盛夏



 クーラーの停止したオフィスで、「暑いー。」と喚き散らしていたムウ・ラ・フラガ一佐は、団扇を持っていた手をぱたりと下ろして、デスクの上に突っ伏した。
「東洋の諺に、『心頭滅却すれば火もまた涼し』なる語があるが・・・・・。」
 その様子をちらりと横目で見た、バルトフェルドが涼しい顔で切り出した。
「試してみるかね?」
 えー?と仏頂面で顔を上げたムウに、男は炎天下の駐車場を指差した。
 止まっている車の中に、一つだけ真っ黒なものがあった。残念なことに、フロントガラスに何も付いていない。
「・・・・・・・・・。」
「あの中は恐らく簡易サウナになっているだろう。そこに小一時間入って出てくるだけで、この炎天化も天国のような気分になるだろうな。」
「どーせなら、その向こうの、」
 そう言って、ムウは有刺鉄線の張られたフェンスの向こうに広がる、真っ青な海を指差した。
「海で泳ぎたいよ、俺は。」

 真っ白な砂に、寄せては返す、エメラルドグリーンの波。どこまでも透き通った、海水。その中を潜り抜けて、海草の間にのんびりたむろする熱帯魚・・・・・。

「なんで真夏の盛りに、こんなオフィスで野郎と二人っきりなんだ・・・・・。」
「留守番役だからだろう。」

 ムウの嘆きを、一刀両断する砂漠の虎を見て、ムウが「あのさぁ。」と真顔で尋ねた。

「お前さ、なんでそんなに涼しそうなんだ?」
「知りたいかね?」

 ふと、顔を上げた、おおよそ軍人とは思えない、アロハ柄のシャツを上着の下に着込んでいるバルトフェルドは、ボタンをはずして前を広げて見せた。

 左腕に装着されている義手。その義手からかすかなモーター音が響き、ムウは気付いた。

「まさか・・・・・・。」
「冷却装置がついているもんでね。」

 つかつかと近寄り、ムウが思わずそのむき出しの鉄の塊である義手のジョイントに触れる。ひんやりと冷たく、掌から体温を奪っていく。

「何だってこんないいもん装備してるんだよ!?」
 こんな義手訊いたことないぞ!?

 思わずそう言うと、「もちろん特注だ。」と涼しい顔で答えたバルトフェルドが、いそいそとアロハシャツを着込んだ。

「これだけ着ても暑くないんだからな。まったく、義手さまさまだ。」
 掌に残った冷たさを握り締め、ムウははうーっと深く溜息をついた。一瞬だけ訪れた清涼感に心は浮上したが、次に襲ってくる暑さが倍に感じられてげんなりする。
「赤道付近ってさ・・・・年がら年中暑いけどさ・・・・夏になると余計に暑く感じるのはなんでだろうな・・・・。」
「ま、気の持ちようだな。」
「・・・・・・簡単に言うねぇ。」

 あー、もー、すぐそこに海があるんだから、泳ぎたいー。

 ダダをこねるようにそう言ったムウが、再びデスクに突っ伏し、金属でどこか冷たい部分がないだろうかと、頬を摺り寄せて確かめ始めたとき。

 涼しげな音を立が、つけっぱなしのモニターから響いてきた。

「あん?」
 ぱっと顔を上げ、デスクの足がいくらか冷たい、とそこを握り締めていたムウは、メールの着信音に何気なくそれを開いた。


 件名  誘拐


 本文  マリュー・ラミアスはわれわれが預かった。返して欲しければ海岸まで来い



「・・・・・・・・・・あ?」



 簡潔な文章に、ムウは思わず数度目を瞬く。それから、えーと、と天井を見上げた。

(マリューが誘拐?あの、マリューが誘拐?・・・・・んなアホな。)

 彼女は素手で銃を持ったザフトの特殊部隊を壊滅させたと聞いている。その彼女が、そう簡単に誘拐されるとはにわかに思えなかったのだ。

(暑さにやられたアホの悪戯かねぇ。)
「どうかしたのか?」

 仕事を続けるバルトフェルドから聞かれ、「いや、迷惑メールだった。」とムウはそれを削除しようとする。

 すると、続けて二通目が到着した。


 件名 誘拐


 本文 信じていないだろう君に、これを進呈しよう。



「・・・・・・・・・・・・。」


 よく見ると添付ファイルが付いている。ムウはしばらく顎に指を当てて考えた。十中八九、ウイルスがもれなく付いていそうな気がする。
 だが、この画像には真偽の程が詰まっているのも確かだ。

(まあ、仕事のパソコンだし、いっか。)

 三十秒ほどでそう結論付けて、ムウはぽちっとファイルを開いた。

 画面が切り替わり、添付されていた画像が現れる。

 その瞬間、ムウは衝撃に目を見開いた。


「!!!!!!!」


 思わず叫びそうになるのをすんでの所で堪える。


 なんとそこには。



 どこかの暗い場所で、水着姿のマリューが、足と手を縛られ、さるぐつわをされて、床に転がされているではないか!!!!



(保存・・・・・これ、永久保存!!って、違う違う、私用のパソコンに転送・・・・いや、ファイルを落として持って帰ったほうが安全)
「何をしてるんだね?」

 一人あわあわと百面相をしながら、デスクに引き出しを引っ掻き回すムウに、バルトフェルドの呆れた声が掛かった。

「い、いや、マリューが水着で転がってるグラビアが」
「?」
「って!!!!そうじゃなくて!!!!!」

 大変だ。

 マリューが誘拐された!?

「一体どうした?」
 一人青ざめるムウに、怪訝そうに顔をしかめた男が近づいてくる。それに、ムウはこんなエロ本みたいなことになってる、自分の最愛の恋人を見せるわけにも行かなくて、慌てて画像を閉じるとモニターの前に立ちふさがった。

「なんでもない!なんでもないって!!」
「どうも怪しいな・・・・・・。」

 じとっと目を細めるバルトフェルドの前で、ムウはどうしようかとぐるぐる考える。

 まず、マリューが拉致されたのは、どうやら本当のようである。
 なら、まずは助けに行かなくてはならない。
 だが、どうも腑に落ちない部分もある。

 それが、ムウをあんまり焦らせていない原因だった。

 すると、今度はムウの携帯がデスクの上で震え始めた。慌てて取り上げ、件名が「誘拐」であることに、ムウはすっと目を細めた。

「ちょっとマリューに何かあったみたいでさ。俺、これから出てくるわ。」

 本文を読まずにそういい、ムウはくるっとバルトフェルドを振り返った。

「何かあったのかね?」
「・・・・・・・・・・・。」

 しばし考え込んだ後、「ちょっとな。」とだけ答え、ムウはデスクに座りなおした。

 このままパソコンを置いていけば、あんな格好をしたマリューの画像を見られてしまう。それより何より、まずあの画像を消さなくてはならない。いやいや、そのもっともっと前に、あの画像を永久保存しバックアップとって自分のパソコンに転送を・・・・・。

「あのさ。」
 そこまで考えて、くるっとムウは振り返った。
「何時まで後ろに立ってるわけ?」




 本文 そのままオフィスを出て一番近い海岸まで来い。



 携帯に送られてきたメールに従い、ムウは大急ぎで駐車場に向かうと、自分の車に乗り込もうとする。だが、どういうわけか、リモコンを押しても鍵が開かない。

「あ?」

 首をひねり、何度も押すうちに、ふと彼は自分の手の中のキーを見た。どれも似通っている車のキーだが、ぷらん、と何か見知らぬものがぶら下がっている。

「ほーう・・・・・。」

 小さな三日月型のキーホルダーだ。

 どうやらいつの間にか、自分の車のキーとすり替えられているらしい。リモコンを手に、ムウは駐車場に止まっている車の、一つ一つに向けて、リモコンを押していく。
 やがて、一台の車が独特の音を立てて、キーを解除した。

「・・・・・・・・・・・・。」


 フロントグラスから車内に、さんさんと日光の降り注ぐ、漆黒の車。
 それが、どうやら犯人(?)の用意した車のようである。

 しばらく周囲を見渡すが、しん、と静まり返った駐車場に、反応を示す車はこれしかない。彼は深々と溜息をつくと、意を決してドアノブに触れた。

「!!!!」

 銀色のそれは、焼けるように熱い。

 喚きたくなるのを堪えて、ムウは大急ぎでドアを開けると、熱気が凄い勢いで外にあふれてくる車内に、息を止めて滑り込む。手早くエンジンをかけて、エアコンのスイッチを全開で入れた。

 しばらくそうやって放置して、涼しくなるのをまとう。

 ドアから熱気でふらふらしながら這い出すと、再びポケットの中の携帯が震えた。
 大急ぎで取ると、またしてもメールが。


 本文 早くしないと、大変なことになるぞ


 今回は画像付きのようで、ムウはためらわずにそれを開いた。そこには、なんと!後ろから羽交い絞めにされ、両手両足口の自由を奪われた、水着姿のマリューさんがっ!
 しかも、黒の水着の肩紐が両方とも落ち、怪しげな影が彼女に迫っているではないか!



