Muw&Murrue

 灯火ポタージュ
「仮装パーティー?」
「そう、ラクスさんの劇団主催なんですけど。」
 招待されたんです。

 にこにこ笑うのは、数ヶ月前からこの家の家事全般を引き受けてくれる、本職新聞記者のマリュー・ラミアスである。
 彼女は陶器のポットからホットミルクを注ぎ、この家の主で、『売れない』小説家のネオ・ロアノークの向いに腰を下ろした。
 彼は持っていた新聞を、たたんで横に置くと、カップに手を掛けた。

 薄いレースのカーテンから、活気に満ちた朝の光りが柔らかく注ぎ込み、空はきれいな秋晴れで、遠く、時計塔の鐘が八時を告げるのが聞こえてくる。
 石畳に勢いよくこすれて曲がっていく二輪馬車の、遠ざかる音を聞きながら、ネオはふわあ、と欠伸をした。

 実は彼はこれから眠るところなのである。

「なんでまた、仮装パーティーなわけ?」
 金髪碧眼で、そこらの女性が放っておかないような外見のネオが、子供みたいにミルクを飲む様に、マリューはくすっと笑うと、「今日はハロウィンですから。」と澄ました顔で答えた。
 一瞬、ぎく、とネオの背中が強張った。
「幽霊もお化けも魔物もはいかいする楽しい夜に、相応しいでしょう?仮装パーティー。」
 にこにこ笑うマリューに、ネオは「あー・・・・そうかもね。」と知らずに視線を逸らして苦笑した。

 確かに。この日は随分とにぎやかになる。

(参ったなぁ・・・・・今日がハロウィンだったか・・・・・・・・・・・。)

 眼に見えない者達が、一晩だけ許されて現世を徘徊するミステリーナイト。死者が戻ってくる、とされるこの日は、ネオにとっても重要な日であった。

(・・・・・・・・・。)

 色々自分の背後に控えている『お偉いさんたち』の姿を脳裏に描き、彼はうんざりしたようなため息を付いた。
 そういえば、数日前にご丁寧に立派な封ろうの施された手紙が来てたっけ。

「・・・・・・・お嫌ですか?」
「え?」

 きっとあれには、「俗世に所属する貴殿が混乱の原因となりうる要因を迅速に排除し、俗世に置ける混乱を回避する為に、すべきことをなすよう」うんたらかんたらと、描かれているに違いない。

 そう思って不機嫌面を晒して居たネオは、いくらかトーンの落ちたマリューの声に、はっと顔を上げた。

「え!?いや・・・・・楽しそうだな、うん・・・・。」
「迷惑です?」
「へ?」
「・・・・・・・・・・。」

 思わず間抜けな返答をすると、マリューが俯いてしまった。そのまま自分のカップ(マリューは紅茶を飲んでいる)を両手で包むように持って、もごもご言う。

「出来ればご一緒に・・・・あの、気分転換も兼ねて、どうかと思ったんですけど・・・・。」
「ああ・・・・・・・えと・・・・・。」

 ネオの中で猛烈に色々な計算が始まった。

 まずは、ハロウィンに起こるであろう厄介事。それらを片付けるのに自分が出る必要があるかどうか。

(・・・・・・・・ユウナ・ロマの件もあるしな・・・・・。)

 自分の小説の締め切りに関しては何とか突破は出来そうだ。ハロウィンの事件が何もなければ、マリューと一緒に仮装パーティーに参加しても問題は無いだろう。
 だが、人の世と一線を画する物が騒ぎ出すのは日没だ。
 今からでは事件がおきるかどうかなんて、どうとも言えない。

「パーティーは何時までやってるの?」
「えと・・・・・午前零時まで、派手にやって、後は好きなように、と言う感じです。」
 世間はハロウィン休暇ですし。
 ちろ、と視線を上げるマリューに、ネオは妥当なラインをたたき出した。

