Muw&Murrue
- 10 濡れた眼差し
- よろりら。
「?」
アークエンジェル艦長室。そこのロックが当然の如く解除され、そのコードを知っている、二年ぶりに「帰ってきたばかり」の人間の到着かと、何気なくパソコンから顔を上げたマリューは、入り口につかまってよろけた人物に目を見開いた。
「ムウ?」
「あ、ただいま。」
ふわり、と顔を上げた彼はいつもの如く軽い笑顔をこちらに向ける。
向けるのだが。
「・・・・・・・・・・・。」
依然、ドアに手を掛けて、身体を半分倒したままの状態でいるので、彼女は眉間に皺を寄せた。
「どうしたの?」
「ん?んー・・・・なんか・・・・・。」
なんか?
「具合悪いかも・・・・・。」
・・・・・・・・・え?
その瞬間、ずるずると崩れ落ちるように入り口の前に座り込んだムウに、マリューは悲鳴にも似た声で名前を呼ぶと、弾かれたように席を立って彼の元へと駆け寄った。
「なんで熱が39度もあるんですか・・・・・・。」
「さあ・・・・・・。」
ムウが倒れました、というマリューの連絡を受けて、駆けつけてきた軍医は、あっさりと「風邪ですね。」と言い切った。
浅い呼吸を繰り返し、ぐったりしている長身の成人男性を、医務室、もしくは彼の部屋に移すのは一苦労なので、相変らず彼は艦長室のベッドに横たわっている。
よくここまで運べたもんだと、女の細腕を見上げていたムウは、べし、と額を叩かれて視線を上げた。
恐い顔をしたマリューが、自分の事を睨んでいる。
「体調管理くらい、しっかり出来なくちゃいっぱしの士官とは言えないと、そう言ったのはどこのだれでしたっけ?」
語調が厳しい。熱に浮いた頭で「あー、こうやって眉吊り上げてるマリューさんも可愛いよなぁ。」なんてろくでもない事を考えていたムウは、力ない笑みを浮かべた。
「そう言うなよ。なっちまったもんはしゃあないだろ?」
「そういう問題じゃありません!!」
「マリューさん、俺病人・・・・・。」
声を張り上げて、顔を寄せてくるマリューの、その美しすぎるアップからどうにかこうにか視線を引き剥がし、ムウはそっぽを向いた。
そのまま、マリューに背を向けるように寝返りをうつ。
「それに、風邪ってことは移るかもしれないだろ?」
あっち行ってろって。
追い払うように、片手を肩の辺りでひらひらさせると、ふう、と短い溜息が聞こえてきた。
「側に付いてますから、何かあったら呼んでくださいね。」
柔らかな響きの声がふうわりと降って来て、ムウは「ん。」と短く返事をする。
薬が効いてきたのか、うとうとしながら、ムウはふと自分が被っているブランケットに上掛け、枕、シーツからマリューの香りがするのに気付き、どきりとした。
(あ・・・・・・まずい・・・・。)
脈打つ心臓に呼応するように、嫌でも変な感情が刺激されて、ムウは慌てて目を閉じた。だが、目を閉じると逆に彼女の香りが全身を包み込むのを想像しないわけに行かず、変に不規則な動悸を抱えたまま、ムウは舌打ちをした。
身体の中のホルモンバランスが崩れかかっている。
(あー・・・・・駄目だよなぁ〜これじゃ・・・・・。)
このまま欲求に火がついても、ムウにはそれを実行するだけの体力に乏しい。
いや、体力がありあまっているとしても、そんな、不可抗力な事で溢れた感情を、相手にぶつけるのは我慢ならない気がしたのだ。
(とにかく寝ちまおう・・・・・・。)
ころ、と寝返りを打ち、なるべく毛布や上掛けに潜らないよう、注意を払って上を向く。籠って暖かだった空気より、いくらか冷たい乾いた空気が鼻から喉をつたい、瞬間、ムウは思いっきり咳き込んだ。
「大丈夫!?」
ムウと距離が有り、なおかつ彼を見ることのかなうデスクに座って仕事をしていたマリューは、苦しそうに咳き込むムウに慌てて席を立った。
シンクに駆け込み、コップに水を汲んで彼の枕元にしゃがみ込んだ。
「わるい・・・・・・。」
枯れた声で告げて、ムウが半分身体を起こしてコップを受け取る。いがいがを飲み下すように、ごくごくと水を飲んで、ムウは溜息を付いた。
目に涙が滲んでいるのが分かる。
(まだ・・・・セキ出そ・・・・・。)
喉のいがいがはまだ取れず、ムウはふと間近で顔を寄せてくるマリューに気付いてぎょっとした。
「だ、駄目だろ、艦長。」
近寄っちゃ。
ぐ、と肩を押すと、「でも・・・・。」と彼女が上目遣いにムウを見上げた。
(い、色んな意味で駄目だろがっ!?)