 この瞬間、怒りなのか、それとも別の意味なのか(・・・・・)頭に血の上ったムウが、大急ぎで、車内温度が50度はありそうなそこに乗り込み、アクセルをべた踏みするのだった。






 一番近いビーチ。カーナビでそれを確認したムウは、「ああ、なるほどなぁ。」と一人納得する。窓を全開にし、クーラーをがんがんにかけているが、額から流れる汗は止まらない。あづいー、と呻くも、窓から吹き込むのは熱風だし、熱風に押されてクーラーは効かないし、気分的には散々だ。
 それでも、あんな「今にも襲われそうな」マリューを放ってはおけない。

 そうこうしているうちに辿り着いたビーチの前で、ムウは車を止めると、検問よろしく立つ、目の前の立派なゲートを見上げた。横に、カードリーダーが付いている。

「普通、そうだよな。」
 どこもかしこも熱く、触れるのも嫌な、黒で統一された車内をムウは調べ始めた。ボードをあけたり、サンバイザーを下ろしてみたり、ドアポケットを覗き込んだり、シートをずらしてみたり。
 灰皿を引き出して、そこに一枚のIDカードが入っているのに気付いた。
 ご丁寧にムウの顔写真入りだ。

「あった。」

 早速窓から身を乗り出して、ムウはそれをスキャンする。ぴぴ、と軽い音がしてゲートにグリーランプが灯り、ゆっくりとドアが開いていく。
 車を滑り込ませると、しばらくアスファルトの道路と街路樹が続き、やがて一軒の屋敷の前で道が唐突に途切れた。なだらかな坂が続き、背の低い木々の奥に、真っ白な砂が見えた。

 三度携帯が震え、ムウはそれを開く。

 まっすぐ砂浜に下りて来い。その先にマリューが居る。

 簡潔な文はそう謳っている。屋敷の中じゃないのか、と二つの画像を思い出し、ムウはもしかして、と思いながらゆっくりと砂浜へと下りていった。



 真っ白な砂に寄せては返すエメラルドグリーンの波。透明度の高い海水に、目に眩しい雲。

 広い広いビーチに立って、ムウは大きく深呼吸をした。メールが来るかと待つが、犯人からの要求はそこで終わりらしい。

(しゃーないな。)

 勢いよく上着と中のシャツを脱ぎ捨てて、ムウは準備運動をすると、スラックスはそのまま、靴と靴下を脱いで、ばしゃばしゃと海の中に入っていった。正面に広がるのはどこまでも続く海原と、ぼんやりかすんだ水平線。だが、視線を左に転じると、突き出した岬が見えた。ゆれる波に、岸壁が削られ、黒々とぬれて聳えている。
 マリューの居た場所が暗かったことから、ムウはあっちに洞窟かなにかあるのだろうと当たりをつけて泳ぎだした。

(っつたく・・・・水中眼鏡と、水着くらいくらい用意しとけよ、犯人め。)

 水を吸ったスラックスが足にまとわり付いて重い。だが、一応着衣での水泳訓練を受けているので、泳げないことはない。
 ただ、顔を海水につけても、全然海の中は見えない上に、目が塩っ辛くてやってられないため、ムウは顔を上げてそちらに向かって泳ぎ続けた。

 だが、岸壁の真下まで来るも、それらしいものは見当たらない。

(まさか、これ、ぐるっと回れっての?)

 突出してる部分はそんなに距離はない。溜息をついて、ムウは勢い良く泳ぎだした。先端まで行き、ターン。そうすると、再びくぼんだ先に、小さな砂場と、それを囲うように突き出した、同じような岩場が見え、ようやくムウは目的地に着いたことを悟った。
 砂場の奥に、洞窟らしい、ぽっかりと開いた割れ目のようなものが見えたのだ。

「これってやっぱり・・・・・・。」

 そこに向かって泳ぎながら、ムウは零れてくる笑みをかみ殺した。

「俺の所為かな・・・・・・。」





「七夕?」
「ええ。」
 一緒にオーブの軍施設内を歩きながら、マリューが持っていた短冊を「はい。」とムウに渡す。
「東洋の習慣でね。この短冊に願い事を書いて、あそこの、」
 彼女が指を刺した先には、庭の中心に据えられた大きな笹がある。そこには、色とりどりな短冊が風に揺れていた。
「笹に下げると願いが叶うんですって。」
 にこにこ笑うマリューに、「ふーん。」と思わず気のない返事をしてしまう。そのムウに、マリューが少し口を尖らせた。
「信じてないんですか?」
「ん?いや・・・・ま、そう言うわけじゃないけどさ。」
 曖昧なな物言いに、マリューは眉間に皺を寄せると、ムウに渡した短冊を取り上げようとする。
「信じてないなら、返してください!」
「え?貰ったもんは返せないって。」
 その彼女をひょいっとかわし、ムウがにやりと笑った。
「信じてもいない人の願いが叶ったら腹が立つでしょう!」
 だから返して!
「何も俺、信じてないとは言ってないぜ〜?」

 つかみ掛かる彼女をかわしながら、ムウはほとんど思いつきで口を開いた。

「あー、それに俺、かなえて欲しいこと、あるしー!」
「ええ!?」

 あの佐官コンビは何をやってるんだ?と部下達の生暖かい視線を感じながら、ムウは自分のポケットからボールペンを取り出すと、にっこり笑う。

「なんですか?」
 半信半疑で見上げるマリューに、ムウは全開の笑顔を見せると。

「それは・・・・・・・・。」




 ざばあ、と大量の水しぶきを零しながら立ち上がり、ムウは滴る海水を顔から払って髪を掻き揚げた。小さな砂浜の、白い、でも熱く焼けた砂を踏んで奥にある、ぽっかりと開いた洞窟を覗き込んだ。

「マリューさーん、居るかー?」

 うわあんわんわん、と声が響き、ムウは耳を済ませるが、口を塞がれてちゃ声も出ないかと、肩をすくめる。湿った岩に、足を取られないよう気にしながら、ムウはゆっくりと奥に向かって進んでいく。
 一応、車の中に懐中電灯が無いか探していたのだが、見つからず、こうして真っ暗な中、灯りもなしに進んでいくと、不意に、風にまぎれるようなうめき声が響いてきた。

「マリューか?」

 そっと声をかけると、今度は割りと近くから鎖をがしゃがしゃ言わせる音が響いてくる。

 大分暗闇に慣れた目で辺りを慎重に見渡し、ムウは直感でマリューの存在を感じ取った。
「大丈夫か?」
 必死に笑いをかみ殺して、ムウは感じたほうに手を伸ばす。と、丸く柔らかいものに手が触れて、「んうううううう〜」というマリューのくぐもった悲鳴があがった。
「あ、これ?」
 手に吸い付くような、水着の独特の質感の上から、丸いそれをこね回すと、両方を揃えて尚、じたばたともがく足が見えた。
「これ、何?」
「ううううんんんっ!!!!」
 抗議の声を上げるマリューに、必死に笑いを堪えて、ムウは手を離すと、ゆっくりと彼女を抱き寄せた。
「もう、大丈夫だからな。」
「んうううううっ!!!」
「こら、嬉しくても暴れるな!はずせないだろ!?」

 後ろ手に縛られ、足もしっかり縛られている。足のほうをはずしてやり、ムウは手と口はそのままで、彼女をひょいっと抱き上げた。

 途端、くぐもった声が猛然と反発し始めた。それを軽く受け流し、ムウは「だってさぁ。」としゃあしゃあとのたまった。

「それ、はずしたらマリューさん俺のこと、散々怒って殴るだろ?」
「んううんうっ!!」
「あ、いま、当たり前です、って言っただろ?」
「んうーっ!んんんんっ!!!」
「はいはい、明るいところで助けてあげるから。」