「多分、20時くらいからなら、何とか。」

 深夜は他の連中に任せよう。ロアノークばっかり貧乏クジを引く必要はさらさら無い。

「お仕事、大変なんじゃ・・・・・・。」
 それでも、よほど最初のネオの顔が気になるのか、遠慮がちに訊ねるマリューに、彼は精一杯カッコよく笑って見せた。
「折角のお誘い、断るわけには行かないだろ?」
「・・・・・・・・。」
「と、カッコつけたところで、20時からー・・・・なんて悪いな。」
「そんなこと!」
 思わず苦笑するネオの向かって、マリューが身を乗り出した。
「私のわがままなんで・・・・あの・・・・ロアノークさんといけたら楽しいだろうな、っていう
・・・・だから・・・・その・・・・・・。」
「俺も、マリューさんと一緒に出かけられるの、うれしいよ?」

 にこっと笑うネオに、ぱっと頬を染めて、マリューは小さく微笑んだ。

(どうしよう・・・・・嬉し・・・・・。)

「・・・・・・マリューさんは今日、仕事?」
 ちょっとはにかんだように紅茶を飲む彼女に、ネオが尋ねる。こっくり頷くマリューに、「じゃあ、20時に劇場の前でいい?」と確認する。
「はい。」
「それじゃ。」

 さあ、やる事は目白押しだ。

(とりあえず、今から二時まで寝て・・・・・アウルに連絡とって・・・・・。)

「あ、そうだ。」
 立ち上がり、寝室に行こうとするネオに、マリューが慌てて声を掛けた。
「仮装の衣装、置いておきますから、着てきてくださいね。」
「・・・・・・・・俺、何役?」
「吸血鬼です。」

 思わず背中が強張った。

「身長高いですし・・・・きっと似合うだろうなって。」
「あー・・・・・・かな?」
「はい。」
 嬉しそうなマリューを見ながら、妙な汗が引くのをじりじりと待つネオなのだった。





「トリック オア トリート!」
 叫び声と共に、玄関のドアが勢いよくたたかれる。ベッドの中で、遮光カーテンが作り出す昼間の闇の中に浸っていたネオは、むくっと身体を起こした。
 かすかな鐘の音。
 数を数えて、三時としり、ネオは慌ててベッドから飛び起きた。
「来るの遅いぞ、アウル!」
「うるせー。寝てるほうが悪い。」
 ばん、とドアを開けて、ネオはあんぐりと口を開けた。
「・・・・・・・・・なに?」
「トリック オア トリート。」
「や・・・・・それは判ったから。」
 差し出す少年の手に、脳を休ませる為にと、いつもポケットに入れて持ち歩いているチョコレートを差しだし、ネオはアウルを指差した。
 彼はいつもの通り、引いてきた屋台を路肩に斜めに止めて、相変らず生意気なデカイ態度でネオを見上げている。
 だが、その格好が、いつものチョッキにズボンの姿ではなく。

「何、そのカボチャの被り物・・・・・・。」

 表が黒で裏がオレンジのマントに、カボチャの被り物を被っているのである。

「いいだろ。」
 ぷは、とカボチャを両手で外して、アウルがにやっと笑った。
「マリューから貰ったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「仮装パーティーに来ないかって誘われてさ。ネオ、お前20時にならないとこれないんだってな。」
 ずかずかと家の中に上がりこむアウルに、「お前も誘われたのか?」とネオが呆れたような口調で訊ねた。
「・・・・・駄目なわけ?」
「・・・・・・・・・・。」

 複雑な心境だ。

「心配すんなって。ネオのご馳走食べたりしないし。」
「それは、パーティーの料理の事を指してるのか?」
「さあね。」

 どっちでもいいんじゃないの〜、なんて言いながら、アウルは台所へと鼻をふんふんさせながら近づいていく。

「このフレンチトースト貰っていい?」
「ばっ、それは俺の為にマリューさんが作ってくれたもので、っておい、こら食うな!!」

 一枚掠め取ったフレンチトーストを、もふもふと頬張りながら、アウルは皿をひったくるネオを見上げた。

「信じらんね。ネオが手ぇ出さないなんてさ。」
「・・・・・・・・だから、どっちの意味だ。」
「両方。」

 生意気。

 顔をしかめながら、ネオは皿を持ってリビングへと戻る。それからおもむろにフォークで刺して、食べ始めた。

「どうでもいいだろ?それより、今日はハロウィンだ。」
「ん。」
 戻ってきたアウルが、ごろっとソファーの上に寝そべった。
「お前んとこは、どうなんだよ?」
 淡々と告げられ、くあ、と欠伸をしながらアウルが面倒くさそうに答えた。
「俺、カンドーの身だし。」
「・・・・・・・通常は?」
「さーねー。」
 にらまれて、アウルはひらひらと手を振った。
「多分、スティング辺りが何とかすんじゃねーの?」
「いいかげんな。」
「あのね。」

