Muw&Murrue
- 05 アクアリウスが零した涙
- デュランダル議長の踊らされ、その短い生涯を閉じた、ミーア・キャンベル。彼女を見送って、ラクス・クラインはきつく唇をかみしめた。
先の大戦で、自分は学んだはずだった。大切な人がいなくなってしまうことが、どれだけ辛いことかを。
だから、それが嫌で、自分が先頭に立てば、それだけ失って悲しく思うことが多くなると思ったからこそ、キラとともに地球で平和に穏やかに暮らしたく思ったのだ。
それなのに。
自分が身を引き、誰かを失うことを恐れたために、こうして目の前の少女は自分の夢とはかけ離れてしまった場所で死ななくてはならなくなったのだ。
ラクス・クラインとは一体なんなんだろうか?
この疑問が、数日間ラクスの胸の中を嵐のように吹き荒れていた。
ここに眠る少女の人生と引き換えになるほどの、そんなに偉く、尊い存在だとそういうのだろうか。
きつく握り締めた両手が、ますます白さを増し、ラクスは全身の痛みに耐えるように、立ち尽くす。
こんなのは嫌だ。
こんな・・・・自分の所為とも言えない場所で、独り歩きした「ラクス・クライン」が人を殺していくなんて。
こんなのは絶対に嫌だ。
耐えられず、くるりと身をひるがえして歩き出すラクスの肩に、ふわりと温かいものが触れた。
はっとして振り返れば、そこにはいつもと同じ、紫暗の瞳に悲しげな色を湛えたキラが立っていた。
「それでいいと、そう思ったのよ。」
艦長室で、マリューは悲しげな眼のままソファーに座り込んでいた。その隣に腰をおろしたネオは、だまって彼女にマグカップを差し出す。
受け取った温かさが、マリューの心のやわらかな部分にじんわりと沁みた。
「彼女も、キラくんも、その身に受け止めきれないくらい重たいものを背負っていたから。」
それを背負わせてしまった一端に自分がいることを、マリューは意識せざるを得なかった。
だから、彼らがただ静かに暮らすことを求めても、異存はなかったのだ。彼らはまだほんの子供で、受けた傷は細身に似合わぬほど大きかったのだから。
「でも、それが・・・・・。」
アークエンジェルの廊下で、肩を震わせて泣くラクスの姿を思い出し、マリューの胸が痛んだ。彼女を支えるキラもまた、悲痛で、悲しそうだった。
そうだ。いつでも自分はこの二人を見てきたのだ。
この二人に、子供らしい幸せな未来があればと。
「何がいいのか、何が悪かったのかは、後になってみないと、わからん事が多いからな。」
呟かれたネオの言葉に、マリューはのろのろと顔をあげた。傷跡のある横顔の、その空色のまなざしに暗い影が宿り、ここではないどこかに注がれていた。
「まあ・・・・しょうがないよな。」
「・・・・・・・。」
一体何を見ているのだろうかと、マリューは彼の目をのぞき込みたい衝動に駆られる。だが、言ったところで彼が話してくれるとは思えなかった。
自分と彼の間にある、なんとかして埋めたいと願う距離。
彼が自分の手の届かない所に行ってしまいそうで、マリューは己と彼の間にある、微妙な立場を忘れて、彼の袖を引っ張った。
はっとして、ネオが振り返る。
ようやく注がれた、青い瞳は、いつもと変わらぬ色を宿し、見えた影は消えている。
それがまた、悲しくて、マリューは彼の袖をつかんだまま俯いた。
「でもまあ。」
先ほどの沈んだ声とは打って変わって、やわらかく穏やかな声が耳朶を打った。壊れ物に触れるように、そっと彼の指先が、マリューのほほに触れる。
ムウとは違う、感触。
「引き戻してくれるものがいれば・・・・いや、一緒に戦えるものがいれば、きっと後悔なんかしないんだろうさ。」
顔をあげると、ネオの珍しい笑顔がそこにあった。
自信にあふれた笑み。
マリューの識っている笑み。
「過ぎちまった時間があって、結局ここにいるんだ。あの時に戻ったって、きっとそれ以上の選択なんてできないだろうからな。」
それを踏まえた上でここにいるんだ。
「あのお姫さんも、坊主も。背負ったものに負けない力がある。」
そして、泣ける時に泣ける相手がいるだろ?
俺も、そうだからさ。
「・・・・・・・・。」
マリューの肩に、額を預けるネオを、恐る恐る抱えて、マリューは目を閉じた。
「泣きたい時って、あるの?貴方にも。」
「あったよ。」
背中にまわされた手に力がこもり、マリューはきゅっと彼を抱きしめた。
「あったし、あるよ。」
たぶんこれからもたくさんな。
告げるネオの声を聞きながら、マリューはお互いを支えるように抱きしめる手に力を込めた。
少女が流した涙と、少年が堪えた涙と、零すことを厭った涙と、これから流そうとする涙と。
それを全部笑顔に変える時を作ろうと、マリューはひそかに願うのだった。
アクアリウス…ラテン語の英語読み。水瓶座。(2009/01/19)
designed by SPICA