 洞窟の口が、どんどん大きくなり、水色だった空が、海と共に目の前に広がってくる。やがて、煌く太陽が、再びじりじりと肌を焼く砂場に降り立ったとき、ムウは眩しそうに目を細め、それからにらみ上げる、黒の水着のマリューににっこりと笑いかけた。
「これで、姫君救出完了〜。」
「んーんーんーっ!!!」

 これをはずして、と足をじたばたさせるマリューを抱えたまま、ムウはじーっと彼女の素肌に視線を落とした。

「とりあえず。」
 しばらく考え込んだ後、ムウはそれはそれは綺麗に笑った。
「悪漢に何か酷いことをされてないか、確かめないとね〜vv」
「!!!!!!!」





「貴方って・・・・・人はーっ!!!」
 口を塞いでいた布を取り外すと、途端、後ろ向きで、ひざの上に抱えた可愛らしい恋人が抗議の声を上げた。
「なんてことするんですかっ!!!」
「別に俺の計画じゃないんだけどね。」
 手の戒めはそのままに、露出の多い肌に口付けていく。
「嘘!絶対嘘!!」
 叫び、抵抗するように身をよじるも、「こーら。」と楽しそうなムウの声にさえぎられてしまった。
「あっ」
 首筋を軽くかまれ、ムウの身体に体重の半分を預けた格好で、その太ももを持って、両足を広げられる。
「ちょ・・・・やあっ!ムウっ!!!」
 もがく足を封じられ、代わりに広い広い海と空を前に、はしたない格好を取らされて、マリューが羞恥に真っ赤になった。
 だが、ムウはそんな紅くなった耳たぶに唇を寄せて、楽しそうに口付けを繰り返している。
「言ったでしょ〜?明るいところで取り調べないとvv」
「と、取調べって、わたし別に何もされてな」
「それはどうかにゃー。」
「きゃっ」

 彼女の開いた脚を、自分の足に引っ掛けて固定し、後ろから抱きかかえたまま、ムウは左手で彼女の水着を押し上げた。

「や、やだっ!ムウっ!!」

 さんさんと降り注ぐ太陽の下で、半分見えていた(といっても過言ではない)白い胸があらわになる。
「あっ・・・・あっん・・・・ん・・・・ふっ」
「何の跡も付いてないかな?」

 白く、手に余る柔らかいそれを、こね回し、色ずく先端を指先で弄ぶ。明るい中で、声をあげるのをためらい、必死に息を飲むマリューの首筋に、、ムウは舌を這わせた。

「ひゃあっ」

 可愛らしい啼き声が上がり、喉を逸らす。両手でふにふにと、真っ白な塊を愉しみながら、ムウは「こういうこと、されなかった?」と耳元で低く尋ねた。

「あっ・・・・・や」

 びくん、と体が跳ね、肯定するようなマリューの、硬くなった先端をこすりあげた。

「されたの?」
「さ、されるわけ・・・・ないでしょ!」

 震える声が告げ、ムウは「そうかなぁ。」と強く彼女の胸を揉む。切ない声を上げるマリューに、「だって、震えてるし〜。」と意味のわからない理由をこじつけた。

「こういうこと、されたから、こんな反応しちゃうんじゃないの?」

 意地の悪い台詞に、きっとマリューがムウをにらみあげた。

「違います!大体!!」
「大体?」
「・・・・・・・だ、いたい・・・・・。」

 真っ赤になって、口をぱくぱくさせるマリューに、ムウは顔を寄せる。後ろから強引に口付け、柔らかな塊と先端を丁寧に愛しながら、舌を絡めてやった。
「ふ・・・・・んう・・・・く」
 ぬれた音が、波の音に混ざり、熱せられた空気よりも尚、熱い吐息が洩れる。
 唇を離すと、刺激に体の奥を振るわせたマリューの、開かれたままの脚が、がくん、とゆれるのが見えた。
「大体何?」
 さっきの台詞の続きを拾って言われ、マリューは首を振る。かろうじて、「知りません」とつぶやく。
「・・・・・大体・・・・・・」
 その続きを思案するようにしてから、ムウの手が、押し広げられている彼女の足の付け根へと忍び寄った。
「大体、胸だけじゃわからない・・・・・とか?」
「!?」

 ひゅっと息を呑み、「やめて!」と思わず懇願するマリューに、「ちがうの〜?」なんてふざけた台詞を返す。

「やっ・・・・・・。」
 左手で彼女の胸を相変わらず嬲りながら、伸ばした右手で、ムウは彼女の敏感な芽を、水着の上からこすった。鈍い痺れが体の奥を走り、彼女が可愛く反応する。
「ああなるほど。」
「や・・・・あっ・・・・・ひやあん」

 体重をムウに預けて、肢体をよじる彼女を、ムウは水着の上から指を滑らせて追い立てた。

「あっあっあ・・・・・ああっ・・・やあっ」
 震えるような矯正が上がり、内側から水着が濡れて来る。彼女の声を奪い取るように、再び口付けながら、男は布の内側へと指を滑らせた。びくん、と体が跳ね、外気よりも熱くなったそこに、指が滑り込む。
「やあっ!だ、めぇ」
 ちゅぷ、と指を咥えるような音を立ち、柔らかい内側に侵入したそれが、芽をこするのと同時に、かき回す。
「あっ・・・・やああっ・・・あっ・・・・んんっ」
 首を振って、甘く競りあがる快感から、なんとか逃れようとするマリュー。その彼女の熱い肌に舌を這わせ、掌で余すところなく撫でていく。
 ぞくぞくするような痺れを感じ、女の腰が無意識に揺らめいた。もっと、とねだるような動きに気付いたムウが、笑みを殺して声をかけた。
「マリューさんったら、どこでそんない感じやすくなってきたわけ?」
 おまけに、腰まで振って。
「ち、ちが・・・・・。」
 見上げる、彼女はその瞬間、探り当てられた弱い場所を、指で突かれて、「ひゃああん」と喉を逸らした。
 ぬれた声と吐息を漏らす唇に噛み付き、ちらりとなめる。
「こんな声も、誰に出すように言われたの?」
「それ・・・・は」

 開かされた脚の奥から、濡れて熱いものがあふれ出し、腰から徐々に熱の塊のような、甘い痺れが這い上がってくる。

「誰の所為?」
「んっ・・・・・・んぅ。」
「イきたいでしょ?」
「あっ・・・・やあ」
「教えてくれないと、イかせない〜。」
 蠢いていた彼の二本の指が止まり、ぐり、と芽を押される。ほてって熱くなった肌から引き離された左手が、彼女の頬を優しくなでた。
「怒らないから、誰にこんなやーらしいカラダにされちゃったのか、教えて?」
 朱の走った目じりで、マリューは悔しそうに唇を噛んでムウを見上げた。身体をなでる手は止まっているのに、弱い部分だけは相変わらず指の腹でこすられて、欲するように脚と腰がもっとと促してしまう。
「ほら・・・・ちゃんとイかなきゃ、終われないでしょ?」
 緩慢で、じれったい動き。もっと、と腰を突き出し気味にしながら、マリューはきゅっと目を閉じた。
「・・・・・・の・・・・所為よ・・・・。」
「ん〜?」
 ぐり、と意地悪く動かされて、そのまま動きが止まる。きゅん、と切なくなるのを堪えて、マリューはぽしょっと口を開いた。
「ムウ・・・・の所為よ・・・・。」
「俺ぇ?」
「貴方以外と・・・・・・するわけない・・・で、しょ?。」
 きっと涙目で見上げ、マリューは、すり、と自分の額をムウの首筋に摺り寄せた。
「それに・・・・あんな・・・・願い事・・・っ!」
 じわり、とこみ上げる優越感と愛しさに、ムウはにっこりわらうと、「そっか。」と低く告げる。
「じゃあ、俺の所為らしいから。」
 止まっていた指先が、再び中で蠢きだす。先ほどよりも激しく。
「ひゃあ・・・・あんっ」
「ちゃんと責任取らないとな?」