 ぶつぶつ文句を言うネオに、アウルが身を起こした。

「そういうロアノークはどうすんだよ?あんたに全権任されてんだろ?」
 八時なんて早い時間に放棄していいのか?

 眉を寄せて睨んでくる闊達な少年に、ネオは肩をすくめた。

「そこはほら。なんで俺だけ責任を負わなきゃならんのだ、ということで。」
「・・・・・・・・・・誰が他に引き受けるんだよ?」
「他にもいんだろ。グラディスとか、バジルールとか、クルーゼとか。」
 アスカってのもあったなぁ。
「当てになんね。」
 ふん、と鼻で笑って突っ伏すアウルに、ネオが憤慨したように声を荒げる。
「だからって何でロアノークだけ、他種族の面倒まで見なきゃならんのだ。ロアノークはロアノークの品位だけ護ってりゃいいんだよ。」
「投げやり。」
「・・・・・・・・・アウル。」

 じろ、と睨まれるも、アウルは「はいはい判ってますよ。」と面白くなさそうにそっぽを向いた。

「どーせ、ネオが一番に考えてんのはマリューのことなんだろ?」

 ぴたっと手を止めて、それからネオは真顔でアウルの事を見た。

「だったら悪いか?」
「・・・・・・・・・・・。」
「俺はね。ロアノークは捨てるつもりなの。この世界で生きていくって決めたわけ。」
「でもお歴々に試されてんじゃん。」
「それは建前だよ、アウル君。」
 顔を上げて、ネオはにやっと笑う。
「表と裏と使い分けなくちゃ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「すべてはこの生活を護るため、ってね。」

 ぱく、と口に放り込んだフレンチトーストは舌に甘く、溶けるようだ。料理上手のマリューの手腕に上機嫌でネオは告げる。

「八時以降は俺は活動しない。以上。」
「何が起きてもしらねぇかんな。」

 面白くねぇなぁ、と不貞寝するアウルに、ネオはやれやれと眉を上げて溜息を付くのだった。




「まあ、マリューさんは今日は魔女さんなのですね?」
 劇場のホールが解放されて、人々がグラスを片手に、楽しくしている。横では手品師による摩訶不思議なショーが開催され、拍手喝さいで賑わっていた。
 今日のマリューは真っ黒なドレスに、つばの広い、オレンジのリボンがワンポイントの帽子をかぶっていた。首から下がっている銀色の星のネックレスが可愛い。
「張り切って作っちゃったんだけど・・・・・・。」
 目の前のラクスは、天使の仮装で、遠く、手品師のアシスタントに任命されたキラは、死神の格好をしていた。
「なんか、ちょっと地味よね?」
 マリューの視線は、テーブル二つ向こうで、紅いワインの入ったグラスを手に、スリットの深く入った、胸元も顕な魔女の衣装を着た女性に注がれていた。背中が真っ白なのが目に眩しい。
 同性ながら赤くなるマリューを横目に、ラクスがおっとりと笑った。
「グラディスさんは、ミネルバ図書館の館長さんですの。」
「へえ。」
 ミネルバ図書館、といえば、新聞社ミネルバが資金を出して立てた、立派な図書館だ。資料探しに何度か通ったことも有る。
 思わず見詰めていると、気付いた彼女が軽く手を上げてこちらに歩いてくるのが目に付いた。
「気を付けろよ。」
 と、不意に後ろから声を掛けられ、マリューは後ろを振り返った。そこにはカボチャお化けの仮装をしたアウルが、お肉の乗った皿を持って立っていた。
「アイツに関わるとろくなこと無いんだ。」
「え?」
 知ってるの?という単語はアウルに届かず、彼はカボチャの被り物もそのままに、さっさと別の料理のテーブルへと行ってしまった。

 気を付けろって・・・・・何を?

