Muw&Murrue

 10 ずっといっしょだよ
 ルナステーション発3021便の到着が少々遅れております。
 32番ゲートをご利用のお客さまは、まことに申し訳ありませんが、48番ゲートにご移動願います。



「お父さんのシャトル、遅れてるみたいねぇ。」
 オノゴロ島にある宇宙ステーションの名物、全面ガラスのフロアで、一枚ガラスで出来た、ドーム型の天井を見上げて、マリューがほうっと溜息をついた。
 冴え冴えと輝く月が、頭上の一番高いところで、円を描いている。
「おとーしゃん、かえってこにゃいにょ?」
 今年三歳になった、娘のリューナ・フラガがちょこん、と椅子に腰を下ろしたまま、月を見上げる母親の肘を引っ張った。
「うーん・・・・・どうかしらねぇ。」
 彼女の腕には、今年生まれたばかりの息子、アレン・フラガがすやすやと寝息を立てている。歯切れの悪い母親から、視線を逸らし、リューナは椅子からぽん、と降りると、マリューの膝に甘えてくる。
「あーちゃんもおとうしゃんにあいたいってゆってるよー。」
「そうねぇ。」
 よく眠ってる息子に、母親が柔らかな視線をそそぐ。釣られるように、リューナはそっと赤ちゃんに手を伸ばした。
 ふわふわの丸いほっぺをつんつんする。
「あーちゃん、ねてるねぇ。」
「そうねぇ。」
「かわいいねぇ。」
「ほんとねぇ。」
「りゅーにゃもかわいい?」
 くり、っとした空色の瞳を上げて、きらきらした笑顔を見せる様が、自分の夫の「構ってモード」そっくりで、マリューは思わず吹き出した。
「ええ。リューナも可愛いわよ〜。」
「こにょりぼんねぇ、いいでしょ〜。」
 肩位の長さの金髪に、頭のてっぺんで結んだ大きな青いリボンが良く似合う。
 同じ色のワンピースを着たリューナがにこにこ笑うのに、「リューナは青色がすきなのかなぁ?」とマリューが柔らかい手で頬に触れながら訊ねた。
「しゅきー。」
「そう。」
「ぱーしょにゃるからーっておとうしゃんがゆってた。」
「へえ。」
 これは驚いた。自分の夫がそういう事を言う人だとは思わなかったからだ。
「りゅーにゃはおとうしゃんににてりゅから、あおにゃんだって。」
「そうなの?」
「あーちゃんはなにかにゃぁ。」
「そーねぇー。」

 腕の中のアレンの髪は、まだふわふわで、日に透けて金色に輝く茶色の髪、くらいしか分からない。

「おかーしゃんといっしょ?」
「そうねぇ。」
「おかーしゃんはにゃにいろがしゅきー?」
「お母さんはねぇ・・・・そうねぇ・・・・・。」
 興味津々の眼差しを投げてくる娘の、金髪と碧眼を見て、くすくす笑う。
「リューナとアレンの色が好きかな?」
「?」
 目を瞬く娘を見下ろして、にっこり笑っていると、シャトルの到着を告げるアナウンスが入った。
「あと十五分で到着ですって。」
 耳を傾けていたマリューは続いて、自分の名前が呼ばれるのに吃驚した。
 カウンターに来い、といわれ、いくらか嫌な予感がする。

 月基地に出向いている夫に、何かあったのだろうか。

「お母さん、ちょっとそこのカウンターに行って来るから、リューナ、ここで大人しく座ってて。」
 アレンを抱いて立ち上がるマリューに、リューナは「りゅーにゃもいく。」と間髪入れずに答えた。
「駄目よ。ここで座ってなさい。」
「やー。」
「リューナ。」
 温度の低くなった声に、ひゅっとリューナは息を飲む。
「お姉ちゃんになったんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
 むくれたように唇を尖らせ、リューナは椅子に腰を下ろすと、ぎゅっと膝の上で手を握り締めた。
「にゃった。」
「じゃあ、一人でここで待ってられるわよね?」
 瞳を覗き込まれて言われ、リューナはしぶしぶこっくんと頷いた。その彼女の髪の毛をくしゃっとして、マリューは大急ぎでカウンターへと向かって行った。

 大きな通路を挟んで、マリューとリューナの間に距離が出来る。その間を、見知らぬ人が行ったり来たりするのを、リューナはぼんやり眺めていた。

 退屈だな。

「隣に座っても良い?」
 足をぶらぶらさせていると、ふとそんな風に言われて、リューナは顔を上げた。
 優しい笑みを浮かべる、男の人が立っている。

 一瞬リューナは、お母さんが座るかな、と考えるが、彼女の右隣が空いていたので、そっちにお母さんが座るだろう、と勝手に考える。
「いいよ。」
 小声でそういうと、男の人は「ありがとう。」と笑顔で言って、リューナの隣に腰を下ろした。