 甘い声がささやき、マリューを気持ちよくするためだけに、男の手が、唇が、彼女の柔らかな肢体を愛していく。頭の中が真っ白になり、マリューはただ、縛られた手をきつく握り締めた。

「あっ・・・や・・・・も・・・・」

 震える身体。じわりと涙の滲んだ目じりにムウは口付けた。その優しいしぐさとは裏腹に、追い込まんとする動きは余計に激しくなった。
 がくがくと震える脚と身体。緊張するように、その指先が引きつり。

「あっ・・・・んっあ・・・あ・・・ム・・・・んっ・・・んああああああ」

 喉を逸らして洩れた声に、男は満足げに笑うと、「これが全部俺の所為ねぇ」と、誉めるように甘い口付けを彼女に落とすのだった。





 ようやく手の戒めを解かれ、半分ムウに背負われるようにして海を渡り、反対側の広いビーチに降り立ったときには、マリューはくたくたに疲れていた。
 何故こんな事になったのか。

 直接的にこの男が関わっているわけではないが、全ての現況がこの、とんでもない恋人であることは重々承知していた。

「立てるか?」
 足をふらつかせ、多々良を踏むマリューを、ムウが支える。風もなく、ただじりじりと太陽が照りつける中に、脱ぎ捨てられたままになっていた制服を拾い上げて、ムウは濡れるのも構わず、彼女の肌にかぶせた。
「誰の所為よ・・・・。」
 それに、マリューがきっと恋人をにらみ上げた。
「そりゃ、君を連れ去った犯人じゃなの?」
 脇にアンダーのシャツを抱えたムウが、よろける彼女を抱き上げて、さっさと車の方に向かう。
「元はといえば、貴方が」
 そこまで言って、「あれ?」と首をひねるムウに、マリューは嫌な予感がした。
「何?」
 なだらかな坂をあがった先に、ゆらゆらと熱気を放つアスファルトが続いている。そこに、先ほどまでムウが乗ってきた漆黒の車がある『はず』なのだが・・・・。
「やられたな、こりゃ。」
「え?」

 駐車スペースはただ、がらんとして、車の気配は跡形もない。

「ちょ・・・ど、どうするの!?」
 このまんまの格好で公道を歩く勇気を、マリューは持っていない。
「どうって・・・・・。」
 これも「織姫」と「彦星」の仕業か?とマリューには悪いが、内心にまにましながら思っていると、マリューが羽織っていた制服のポケットが震えた。細い彼女の手が、引っ張り出したそれを開く。

 件名が誘拐、から監禁に変わっていた。


 本文 マリュー・ラミアスを誘拐した犯人、ムウ・ラ・フラガに指令を出す。


「あらら。俺が誘拐犯になってんな。」
「ちょっと、どういうこと!?」


 先ほどのIDで屋敷のシステムは全て使える。十分に再会を楽しむように。


「・・・・・・・・・。」
 あんぐりと口を開けるマリューに、「あー、なるほど『再会』ね。」とムウは妙に感心したように声を上げた。
「い、一体誰の仕業ですか!?これは!」
「そりゃ、あれだ。七夕の願いをかなえてくれた、織姫様と彦星様でしょ?」
「仕事は!?ムウ、途中でしょ!?」
「マリューさんは今日は非番なんだよな?」
 深い臙脂色の屋根に、白亜の壁が目に眩しい、屋敷のポーチへと歩いていく。大きく、分厚い造りの扉の前に、このビーチに来るために通したカードリーダーと同じものが付いていた。
「ちょっと失礼。」
「どこに手を入れてるんですか!?」
 羽織っている制服の、胸ポケットに手を突っ込まれて、マリューが悲鳴のような声を上げる。それに、「さっきまであんないい声出してたのに、説得力ない〜。」とあしらわれてしまう。
「そ、そういう問題じゃ・・・・。」
「ほら、ただ鍵取るだけだって。」
「あんっ」
 するっと引き出したカードを、ムウはそこに通すと、重たい音を立てて鍵がはずれ、押すと、意外なほど軽くドアが開いた。

 廊下が両脇に伸び、奥に階段が見える。右側に折れて、廊下を進んだ先に、広い窓から海と空、それから砂浜が一望できるリビングが広がっていた。
 その、あまりの広さに二人は息を飲む。
 天井は吹き抜けで、二階と三階の廊下の手すりが見え、斜めに付いた天窓の傍で、ファンがゆっくりと回っていた。
 大理石と思しき、趣のある、白い磨かれた床にマリューをおろし、ムウは「さっすがアスハの別邸だな。」と感心したようにつぶやいた。
「そうアスハの・・・・って、ええ!?」
 固唾を呑んでこの光景を眺めていたマリューは、さらっと言われた台詞に、勢い良く顔を上げる。
「それってどういう」
「あ、マリューさん、二階にバスルームあるみたいだぜ?」
 だが、当の恋人はさっさと室内を物色しに掛かっていた。一通りリビングを見た後、奥に更にある、らせん状の階段を男は上っていく。
「ちょっと、ムウ!」
 その下に立ち、抗議の声をあげると、ひょいっと二階から顔を出したムウが、「マリューさん、絶景」と笑顔を見せた。
「え?」
「そこに立つと、胸の谷間が良く見えるv」
 慌てて階段を上り、海に面して張り出したバスルームで、さっそくお風呂を沸かしにかかるムウに眉を吊り上げた。
「さっき散々見たくせに。」
「ざーんねん。俺、さっき後ろから触ってたから、良く見てない。」
「・・・・・・。」
「すぐ温かくなるからさ。先に入れよ、マリュー。」
 水着一枚に、ムウの制服を羽織っているだけの彼女に薦め、ムウは「着られそうなもの探しておくから。」と喰えない笑顔で言った。
 水は張ってあったらしく、徐々に水面から湯気が立っている。一人で使うには広すぎるそこを前に、徐々に肌が冷えていくのが判ったマリューは、胡散臭げにムウを見上げた後、溜息を漏らした。
「ねえ、どうして私達、二人っきりでカガリさんの別邸にいるわけ?」
 いそいそとマリューの着替えとバスタオルを探しに行こうとしていたムウが、「え?」と後ろを振り返った。
「・・・・・・大体マリューさんさ、何時どこで拉致されて、あんなところに転がされてたわけ?」
「それは・・・・。」

 そこで、マリューは今朝、子供達が泳ぎたいというから、付き添ってくれとラクスから頼まれたのを思い出した。
 水着なんか持ってないわよ?と言うマリューに、ラクスは別室に用意しましたから、となぜかきらきらした笑顔で言われたのだ。
 その時用意されたのが、現在着ている、黒地に、ぼんやりと輝くように描かれた白の花が綺麗な水着である。肩の所で紐を結ぶようなタイプのそれに、サイズがぴったりなことから誰が買ったのかと、妙に赤くなったのを覚えている。

「それで・・・・着替えて皆と遊んでいたら、カガリさんがソーダを持ってきてくれ・・・・・。」

 そこで、ようやくマリューは気付く。それ以降、意識が無いことを。

「って、まさか!?」
 ばっと顔を上げるマリューに、「ま、そう言うこと。」とムウが肩をすくめて見せた。
「でも、元はと言えばマリューさんが悪いんだぜ?七夕の願い事は必ず叶う、とか言うから。」
「だ、だって・・・・そ・・・・んな!?」


 思いついた願い。
 絶対叶いそうもない願い。

 それをムウはマリューから貰った短冊に書いて、軍内の笹に吊り下げていた。


『織姫と彦星が再会して、あつ〜い夜をすごしたように、俺もマリューさんと二年ぶりの再会を祝して、無人島であつ〜い夜がすごせますように』


 そんな願いを、どうやら織姫と彦星は採用し、こうやってちゃんと河を渡って(正確には海だが)織姫をゲットして、無人島(更に正確にはプライベートビーチ)で熱い夜をすごせるようにしてくれたのだろう。

「さっすがだな〜。まさかマリューさんのあんなショットまで手に入るとは思ってなかったから、なんていうか、願い事三倍返し?」
「あんなショットってどんなのですか!?」
「秘密。」
「ムウー!!!」
「ほらほら、お風呂沸いてきたし、一緒に入りたい?」
 するっと制服の袷に手を滑らされて、マリューが慌ててそれを着込む。
「なんなら脱がせてあげようか?」
 さっき、日の下でマリューさんのカラダ、見られなかったし。
「結構です!!」
 ぐいぐいと背中を押して、マリューはムウを追い出すと、バスルームの扉にしては立派過ぎる、ステンドグラスの嵌った白いドアを勢い良く閉めた。
 ドアの向こうでムウが笑っているのが判る。
「まったくもう・・・・・。」