「この度はお招きいただきまして、ありがとうございます。」
 ラクス・クライン。
 甘やかな声がし、あわててマリューが姿勢を正す。女性は艶やかな唇に笑みをたたえていた。
「いいえ。お楽しみいただけてますか?グラディス館長?」
「ええ。とても。」
 ハロウィンのパーティーなんて、本当に久しぶりだから。
 ラクスと握手をし、彼女がマリューを見た。
「はじめまして。タリア・グラディスです。」
「あ・・・・マリュー・ラミアスです。」
 しっかりと握手をし、にっこり笑うタリアに、マリューはちょっと好感を抱いた。仕事の出来る女性は好きだ。

(気を付けろって、何をかしら・・・・・。)

 それから、この間の舞台の話をするタリアとラクスを横目に、間に色々感想を漏らしながら、マリューは思う。
 しっかりした考えの持ち主で、話題も豊富だ。
 自分とは反対の、なんというか、鋭さを持ったシャープな人で、見ているといろいろ勉強になる。そんな彼女のどこの何に気をつけろというのだ、とマリューがぼんやり考えていると、ふと、視線をこちらに向けた彼女に「そういえば、ラミアスさんのお仕事はなんですの?」と唐突に訊ねられた。

 ミネルバ社直属の図書館。

 その単語に、咄嗟にマリューは「お手伝いさんです。」と答えていた。

 いくらなんでもライバル社の新聞記者とはいいにくい。
 何となく後ろめたい物を感じながら、そう告げると、タリアが目を瞬いた。
「じゃあ、家事がお得意なのかしら?」
「ええ・・・・まあ。」
「素敵な方の所に住み込みなのですよね?」
 機転の利くラクスが、マリューの心情を慮り、会話の糸口を提供する。
「独身男性なんですよ?」
 悪戯っぽい彼女のセリフに、マリューが途端赤くなった。
「ラクスさんっ!」
「あらあら・・・・・・それは本当にお手伝いさんなのかしら?」
「ちょ・・・・ぐ、グラディス館長まで!」
「お雇い人はいらしてないんですの?」
 綺麗に笑うタリアに言われて、マリューが返答に詰まっていると。
「マリューさん?」
 丁度、ホールの時計が八時を告げ、それと同時にネオが人ごみの中からマリューの声を掛けた。。
「ロアノークさん。」
「ああ、ジャストだ。」

 黒地に赤の裏地のコートにタイ。裾の長い黒の衣装。吸血鬼の扮装をしたネオの登場に、マリューがほっと息を付いた瞬間、「あら。」と後ろから声がした。

「これはこれは・・・・・ネオ・ロアノークじゃないの。」
 はっとネオが息を呑む。
「タリア・グラディス!?なんでここに!?」
 え?と驚いて交互に二人を見詰めるマリューに、素早くタリアは目をやると、ふうん、と顎に人差し指を当てる。
「それは、こっちのセリフですわ。」
「・・・・・・・・・・・。」

 どういうことだろう、と二人を見比べるマリューの耳元にネオは口を寄せた。

「ちょっとごめん。」
「え?」
「グラディス。ちょっと。」

 す、とマリューの傍らを離れて、タリアの腕を取るネオに、彼女は瞬きを繰り返した。

 えーと・・・・・どういうこと?

