Muw&Murrue

 04 コミュニケーション過剰
「懲りない人ですよね・・・・・。」
 船倉から引っ張り出してきた投網の修繕をしながら、船べりで一人黄昏る男を見て、ノイマンが、ぼそりと漏らした。
「まぁ、あれが少佐の地なんでしょうけど。」
 話を振られたのは、マストの修理をしているマードックだ。見上げられて、金槌を振り上げていた彼は、「違いない。」と豪快に笑った。
「少しは学習したらどうなんでしょうねぇ。」
「それをしないのが少佐、ってねぇ。」
「聞こえてるぞ。」
 ちらっとこちらを見る、話題の人物は、頬にキレイな紅葉の花を咲かせていた。
 無事な方の頬に手を付いて、真っ青な空を過ぎっていくカモメの群れを溜息をついて見詰め、男は、「やっぱりさぁ。」と二人に言うでもなく言葉を漏らした。
「俺としては、もう少し仲良くなりたいわけよ。」
「おお、少佐にしては偉く殊勝な発言ですな。」
 大げさに驚くマードックに、ムウは「だろ!?」と声を跳ね上げた。
「大体俺だってさ、いきなり襲わせろとは言わないよ。一応大人の男だしね。けどさぁ、もうちょっとこう・・・・・距離を縮めたいというか・・・・・。」
「貴方の場合は一足飛びなんですっ!」
「うわっ!?」
 調子よく、水平線を眺めて語っていたムウは、振って沸いたような可憐な声に、驚いて振り返る。そそくさと甲板を『離脱』していく二人を背景に、睨みつけるように自分を見上げる、若き女船長が仁王立ちしていた。
「あー・・・・マリューさん・・・・・。」
「距離を縮めたいと思ってる人間が、突然後ろから抱きついたり、腰に手を回したり、あげく公衆の面前でキスしたりするわけがありませんっ!」
 至極最もな意見に、あー、と男は語を濁すと、にぱっと笑みを浮かべた。
「でも一番手っ取り早いでしょ?」
「どこがですかっ!!!」
 噛み付くような反論をされ、その声に、先ほど喰らった鉄拳を思い出した男・・・・ムウ・ラ・フラガは大急ぎで「わたくしめが悪ぅございました。」と深々と頭を下げるのだった。



「けど、実際の話、マリューさん、俺に厳しいよね?」
 まあまあ、少し話でも、と隣に来るように薦められ、断る理由を探しているうちにさっさと腕をとられてしまったマリューは、自分の肘の辺りを掴んでいる男の手を睨み付けた。
「こういう事を平気でするからです。」
「え?」
「手!」
 簡潔に言われて、彼女の腕を掴んでいる、自身の左手を改めて見詰める。
「や、だって放したら逃げちゃうでしょ?」
「・・・・・・・・・・・少なくとも今は逃げません。」
「えー、嘘じゃないよね?」
「疑うんですか!?」
 憤慨したように見上げてくるマリューに、ムウはにっこりと笑みを刻んだ。
「じゃあ、放すけど、逃げないでくれな?」
 ぱっとそれを取られて、マリューは微かに身じろぎすると、ふいっと水平線に顔を向けた。彼女の柔らかな線を描く横顔を、栗色の髪が海風に靡いて、ふわふわと彩っている。
「マリューさんってば、ホント美人さんだよねぇ。」
 いくらか拗ねたような顔で海を眺めていたマリューはしみじみといわれた台詞に思わずつんのめる。
「はあっ!?」
 勢いよく男を振り仰げば、彼は頬杖を付いたまま、一人何かを納得するように頷いていた。
「これだけ可愛くて、美人でさぁ・・・・放っておいたら、誰に持っていかれるか、分かったもんじゃないでしょ?」
「・・・・・・・・持って行かれるって、私は景品ですか。」
 半眼で言われて、「でも実際俺にしてみれば、そんな感じなわけよ。」と受け流す。
「私は物じゃありません。」
「そーなんだけどさぁ。・・・・・・不安なわけよ。」
 誰かに持っていかれるのが。
「例えばだぜ?」

 例えば、マリューが恋をしたとする。それは自分じゃない人で、マリューは物凄くその人の事を愛していて、その人のためなら、船を捨てれると思ったとしよう。

「そうなった時、ほら、俺って何?ってなるじゃない。」
 マリューさんがすっごくすっごくその人の事を愛してるのなら、無理矢理奪うとか、そういう事も出来ないでしょ?
「そういう事しそうですけどね。」
 漏らされた言葉に、ムウは「何とでも言えよ。」とむくれたように言い返す。
「俺は、マリューさんのこと好きだし、マリューさんが気になるから、この船に居る訳だろ?」
「他のクルーが聞いたら何ていうかしら・・・・。」
「一々突っかかるなぁ。」
 苦笑しながら言うと、ムウは真顔でマリューを見た。
「結局さ、俺が聞きたいのは、マリューさんは俺のことどんな風に思ってるわけ?てこと。」
「・・・・どうって・・・・。」
 意外にもその空色の瞳が真っ直ぐだったので、マリューは驚いて眼を見張った。
 それから暫し考え込む。
「冗談とセクハラで出来てる人・・・・?」

 をい。

「そんな評価なの!?」
 思わず彼女の肩を掴んで、ムウは顔を寄せた。
「で、ですから、こうやって触るのが、セクハラだっていうんですっ!」
 じたじたと逃れようと頑張るマリューを捕まえたまま、ムウが不機嫌そうに彼女を見下ろした。
「セクハラって・・・・・そんなに嫌なの?」
「・・・・・・・は、恥かしいんです!!」
「こういうのも一種のコミュニケーションなのに?」
「過剰なんです、少佐の場合っ!!」

 人前で抱きつくとか、普通しませんからっ!!