 頬を膨らませ、いくらか砂にまみれた制服を脱いで、マリューは大分湯気があふれて温まった浴室を見た。

「・・・・・・・・・・。」

 曇り止めが施された窓から、どこまでも続く海と空と雲が良く見える。

 さっきも別角度から見ていたはずなのに、夢中で景色を覚えていない。綺麗な光景に魅入っていると、不意に先ほどのムウとのコトを思い出して、マリューは赤くなって慌てて水着を脱ぎだした。

(さっき・・・・・。)

 ムウ自身は何もしなかった。

 シャワーをひねって熱いお湯を浴びながら、マリューはこれからの数時間を思うと、どうにも恥ずかしく、でもカラダが熱くなるのを止められないのだった。








「しっかしまぁ、良く揃えたもんだな・・・・。」

 三階の奥にある寝室は、星が良く見えるようにと、天窓が大きく付き、バルコニーが張り出す大きな窓がある。床はフローリングで、木目が美しく簡素ながら雰囲気があった。傍にあったクローゼットを開けて、中を確かめていたムウは、そろっている衣装と下着を手に、感心したように頷いた。
「お嬢ちゃんの趣味か、はたまたお姫さんの趣味か・・・・・。」
 濡れた衣服を脱いで、自分が着られそうなものを選び、くっくと笑いながら、更に中からとりあえず、マリューが着てくれそうなものをチョイスする。そのまま階下へと降り、洗濯機を探しながら、ムウは改めて屋敷の中を見渡した。
 要人の住まう居住とは思えない、明るく日差しの差し込む造りの、アスハの別邸。だが、ガラスも壁も防弾防火防風で、ちょっとした爆撃にならびくともしない造りになっている。
「さっすが・・・・・。」
 こんこん、と手近にあった窓ガラスを確かめながら、ムウは一階のキッチン脇にある、洗濯室で、己の制服を放り込むと、すぐ上にバスルームへと階段を上がった。
「マーリューさん?」
 かちゃん、と鍵の掛かっていないドアを開けて顔を覗かせる。曇り戸の向こうからは、シャワーの音がせず、たぶん中で湯船に浸かっているのだろう。
「居るー?」
 もう一度声をかけると、勢い良く水が跳ねる音がした。
「別に入って行って襲ったりしないって。」
 一応着替え候補、選んで置いとくからな。
「・・・・・・ありがとう・・・・・。」
 わあん、と反響する声を確認して、ムウはドアを開けるのを我慢するといそいそとバスルームを出た。

 本当はあのまんま、砂場で彼女を押し倒してしまいたかった。乱れた黒の水着に、肌を赤く染め、自分の上で呼吸を繰り返す彼女は思った以上に扇情的だった。
 だが、それをしなかったのは、「そういうんじゃなくて。」という意識が働いたからだ。

(あのまんまするのも楽しそうでよかったけどさ・・・・ていうか、ぶっちゃけ後悔気味だけどさ・・・・。)

 なんとも言えない感情を持て余したまま、ムウは彼女が出てきたら、一度気持ちをリセットするつもりでシャワーを浴びようと決意するのだった。



「ムウー!!!!」
 キッチンで用意されたメモに目を通していた男が、頭上で響いた声に顔を上げた。物凄い足音を立てて彼女が上から顔を覗かせる。
「あに?」
 見上げると、口をパクパクさせている彼女が見えた。
「こ・・・・・・これは・・・・・。」
 そのまま絶句してしまう彼女の元に、にっこり笑ったムウが上がっていく。
「どうかした?」
「こ、こここ来ないでっ!」
「来いって言ったのマリューさんでしょ?」
「違います!わ、私がいったのは、これはどういうことかって」
 段々近づいてくる男に、慌ててバスルームに駆け込むマリュー。その手首を間一髪捉えて、ムウはぐいっと彼女を引っ張った。

 バスタオルを巻いただけの彼女が、俯きがちにすっぽりとムウの腕の中に納まっている。

「これはって?」
「ふ、服です!!これっ!!」

 じんわりと頬を染めた彼女が指差す先には、ムウが選んだ服が三着ほどおいてあった。一応物色したらしく、広げておいてある。

 一つは、黒にダークブルーのレースが胸元を覆う、キャミソールワンピースで、胸の下辺りで縛る藍色のリボンが可愛らしかった。

 ただし、丈が異様に短い。
 ワンピースタイプだって言ってるのに、膝上15センチはある。

 次はオレンジに大きなハイビスカスが描かれたチューブトップと、深い緑のショートパンツ。
 なのだが、サイズが小さめで、マリューが着ると胸元が大きくなり、へそはでるは、パンツは短くて脚の付け根まで見えるは、きわどすぎる。

 最後はふんわりとした白のドレスだが、背中が大きく開いている上に、ギャザーたっぷりの裾ははっきり言って、レースを巻いてるだけで、安心感がない。
 おまけにこれも丈が短すぎた。

「き、着れません!!!」
「そう?似合うと思ったんだけど?」
「ろ、露出が多すぎます!!」

 悲鳴を上げるマリューに、「でも、まあ、外は暑いしいいじゃん。」と男は関係ないことを言い始めた。

「で、でも、な、何もこんな丈が短くなくたって!!」
「けどさ、用意されてたのはもっとすんごいのとか有ったけど?」
「・・・・・・・・・・・・。」

 そっちがいい?とふんわりした白のワンピースを持ち上げ、にこにこ笑うムウに、マリューはぎゅっと唇を噛んだ。

「確かめてきます!!!」

 すでにムウにはバスタオル姿をさらしているのだ。じりじりと後退し、マリューはそのままきびすを返すと、裸足のまま、ダッシュで三階へと駆け上がっていった。

「・・・・・・・・まあ、いいけど。」
 その様子に吹き出しながら、ムウはさっさとバスルームのドアを閉めて、自分も塩っ辛いものを全部流そうといそいそと服を脱ぎだした。


「だから言ったろ?」
 あれが無難だって。

 風呂から上がってさっぱりしたムウが、リビングのソファーに座り込む、黒のキャミソールワンピースを着たマリューに声をかけた。
 がっくりと彼女がうなだれる。

「何を考えてるのかしら、お星様はっ!」
「似合ってる。」
 伸びるわけでもないのに、ぐいぐいとワンピースの裾を引っ張るマリューに、後ろから抱き着いて、ムウはちう、と彼女の頬にキスを落とした。
「・・・・・・ていうか、もう帰りません?」
「どうやって?」
 はー、極楽極楽、とマリューの柔らかな肌に頬ずりをしていた男は、ぎゅっと膝の上で手を握り締める彼女の顔を覗き込んだ。
「電話して、迎えに来てもらいましょう。」
「つながらないけど?」
「じゃあ、軍にかけて」
「無理無理。留守番役はバルトフェルドだぜ?たらいまわしにされた挙句、許可できません、で終わるだろ。」
「・・・・・・・権力の前では無力ね。」

 はうー、と頭を垂れるマリューに、「マリューは俺と一緒は嫌か?」と抱きしめる腕に力がこもった。

「そうじゃないわ・・・・・。」
「じゃ、なんで?帰りたいわけ?」
「・・・・・・・・・・あの・・・・・。」
 帰り・・・たいわけじゃ・・・・ない・・・・の。

 ぽしょぽしょと零される小声に、ムウは更に強く彼女を抱き寄せる。

「じゃあ?」
「・・・・・・・ねえ。」
「うん?」
「一日中、一緒に居ることって・・・・今まで無かったでしょ?」
「うん?」

 きゅっと、マリューの手が自分を抱きしめるムウの腕に触れる。その手を握り返し、男は柔らかい瞳で恋人を見た。
 かあ、とマリューの頬が熱くなった。

「デートも・・・・ないし、忙しいし・・・・今だって、一緒に住んでるって言っても、共同生活でしょ?」
 だから、あの・・・・・。

 途方にくれたように俯き、「い、今更・・・・ですけど・・・・・。」と彼女はごにょごにょ続けた。

「その・・・・・。」
「つまり、このひろーい屋敷で俺と二人っきりで、周りに誰も居なくて、ってのが嫌ってコト?」
「嫌じゃないんです!ただ、き、緊張して・・・・。」

