薄衣







 今晩 どうですか?


 囁かれた彼女の言葉。それと同時に、きゅっとしがみ付くようにムウのシャツを握る仕草。
 男がそっと視線を落とせば、頬を赤らめたまま俯くマリューが映った。
 白くて細い首筋まで、真っ赤だ。

「マリューさんから、誘ってくれるの?」
「・・・・・・・・。」
 くすくす笑いながら訊ねるが、彼女はなかなか顔を上げてくれない。
「ふーん?」
「意地悪しないで。」
 掠れた声が耳を打ち、ムウは、自分の身体を隠すようにして、にしがみ付いてくる女の肩を、ぐいっと押した。
「ムウ・・・・・・?」
「・・・・・・・・。」
 オレンジの灯の下で、横座りにベッドに座る彼女が、上目遣いにムウを見上げる。柔らかい灯火は、彼女の肌を妖しく彩り、光に透ける褐色の髪が、ぼんやりと明るく輝いていた。

 艶っぽい唇を少しだけ開いて、小首を傾げて自分を見上げる女に、男は腰の辺りがざわめくのを感じた。

「・・・・・・・・・。」
「あのさ。」
 あんまりムウが黙ったままなので、困ってしまい、視線をシーツに落としたマリューに、男がそっと切り出した。
「暫く眺めてて良い?」
 突然言われた言葉に、マリューがぽかんと口を開けた。
「・・・・・・・・・へ?」
「いや、だから・・・・・・・。」
 ぐ、と彼女の肩を押して、ムウはマリューをベッドに横たえさせた。その上に乗っかったまま、恋人と距離をとって灯火の下の彼女を見詰める。
「ムウ!?」
 起き上がろうとする彼女の肩を抑えて、触れるでも、キスするでもなく、ムウは彼女をただ眺めた。


 白い枕の上に、彼女の髪が散らばっている。押し倒された所為で、着ているものの裾が肌蹴て、キレイな太ももがぴったり閉じられているのが見えた。白いお腹を覆う裾から、胸の丸いふくらみの下線が見えるだけで、肝心の部分は隠れたままだ。

「ムウっ!」
 尚も起き上がろうとするマリューの腕を押さえて、ムウは自分の腕の下に居る奥さんを上から下までゆっくりと眺めた。
「ムウったらっ!」

 青い視線が、自分の肌を滑っていく。

 瞳から、唇。耳たぶに、細い首筋。鎖骨、胸元、お腹、腰、太もも、足首・・・・・。

 熱っぽい視線に犯されている気がして、背筋がざわざわする。耐えられず、マリューは顔を背けると目を閉じた。微かに自分の身体が震えているのが分かる。
(やっ・・・・・・・・。)

 触れられているわけでも、口付けられているわけでもないのに、身体の奥から熱が込み上げてくる。
 ただ、見られている、というだけなのに。

「み・・・・・ないで・・・・・・。」
 気付くと、マリューの喉から細い声が漏れていた。真っ赤になって目を閉じ、何故か震える彼女を、ただ見詰めていたムウは、ようやく顔を伏せると、彼女の耳元に告げた。
「どうして?」
 敏感になっていたマリューの体が、びくん、と震える。
「恥かしいから・・・・・・。」
「でも、俺の為に、恥かしい格好、してくれたんだろ?」
 だったら、目に焼き付けとかなくちゃ。
 笑いを含んだ声に、マリューが目を開けると、きっと男を睨んだ。
「嘘ばっかり!」
「ん?」
 まだ笑っている気配の男が、顔を上げて、真正面からマリューを見た。それに、彼女はぎゅっと唇を引き結んだ。

 絶対、私をからかって遊んでるんだ。

「そういう顔は、しないほうがいいなぁ。」
 喰っちまいたくなるから。
「馬鹿っ!」
「馬鹿だよ?」

 何か言ってやろうと口を開きかけ、マリューは彼の瞳の中にある揺らめく熱を見てしまった。

 どくん、と彼女の心臓が高鳴る。

「君の事で、今は頭が一杯・・・・・ってのは、馬鹿ってことだろ?」
 ニッコリ笑うが、目は笑っていない。真剣で、真っ直ぐで、それが自分を心の底から求めているからなのだと知り、彼女の鼓動は早駆けし始めた。


