Muw&Murrue

 01 ペアグッズ
「ロアノーク一佐!」
 廊下の向こうから歩いてくる、外跳ねの可愛らしい少女から声を掛けられて、ネオはそちらを振り返った。
 手になにやらボードを持っている。
「これから買出しなんですけど、要りようなもの有りますか?」
 にっこりと笑みを浮かべると、頬にえくぼが浮かぶ。歳の頃は十七、八だろうか。これから議長の考えを打ち砕きに行く、当ての無い旅路に出ようと決めた『戦艦』に凡そ似つかわしく無いなぁ、とネオは遠いところで思った。

 だが、それを言うなら、一見しただけで分からなかったエクステンデッドの部下たちの方がよっぽど不釣合いだったかと思い直す。

「オーブに停泊していられるのもそれほど長い間じゃないし、今のうちに行っ来いって艦長が。」
 息抜きのつもり、だろうか。
「んー・・・・・・他の連中は何頼んでんの?」

 息抜きなら、彼女自身がした方がいいような気がする・・・・・そんな事を考えながらたずねれば、えーと、と書類を捲ってミリアリアが他の人が頼んだ物をざっと読み返した。

「そうですねぇ・・・・・細かいものだと、髭剃りようのクリームとか、整髪剤とか、うがい薬とか。大きいものだと・・・・・何よこれ。」

 大笑いし始めるミリアリアの手元を覗き込み、ネオも思わず吹き出した。

「なんでしょうか、この純日本産コシヒカリ十キロって。」
「通だねぇ。」
 笑いながら言えば、「まあ、とりあえず買えるものは買ってきますんで。」とミリアリアが視線を上げてネオを見詰めた。
 その奥に、懐かしそうなおかしな色が浮かぶ前に、とネオは大急ぎで考える。
「そーだなぁ・・・・・身一つで来ちまったから・・・・・下着類五、六枚と、同じくらい靴下、頼めるか?」
「はいはい。」
 ボールペンを走らせる。
「と、あと髭そり用の替え刃と、シェービング。あとは・・・・・。」

 不意にネオは自分の肩まで切ってしまった髪の毛を一房、つまみあげた。

「シャンプー、頼めるか?」
「艦の備品として頼みますけど・・・・・それ以外にですか?」
 書類の上部を見ながら言われて、ネオは「ん〜。」とのんびり答えた。
「まあ、備品とは違ったと思うから。」
「?」
 こういうボトルなんだけど、と自分が見たままのそれを伝えると、ミリアリアが数度瞬きを繰り返す。
「随分おしゃれですね、一佐。」
 それ、去年からヒットしてる、美容士さんも大絶賛の奴ですよ?
「髪の毛が次の日しっとりしてるんです。」
「へー。」
「・・・・・へーってなんですか、へーって。」
 思わず感心するネオにミリアリアが突っ込むと、彼は視線を明後日の方向に向けながら、「ほら、俺って髪の毛長かったしぃ。」などと適当な事を答える。
「ああ、そういえばそうでしたよね。」
 自分より長くて、結構さらさらだったのを思い出し、ミリアリアは納得する。
「お手入れ大変そうでしたもんね。」
「だろ?なかなか乾かなくってさぁ。」
 あははははは、といくらか乾いた笑みを浮かべるネオにうんうん頷き、「じゃあ、シャンプーですね。」とリストに書き加える。
「二本ね。」
「二本!?」
「ストック用だよ。」
「ああ。」
 なるほど。
「後は何ですか?」
「後は・・・・・・・歯ブラシ二本、適当に。」
「歯ブラシですね。適当に・・・・・っと。」
「いや、そこは書き込まなくていいんじゃ無いか?」
「後は?」
「・・・・・・マグカップ二個。」
「二個ですか?」
 目を丸くするミリアリアに、ネオは「そー。」とだけ答えて頷いた。
「これもストックですか?」
「割れたら困るでしょ?」
「・・・・・・・・。」
「後はパジャマとか欲しいけど。」
「一応軍艦なんですけど、この艦。」
「ですよね。」
 どこの世界に、出撃があるかもしれないのにパジャマで寝てる士官がいるというのだ。