「一人でどうしたの?」
 再び、さっきと同じように足をぶらぶらさせながらも、ちらちらと隣の男の人が気になって見ていたリューナは、そういわれて「うん。」とこっくり頷いた。
「おかーしゃんといっしょにね、おとーしゃんまってるの。」
「・・・・・・・お母さんは?」
「あっち。」
 指を差した先に、栗色の髪の女性がカウンターでなにやら電話をしているのが見えた。
「ああ。」
 微かに頷く。
「月からのシャトルを待ってるのかな?」
 顔を覗き込まれ、笑う青年に、リューナが再びこっくりと頷く。
「お父さんと、随分会ってないの?」
「うん。」
「どれくらい?」
「・・・・・・・しゃいごにあったのね、はちがちゅ。」
「四ヶ月前かぁ。」

 月が綺麗に見える、天井を見上げて、青年は溜息をついた。

「そうか・・・・・そんなになるのか。」
「おじさんもだれかまってるの?」
「・・・・・・・・・・・・・。」

 おじさん、と呼ばれるにはまだ若い青年は目を瞬き、苦笑した。

「お兄さんもね、」
 さり気に訂正してみる。
「月に行ってる大事な人を待ってるんだよ?」
「しょうにゃの?」
「ああ。」
 膝に両肘をついて、頬杖をつきながら、青年は目を細めた。
「大事な人なんだ。」
「こいびと?」
 まだ小さな子供からそんなセリフが飛び出してくるとは思わなかったので、青年はその、ヒスイ色の瞳を大きく見開いた。
「・・・・・・すごい言葉知ってるな。」
 思わずそういうと、リューナが得意そうに胸を張った。
「こいびとってね、じゅーっといっしょにいるだいじなひとなんでしょ?」
「そうかな?」
 ちらっと面白そうな笑みが口元に漂い、リューナは「しょうだよ?」とまん丸な目を瞬いた。
「あんねー、りゅーにゃのおとーしゃんとおかーしゃんはねぇ、はなればなれになったけどねー、いっしょになったんだよー。」
「凄いな。」
 感心したように言われて、退屈していたリューナは、父親から時々聞かせてもらう楽しいお話をなぞり始めた。

「おかーしゃんがね、あらすかっていう国のね、おひめさまだったんだよ。」

 ほほう。アラスカのジョシュアの話だろうか。

「そこでね、おかーさんはわるいまほうつかいにすごいまほうをかけられそうににゃったの。」

 サイクロプス起動の事かな?

「それをね、しったおとーしゃんがね、ひこうきをかっぱらって」

 かっぱらうって・・・・・・。

「おかーしゃんのところにいっちょくせんにとんでいってね、おかーさんがどっかのばかっていってね、おとーさんがどーんっておかーさんのところにつっこんでね」

 凄い話だ。

「おかーさんのことたすけたんだよー。」

 キラはどうした。

 おかしくておかしくて、身体を半分に折って堪える青年に、リューナはさらに得意気に続ける。

「そのあとね、おそらのつきにむかってね、そこでおとーさんはおかーさんをまもろうとして、ろーえんぐにん」

 ローエングリン。

「のまえにたってね、しんだの。」

 死んだんかい!

「でもね、ふかにょーをかにょーにするっていってね、ふっかつしてね」

 どこかのゲームキャラのようだな。

「それでそらからおちてきてね、ゆきのなかでたおれてたの。」

 ベルリンでのことだろうか。

「それをおかーしゃんがひろってね、じゅっといっしょだよ、っていったにょ。」
「・・・・・・・・・・・。」
 笑い疲れて、突っ込み疲れた青年が、思わずリューナの最後の言葉に微笑んだ。

「じゅっといっしょなの?」
 口調を真似して言ってみる。
「うん。」
 にこにこ笑うリューナが、空にぽっかりと浮かんでいる満月を見上げて笑った。
「それから、じゅ―――――――っといっしょにゃんだって。」
「・・・・・・・・・・・。」
「それはね、おとーしゃんが、おかーしゃんをあいしてるからにゃの。」
「それ、お父さんが言うの?」
「うん。」
 勢いよくうなづくリューナに、確かにあの人らしい、と青年は肩を震わせて笑った。
「お父さん、愛してる、ってよく言うの?」
「いうー。」
 でねでね、こうやってね。