 この人が、私を欲している・・・・・。


「もっと見せて?」
「あっ!」

 止める間もなく、彼の手が首筋を這い、マリューの今夜の衣装を支えている一つのリボンを解いた。
 寝かされている為に、特に変わった事はないが、微かに緩む衣装に、急に胸元が心もとなくなる。
 と、ムウが彼女の上から少しだけ退くと、掴んでいた腕を引っ張った。
「きゃっ!?」
 勢い良く身体が起き上がり、首で支えていた衣装がずり落ちるのを感じる。
 慌ててマリューが衣装を抱え込んだ。
「だから、もっと良く見せてってば。」
 嫌がるマリューに、感情を煽られながら、彼はとうとうマリューの腕を掴んで胸元から引き剥がした。

 はらっと薄い生地が落ち、お腹の辺りに留まる。

「やっ・・・・・・。」
 灯の下で顕にされた上半身。丸みを帯びた体のラインにムウが目を細めるのを見て、マリューはいたたまれなくなって、再び目を閉じ、顔を背けた。背筋を丸めて、なんとか身体を折りたたもうとするが、ムウの手がそれを許さない。
「キレーな身体。」
「・・・・・・・・・・。」
 今更、なのに尚慣れず、真っ赤になるマリューに向かって、ムウは意地悪く続けた。
「腰なんかきゅーっとしててさ。肌も白くて綺麗だし・・・・・胸は、おっきくて柔らかくて、先端は」
「止めてください!!!!」
 真っ赤になったマリューが、涙目でムウを見る。ふるふると人より大き目の胸が震えているのを確認して、ムウはこっそり笑った。
「何で?事実を言ってるだけなのに?」
「言わなくて良いです!」
「あー、でも俺ー、自他ともに認める、一言多い人間だからさー。」
 にやにや笑って自分を見詰める男に、マリューはぎゅっと唇を噛み締めた。
「あれ?マリューさん、まだ俺、何にもしてないのに、感じてる?」
 ほら、先端がた
「言わないでったらっ!!!」
「じゃあ、言わなくして?」
 え、と間抜けに見上げるマリューに「ほうら、早くしないと口が、要らんこといっちまうけど?」なんて脅しにかかる。
「マリューさんって、胸触られると、気持ちよくて乳」
 その言葉を塞ぐように、マリューが男の唇に噛み付いた。それを待っていたように、ムウの手がマリューの腕から離れ、背中に回る。ぎゅっと抱き寄せて、塞ぐだけの彼女の口付けを、深いものへと先導していく。座ったままの状態で、マリューは背中を逸らし、キスを受け止めた。
「ふ・・・・・・んっ・・・・・う・・・。」
 くぐもった声が喉から漏れて、それに応えるようにムウの手が彼女の髪の毛をかき回す。後頭部に添えられていた、乾いた大きな手が、つ、と首筋に触れて、びくん、とマリューの身体が震えた。
「好きだよね・・・・・。」
「んあっ・・・・・。」
 つ、と口の端からこぼれる唾液を見詰めながら、ムウが酷く優しく笑った。
「ここ。」
 く、と肩甲骨の上辺りを押されて、びくん、と彼女の身体が再び強張る。
「やっ・・・・・・。」
「くすぐったい?それとも気持良い?」
 甘い声が、マリューの身体を溶かしていく。
「答えてよ。」
 笑みを含んだ語調で促されて、マリューは乱れた息のまま、こっくりと一つ頷いた。
「だから、どっち?」
「・・・・・・・気持ち・・・・・・」
「良いほう?」
 頷きかかるマリューの背から手を抜いて、前にまわす。下から持ち上げるようにして柔らかな塊に触れると、小さな悲鳴とともに、彼女が身を引こうとした。
「こことどっちが良い?」
 長い指が、マリューの胸を柔らかく捏ね始めた。
「んっ・・・・んっ・・・んんっ・・・・・。」
 横向きにムウの足の上に座り込んだマリューが、甘い息を漏らしながら肩にしがみ付く。力のこもる指先に、くすくす笑いながら、ムウが彼女の首筋に顔を埋めた。
 熱がこもって、熱い。
「こっちのが好き?」
「んあっ・・・・・ああんっ・・・・・。」
 はふ、と息を漏らし、身体を震わせる彼女の熱い首筋にキスを落とし、空いている手で栗色の髪を優しく梳く。
 立ち上がってくる先端をつまんだり、指で捻ったり押しつぶしたりしながら、ムウは髪をといていた手を、彼女の足に掛けた。
「あっ!」
 脳天が甘く痺れてくるような感触に身を委ねていたマリューが、はっと眼を開ける。
「ム・・・・・・。」
 刺激を与え続けていた手が離れ、彼女を真正面から抱え込む。そのまま脚を開かされて、マリューは思わずムウの肩に顔を埋めた。
「やっ・・・・・。」
「じゃあ、こっちは好き?」
 彼女を抱えて座る男が、くすくす笑いながら長い指で濡れかかっている場所を掠めた。
「ひゃっ」
 水音が立ち、潤んでいるそこを撫で回す。
「んぅ・・・・・んっ・・・・・ふああんんっ」
 先ほどよりオクターブ高い声が響いて、男は笑みを浮かべた。
「ああ、やっぱりこっちの方が好きなんだ。」
「なっ・・・・・んっ・・・・んぅ・・・・・」
 否定の言葉は、蠢く彼の指の前で打ち砕かれる。上部を指でまさぐられて、堪らずマリューの腰が跳ねた。
「ふあっ・・・・あっ・・・・あああっ・・・・ん」
 揺らめく腰に気を良くし、ムウは自分の着ているものを手早く脱ぐと、広げて弄んでいた部分に、硬く膨らんだ箇所を押し当てた。
「やっ・・・・・・。」
 質量と硬度に、びくん、とマリューの身体が震える。と同時に、張り詰めたそれを欲して開ききった部分が濡れた物を吐き出すのも感じ、どうしようもない羞恥に、マリューの頬が真っ赤になった。
 ムウは、入れず、入り口付近やら上部やらをいじっていた手を持ち上げ、指先をくわえる。
「マリュー・・・・・。」
 その手で、彼女の顎を掴んでこちらに向かせた。
「どうなってるか、分かる?」
 ぴたりとくっ付く感触に、マリューががくがくと首を縦に振った。動かされて、ぞくっと身体が震える。
「これ、欲しくて誘ってくれたんでしょ?」
 唇を噛んで、やっぱりただ頷くだけの彼女の、ムウの肩に捕まる手を離して、彼は自身へと持って行った。
「!?」
「これ、欲しい?」
 くすくす笑うムウに言われて、マリューの手が強張った。張り詰めて熱いもの。
「ムウ・・・・・・。」
 目尻を真っ赤にしたマリューが、なんとも言えない顔でムウを見上げた。
「なら、自分で挿入て?」
「っ・・・・・・・。」
 躊躇い、逡巡するが、自分の手に伝わってくる熱と欲望と、それを欲しいと願う気持ちに、マリューは理性を剥ぎ取られていく。
 そろ、と腰を浮かせて、彼女は彼をくわえ込むようにゆっくりと腰を落として行った。

