Muw&Murrue
- 04 サテライトから見下ろして
- ラクスを護衛して入港したプラントの港。混乱した情勢と、手続き上の問題があり、本国に降りることはすぐにはできなかったが、疲れ切ったクルー達は、与えられたささやかな休暇で、プラントの周りにある小さな施設をめぐることを許された。
実験用の施設であり、一つ一つが独立した形態をとっている。
たとえば、海を研究している施設では、施設内すべてが海で、巨大な水槽のようであり、また一つは砂漠の研究所で、すべてが砂漠であったりと、宇宙にある人工大地であるプラントに様々な、地球と同じ環境を作り出すための研究が日夜されているのである。
その中で、数基あるのが、試験運用段階の施設だ。巨大なプラントのプロトタイプと呼べるそれは、今後どのようなプラントを作り出すのか、その前段階として、人が住み、改良点を日夜さがしているというものである。
その一つに降り立ち、ミラーパネルが作り出す光と、巨大なワイヤーで仕切られた空を眺めて、マリューは溜息をこぼした。
風もあり、雲も流れゆくそこは、人間の英知が作り出した人工大地だとは思えない。
足元でそよぐ草も、目の前に広がる海も、後方に続くなだらかな丘も、全部が作りものだなんて。
「ここから、地球を眺めたら変な気がするんでしょうね。」
隣に座り、ステンレス製のポッドからお茶を注いでいたムウは、「なんでさ?」とやわらかな青色の瞳をマリューに向けた。
「どっちが地球か、わからなくなりそうだから。」
草の上に敷かれたシートの上に腰をおろして、マリューは自分の髪をなでていく風に目を細めた。
「そうか?どんなに頑張って地球に近づけても、所詮はまねごとだと思うけどな、俺は。」
はい、とカップを渡され、傍にあったバスケットから昼食を出していたマリューは「そうだけど。」と受取り、語を濁す。
「それでも、ここまで快適だと、それでいいと思うんじゃない?」
眼下に地球が見えても、きっと「ここでいい。」とそう思うのではないだろうか。
「ま、地球じゃ予定された気象や自然災害、なんてもんはないからな。管理されて、穏やかな暮らしを望むのなら、ここは楽園だろうさ。」
「・・・・やけに突っかかるわね。」
じとっと半眼でいえば、「そうか?」とムウは肩をすくめて見せた。
「ま・・・・・そうなんだろうけどさ。」
「何がよ。」
「んー?いや・・・・幸せに平和に穏やかに、そうやって生きるのが人間の理想だって話。」
けどさ、とムウは目の前に広がる決められた水量の、決められた広さの海を前に遠い眼をする。
「確かにここは平和で、自然の脅威が薄いけどさ。それ以上に、地球とは比べ物にならないくらい、もろい場所だと思わないか?」
地に足をつけて生きている、とは言えない場所だとそう思う。
「あのガラスが壊れたら、あのワイヤーが切れたら、あのエレベーターがなくなったら。人はここでは生きていけんだろ?」
地球が破壊されるのとは、訳が違う。
人が作り出したものだからこそ、壊れやすいとそう思う。
「まあ、そうでしょうけど・・・・。」
カップの中身に口をつけながら、マリューはいう。
「じゃあ、あなたはプラントでは暮らせない?」
「・・・・・・・・・。」
『空』を見上げて、ムウは目を細めた。
「そーだな・・・・。」
そして、やおらマリューのほうを見た。彼の返答を待っていた彼女と目が合う。
「俺もさ、ずいぶん遠回りして、回り道して、ここに辿り着いた口だからさ。」
平和で、穏やかで、予定調和の中で生きてもいいかなって気もしてる。
「・・・・・・・。」
風になびく髪を抑え、マリューは黙ってムウの顔を眺めた。それに、男はふと、えらくかっこよく笑うと、彼女の髪の毛を一房手に取り、口づけた。
「それに、マリューがいれば、俺はどこでも住める気がするよ。」
足元がおぼつかなくても、荒れ狂う海が目の前に広がっていても、広大な宇宙に浮かぶ人工の大地でも、Nジャマーの所為でエネルギー供給が追い付かない星でも。
隣にいるこの人がいれば、どこででも幸せになる自信がある。
そう言って笑うムウに、マリューは噴き出した。
「何を言い出すかと思ったら。」
そんなこと?
「駄目だった?」
笑うムウに、マリューはしょうがないわね、と寄りかかった。
「いいえ。私も。」
自分に回される腕と、寄りかかった胸板。狭い狭い、その触れあえる空間が、ひょっとしたら何よりも一番重要なものなのかもしれない。
そう思うから、彼女はそっと目をつむって答えた。
「あなたが、私の大地かもしれないわね。」
サテライト…英語。衛星、人工衛星、従者などの意味。(2009/01/19)
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