「まあ、お知り合いなのでしょうか。」
 頬に手を当てて、首を傾げるピンクの天使に、はっとマリューが顔を上げた。
「でも、片や図書館の館長さんですし・・・・小説家のロアノークさんとお知り合いでもおかしくはないですわよね。」
「そう・・・・ね。」

 でも、会場の隅のほうに移動し、仮装をしたお化けの中に、二人の姿が紛れ込んでしまうのに、マリューは心のどこかが落胆するのを感じた。

 ましてや、同じ魔女の衣装で、これほど差があると思うと、気持ちがふさいでくる。

「・・・・・・・・・・。」
「マリューさん?」
 くる、と背中を向けるマリューに、ラクスがか細い声を掛けるが、振り返った彼女はキレイな笑顔を見せた。
「さ、食べましょ、ラクスさん。折角のご馳走なんだし。」
「・・・・・・・・・。」

 そうやって誤魔化すの、一番駄目ですわよ、と心の中で思いながら、ラクスは彼女と一緒にテーブルに向かうのだった。






「なんであんたがここに居るんだ?」
「なんであなたがここに居るのよ?」

 二人同時時同じセリフを口にし、ぐっと二人同時に詰る。

「俺は役目は果してきた。」
 八時まで、きっちりかっきり。

 睨むロアノークの血のものに、グラディスの血のものが、「意味無いわねぇ。」と呆れたように告げた。

「活動はこれからでしょうが。」
「鬼火関係はお前らの専門だし、怪人系はクルーゼが引き受けてもおかしかねぇだろ。変身系はバジルールの管轄だ。」
「その分類の仕方、腹立つから止めてもらえるかしら。」
 睨むタリアに、ネオは「なんとでも。」と肩をすくめる。
「ロアノークの御曹司がこんな所にいていいのか、って事を言ってるのよ、私は。」
「お祭騒ぎに乗じて出てくる下級どものお目付けは、家を出てる俺には関係ないの、本来は!」
「それをいうなら、私もだわ。」
「現役魔女の総括が何を言うかな。」
「下等な存在に構ってられないわよ。」
「それでもあんたは魔女だろうがっ!」
「あら、ならあなたもそのお衣装、死ぬほど似合ってますわ?ネオ・ロアノーク。」

 しばし無言の睨み合いを続け、先にネオが溜息を漏らした。

「とにかく俺は、『八時までの時点』で何の異変も無い事を確認してる。それで十分役割を果したと思ってる。あとのことの責任は負わない。以上。」
 びし、と指をさし、ネオはさっさと踵を返した。とにかく、マリューと合流しなくては。
 それに、腕を組んだタリアが、「あの子」とぽつりと言葉を漏らした。

「に惚れてるの?」
「・・・・・・・・・。」

 ちらっと視線を投げると、妖艶に女が笑う。

「ふつーの子よ?」

 鋭い台詞に、ネオはふっと小さく笑った。

「違うね。いい女だよ。」

 簡潔に答え、ネオはにやっとすると、彼女に背を向た。そのままネオはマリューの元へと真っ直ぐに歩いて行く。その背中に、彼女は溜息を付いた。

「そう簡単にロアノークを捨てられるとは思わないけど。」




「ロアノークさん、もう一杯いかが?」
「いや、俺はもういいけど・・・・・。」
「じゃあ、私ね。」
「ちょっとマリューさん?」
 テーブルの上に乗っている、オレンジの果実酒を取り出し、グラスになみなみと注ぐマリューは、ネオの後ろで皿を持って何かにうっとりしているアウルから見ても、恐らく十分に酔っ払っているように見える筈だ。
 頬と目尻が赤く、目が潤んでいる。なのに、楽しそうにグラスに唇を押し当てる姿に、ネオは生ハムの塊に目をきらきらさせているアウルの袖を引っ張った。
「煩いネオ。」
「ちょーっといいかな、アウル。」

 眼に見えない尻尾がパタパタ揺れ、「今切り分けてやるからな?」と笑顔で告げるカガリと生ハムの間に入ったネオが、がしっとアウルの肩を抑えた。

「ネオ、邪魔すんなよ!」
 俺のハムが!
「一個だけ!・・・・・マリューさん、何杯目だ?」
 視界の端に、くーっとグラスを傾けるマリューが映り、ネオは内心あせる。それに気付かず、「ハムだ!生ハム!」と喜ぶアウルがネオの肩から身を乗り出しに掛かった。
「はは、そんなにハムが好きか?」
 嬉しそうなカガリの声を後ろに聞きながら、ネオが必死にアウルに訊ねた。

 というか、コイツも酔っ払ってるのか?という単語が脳裏を過ぎる。

「だーから!答えろ!」
「知らないよ!」

 アウルが投げやりに答えた。

「最初っから飲んでる姿しか見てない。」

 まじか!?