ちょっとだけ口角の下がった唇が、すねているようだし、見上げる瞳が自分ひとりを映して心配している。
ちゅーしたくなって、ムウはなけなしの理性を総動員して、彼女の肩から手を引き剥がした。
「風邪、うつるから、あっちいってろって言ったろ?」
「そうですけど・・・・・。」
「お水、さんきゅ。」
不安気に歪んだ彼女の顔を見たまま、なるべく平常心を装ってそう告げると、ムウは再びベッドにもぐりこむ。
マリューの香りを取るか。
嫌なセキを取るか。
「・・・・・・・焼き切れそ・・・・・。」
「え?」
ぼそっと呟き、ムウは赤い顔のまま、ばふっと毛布を被ると体温と吐息で湿って暖かくなった空気(マリューの香りつき)の中に顔を埋めて無理やり目を閉じた。
「ムウ?」
甘い声が耳元でして、重くのしかかってくる瞼を、彼はゆっくりと引き上げる。
「なに・・・・マリュー。」
「具合どう?」
彼女にうつしてはいけないと、なるべくマリューの方を見ないようにしながら、ムウは横向きの姿勢を変えずに答える。
「ん・・・・・寝てりゃ治るよ。」
「甘いものとか欲しくない?」
ひやり、と冷たい彼女の手が背後から伸びて、ムウの首の辺りにそっと触れる。
柔らかな手の感触に、ムウは一旦収まりかけていた欲が心の底から首をもたげるのに気付いた。
「いや、いいよ。」
だるいし。
これ以上マリューに触られたら、彼女に何をするか判ったもんじゃない。
「なら、尚の事何か食べないと。」
きし、とベッドが軋む音がして、ムウは彼女がベッドの縁に手を掛けて、こちらを覗き込もうとしているのだと瞬時に読んだ。慌てて彼女の方を振り返る。
「大丈夫だって、マリュ」
そこで、ムウの台詞はストップした。
「これなら・・・・・食べられるでしょ?」
はにかむように笑って、ムウを上目遣いに見上げるマリューは、一糸纏わぬ姿をしていた。
がばっと飛び起き、ムウは壁にびたり、と背中を押し当てた。
「な・・・・・・・・。」
潤んだ瞳が、ムウを見ている。濡れた唇がつやめき、両腕で庇われている胸元から、弾力のある柔らかい塊が、存在を主張していた。
ごっくん、と喉を鳴らし、ムウは裏返った声で言う。
「何してんのマリュー?」
「甘いもの・・・・・。」
ふっくらした彼女の唇が、溶けそうなほど甘い声を出す。
「食べて欲しいなって。」
「あ・・・・・・・甘いもの?」
片頬が引きつる。
「スキでしょ?ムウ。」
はら、と手を解いて、ベッドのスプリングを軋ませて、四つん這いになって上がってくる。
両腕の間から覗く、真っ白な膨らみに、ムウは全身が震えるのを感じた。
やばいやばいやばいやばい!!!
警鐘がわんわんと脳裏に鳴り響き、直ちにこの場を離れろと、理性が指示を出してくるが、ムウの欲望が、それら全部を降伏させていく。
曰く。
マリューから誘ってんだから、乱暴にしてもいいんじゃね?
という事なのだが。
(うるさい・・・・・俺は・・・・マリューにはそういう事じゃなくて・・・・・もっとちゃんと、愛し合うという事を)
「ムウ・・・・・・嫌なの?」
濡れた眼差しで、見上げられて。
「私のこと・・・・・嫌い?」
あああああああ、俺どうすればいいわけええええ!?!?!?
