雪肌



「恐い?」
 ベッドに横座りしている彼女に、背をかがめたムウが、そっと囁く。耳朶を掠めた吐息に、背筋が泡立ち、マリューは顔をうつむけた。照れているのか、手を突いてマリューに身体を寄せるムウの肩を、そっと押し返す。
「待って・・・・・・・。」
「恐いの?」
 くすくす笑って言われて、マリューは手を伸ばし、ムウの首筋にしがみ付いた。
「・・・・・・・・・それは・・・・・。」

 時間的な事を言えば、二人が出会ってからまだ一日も経っていない。
 受身である自分が、相手に対して微かに恐怖を抱くのは普通だろう。

 それでも、そんな事を言っていいのかどうか分からず、俯くマリューの額に口付け、ムウは手を繋いだまま身体を離すと、そっとカーテンを開けた。

「あ・・・・・・・。」
 二階のその部屋に、冴え冴えと輝く月の光が満ちてくる。紺色の空に、灰色の雲が流れ、それが月明かりの受けて、端をきらめかせるのが見えた。
「フラガさん・・・・・。」
 先程よりも、月と、月光を反射する雪原に仄明るい外に照らされて、いくらか青い室内で、マリューは困ったように隣に座る男を見上げた。
「この方がいいだろ?」
「よ・・・・・・よくないです。」
「でもさ。」
 手を伸ばして、そっと頬に触れる。何かを確かめるように滑っていくムウの指先に、マリューはぞくっと身体を震わせた。
「あ・・・・・・・・。」
 こつん、と額をあわせ、おずおずと上げたマリューの瞳が、彼の青いそれに絡め取られた。
「見えた方がいいだろ?」
「・・・・・・・・・。」
「暗い中で、好き勝手されるよりはさ。」
 好き勝手する気だったんですか、と頬を膨らませるマリューに、ムウはくすくす笑う。
「さあ・・・・・・?」
 なんなら、マリューさんが脱がせてよ。
「・・・・・・・・・。」
 そっとマリューの手が持ち上がり、ムウの胸元を彷徨う。シャツ一枚の彼の身体のラインが、良く分かる。ボタンを一つ、二つ、と外して目の前に広がった彼の肌に、マリューは身体が火照るのを感じた。
「あ・・・・・・・。」
「ん?」
 耳元の髪の毛を弄んでいたムウは、頭が下を向くのを見た。
「何?」
「あとは・・・・・ご自分でどうぞ。」
 うろうろと視線を彷徨わせ、やがてふい、と顔を逸らすマリューが可愛くて、ムウは顎に手を掛けた。
「もう良いの?」
「・・・・・・・・・・。」
 こくん、と頷くと、今度はムウがマリューの衣服に手を掛けた。
「あ・・・・・・。」
「いや?」
 身体を寄せて、男は女の髪の毛に顔を埋めた。だが、両の手は彼女のお腹の辺りにある、カーディガンのボタンに掛けられている。
「そ・・・じゃなくて・・・・・。」
 ぎゅ、とムウの背中にしがみ付く彼女に、意地悪く笑いながら、ムウは彼女のカーディガンを肘の辺りまで脱がせ、その下の薄手の服の裾に手を差し込んだ。
「ん・・・・・・・。」
 キャミソールの下に、柔らかくて暖かい肌を感じて、意識が指先に集中する。
「服、着たままする?」
 ちゅ、と髪の毛に口付けるムウの手が、胸元の下着に掛かり、マリューは困ったように彼の胸に額を押し付けた。
「脱がせて良いの?」
「・・・・・・・・・。」
「マーリューさん?」
 カップの上の方にあるレースを指でなぞり、差し込むと暖かくて柔らかい塊の上部に触れた。拘束具の中で指をかき回すと、びくん、とマリューの身体が震えた。
「ほら?どうするの?」
「ん・・・・・・。」

 マリューの事を思いやるような言葉なのに、何故かそうは響かない。
 選択する言葉が聞きたい、と笑顔のムウを、マリューは下からにらみあげた。相変わらず、狭い布と肌の間を指が蠢いている。

