Muw&Murrue

 01 二人を繋ぐアルレシャ
 三十分前。十五分前。十分前。五分前。一分前。
 三十秒前。十五秒前。十秒前。五秒前。三秒前。二秒前。一秒前。0.1秒前。

 0.000000000・・・・・・・


 時を引き伸ばし、隙間の隙間へと落ちていく。刻む事のできない、人では認知することのできない、一秒の半分の半分の半分の半分の・・・・。
 自身の動きがスローモーションになり、永遠に続く一秒を体感できれば。
 人間とは違う、時間の流れを生きていれば。

 生きていれば。

(もっともっともっともっと。)
 一日を大切に生きることができたのに。


 毛布にくるまって、マリュー・ラミアスは考える。傷つき、ぼろぼろになった戦艦の一室で、冷たいシーツに身を横たえて、響く微かな何かのモーター音をBGMに、眠りに落ちそうになる脳裏で、こんこんと考える。
 この一秒が、細切れになれば。
 そして、一瞬で通り過ぎていくこの瞬間を、もっともっと長く長く享受できれば。

 楽しいことが終わるのが早く、嫌なことは永遠に続いていく。

 人間の心情が時間の感覚を均一なものとしてとらえることが出来ないのなら、なぜ人は、楽しいことはずっとずっと長く、苦しいことはあっという間に終わっていくように感じるように、己を制御できないのだろうか。
 それが出来ないのなら、なぜ人は、均一に時間をとらえることが出来ないのだろう。

 そうすれば、こんなにも心を悩ませることもなかったのに。

 あの時。
 自分の愛しい人が、自分のいる場所の真正面に立った時。

 一瞬ののちに、光がはじけたとき。

 彼女は思ったのだ。今この瞬間の、0.00000000・・・・・・秒前には、彼は確かにこの世に存在して居たのだと。ほんのちょっと。人が感知できない隙間の隙間の、もっともっと細かい、本当にちょっと前には。
 時間を距離に置き換えたなら、もう本当に、傍から見れば触れているといっても過言ではないところに、彼は確かに居たのだ。
 なのに、ばっと、一瞬で。0.00000000・・・・・秒後には、あっという間に。

 彼の存在は掻き消え、彼を護っていたものだけが、虚無の広がる空間に放り出されていたのだ。

 何故だろう。
 なぜ、彼はいなくて、彼とともにあった鉄の塊だけが0.00000・・・・秒後の世界に存在するのだろう。
 この隙間の細かい、人では感知できない刻んだ時間の、辿り着けない果てで何があったのだろう。
 なぜ人は、そこに潜り込んで、何があったのかを知るすべを持たないのだろう。

 どうして、あっという間に、彼と居た時間が過ぎてしまうのだろう。後に続く時間はこんなにも長く、恐ろしいほどゆっくりに「感じる」のに。
 目を閉じて、マリューは考え込んだ。こうしているうちにも、彼との時間の距離はどんどんどんどん遠くなるのだ。
 一分。十分。十五分。三十分。一時間。十二時間。一日。一か月。半年。一年。五年。十年・・・・・。

 遠く遠く、彼の居た場所にいながらも、遠のいていく。
 彼と繋がっているはずの時間が、どんどん伸びていく。端にいる自分はどんどん遠ざかり、やがて彼が見えなくなるのだ。

(なんでこんなこと・・・・・。)
 じわりとあふれた涙が、暖かく頬を滑り、何度目になるかわからないほど、彼女は一人で静かに泣いた。
 高ぶった神経が疲れて、糸が切れるように睡魔が襲ってくる。

(いやだ・・・・・また・・・・・彼から遠くなる・・・・・。)

 日が過ぎれば過ぎるだけ、彼から遠くなるのだ。
 それが嫌で、彼女はきつくシーツを握り締めた。

 それでも、彼女は意識を手放さざるを、得ないのだ。
 そうしないと、己自身がまいってしまうこと、本能は識っているのだ。


 そうして、彼女は夢を見た。

 自分から伸びていく、紅色のリボンの夢を。
 綺麗な夕焼け色をした、時間のリボン。
 マリューはすがるように手を伸ばし、目に見えないリボンを握り締める。
 長く伸びるそれは、彼女を導くように見えない未来へと繋がっていた。
 やわらかな光が前方で、まるで水の中から水面を見上げたように、ゆらゆらきらきら揺れていて、マリューは妙に暖かな気持ちでその先を眺めていた。

 あの先に、自分はたどり着くことができるのだろうかと、そんなことを考えながら。



 そして時は刻まれていく。

 一秒。五秒。十秒。三十秒。一分。十分。十五分。
 一時間。十二時間。一年。一か月。半年。
 一年。

 長く長く伸びていた、紅色の時間のリボン。それが、緩やかに彼女を導いていく。引っ張られるように、彼女はたどり着くのだ。天から延びた「時」のそれが、結びつけた、もう一つの時間に。

 それは戦場で、破壊の限りが尽くされた雪の降る町だった。
 艦に飛び込んだ通信を頼りに、マリューが吐く息も白く、町の石畳に足を下ろす。
 示唆された場所に、走る。
 靴音だけがなぜか、爆音にまぎれることなく耳に響いた。

 それが、秒針の音に似ていて。
 近づく時が、刻む。ゼロに近づいていく。

 一分前。三十秒前。十五秒前。十秒前。

 9 8 7 6 5 4 3 2 1

 金色の鈍い光が、冬の暗い日差しを受けて光り、漂う爆煙の果てに、マリューは佇んだ。
 大地に放り出された存在に、息を切らした彼女が力一杯目を見開いた。
 時間がスローになり、マリューは己の心音がひどくゆっくりになるのを聞いていた。

 かちりと針が動く。
 刻まれる、ゼロ。

「これ・・・・・は・・‥・。」

 転瞬。
 ゼロからまた、時間が動き出した。

 かちりかちりと、一秒ずつ。
 人間の気など知らず、正確に。狂わずに。

 かちり、かちり、かちり、かちりと。








アルレシャ…アラビア語。ヒモという意味をもつ魚座の星。

(2009/01/19)

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