 お行儀悪く椅子の上に立ち上がったリューナが、青年の首にぎゅーっと抱きついた。思わずびっくりする青年を無視して、リューナが楽しそうに言った。

「あいしてりゅよー、まりゅーって」
「リューナっ!!!!!」

 その瞬間、雷が落ちて、ばっと顔を上げたリューナは仁王立ちする、アレンを抱えた母親に、気まずそうに視線を落とした。ぎゅっと青年のシャツを掴む。

「何をお話してたのかしらっ!?」
 にらまれて、リューナはもごもごと言い訳する。その彼女をおかしそうに見詰めて、青年はマリューを見上げた。
「楽しいお話しかしてないよね?リューナちゃん?」
 くすくす笑う青年のフォローに、マリューがはあっと長いため息を零した。
「・・・・・・・・・代表の代わりに来たのかしら?」
 彼を見て呟き、苦笑する。
「ええ。」
 それに、青年が、肩をすくめた。
「私の代わりに、キラとラクスを迎えに行けとの命令を賜りました。」
「私も、さっき電話で言われたわ。」
 アレンを抱えなおすマリューが、嬉しそうに笑った。
「久しぶりね?アスランくん。」
「お久しぶりです。」
 リューナを抱えたままの青年が、そう告げるのとほぼ同時に、シャトルが到着し、ゲートが解放になると、アナウンスが入ってくる。

 リューナを抱き上げたアスランが、マリューと一緒にゲートに向かいながら、こっそりリューナに言った。

「またお話しようね?」
 顔を上げたリューナが、アスランのヒスイ色の瞳を真っ直ぐに見詰め、それからくふふ、と小さく笑った。
「おかーしゃんににゃいしょ?」
「そうだね。」
「いいよー。」

 くすくす笑いあって、額をくっつけていると、シャトルから吐き出される人が、空港のエントランスに作り出す波の中から、鞄を取り落とす音が聞こえて来た。

「あ。」

 リューナを抱き上げたままのアスランは、お忍びでやって来たラクスと、彼女を護衛するキラが仲良く、「それは駄目だろ。」と両手で×印を作るのと、乗り合わせたリューナの父親が鞄を取り落としてわなわなと震えるのを見た。
「な・・・・・な・・・・・・。」
 夫の様子に、振り返ったマリューが、状況を察知する。
「ム〜ウ?」
 たしなめるような言い方に、ムウ・ラ・フラガが「だってっ!!」と情け無い顔をマリューに見せた。
「だって・・・・え!?何!?久々に帰って来たら、娘が他の野郎に抱かれて」
「誤解を招く言い方は止めてください!!!」
 怒鳴られ「だってだって、」といいつつ、アスランをしっかり睨む。
「お前!なんでひとんちの娘を手篭めに」
「ムーウっ!!!!」
「イタイイタイイタイ、耳引っ張るなよ、マリュー!!」
「おとーしゃん!」
 よっこらしょ、とリューナを床に降ろすと、彼女が真っ直ぐに耳を引っ張られている情け無い父親の元へと走り出した。
「リューナぁ。」
 嬉しそうに頬を緩めて手を広げると、腕の中に飛び込んだリューナが、得意そうに胸を張った。

「おかーりなしゃい!」
 すりすりしてくる娘をぎゅっとして、ムウが笑う。
「ただいま。」
「・・・・・お帰りなさい。」
 言いそびれた言葉を、マリューが言う。
「ん。ただいま帰りました。」
 抱き寄せて、頬にキスを落とす。その横で、ラクスとキラが、アスランの元へと歩いて行く。

 そんな光景と同じ、迎えに来た人のところに、迎えられる人が歩み寄っていくそれが、空港のあちこちに見られる。

 普通の、どこかほんわかする帰還の光景。


 ざわめくそこをリューナはゆっくりと見渡し、抱き上げる父親の首筋に丸い頬っぺたを押し付けた。

「おとーしゃん。」
「うん?」
 リューナの背中を、ぽんぽんと乾いて大きな手が叩く。
「じゅっといっしょっていいねぇ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「りゅーにゃ、じゅっといっしょがいいにゃ。」

 あっちこっちで交わされる抱擁と、握手。それを見ながら告げられたリューナの台詞に、ムウは妻と息子と娘を順繰りに見て、抱き上げる小さな塊をぎゅっとした。

「ああ。」

 ずーっとずーっと。
 それがいつか、壊れてしまうかもしれなくても。
 でも、それを護る為に、生きると決めた。

 ずーっとずーっと。

「ずっといっしょがいいな。」

 父親の言葉に、リューナはぎゅっと抱きつくと、えへへ、と嬉しそうに笑うのだった。





「でも、いつかリューナちゃんはお嫁に行くんですよね?」
「煩いよ、キラ。」








(2006/12/30)

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