「ムウ!!!!」
ぱしり、と冷たい物が頬に触れて、はっと彼は目を開けた。
目の前に、心配です、とでかでか顔に書いたマリューが居る。
「うわああっ!?」
「痛っ」
思わず距離を取るように飛び起き、ごん、と二人で額をぶつける。
「〜〜〜〜〜なんなのよ!?」
うー、と涙目でムウをにらむマリューに、彼はぜーぜーと肩で息をしながら、状況を把握する。
額を押さえて、頬を膨らませるマリューは、ちゃあんと制服を着ていた。前が開いている事も無いし、スカートの裾が乱れている事もない。
インナーの赤と、雲の白に空と海の青が綺麗な、オーブの制服をきっちり着こなしている。
ゆ、夢か・・・・・・。
どっどっどっど、と重く早く鳴り響く心音を宥めるように数回深呼吸を繰り返し、ムウはぐったりと上掛けの上に上体を伏せた。
「一体どんな夢を見たんです?」
ずーっとうんうんうなされてましたよ?
身を引いていたマリューが、恐る恐る手を伸ばして、ムウの長めの前髪をかきあげる。労わるようなその手の動きに、ムウは弾かれたように顔を上げた。
濡れた眼差し。
「・・・・・・・っ」
先ほどの夢が、奇妙なほどリアルにフラッシュバックし、ムウは大慌てで視線を剥した。
対して、そんなムウの、熱に浮いている(単に欲情しているだけかもしれない)、酷く艶っぽい瞳を見てしまたったマリューは、どきん、と心臓が跳ね上がるのを感じた。
熱い物に触れたように大急ぎで手を引っ込める。
「平常時に見たかった夢を見たよ・・・・俺・・・・・。」
力なく笑い、ムウは彼女を視界から閉め出すように目を閉じた。その仕草に、ぎゅっとマリューの心臓が痛くなる。
微かに曇ったマリューの表情に気付かず、ムウは、彼女にこれ以上触れられ続けたら、熱もだるさも、何もかも吹っ飛ばして、身体が求める欲求のまま走ってしまいそうで、泣く泣く背中を向けて、毛布にもぐり込んだ
「とにかく、俺は大丈夫だから・・・・・。」
乾いた声に、彼女は何かを言いかけて言葉を呑むと、溜息を付いて立ち上がった。
「じゃあ、そちらでお粥でも作ってきますわね。」
「いらない。」
即答されて、簡易キッチンへと歩き出そうとしていたマリューが、思わず膨らんだ上掛けの塊を見下ろした。
「お薬飲めませんわよ?」
「なら、自分でやるからいいよ。」
さっきまでの夢が、心の奥底の欲望を煽っていて、これ以上側にいられたら、問答無用で押し倒してしまいそうで、とにかく冷静になる時間が欲しい。
(来るなー、マリュー。)
「無茶なこと言わないの。」
跳ね上がった彼女の声が、ムウの身体にダイレクトに響く。そんな声を今ここで出さないでくれと、ムウは必死に奥歯を噛み締めた。
「マリューこそ、食ってないんだろ?俺に構わず食堂にでも行けよ。」
ぶっきらぼうな彼の台詞に、マリューが眉を寄せた。
「貴方が食べたら行くわ。」
「駄目だ。先に食って来い。」
「い・や。」
「マリューっ!」
とにかくここから彼女を追い出したいムウは、苛立ちを込めて彼女を振り返った。
「な、なんですか!?」
熱に浮いて、目尻に朱が差し、瞳が濡れている彼に、マリューの心臓が飛び跳ねる。
「俺のことはどうでもいいから、さっさと飯食いに」
びり、と喉の奥が引きつって、いがいがを吐き出すように喉からセキが溢れてくる。
刺激する物を無理やり吐き出そうと、反射を繰り返す喉に、ムウは息が出来ず身体を折った。
(あーもーいやっ・・・・・!!!)
腹筋が痛くなりそうなそれを繰り返し、なんとか収まった彼の前に、再びマリューが温めの白湯を差し出した。
「あり・・・・がと・・・・。」
「やっぱり、咳止めの薬飲んだ方がいいわ。」
「・・・・・・・・・・・。」
飲み終えて、はーっと溜息を付くと、マリューがそっとムウの頬に手を触れた。
「今、何か作ってくるから。もう少し我慢しててね?」
「・・・・・・・・・・・。」
ふわっと、彼女の体温と香りが鼻先をかすめ、ムウの脳裏に、一瞬の空白を作る。
「我慢・・・・・。」
「え?」
「出来るわけ無いだろ。」
理性が制止を命ずる前に、手が、愛しい彼女を引き寄せていた。
(うわっ!?)