 ぱっと顔を上げた後、視線を逸らし、困ったようにムウの腕に頬を寄せるマリューに、男はくすぐったいものを感じた。

 確かに、自分達の周りにはいつも誰かが居て、手を繋ぎあって眠った艦長室だって、どちらかの勤務の都合で心行くまで二人っきりだったことは無かった。

「もう少し甘えて欲しいけど・・・・って、すぐには無理か。」
 思わず俯いて、ムウの体温に身を寄せていたマリューはその一言に「え?」と顔を上げた。
「二年間、ブランクあるしね。」
「・・・・・・・・。」
「その前っつっても、そんなに長い間一緒に居なかったもんな。」
「・・・・・・・・。」
 何故か痛そうに顔を背けるマリューに、ムウはしかし、優しいキスを落とした。
「でもさ、そう言うのって、こういう時間の積み重ねで埋まるもんじゃないのか?」
 唇を離して笑う男に、マリューはどきりとする。
「当たり前になるまで、一緒に居よう。」

 まあ、それはそれで困ると言えば困るけどなぁ。

 明るく言って身体を離すムウに、「それってどういう意味です?」とマリューが立ち上がる。ひらりとゆれたスカートの裾の心もとなさに、慌ててマリューがそれを引っ張った。

「当たり前になっちまったら、マリューさん、俺から逃げてくかもしれないし。」
「なんでです?」
「刺激がないからーって。」
 浮気してやるー、とか言われたらどうしよー。
「そんなこと言いません!」
「判りませんよー、どうなるか。」
「んもう!ムウ!!」

 ひらっとマリューの手を逃れ、ジーンズにYシャツ姿の男が、キッチンへと逃げ込んだ。

「さ、後は俺がやるから。」
「え?」

 ゆっくりと日が傾き、心なしか、日差しが和らいでいる気がする。お昼を食べ損ねたマリューのお腹がくう、と鳴って、彼女が真っ赤になって、「私がやりますから!」とエプロンを締める男に手を伸ばした。

「だーめ。」
 それをつかんで引き寄せると、ムウは、マリューの額にちう、とキスを落とした。

「これはマリューのお願い事でしょ?」
「え?」
 腰を抱いたまま、見つめ返す蒼穹の瞳に、マリューははっと気付いた。

 自分が短冊に書いた願いを思い出したのだ。


 旦那さまが優しく愛してくれますように


「あ・・・・・あれは」
「どうやら、お姫さんズはマリューさんをいたわる方向を選んだらしいぞ?」
 くすくす笑いながら、提示されたレシピにはご丁寧に「マリューさんにやらせないように」と書き添えられている。
「そ・・・・・そう・・・・・。」

 本当は。
(毎晩無理なことばっかり言ってくるから・・・・・そういう意味も含めたんだけど・・・・。)
 じゃあ、後宜しくね、なんてぎこちなく言いながら、マリューは踵を返してリビングへと向かう。
(ま・・・・この際それは考えないことに)
 早足でソファーまで辿り着き、テレビでも見ようかとリモコンを取り上げたところで、「まあ。」とのんびりしたムウの声が響いた。
「本当に優しく愛しちゃうのはこの後だけどな、マリュー?」
 鼻歌交じりに宣言された台詞に、思わず持っていたリモコンを取り落としてしまうマリューさんなのだった。




 とにかく疲れていた。その所為で、リビングでうたた寝をしてしまったマリューは気付くと、茜色に染まった空と、藍色の空がせめぎあうのが正面の窓越しに見えて息を呑んだ。
 慌てて立ち上がり、振り返ると、ちょうど、窓が正面に見える位置にすえられたテーブルに、時間はずいぶん掛かったが、ちゃんとレシピ通りに作られた料理が並んでいる。中央にすえられたキャンドルに火をつけていたムウが、気配を感じて振り返った。
「どうでしょうか、お姫様?」
「凄いわね、ムウ・・・・・・。」
 海鮮物を中心とした、イタリアンに目を瞬く。
「ま、手際が悪くてさ。」
 ほら、見てよ。

 そう言って、ムウがスープの中からニンジンをつまみ上げ、その形のいびつさに、マリューが思わず噴出した。

「味は保障するよ。」
 味見しすぎて腹減ってないくらいだから。

 笑ってごまかすムウに「もー。」なんて頬を膨らませてから、マリューはちょっと俯くと、そっとムウのシャツを引っ張った。
「ん?」

 もう少し、甘えて欲しいけど。

 そういったムウの声が、胸のうちで反響する。

「ありがと。」
 意を決したように、すりっと彼の胸にすりより、マリューは顔を上げた。ふう、とねだるように目を瞑ると、ぐっと抱き寄せた男が、柔らかいキスを落としてきた。

「・・・・・・んなことしちゃったら、晩御飯の前に、マリューさん食べちゃいたくなるでしょ?」
「うん・・・・・。」
 両手を彼の首に投げかけ、きう、と彼女が抱きつく。
「こーら。」
「うん・・・・・。」

 擦り寄る彼女に、「だーめ。」とかすれた声でムウが告げた。

「まずはご飯。」
「・・・・・・・・。」

 そこでふと、この状況はいつもとは逆だと、気付いた瞬間、二人は同時に笑い出すのだった。






「ねえ。」
「うん?」
 広い広い寝室の、天窓から月が覗いている。ふわりと引かれたカーテンが、少しだけ開いた窓から吹き込む風にゆれてたなびく。
「月が見てる・・・・。」
 ベッドに腰掛け、抱き寄せた腕の熱さにめまいを覚えながら、マリューがかすれた声で切り出した。
「ん。」
「明るくない?」
「昼間のほうがもっと明るかったデショ?」
 くすくす笑って言われて、マリューの頬が真っ赤になった。手がすべり、来ているワンピースの肩紐を下ろしにかかる。
「ねえ。」
「あに?」
 ちう、と軽い音を立てて、彼女の首筋に口付ける。きゅっと、マリューの手が、ムウの着ている白のシャツを握り締めた。
「どうして昼間・・・・・。」
 つ、と背筋に指を這わされ、びくり、とマリューの身体が震えた。漏れた声が、甘く空気を震わせる。
「あのまま・・・・・。」
 スカートの裾に手が伸び、乾いた手が、太ももを撫でた。それに潤んだ視線を上げて、マリューがムウから身体を離した。
「あのまま、しなかったのかって?」
 彼女が言えず、口ごもった台詞を拾って、ムウが静かに尋ねた。こっくりと、マリューが頷いた。歳の割りに幼い仕草に、抱きしめる腕に力を込める。
「あ」
 手を、服の中に差し伸べたまま、きゅうっと抱きしめられ、素肌に感じる掌に、ぞくぞくする。きし、と軽い音をベッドがたてた。
「貴方・・・・ああいうの好きそうだから。」
 散々耳元で変なこと言ってたし。
 頬が丸く膨らみ、「確かに、そこで後ろから、こう思いっきりやったら気持ちいいだろうなぁとは思ったさ。」と彼があっけらかんと言う。
「は、はっきり言わないでください!」
 それに、力いっぱいイかされたあの時を思い出して、マリューが頬を赤らめた。
「マリューさん、すげー可愛かったし。あれだけで、あんな気持ちよさそうな顔されちゃったらさ、もう挿入ちゃったらどうな」
「判りましたから!!そうじゃなくて!!」
 どんどんあけっぴろげに話しそうな彼を制し、マリューが悲鳴を上げる。
「そうじゃなくて?」

 それに、する、と両腕から彼女の衣服を抜き去ったムウが、ぽふ、と彼女を広い広いベッドの、柔らかい敷布の上に押し倒した。

 月の光の銀色に、輝いて見える、ムウの金色。

 両手を、シーツに縫いとめられ、下着姿を月光の下にさらしているのに、白く淡い光の中で、かすかに蒼く影になるムウから、マリューは目を離せなかった。
 また、ムウも。
 自分が選んだ、白いレースの下着に身を包んだ彼女が、月光のしたつやつやした唇を、少し開いて、うっとりと自分を見上げるのに、動悸が激しくなる。