「人は人、俺は俺、だろ。」
「きゃあっ!?」
 何故かがばあっと抱きつかれて、マリューが悲鳴のような声を漏らす。だが、クルーたちは全員見て見ぬ振りを貫いていた。
 変に手を出して話をこじらせたくない、というのが見え見えである。
「ちょ・・・・しょ、少佐!?」
「結局、セクハラセクハラ言うけどさ。」
 彼女の腰の辺りに腕をずらし、船べりに背中を凭れかけて、ムウはひたっとマリューを見据えた。
「マリューさんはやっぱり俺のこと嫌いなの?」
 さっきも冗談とセクハラで出来てる人、なんていわれたが、本当に嫌われているのだろうか。だとしたら、色々考えなくてはならない。

 青い瞳に、真っ直ぐに見詰められて、マリューは返答に詰まる。うろうろと視線を泳がせて、それから胸の中でぐるぐると考え込む。


 確かに、キスされたり、抱きしめられたり、全力で向ってこられて困ることの方が多い。
 でも、それが嫌かと言われると・・・・・・・。

「船長?」
「い・・・・・・・嫌ではないです・・・・ケド!」
 思わず語尾を強くして、マリューは顔を上げた。嫌じゃない・・・・・それは確かにそうなのだが、ただどうしていいのか分からないというのが正直な感想で。
 それを真摯に伝えようとして、満面の笑みにぶつかる。

 瞬時にマリューはフリーズした。

「あ、嫌じゃないんだ。」
 よかった。

「きゃっ・・・・・ちょ・・・・・ん」
 両腕に抱き込んで、ムウがキスをしてくる。
「ちょっと・・・・ヤダっ・・・・しょ・・・・・んっ・・・・・・。」
 こういうのが嫌だと何べん言ったらわかるんだ!

「うわっ!?」

 唐突に世界が反転し、ムウは自分が投げ飛ばされたのに気付く。慌てて受身を取ると、自分を睨みつける、真っ赤な顔をしたマリューが、逆さまに映った。

「で、ですからっ!!!」
 ひくっと喉が音を立てる。
「こ、こういう場所でそういう事をしてくるのが嫌なんですっ!!!」
 頬が赤く、目許が潤んでいる。今ここで何か言えば、きっと容赦なく蹴りが飛んできそうで、ムウは痛む背中を押さえながら、身を起こし、甲板に座り込んだ。
「なら、どこならいいわけ?」
「そ・・・・・・・・。」
 途端、彼女が真っ赤になったまま目を見開いた。その様子に、ムウがにまっと笑う。
「二人っきりのときとかぁ?」
「し、知りません!!!」

 ご自分で考えてください!!!

 そんな台詞を吐き出し、マリューがさっさと甲板を通り過ぎて船倉へと『逃げて』行く。
 その様子を首を傾げて見送っていたムウは、床に座り込んだまま、青い青い空を仰ぎ見た。
「あー・・・・・・・。」

 振られたわけでは無いらしい。
 でも、今の態度は愛してるとイコールになるのだろうか。

「イマイチわかんねぇなぁ・・・・・。」

 キスするのを許されても、その先はどうなんだろう。

(――――ご自分で考えてください・・・・・か・・・・。)

 その単語をはたと思い出し、ムウは自然と浮かんでくる笑みのまま、そうかそうかと妙に納得した。

「で、少佐。いいかげん懲りたんですかい?」
 いつの間にか戻ってきたマードックが、青い空をバックに視界に映る。首を後ろに倒して空を眺めていたムウは、にやっと笑う。
「いーや、全然。」

 むしろ。

「これからも過剰コミュニケーションを目指す予定だけど。」

 ぬけぬけと言い放つ男に、マードックは呆れたように肩をすくめた。それに、ムウは涼しい顔で答える。
「それに、やっぱりやってみないとわかんねぇってのが、俺の考えだしね。」
「その度に殴られるわけですかい。」
「鍛えられていいだろ?」


 自分で考えた結果が、それだ。


「じゃ、そういう解答だって事、マリューさんに伝えに行かなくちゃ。」
 いそいそと甲板を横切りだすムウを、マードックがやれやれと見送り、彼とすれ違ったノイマンが、首を捻る。

「投げ飛ばされたんじゃなかったんですか?」
 至極真面目な質問に、マードックは笑った。

「どうやら、打ち所が悪かったらしいよ。」





(2006/12/30)

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