 青い目が、真っ直ぐに自分を見ていて。

「・・・・・・・・て。」
「うん?」
 精一杯色っぽくなるように、マリューはムウの耳元に唇を寄せると。
「脱がせて?」
 甘い声を意識して囁いた。


 一枚ずつ衣装を剥がされていく。合間に降るキスは、唇には触れず、代わりにマリューの身体に熱さを刻んでいく。
 要らない物を取っ払われて、下着姿にされたマリューを、ようやくムウは押し倒した。
「ふーん。」
「ん・・・・・・・・。」
 仄明るい室内で、マリューの肌が白く透き通っていた。身体を隠そうと身を捩るマリューの手を押さえ込み、逃れようとする足に、自らの足を絡めた。
「そ・・・・・んなに・・・・・見ないで下さい・・・・・。」
 堪らずにそう告げるも、男は生返事を返すだけだ。
「フラガさんっ!」
「綺麗だから・・・・・。」

 恥かしげも無く言わないで下さい!!

 かあ、と真っ赤になって顔を枕に埋める彼女の頬に、ムウはキスを落とした。
 そのまま、口付けは肌を下っていく。

「んっ」
 顎の下辺りを口付けられ、びくりとマリューの身体が震えた。
「これも取っちゃうよ?」
「い・・・・一々確認」
 その台詞は唇に降りてきたムウの口付けで遮られた。少し躊躇いを見せるが、開き掛けた彼女の口を、ゆっくり犯していく。時々、鼻にかかったような吐息が漏れ、ムウは目を細めると目を閉じ、必死に舌を絡めてくるマリューを見やった。
 微かに寄った眉まで可愛い。苦しそうな彼女に、心の中で笑うと、彼は背中に手を回してマリューのブラジャーを外した。
 溢れてこぼれた、大きくて形の良い柔らかいそれに指を這わせ、きゅ、と掴むとマリューが身体を引いた。
 口付けをやめ、胸元に顔を埋める。
「あっ」
 溢れた声に、思わずマリューが唇を噛み締める。奥歯を噛んで耐えるマリューに、ムウはやわやわと両胸を捏ねながら顔を上げた。
「声、出したくないの?」
 喉の辺りに口付けると、びくん、と彼女の身体が跳ねた。
「だ・・・・・て・・・やら・・・・・し」
 んっ、んっ、と断続的に競りあがってくる快楽を飲み込み、声を殺すマリューに、ムウは思わず吹き出した。
「あ・・・・・。」
「そういう声も、逆効果なんだけどな。」
「や」

 喘がせるのもいいけど、堪えてもらうのも悪くない。

 我ながら悪い男だなぁ、などと思いながらそれでもムウは手を止めず、可愛く膨らんでいる頂に唇を寄せた。

 胸を丁寧に愛されて、マリューの脳裏が痺れてくる。「駄目だ」という理性が徐々に麻痺していき、心地よい快楽に蝕まれる。
「白い肌。」
 ちゅ、と音を立てて白くて柔らかい塊から唇を放し、「あ。」と切なげな瞳で見上げてくるマリューの髪に、ムウは顔を埋めた。
「赤く染まってる。」
「ん・・・・・・。」
 く、と腕に足を引っ掛けて、片足だけ持ち上げると下腹部の下に指を滑らせる。器用に下着を下ろし、辿った先に温かい物が指に触れて、首筋に噛み付くようなキスを落としながら、ゆっくりと彼女の身体を開いて行った。
「あっ・・・・・・あっ」
 ちゅく、と濡れた音が耳に届いて思わずマリューは伸しかかるムウの肩を押した。
「ん・・・・・・・。」
「嫌?」
 ここまで翻弄されて、火がついているのだからいやなわけが無い。
 でも。
 ぞくりとするほど扇情的な視線で見詰められて、ムウは急かす様に膨らんでくる感情を慌てて抑えた。
「や・・・・じゃないです・・・・けど・・・・・あの・・・・・。」
 音・・・・・。
 そのまま、真っ赤になって俯いてしまうマリューに、ムウは笑った。
「そ。」
 表面を柔らかくもんだり撫でたりしていただけの手を止め、男は身体を放した。
「あ・・・・・・。」
 無意識に上がった声に、ムウは目を細める。
「別に止めないから。」
「っ・・・・・。」
「これならいい?」
「!?」
 ぐい、と両足を割られ、彼の舌が刺激を求めて震えていた部分に触れた。
「や・・・ぁあっ!?」
 ゆっくりと内側から濡れてくる。溢れるものに、音がよりいっそう強く響くが。
「ふあ・・・・あっ・・・ああっ」
 首を振るマリューには聞こえていない。太ももを押さえ込み、指と舌で執拗に追い詰めると、彼女の膝が震えて体が張り詰めた。
「や・・・・・あ・・・・・・。」
 ぎゅっと瞑った瞳に涙が滲んでいる。掴んだシーツが皺を刻み、ムウは身体を上げると、淡い光の中で小さく震え、息を吐いているマリューに、心底嬉しそうに笑った。