 この人に、自分は求められている。


「熱視線は嬉しいんだけど。」
 低い声が夜気を震わせ、はっとマリューが我に返った。
「もういい?」
「あ・・・・・・・。」
 体温の低い、マリューの身体を手がすべり、ぞくぞくしたものが、身体の内側を走る。
「欲しいんだけど。」
 身体の造形を確かめるようなそれに、思わず彼女が身をよじる。
「ふ・・・・・・。」
 ただ肌の上を滑るだけの、月光と同じ指先。
 きちんと揃えた膝にまで、確かめるように掌でくるまれて、くすぐったさと、こみ上げる疼きに、マリューは身をすくませ、震わせた。
 きゅっと目を閉じていると、衣擦れの音がして、ムウが服を脱ぐのがわかる。
 そっと目を開けると、オトコノヒトの横顔が見えて、その真剣さに胸が早鐘のように鳴り出した。

 普段、自分を見下ろす眼差しは優しく、表情は柔らかい。
 けれど、はずされた視線と、あまり見ない横顔には、紛れもなく「異性」が宿っていて、マリューは改めてどぎまぎした。

 単純に、シャツを脱いで、床に落とす仕草だけでもかっこよく見えるのにめまいがする。

 月光の魔力か。
 はたまた、初めて誰も居ないところで抱かれるからか。

(ほ・・・・・本当にこの人・・・私の恋人かしら・・・・・。)

 思わずそんな考えが脳裏をよぎってしまう。手を伸ばし、身体を繋いだ瞬間、消えてしまうのではないかと、ぎゅっとマリューの心が震える。

「何?」
「え?」

 そんな彼女の視線に気付いたムウが、ふわりと、いつもと変わらぬ笑顔を見せてくれる。

「考え事?」
「・・・・・・・・・・。」

 頬に手が触れ、あっという間に至近距離で見詰められる。
 蒼い中に映る自分。
 その奥の奥にまで、ちゃんと自分だけが映っているのか、確かめようと覗き込んだ瞬間、唇が落ちてきた。
 ただ、ちうちうと啄ばむだけのそれが、段々深くなっていく。彼の心の奥の奥に、ちゃんと自分が映っているのか・・・・それが知りたい彼女は、両腕を投げかけ、しがみついた。
 抱きしめ返してくれる腕に、力がこもる。そのまま器用に、胸元を支えていた物のホックをはずして、緩むそこに手を差し伸べる。
 撫でる掌。あちらこちらに口付ける唇。
 するっと、付けていた下着を取られ、シーツの海の中でマリューはようやく目を開けて彼を見た。

 さまよっていた手が、胸元に辿り着き、柔らかく包み込むとやわやわと弄びだす。硬くなった頂点を口に含まれ、マリューはつかんでいた手を離してシーツを握り締めた。

「ふ・・・・・ん・・・・っ」

 声を殺す彼女の胸に、顔を埋めながら、「マリュー。」とムウは低い声で名前を呼んだ。

「ここってさ、今日、俺とマリューしかいないからさ。」
「あっ・・・・・・。」
「もっと、声出して。」
「やっ」
 きゅ、と強めに指先で先端を挟み込まれ、たまらずマリューが背を逸らす。
「ね?」
「あ」

 胸を愛撫する掌に熱がこもり、段々激しく揉まれていく。刺激に耐えられず、目に涙を浮かべ、それでも枕に頬を埋めて首を振るマリューに、ムウは無理やりキスを落とした。

 んぅ、と唇の端から漏れる吐息が、ムウの身体の芯を熱くさせる。

「マリュー・・・・・・。」
 色づく先端を口に含み、舌先で弄ぶと、「ムウっ!」と喘いだ声に名前を呼ばれた。
「何?」
「あの・・・・・・。」

 手を止めず、愛撫を続ける男に、漏れる嬌声を飲み込んで、マリューが潤んだ眼差しを男に向けた。

「わ・・・・たしは・・・・大丈夫・・・・だから・・・・。」
「ん?」
「あの・・・・・・。」

 かあ、と頬を熱くして、マリューがそろっと足を動かした。下腹部に当たる熱さに、そうっと脚を開き気味にする。

「だって・・・・ムウ・・・・昼間・・・・・。」

 全然・・・・・でしょ?


「・・・・・・・・・・・。」

 告げられた台詞に驚き、目を丸くしたムウが、情けないような、溶けそうな顔で見上げるマリューを見下ろした。

「ほし・・・い・・・・・から・・・・。」
 お願い。

 きゅっと目を閉じ、シーツをきつく握り締めるマリューを、ムウは数度瞬きした後、しげしげと眺めた。そろっと太ももに手を伸ばすと、鼻にかかったような甘いと息が漏れ聞こえ、かすかに目を開けた彼女の、潤んだ瞳にぶつかる。

「誘ってる?」
 低い声で言えば、軽く唇を噛んで、頬を染めた彼女が、「そういうわけじゃないですけど・・・・。」と躊躇いがちに切り出した。

「・・・・・・もしかして・・・・・私と・・・したくない・・・のかなとか思ったから・・・・。」

 ごにょごにょと言われた、的外れなマリューの台詞に、ムウは間の抜けた顔で彼女を見下ろす。

「俺が?」
 思わずそう問い返すと、だって、と声を張り上げた彼女が、開き気味だった閉じながら、胸元を両手で隠して起き上がろうとした。
「貴方・・・・・昼間・・・・。」
「だからあれは、そうしたら気持ちよさそうだなと思ったけど・・・・。」
「・・・・けど?」

 身体を起こして、むーっと可愛らしく睨みあげる彼女に、ムウは小さく笑うとその頬を両手で包み込んだ。

「しちゃったら、たぶん、一回じゃ収まらなくて、止まらなくなって、身体あちこち痛くして、結局『暑い夜』がすごせないと思ったから。」
「・・・・・・・・・・。」
「俺って結構欲深いほうだからさ。水着で、ってのも悪くないけど」
「あ」

 ぐい、とマリューの肩をつかんで押し倒す。そのまま、強引に彼女の脚を抱え込んだ。

「広ーい寝室とベッドで、月明かりで、ってのもそうできるシチュエーションじゃないからさ。」
「やあ・・・・あんっ」
 確かにマリューの言ったとおり、濡れているそこに舌を這わせ、ムウはすんなりと身体の中心に自分の指を押し込む。
「あ・・・・・や・・・・ムウ!」
 それは、いやっ!」

 身を捩って、逃れようとする彼女から、暖かいものが零れ落ちていく。水音が立ち、こすられる度に、マリューの身体が熱くなっていく。

「もう・・・・い・・・からっ」
「ん?」
「ね?」
 内部の弱い箇所を攻めたて、ぐりぐりと芽を押し込むムウに、身体を震わせながら、マリューが手を伸べる。
「・・・・・いれ・・・・て?」

 途切れ途切れに甘い吐息を零し、懇願された台詞に、ムウの身体がぞくっと震えた。我慢した分だけ、耐えられそうにない。

「マリュー・・・・・。」
「お願い・・・・・。」

 ぐ、と腰を突き出すようにされて、ムウはくすっと小さく笑うと、彼女の首筋に顔を埋めた。ちうちうキスをしながら、そっと囁く。

「そんな風に可愛くお願いされたら・・・断れないでしょーが。」
「・・・・・・断る気だったの?」

 低く尋ねられたマリューの台詞に、顔を上げた男は、見とれるほどかっこよく笑ってみせた。

「いーや。全然。」


 あ。

 ちゅく、と音を立てて、押し付けられた塊に、マリューの身体にびりびりと緊張にも似た刺激が走る。そのままこすり付けられ、望んでいる快感を予期して、心が震えた。

「ムウ・・・・・。」

 腰を擦り付けたくなるのを、ぎりぎり堪えたマリューが、切なく呼ぶ。それに、呼ばれた男は、深くキスを落とすと、熱く濡れた内部へと、ゆっくり腰を押し進めた。
 背を逸らし、マリューから声が上がる。白い光に、青白く浮かぶ、柔らかくしなる肢体に、ムウは一瞬このまま放ってしまいそうになって、慌てた。