 ば、とアウルを放すと、彼はご機嫌でカガリの側で本当に嬉しそうにハムを手にしている。
 関係ないが、ものすごく分厚い。

「ロアノークさあん・・・どこ?」
「ああ、今行く。」
 たん、とグラスを置いた彼女の側に慌ててよると、桜色に上気した顔で、可愛らしくマリューが微笑んだ。
「あっちのおさけ、のみます?」
 いくらか舌ったらずになって来ている。
「いや・・・・ていうか、マリューさんももう打ち止め。」
「・・・・・・・・・。」
 軽く唇を尖らせたマリューが、ネオを上目遣いに見上げた。
「ろうして?」
「こんなに酔っ払って・・・・・これ以上酔ったら、いろいろ問題だからだよ。」
 そっと手を取ると、不意にマリューがそれを振り払った。
「いろいろって・・・・らんれすか?」
「記憶とか、飛ばしちゃまずいだろ?」
「・・・・・・・べつにいいんです。」
「よくない。」
「いいんです。グラマーな魔女さんとか・・・・センス無い衣装とか・・・・仲良しとか・・・・忘れた方が。」
「?」

 マリューの脳裏にくっきりと映っているのは、魔女タリアと、吸血鬼ネオのラブシーンだ。じんわりと、胸が痛み、マリューは再びテーブルに視線をやった。

 さっきから、いくら飲んでも、このラブシーンだけは消えてくれない。
 実際に見たわけでもない、たんなる想像の産物だが、だからこそ始末に悪い。

 もっと飲んで忘れちゃおう。

 何故、そう思うのか・・・・・そんな根本に気づかず、グラスに指を掛けるマリューの手を、強引にネオが取った。

「もう駄目だ。」
「あ」

 ぐい、と抱き寄せられて、マリューの身体はすっぽりとネオの腕の中に納まった。と、不意に照明が落ち、闇の中に、そこここに据えられたジャック・オ・ランタンだけがぼんやりと不気味に浮かび上がる。

 オレンジのちょっと恐い笑み。

「・・・・・・・・放して。」
「だめ。暗闇は魔性の物がよく好むんだから。」
「その為のカボチャ提灯でしょ?」

 あれに怯えて魔性の物が逃げ出すのだ。

「それより。」
 ふっと耳元に吐息が触れて、酔いがさめたようにマリューの心臓が一つ高くなった。
「俺の方が安全、でしょ?」
 背中に回された腕が、心持ち強くなり、胸に顔を埋めていたマリューがそっと目を閉じた。温もりだけが体中に満ちてくる。

 ああ・・・・・この腕だけで安心する・・・・・。

 と、不意に脳裏に再び、消そうともがく映像が浮かび上がり、マリューは目を明けた。

「マリューさん?」
「・・・・・・・・・・。」

 急に自分に身体を預けるのをやめ、強張るマリューにいぶかしむ。と、真っ直ぐに、オレンジの光りを受けて揺らめく褐色の瞳が、ネオを捕らえた。

「あの・・・・・・ロアノークさん。」
「ん?」
「あの・・・・・グラディス館長とは・・・・・。」

 その瞬間、ふわりと白い物が宙を漂った。
 それと同時に、劇団員の一人がアナウンスを開始する。

「これより、メインイベントの、幽霊舞踏会です〜。」

「え?」

 暗いオレンジのランタンの、ぼんやりした光の中を、青白い光りが飛び、お化けカボチャの衣装のものから、真っ白なシーツを被っただけの幽霊の仮装をした人たちが、あちこちで踊りながら、招待客にイタヅラを仕掛けていく。