気付けば、ぽかんと自分を見上げるマリューをベッドの中に連れ込んでいて、ムウはぎょっとした。
「む・・・・・・・・。」
ぱしぱしと、彼女が目を瞬く。
「ムウ・・・・・・?」
枕に広がる髪の毛。シーツに押さえつけられている手。いくらか捲くれ上がったスカートの裾に、無防備に自分を見上げる愛しい女・・・・・。
これがどういう状況で、どうしてこうなっているのか。それらを理性が処理するより早く、本能がムウを突き動かした。
「ごめ・・・・・・。」
「ちょっ!?んっ!?んんっ―――――!?」
突然身を伏せ、唇を塞ぐ。絡まる舌に、マリューは愕然とした。
いつもより数倍、キスが熱い。
「んっ・・・・んう・・・・・ふ・・・・・ん」
どうにか彼の呪縛から逃れようと、胸板を押し戻すが、アンダー越しに触れた感触が熱くて、マリューはどきりとした。
自分の手を握り締めて、シーツに押さえつける手も、熱い。
「ふあっ・・・・・ムウ!」
キスに飽いて、首筋に顔を埋める彼の頬も、肌を愛していく唇も、吐息も、眩暈がしそうなほど熱い。
片手を、マリューの身体の前に滑り込ませ、制服のファスナーを下ろそうとするその動きに、彼女が、儚い抵抗をした。
「だ、駄目です!ムウ!!」
「なんで・・・・・・?」
熱すぎる吐息が耳に掛かり、マリューは「ひゃん」と甘い声を上げる。
「甘いもの・・・・くれんだろ?」
「あ、甘いもの!?な、何言って・・・・・。」
「さっきそう言ってたじゃん。胸にプリン乗っけて。」
そんな夢じゃなかっただろうが。
「そ、そんなこと言ってませんし、してません!!」
「ちょーだい・・・・・マリューさん・・・・・全部・・・・・。」
「ぜっ・・・・・!?」
首筋から顔を上げたムウが、熱と何かに揺れる青い瞳を彼女に向ける。絡まった視線と、紅い彼の頬に、マリューの身体に、ずくんと重い痛みが走った。
「だ・・・・・駄目っ」
「マリュー・・・・・・。」
「だ、だ、駄目だったら!!」
あっ。
制服の前を緩められ、アンダーのファスナーを降ろしてしまう。下着を顕にするマリューの胸元に顔を埋めて、キスを繰り返すムウに、マリューは声を噛み殺して首を振った。
「駄目ですって、ムウ!!!」
「・・・・・・・・・。」
荒いムウの吐息はしかし収まらず、胸元に指を這わせて、きつく肌を吸い上げる。その熱すぎる感触に、とうとうマリューが濡れた声を上げた。
そうして、暫し。
ふるふると身体を震わせながら、唇を噛んで甘いうずきに耐えていたマリューは、枕に頬を押し付けて、顔を逸らしたまま「うん?」と片目を開けた。
確かに、胸元に唇の感触がある。
熱くて、そこからじわりと溶けそうな、そんな感触だ。
ブラジャーが中途半端に押し上げられて、片方だけ胸が顕になり、そこをムウの乾いた手が包んでいるのだが。
ぴくり、とも動かないそれに、マリューは恐る恐る首を巡らせる。
と。
「・・・・・・・・・・・え?」
胸元に、ムウのくすんだ金髪が見える。
「・・・・・・あの?」
つんつん、とその頭を突っついてみるが、返って来るのは。
くーすー。
「・・・・・・・・・・・。」
穏やかな寝息ばかりで。
押し倒され、身体にずっしりと乗っかっている、長身成人男性に、マリューは盛大なため息をついた。
どうやら、熱と欲情とが絡み合った結果、流石のムウも、マリューの胸に顔を埋めたまま、ダウンしてしまったのであった。
緩やかに覚醒してくる。明るいほうへと浮上するような意識の中で、ぼんやりと目を開けると、「おはよーございます。」と疲れた顔のマリューにぶつかった。
「れ・・・・・・マリュー?」
もぞ、と身体を動かすと、自分ががっちり恋人を抱きしめている事実に気が付いた。
ふわあ、と小さな欠伸をして、マリューがぽふぽふとムウの胸元を叩いた。
「で、気が済んだら放してください。」
「え?」
ぎゅっとムウの胸板に手を突っ張り、にらみ上げる彼女に、彼は慌てて腕の拘束を解いた。
「あ・・・・・・えーと?」
頭の中がクリアーで、妙にスッキリしている。