「ふっ・・・・・あ・・・・・あっ・・・・っ!」
 自分の中に侵入してくる硬さに、腰から脳天にかけて痺れが走った。
「んっ・・・・・」
 と、ムウの声が漏れるのを訊き、はっと彼女はムウを見た。
 熱っぽい視線にぶつかり、余裕のない笑みを返される。
「あっ・・・・・。」
「マリュー・・・・もっと・・・・・。」
 伸びた手が、頬を掴む。それだけで、マリューの中が侵入者を咎めるように収縮した。
「んあっ・・・・あっ!」
 更に奥へと誘うように腰を進め、ムウの吐息を感じ、息を切らせながらマリューは彼の青い瞳を見やった。
 そこにはただ、自分の姿と、火がついてどうしようもなくなった、銀の刃のような光があった。
「マリュー・・・・・。」
「む・・・・・。」
 奥まで腰を落とし、そろそろと動かしだしたマリューに焦れて、ムウが下から突き上げてくる。
 身体の音と、水音、軋むベッドの音が嬌声に混じった。

 あわせるように動き、貫かれながら、マリューは食い入るように彼の瞳を見た。

「はっ・・・・あ・・・・あっああんっ!」
 声を上げる彼女の胸元を強く掴む。
「マリュー・・・・。」
 捏ねるたびに中が反応し、それにムウが夢中で口付けたり、弱い箇所を攻め立てたりする。
「ひゃっ・・・・ああんっ!?」
 一段と激しく彼女が身を逸らし、ムウは彼女の内部に有る一番脆い箇所を突き始めた。
 抱えていた態勢から、そのまま彼女を押し倒す。
 白くて長い脚が、ムウの身体に絡まり、落ちている衣装が、彼の肌をくすぐった。
「あっあっあっ・・・・あんんっ」
 掴まらなくても、身体を支えることが出来るようになり、眼を閉じて外界を遮断するマリューが、ムウの身体から手を離し、、枕元をしっかりと握り締めた。もう片方の手は、ムウの手に押さえられている。
 穿たれる角度が変わり、腰の動きも変えられ、ただ快楽の中で何かを目指して登っていく意識を、マリューは無理やり引き戻そうとする。