 俄かに楽しげな笑いに包まれるそこで、マリューが、するっとネオの腕から逃れた。

「っと。」
「・・・・・・・私、今日はどうしても飲みたいんです!」
「マリューさん!?」

 お化けの行進してくる踊りの波に阻まれて、逃げるマリューが遠くなる。あれ以上飲ませたら駄目だ、とネオは慌てて追いかけようとして、ざわっと背中が粟立つのを感じた。

「ネオ!」
 ハムを咥えたアウルが一直線に駆けて来た。
「判ってるよ!」
 きっと天井を見上げる。と、途端に、舞踏に惹かれるように、青白く光り輝く巨大な顔が、ぬうっと天井から降りてくるのが見えた。
「下級もんでも集まると厄介だってね。」
「駄目だ、アウル!」

 いっちょ追っ払ってくる!と勇んで駆け出すアウルを制し、ネオが見上げたまま唸った。

「あれは集合体だ。物理攻撃じゃ、分散させるだけだ。」
 一気に吹き飛ばさないと。
「どうやって?」

 動作は緩慢ながらも、天井からゆっくりゆっくり降りてくる顔が、にたりと笑う。

「グラディスだよ!」

 アイツの視線の先に居るのがマリューで有ってほしくない。内心焦りながら、死霊ほどやっかいなものはない、とネオは舌打ちした。

「アイツの魔法で」
「無理よ。」
「!?」

 振り返ると、腕を組んだ彼女が、飄々と天井を眺めながら立っていた。

「こんなに人が多いところで、どうやって使えって言うわけ?」
「・・・・・・・・・・。」

 やがて人々が、温度の変化に気付き、敏感な人間が身震いを始める。

「払わなきゃ、連中に弱い人間が当てられる。」
 最悪死んじまう!
「一々言わなくても判ってるわよ。」
 流石にこの状況はまずい。色々と素早く考えを巡らせるタリアの横で、ネオも辺りを見渡した。
「お前、一番偉い魔女だろうが。なんかあんだろ?」
「あったらとっくにやってるわよ!」
「ネオー!あいつ手、手、出してきた!!」

 アウルの声に、天井に視線を戻せば、顔の次に、右手の指先がぬっと出てくる。舞踏がまだ続くなか、お客の数人が「飲みすぎたのかしら・・・・。」と吐き気に胸を押さえ始めた。

「グラディス!」
「払うっていったって・・・・・どはでなのは使えないしっ」
「お前しか頼める奴居ないんだぜ?」
 なんとかしてくれ、と思わずタリアの肩を掴んだ瞬間。

「らめえええ!」

 不意に可愛らしい声がして、ふわり、と栗色の何かが視界の端で揺れるのをネオは捕らえた。

「ろあのーくさんは」

 そちらをみれば、カボチャ提灯を手に持ったマリューが、目に涙を一杯ためてネオとタリアを見詰めていた。

「わたしのなのー!」

 まじょなんかあっちいっちゃえ!

 手にしたカボチャを振り上げた瞬間。

「あ!」

 天井を見上げていたアウルが息を飲んだ。

「あいつ、怯んだ。」
「え?」
 思わず天井を仰ぐネオの横で、「なるほどね。」とタリアが、ぎゅっと手を握る。
「それなら、なんとかなりそうだわ!」

 ありがと。

 ちう、と素早くネオの頬にキスを落とし、タリアが颯爽と、スリットの深い黒いドレスの裾を翻して歩いて行く。途端、弾かれたように、マリューがネオに駆け寄った。

「やー!ろあのーくさんはわたしのー!」
「マリューさん!?」

 ぎゅうっと抱きつき、完全にお酒に飲まれている視線をネオに向ける。

「ろあ・・・・のーくさ・・・・は・・・・わたしのなの・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」

 ああもう、こんなに可愛く言われたら。

「マリューさん・・・・・。」

 めちゃくちゃに抱きしめたくて、手を広げた瞬間、後ろで歓声が上がった。

 魔女の扮装をしたタリアが、その両手を広げて辺りに置かれていたジャック・オ・ランタンを宙に浮かべたのである。

 あちこちから、すごい、とかさすが魔女の仮装をしてるだけある、とか素晴らしい手品だ、とか拍手が巻き起こる。

 オレンジの灯がそのままぐるぐると回りだし、橙色の光りの線を描き出す。口ずさむ呪文の低い音に呼応して、それは空中に六芒星を描き出した。
 強まるオレンジの光。

 それに、半透明の顔が、苦悶に顔をゆがめた。

(さっすが・・・・一番偉い魔女さまだ・・・・・。)