風邪を引いたんだっけ、とぽんと思い出し、ムウは自分の額に掌を押し当てた。
「あ・・・・・・熱なさそうかも。」
ぎし、とベッドを軋ませて身を起こしたマリューが「それは良かったですわね。」と欠伸交じりの声で答えた。
制服の上着は床に落とされて、赤いアンダーが緩んでいる。
「・・・・・・・・・・・・で、えー。」
妙に彼女を抱きたくて仕方なかったのを思い出し、彼女を遠ざけていたはずなのに、とムウは決まり悪く思う。
食事してこい、とマリューに強い口調で勧めたところまで覚えているが、そこから先の記憶がない。
恐る恐る彼女の身体を盗み見ると、胸元に紅い華が咲いているのに、ムウは頭を抱えて寝返りを打った。
そんな彼を、マリューが上から見下ろしている。
「ごめん・・・・・・・。」
とりあえず謝ると、マリューが震えるようなため息を零した。
「別に・・・・いいですけど。」
「でもさ・・・・・。」
再び寝返りを打って、マリューの方に振り返った彼が、言葉を選ぶ。
「その・・・・何ていうか・・・・・。」
「具合が悪かったんでしょう?」
歯切れの悪くなるムウの言葉を、先回りしてマリューが告げた。
「だから・・・・・あんなこと。」
「面目ないです・・・・・。」
うなだれるムウを暫く眺めた後、彼女は小さく笑った。
「でも、珍しい貴方を見れて、ちょっと嬉しかったわ。」
理性飛ばして、本能のままに突っ走ったのが、珍しいとは。
「それって褒めてる?」
思わず半眼で見上げるムウに、マリューはイタヅラっぽく舌を出した。
「もちろん。・・・・・でも次は・・・・・。」
かあっとマリューの頬が赤くなり、ムウの心臓が掴み取る。
「ちゃんと最後までしてくださいね?」
「ああ・・・・・・・って、え?」
マリューの艶っぽい表情に魅入っていたムウは、続く彼女の言葉に、頷きかけて顔を上げる。
彼女がそっぽを向いて、唇を尖らせていた。
「・・・・・・・・・・ちゃんと、って。」
「途中で寝ちゃわないで下さいって事です。」
途中で?寝ちゃう?
数回目を瞬いた後。
「俺、途中で寝ちゃったの?」
恐る恐るムウがマリューに訊ねた。それに、今度はマリューが目を見開いた。
「覚えてないんですか?」
「え!?」
胸元のキスマークで、ムウはてっきり彼女と最後まで突っ走った気でいたのだが。
「貴方・・・・途中でダウンしちゃったんですよ?」
小首を傾げるマリューに、彼は一気に脱力した。
「・・・・・・・どの辺で?」
「ど、どの辺って・・・・・・」
真っ赤になったマリューが、ごにょごにょと何かを告げる。それに、ムウは「マジで!?」と彼女に背中を向けるように寝返りを打った。
「ちょ・・・・ちょっと、ムウ!?」
「まさかそこに痕つけて終りだ何て・・・・・何考えてんだよ、俺ーっ!!!」
ばふばふと敷布を叩くムウに「何言ってるんですか!」とマリューが真っ赤になって怒る。
それに、がばっと起き上がったムウが、真っ直ぐな眼差しでマリューを見た。
「ほんっと、ごめん、マリュー。」
「・・・・・・・・・・。」
そのまま、がっしりと彼女の手を握った。
「今から挽回するから。」
「・・・・・・・・・へ?」
そんな、男として情け無い汚名を、今ここで!返上して見せるから!!!
「え・・・・・ちょ・・・・ちょっと!?む、ムウ!?!?!?」
ぐいっと手を引っ張られ、ムウの胸の中に再びマリューが倒れこむ。
「い、嫌です!!ちょっと・・・・ムウ!?!?!?!」
「今度はちゃんとするから・・・・・風邪も治ったし・・・・。」
「こ、こら!ムウーっ!!!!」
折角、途中で寝ちゃう可愛いムウを見れたのに。
これじゃ台無しだわ。
頭の隅でそう思いながら、マリューは必死で抵抗を続けるのだった。
「やだ!もう!風邪うつっちゃう!!」
「あ、なんかそれって恋人同士っぽくていいな。」
(2006/12/30)
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