 奥までつながろうと、脚を持ち上げれば、触れている部分がざわめき、もっと、と言うように彼女の身体が応える。

 皺がよるほどシーツを握り締めた女は、咥え込んだだけで、震えている。

「きつい?」
 きゅうっと締め上げる感触にめまいを覚えながら、そっとムウが尋ねた。それに、マリューはゆるく首を振る。そのまま、ムウの腕をつかんだ。

「して・・・・・。」

 簡潔な台詞。
 だけど、声に混ざる熱と、見上げる瞳の奥に気付いたムウが、ゆっくりと中に収めたものを引き抜いていった。

「いーよ・・・・けど。」

 離れていく感触に、切なく喉を鳴らすマリュー。ぎりぎりまで抜いてから、男は持ち上げた脚の、膝の辺りに、口付けを落とした。

「後で泣いてもやめないからな。」
「んあああっ」

 そのまま一気に押し込んだ。

 繰り返される動きは、緩やかなものから段々激しくなっていく。彼女の反応がダイレクトに伝わってきて、男は夢中になって、一番よさそうな箇所を捜し当てようとする。

「ひあ」

 身体が月の下で跳ね上がり、ざわり、と熱いそこが蠢いた。

「ここ?」
「あああん」

 悲鳴のような、甲高い声が漏れて、押しのけようとするマリューの手をしっかりつかんで、シーツに押し付けた。

「ああ、ここね。」
「あっあっあっあ」
「ここ・・・も?」
「あああああっ・・・んっんっ・・・」
「こんなの好き?」
「あはああっん・・・・うっ・・・んんっ」

 声、我慢しないで?

 キスしながら言われた台詞に、マリューは強く押さえつける彼の手をきつく握り返した。

 ただ、抜き差しするのではなく、緩急をつけられ、激しく優しく円を描くようにこすられたりして、段々彼女の脳裏がしびれていく。

「あ・・・・・ムウ・・・・」
 ひゃあ・・・・あ・・・・

 漏れる声を堪えきれず、でも、彼女は悲しいわけじゃなく、滲んだ涙のまま、恋人を見上げた。

「ムウ・・・・それ・・・・・ぇ」
「ん?」

 膨らんだ丸い胸の先端を、口に咥えて、舌で弄ぶ。
 更に、片手をはずして、身体を起こした彼が、繋がっている部分の上部をこすり、内側と外側からくる刺激に、彼女は懸命に耐えようと首を振った。

「それ・・・・あっ・・・・・気持ち・・・・い」

 切れ切れの台詞。蕩けそうな眼差しと同時に、返ってくる反応のよさに、ムウは、もっと、と角度を変えて、深く深く穿ちだした。

「あああっ・・・・だ・・・・めっ・・・・」
「何で・・・?」
 気持ち良くない?

「あ・・・・・いい・・・・けど・・・・。」

 応えるように、彼女の身体が動き出す。ムウのそれにあわせる彼女の、しかし「けど」というのに、男は動かすそれをもっと激しくした。

「けど?」
「ああああっ・・・・・あっあっあ・・・・んっ・・・・けど・・・・ムウ・・・は」

 え?

 頬を真っ赤にし、涙の滲んだ眼差しが、ムウを捕らえる。深く深く澄んだ褐色の瞳のまま、マリューが途切れ途切れに、尋ねた。

「ムウ・・・・は?・・・・きもち・・・・い・・・い?」

 きゅっと押さえ込んでいた左手が、自分の手を握り返すのを感じ、ムウは、びり、と衝撃が背中を這い上がるのを感じた。

 あ。

 やば・・・・・・。

「!?」

 触れている部分の変化に、マリューの瞳が、ぱっと見開かれる。

「・・・・・・・・ムウ・・・・。」
「・・・・・・・ごめん。」
「ああああっ!?」


 さっきよりも数段激しさを増したそれに、マリューは喉を逸らして嬌声を上げた。

「けど・・・・。」

 マリューが悪いんだぜ?
 そんな可愛いこと訊くから。

 ほら、止まんなくなってきた。


「あっあっあ・・・・ムウ・・・・駄目っ・・・わたし・・・も」
「ちょっと我慢して・・・・ていうか、止めらんない」
「あっ・・・・ああ・・・・やあっ・・・ああああ」

 がくがくと彼女の身体が震え、ムウの手を握る指先に力が篭る。

「マリュー・・・・・。」

 抱き壊してしまうのではというほど、強く激しく彼女を追い詰めて。

「ふあ・・・・あっ・・・・・あああああああっ―――――」

 引っ張りあげられて、そのまま高みまで上り詰める彼女に、ムウも誘われて、堪えるのも我慢するのも手放し、彼女の身体を、自分のもので満たしていくのだった。





 窓から姿を消した、白い月の代わりに、満点の星空が切り取られた枠いっぱいにあふれている。

 二人の行為が、あれで終わるはずもなく、求めるままに、身体を重ね、甘い倦怠感の中、マリューはムウに寄り添ってそんな星空を見上げていた。かろうじてタオルケットを引っ掛けているだけだが、暑い。
 なのに、相手にくっつくのがやめられず、マリューは星を見ていた視線を男に戻した。

 海上を往復し、なれない料理までした男は、相当疲れていたのか、マリューを抱えたまま懇々と眠っている。


 眠そうにしながら、それでもマリューの身体をまさぐるから、その額をべしっと叩いて、「今日はお終い。」とマリューは言ってのけた。
 最初は不服そうだったムウだったが、ぶちぶち言いながら、横になってマリューを抱えた数十秒後に、これだ。


 そんな彼の、寝苦しそうでもなく、むしろ心地よさ気な寝顔に、マリューは「遊びつかれた子供みたい。」とふにーっと頬を押した。

 とんでもないムウのお願い。
 かなえて欲しいマリューのお願い。

 おほしさまにおねがい。

「まさかここまでされるとは思わなかったわ・・・・・。」

 拉致されて、水着のまんまされて。
 晩御飯作ってもらって。

 でも、たまにはこんな夜もいいかもしれない。



 周りには誰も居なく、広い屋敷には二人だけ。別世界のリゾートで、なんだか明日、仕事に行くのが億劫になる。

「もう少し・・・・・。」

 ムウに寄り添ったまま、マリューは天窓を見上げて、空に散らばる幾千もの星に願った。

「もう少し・・・・この時間が続きますように・・・・・。」

 柔らかな闇と、星明りと、白いシーツと、愛してる人の安らかな寝顔。

 最高に贅沢な時間だと、まどろむのも勿体無くて、マリューは星空を飽くことなく眺め続けるのだった。






 翌朝、二人はなんとなく名残惜しいものを感じながら駐車場に降りて、あんぐりと口を開けた。

 そこにはなんと、一台の自転車がおいてあったのだ。

「・・・・・・・・・これで帰れってコトか?」
 自分達が寝泊りしている屋敷は小高い丘の上にある。
「昨日、散々運動したのに!?今日もこれ!?」
 振り返るムウに、マリューはいそいそと自転車に近づいている。
「ま、たまには二人でサイクリングもいいじゃない。」
 荷台に腰を下ろすマリューが、「はやくはやく」とムウを手招きした。

「仕事はお休みでいい、ってメールが来たし。のんびり帰りましょう?」

 にこにこ笑うマリューに、ムウは遠い眼をする。

「つか、こんなことなら、昨日あんなにするんじゃなかった・・・・。」

 ねえねえ、マリューさん、俺、腰痛いんですけどー・・・・・。
 あらあら、じゃあ、帰ったら湿布張ってあげますね。それとも市街まで降りて、スプレーでも買って来ます?


 そんな会話を、ぎらぎら光る太陽のしたかわしながら、二人を乗せた銀色の自転車は、最初の坂道へと一直線に進んでいく。



「ていうか、自転車とか・・・・誰が願ったんだよ。」
「あ、私です。」
「!!!!!!」
「他にも色々あるんですよ?『ムウが一生愛してくれますように』とか、『ムウといっしょにピクニックに行きたいです』とか。」
「・・・・・あの・・・願い事って一個じゃないの?」
「そんな、けちくさい神様でどうするんです。」
「・・・・・・。」


 神社へと奉納された短冊の中にひっそりと、マリューの書いた「ムウとサイクリングがしたいです」の短冊のほかに、色んな彼女の『お願い』ががねむっているのだった。














(2007/07/07)






※再UP 20100517※
 あとがき



 強引に終わらせました・・・・・TT なんかもう、疲れたよーTT 最初の砂場で終わらせとけばよかったと激しく後悔(どーん)

 なんとなく微妙ですいませんー(とほ)