 ぶわ、と風が巻き起こり、オレンジの光りが炸裂した。
 その光景に見惚れていたネオは、その瞬間、ぐいっと腕をとられて思わず後ろを振り返った。

「かのじょじゃなくて・・・・・わたしをみてっ」

 潤んだマリューの瞳。頭上で炸裂する光りが、ちらちらと雪のように暗闇の中降って来て、大歓声と拍手喝さいの中、マリューが泣きそうな顔でネオの頬に手を当てた。

「ろあのーくさん・・・・・・。」

 キスを強請るような仕草に、ネオは彼女の腰を抱き寄せてそのまま、口付けようとした。

「マリュー・・・・・・。」

 その瞬間、がっくん、とマリューの身体が「落ちた」。

「・・・・・・・・・・・・え?」

 引き寄せた柔らかい塊からもれてくるのは、こちらの眠気を誘う規則正しい吐息。

「も・・・・・・・・。」

 すやすやすやすや。

「もしもし?」

 彼女を腕にかかえたまま、「まいった。」とネオは天井を見上げて溜息を漏らすのだった。





「可愛い魔女さんね。」
 パーティーはお開きになり、お客たちから、あの手品はどうやったんだ?と質問攻めにされたタリアが、余裕でそれらを交わしてネオの元にやって来た。

 魔女を腕に抱えたネオは、冷たい空気の中へすべりでて、今正に馬車に乗ろうとしている。

「だろ?」
「・・・・・・・・・・解けない魔法?」

 彼女を抱きかかえて乗り込み、ドアを閉める間際に、ネオはにっこり笑う。

「ま、そういうこったね。」
「・・・・・・・・・。」

 扉が閉まり、走り出す馬車に、タリアがひらひらと手を振った。それを確認し、それからネオは彼女の寝顔に顔を寄せる。

「なあ、マリューさん。」

 今度は、素面の時に、さっきみたいな台詞、たのんだからな?

 落としたキスは、額で、先ほどの艶やかな彼女の唇を思い出し、ネオは思わずため息をこぼすのだった。






「おはよ。」
「・・・・・・・・・おはよーございます・・・・・・・。」

 頭が痛い、と顔をしかめながらおきてきたマリューに、ネオが苦笑するとコップ一杯の水を差し出す。

「今日は・・・・・仕事無理だろ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「お休みな。」
「そんな・・・・・・。」

 大失態だ。

 顔を上げて、弁解しようとするマリューは、続く頭痛に思わず額を押さえて顔を俯ける。欠伸をしながら、ネオは言う。

「俺も寝不足だし・・・・今日は昼までねてよ。」

 実は、昨日のキス未遂がどうにも堪えて、ネオはよく寝ていなかった。
 というか、ほとんど眠れなかったのだ。
 一応おきては見たものの、機能の回復が遅く、これは駄目だ、と再び欠伸をする。そんなネオに、「あの。」とマリューは真っ赤になりながらそっと訊ねた。

「私・・・・・その・・・・・昨夜は・・・・・・。」

 どうやって帰ってきたのかはおろか、ほとんど記憶の無いマリューが恥を忍んでそっと訊ねる。それに、ネオはくすっと笑うと、そっとマリューの髪に触れた。

 耳元に、唇を寄せる。

「すっごく可愛い魔女さんで。」

 俺、魔法に掛けられちゃった。

「!!」
「君も随分、魔法に掛かってたようだけどね。」

 ロアノークさんは私のなの!

 そう叫んだ、お酒の魔法に掛かったマリューを思い出し、ネオは思わず笑ってしまう。それに、マリューがあわあわと彼にすがりついた。

「それってどういう意味です!?」
「・・・・・内緒。」
「ロアノークさん!!」
「内緒ったら、内緒。」


 一体どんな恥かしいことがあったのか。おろおろするマリューに、ネオはキレイな笑みを返した。


「ま、全てはホラーナイトが見せた幻、ってことで。」
「んもう!答えになってません!!!」

(2006/11/01)

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