Muw&Murrue
- 02 スターゲイザーは夢を見る
- 背中に鈍い衝撃を受けて、少年は目を瞬いた。ちかちかと目の前に星が散り、さっきまで、首が痛くなるほど頭を反らして見上げていた空が、今では楽に見上げることができる。
「坊ちゃま!?」
鋭い悲鳴のような声が夜の空気を切り裂いて、目の前に散っていた星が消え、今度は銀色の小さな星が空いっぱいに広がるのを、少年は興味深げに眺めていた。
「ああ、なんだ・・・・・。」
息を吸い込むと、なぜか苦しくて咳が出た。ずきずきと背中が痛い。それでも、少年は天に向かって手を伸ばした。
「最初っから、こうすりゃよかった・・・・・。」
木に登って、星を取ろうとした少年は、可笑しくなって盛大に笑いだした。
なんだ。
あんな風にしなくたって、こうしていればほら、空から星が、今にも落ちてきそうじゃないか。
夜の帳が落ちる、広いけれどなぜか狭いその庭で、ムウ・ラ・フラガ少年は声を上げて笑い続けた。彼が木から落ちるのを偶然見ていたメイドが、必死の形相で駆けてくる。
たぶん、己の間抜けさに笑い転げるムウが、落っこちた衝撃で気でも触れたのだろうと思っているのだろう。
たった一人の跡取りに、何か重大なな「欠陥」でも出来たら大変と。
教育係のマーヤに折檻されると、恐れているのだろう。
(余計な御世話だよ。)
手を伸ばし、少年は銀色の星をつかむ真似をした。
夢なのだ。
あの銀色の瞬きを手に入れるのが。
木に登る己の息子を見て、ムウ・ラ・フラガは嫌な予感がした。空は茜色で、東には一番星が光っている。
ましろいそれを、憑かれるようにして見上げていた己の息子。小さな腕を目一杯伸ばして真剣に跳ね跳んでいたのは、ついさっきのことだ。
それから、庭にあった竹箒を取り上げ、天をつつく真似をしていた。
そして、これが最終手段なのだろう。
「アレーン!」
己の登れる限界ぎりぎりまで、必死の形相でよじ登ったアレン・フラガはついに枝から身を乗り出して、すぐそこに瞬いているように見える星に、手をのばしていた。ちょいちょい、と空を切る、小さな手を眺めていたムウは、可笑しさと叱責をこめて声をかけた。
びくり、と少年の背中が震え、「まずいところをみられた。」と顔をゆがめたアレンが、ひし、と木の幹に抱きついた。
「なにもしてないよ」
怒られると悟り、少年はか細い声で言う。
「ただおかーしゃんにあれあげよっておもっただけだよ。」
「あれって?」
「おほしさま。」
うろ〜っと目を泳がせるアレンに、ムウは思わず噴き出すと、「んなことしなくてもとれるぜ?星。」といたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「だから、ほら、降りて来い。」
「何してるのかしらね?」
サラダのボールを食卓に乗せたマリュー・フラガが、狭いけど十分に広い庭の芝生に寝っ転がってぶらぶらと手を伸ばす夫と息子に首をかしげた。リビングの大きな窓から身を乗り出していた娘のリューナがうずうずした様子でマリューを振り返る。
「おかーさん、リューナもやってきて良い!?」
「・・・・・・もうご飯なんですけど。」
半眼で睨まれるも、リューナは頬を膨らませて「やだ!リューナもやる!」と短く叫んで裸足のままてぇい!と庭に飛び降りた。
「なにしてるのーっ!?」
たたたた、と芝生の上を走り、ごろん、とそのまま遠くまで転がりそうな勢いでリューナが芝生に寝転んだ。
「アレンがな、星、とるんだって。」
「えー!?リューナもやる!」
「おとうしゃん、あみつかっちゃだめ?」
えいえい、と空に手をのばして手をにぎにぎしていたアレンが、不満そうに頬を膨らませるのに、ムウは生真面目な顔をした。
「お父さんがとったのは手だったからな。手じゃないと駄目だな。」
「おとーさん、星とったの!?」
驚いて目を丸くする娘に、ムウは自慢げに胸を張った。
「ああ。とびっきりきれいなのをな。」
ね、マリューさん?
かすかに頭を上げて笑う夫に、マリューは呆れたように溜息をついた。
「それはそれは。御苦労さまで。」
告げて笑いながら、マリューは窓辺に座り込むと寝っ転がる三人を見つめるのだった。
スターゲイザー…英語。星を見つめる人、天文学者、空想家などの意味。(2009/01/19)
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