(まあ、セイランのお坊ちゃんはパジャマ着てたけどな。)

 今は亡き人を思い出して、思わず追悼しかかっていると、「もういいですか?」とミリアリアがボードから顔を上げた。

「ん。そんな感じかな。」
 ヨロシクな。
 にっこり笑って答えると、綺麗な敬礼が返って来た。
「では、謹んでお受けいたします。」
「ご苦労さま。」
 そんなネオの向こうに、よろよろ歩く、包帯が痛々しいアスランを見かけ、ミリアリアが手を振って走っていく。
 その背中を見送り、ネオはふうと小さく息を吐くのだった。



「びーじんさーん、居ませんかー。」
「・・・・・・・・どういうコールの仕方ですか。」
 笑いながらドアを開けた、アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスは、目の前に差し出された包みに、目を瞬いた。
 白いビニール袋で、上の方が、ぎゅっと絞られている。
「プレゼント。」
「え?」
 それを受け取り、ネオを中に通しながら、マリューは目を丸くした。
「プレゼント・・・・・ですか?」
「ん。ま、ろくなもん用意出来なかったけどね。」
 座っていい?とソファーを指差して確認するネオに、今、コーヒー淹れます、とマリューがキッチンへと足を向けた。
 包みは、大事そうにそっとデスクの上に置かれる。
「俺としては女性に贈るのに、もっと相応しい物があると思うんだけどさ。」
 いい香りが漂ってくる。
「あら?じゃあ、そんなに大した物じゃないんですか?」
 笑いながら言う声が響き、「んー・・・・・まあ、そうかも。」とネオが歯切れ悪く答えた。
「大体、俺が買ったわけじゃないしね。」
「人に頼んだの?」
 プレゼントを?といくらかトーンの上がる声色に、ネオはソファーに背をもたれ掛けたまま、首だけで振り返った。
「だって外出出来ないだろ?」
「そうねぇ。許可した覚えは無いですものねぇ。」
 くすくす笑うマリューが、カップを二つ持って姿を現した。
「どうぞ。」
「サンキュ。」
 いそいそとデスクから袋を取り上げ、マリューは彼の向かいに腰を下ろした。
 視線を逸らしてコーヒーを飲むネオを、マリューはこっそり盗み見た。

 じんわりと、胸の奥が暖かくなる。
 こんなに幸せすぎていいのだろうかと、身体が震え、それに気付かないように、マリューがわざと明るい声を上げた。

「それで、貴方からの初プレゼントは何かしら?」
「・・・・・・・・・・。」

 初。

 がさがさと袋を開けるマリューの何気ない台詞に、彼はどきりとした。
 初、っていうのは。
 俺から、っていう意味だろうか。
 それともムウを含めて、の意味だろうか。

「・・・・・・・・・シャンプー?」
 ひょいっと取り出したのは、マリューが愛用しているメーカーの人気商品だ。ストックが二本ほど、洗面台の下にある。
「ん。ほら、この間髪、切ってもらったろ?そん時に俺、使い切っちまったから。」
 バスルームのそれが空になっていたのをマリューは思い出した。
「わざわざ買ってくださったんですか?」
 驚いて顔を上げるマリューに、「いやあ、この間の備品買出しの時に頼んだんだけどね。」とネオが歯切れ悪く答えた。
「だから、俺が買ったわけじゃねぇけど。」
「・・・・・・・いえ。」