 そうしないと、このまま溺れて、知らない場所に連れて行かれるような気がしたのだ。

「あっ・・・・・あ、ムウ・・・・・ム」
 眼を開けると、間近に自分の足を抱え込んだ男の、細められた瞳を見つけた。

 必死で、余裕が無くて、ただ雄であろうとする色が、ちらちらと空色の瞳の奥で揺れている。
(欲しくてたまらないのは、私だけじゃない・・・・・。)
「何・・・・・そんなに見詰め・・・・て。もっと・・・・・すごい方が良い?」
「やっ!?」

 見詰めてくるマリューの瞳の奥に、懇願するような色を見つけたムウが、嬉々として囁いた。
 擦れる部分が、酷く熱く感じた。

 はあああんっ!?

 高く脚を持ち上げられて、奥まで貫かれる。無理な姿勢、一歩手前なのに、しかし体が与えられる快楽に、すっかり溺れて、そんな事すら気にならない。

 こんな格好・・・・・と、膝立ちするムウに攻められて、そう思うが、それもだんだんどうでも良くなっていった。


 彼を誘ったのは自分で、そして、こうやって彼から欲しい物を与えられている・・・・・。


「あっ・・・・あっあっあっ・・・・ああああんっ!」
 声が、切羽詰り、内部がムウを引き込んで放さない。手放しそうになる意識を必死で手繰り寄せ、息の切れてきたムウが、彼女を果てまで追い詰めていく。
「マリュー・・・・。」
「あっあっあっあ・・・・・・んっ・・・・んんっ―――――っ」

 がくがくと彼女の身体が震え、詰まった声が、高く啼くように響く。

 緊張する彼女の中で、自分の物が震えるのを感じて、ムウは自分の欲求をたたきつけるようにして、そのまま詰めていた物を吐き出すのだった。





 息が荒く、熱の塊のように熱くなっているマリューの身体を、ムウは素肌で抱きしめた。自分の身体の上に身を投げ出し、震える彼女に小さく笑う。
「マリューさん、カイロみたい。」
「あ、貴方だって・・・・・。」
 くすくす笑うムウを、上気した頬に、潤みきった瞳で睨む。汗ばんだ彼女の額から、前髪を払い、ムウはお腹の辺りに感じるくすぐったい物を手に取った。
「あ・・・・・・。」
 まだマリューの腰の辺りに、薄い衣装が引っ掛かっている。
 それをムウは引き上げて、マリューの身体へとかけてやった。
「・・・・・・・・・・。」
「着せるのも、楽だな、これ。」
 俯くマリューの赤い頬に眼を細めて、身を寄せる彼女の首の後ろでリボンを結ぶ。

 もとから着ているのか、脱いでいるのか分からないような衣装なのだ。

 すっかり皺のよってしまったそれを身にまとったマリューが、不思議そうな顔でムウを見上げる。

「あの・・・・・・。」
「んー?」
「なんでまた、着せるの?」
「あ、二回目したかった?」
 そうじゃありません!とマリューが真っ赤になって叫ぶ。普段、パジャマを着ようとするマリューを、ムウは抱きしめて放さないのだ。
 肌に触れるマリューのすべすべで、柔らかい肌をそのまんま感じてたい、という理由からである。
 だが、今日は早々に衣装を着せられて、首を傾げる。
 それに、ムウは彼女をぎゅっと抱きしめて横になると、甘やかな声で告げた。
「そりゃ、もちろん明日、朝日の中で天使みたいな悪魔のマリューさんを、良く見るためじゃない。」

 朝日でみる、ふわふわピンクのマリューさん・・・・・!!!

「・・・・・・・・・・・。」
「楽しみだよなぁ・・・・・。」
 浮かれたように告げる男に、女は呆れたように溜息を付いた。
「さっき、散々視姦したくせにっ・・・・・。」
「馬鹿だな、マリュー。」
 くすくす笑いながら、ムウはキスマークの残る胸元に、ちゅうっと口付けた。
「朝と夜じゃ全然違うんだよ。」
 そこで、はたと気付く。
「そうだ。した後と、する前とも違うんだぜ?」
「な・・・・・・。」
 にっこりとムウが笑い、彼女を組み敷いて上から見下ろす。
「終わった直後の・・・・・見せて?」


 いやーん、なんて身を捩るマリューを、しかし飽く事無くムウは思う存分眺めるのだった。


「これも、夫の特権だよな。」
「そんな特権嫌ですっ!」


(2006/05/01)