待状の他に、画用紙で作った小さなメッセージカードが付いていて、そこにはこう書かれていた。


 おとうさん、しんでもきてください

「しかも脅迫かよ。」

 笑いながら、ムウは殺風景な廊下の先をじっと見つめた。
 なんだかその先にはほっと温かい場所があるようで、妙にくすぐったい気持になりながら。











ナシラ…アラビア語。喜びの便りという意味をもつ山羊座の星。

(2009/01/19)

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