 きっちり、同じのを頼んでくれた彼に、じわっと嬉しくなる。

「ありがとうございます。」
 だが、まだ袋の中には何か入っている。次にマリューの指に触れて、取り出されたのは。
「歯ブラシですか?」
 グリーンの普通の歯ブラシである。柄の所に金色の四葉のクローバーのマークが入っていた。
「なんでも、願いが叶う、幸運の歯ブラシらしいぜ。」
 途端、マリューが吹き出した。彼女の笑顔を見ながら、ネオは真面目に続ける。
「毎日願いを掛けながら歯を磨くと願いが叶うんだってさ。」
「お手軽ね。」
「いーじゃん。ついでに歯も磨けるし。」
 くすくす笑いながら、マリューが上目遣いにネオを見上げた。
「これも貴方のセレクトですか?」
「いや。お嬢ちゃんの趣味かな。」
 ミリアリアさんに感謝しなくっちゃ、と笑うマリューは、続いて袋の奥に手を入れる。四角い箱で、結構重たい。
 ひっぱりだすと、素っ気無い箱の中に、深い紺色のマグカップが入っていた。
 目を伏せて、薔薇の花束を持つ、可愛らしい天使の絵が、ワンポイント入っていた。
「あら、可愛い。これにもなにか、由来があるんですか?」
「え?」
 深い藍色のそれを手に、首を傾げて見詰めてくる彼女に、ネオは視線をそらした。
「んー・・・・・・さあ?可愛いのな、って頼んだらお嬢ちゃんがそれ、選んでくれたから。」
「そうなんですか?」
「ああ。・・・・・・アークエンジェルって天使だし、あんたに似合いだろ?」

 口からでまかせを言いながら、ネオはばれないように笑みを深める。
 マリューは気付かず、「確かにそうですわね。」と納得していた。


 実は、これらの備品を頼んだ際、ミリアリアは何か感じるところがあったのだろう。確かに、マグカップ二個はちょっとおかしな注文だった。
 その引っ掛かりを辿って、彼女はネオに、少し変わったマグカップを買って来てくれたのだ。


 彼女に上げたのは、薔薇を抱えた天使。
 もう一つは、同じ深い紺色にキレイな花瓶を前に頬杖を付いて座る天使の絵が入っているのだ。


 これ、なんでも想いが通じ合うと、こっちの花瓶に薔薇の花が現われて、向こうの薔薇が消えて、ハートマークが出るんですって。

 まあ、一佐には必要ない効能ですけど。

 そう言って笑ったミリアリアの顔を思いだし、ネオは小さく苦く笑った。


 想いが通じ合う、っていうのは、どうやらマグカップを持って、二人で並んでお茶をする回数に関係があるようだった。
 内蔵されているチップが、相手のカップを感知して、それの回数が上がると、その絵柄が変化するように出来ているらしい。
 ちょっと浮き彫りになっているそれに触れて、「可愛いわね。」と笑う彼女に、ネオはその仕掛けを話さない。

 吃驚する彼女を見てみたいとそう思うし。

「これがプレゼントなんですか?」
 品物三つを見詰めて、それからマリューが顔を上げた。嬉しそうな彼女に、ネオはこほん、と咳払いをすると、「そーなんだけどね。」とのんびり告げた。
「これ、全部俺とおそろいになってるから。」
「へー、お揃いなんです・・・・・・・って、ええっ!?」
 何気なく品物を見詰めていたマリューが、真っ赤になって顔を上げた。
「お、おそろいって・・・・・!?」
「だから・・・・・・ペアグッズみたいなもん?」
「シャンプーも!?」
「シャンプーも。」
「何で!?」
 至極最もな台詞に、ネオは目を瞬くと人の悪い笑みを浮かべた。
「だってさ。かんちょーのところでシャワー借りたら、いつもと香り違っちゃって困るでしょ?」
「!!!!!」

 ぼん、と音がしそうな勢いで赤くなるマリューに、ネオはくすくす笑う。

「逆の場合も困る」
「し、知りませんっ!!!!」

 勢いよく立ち上がり、マリューは品物を腕に抱えてバスルームへと直行する。
 その様子を笑って見ていたネオは、不意に顔を出したマリューに気付いた。
「何?」
「・・・・・・・・・・・・でも・・・・・。」
「うん?」
「嬉しいです。」
「――――――。」
 思わず唖然とするネオに、してやったりな笑顔を浮かべて、マリューはバスルームへと消える。
「まいたなぁ・・・・・。」

 可愛い女。

 溶けそうな位甘い女に、ネオは嬉しそうに笑って、そう思うのだった。












(2006/12/30)

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