 真っ赤になって息を吐く彼女。背中がざわざわする。

「マリューさん。」
「あ・・・・・・。」
 熱っぽい声に、マリューの身体も震えた。あちこちにキスを繰り返していた彼の髪の毛を、くしゃっとすると、足に手を掛けたままのムウが真っ直ぐにマリューを見た。
「いい?」
「き・・・・・・訊かないで下さいっ!」
 見上げる彼女の目尻に舌を這わせ、「少し我慢して。」とムウは腰を落とした。

「んっ・・・・・・・。」

 触れた熱さに、マリューの腰から背に電気が走る。

「あ・・・・・・。」
 必死に落ち着こうとするマリューが、何度も息を整えるのを聞き、無理は・・・・と思うが先端に走った衝撃に理性が飛ぶ。
「ん・・・・・ごめ・・・・。」
「ふあ・・・・・あっ・・・・・ああぅっ・・・・・。」

 ここまで溶かされてもなお、マリューの身体に残る緊張が、ムウを拒む。押し戻そうとする狭さと、飲み込もうとする熱さが身体を痺れさせ、理性を剥ぎ取っていった。

 痛い、という単語を飲み込み、力を抜こう抜こうとするマリューに、ムウは口付けた。


「ん・・・・・無理しないで・・・・・。」
「へ・・・・・・き。」
 ちゅ、と離れた唇。濡れたそれを微かに開いて、熱に潤んだ目でマリューはムウを見上げた。
「ねがい・・・・ム・・・・・・。」
 徐々に動かしていくと、やがてすんなり動くようになる。途端、気遣わなくては、という気持ちが快楽に侵食され落ちて行った。
「あっあっあっ」

 水音と嬌声。身体の当たる音。微かに軋むベッドの上に、淡い月明かりが真っ直ぐに落ちてきた。

「マリューさん。」
「んっ・・・・・んあ・・・・・あっ」
「綺麗。」
「ひあっ!?」
 速度が増して、更に穿つ場所を変えられる。何度もそうやって楔を打ち込まれて、身を捩る彼女がぼんやりとした眼差しをムウに向けた。

 白い肌に、赤い花が咲いている。月明かりにそれは鮮明で、穿ちながら、触れた柔らかい塊の、きめの細かさにムウは目を細めた。穢したくなる。自分の手で、舌で、身体で。

「あああんっ!?」
 柔らかい塊の先端を擦られ、弄ばれて、マリューが首を振った。
「や・・・・・いやあっ」
「ん・・・・・マリュ」

 ぞく、と下腹部に甘い痺れが走り、びくん、とマリューの身体が震える。

「あっ・・・・あっあっ・・・・や・・・・フラガ・・・・さ」
 すがるものを求めて、シーツを握り締める手を、ムウは強引に剥がすとしっかりと握り締めた。
「ん・・・・・続けて、いい?」
「あっ・・・や・・・・・やめな・・・・・で」
 ひああんっ。

 身体を仰け反らせるマリューを押さえ込み、激しく突き動かす。何もかも、穢して壊してしまいたくて。声がかれるほど叫ばせたくて。

 刻み付ける。

 マリューの中にも、ムウの身体にも。

 深く深く、深く深く。

「あっあっあっあっ」
「忘れられなく・・・・・してやるから。」
「んっ・・・・・んぅ・・・んああっ」
「俺以外に・・・・・抱かれたくなくなるくらいっ」

 はああんっ―――――――っ。


 極度の緊張から弛緩し、くったりとなる彼女の上に、ムウは力が抜けて倒れるのを堪え、掻き抱くように彼女を抱き寄せると横になった。

「んっ・・・・・・・。」
 はふ、と息を漏らすマリューをきつくきつく抱きしめて、ムウは彼女の柔らかい頬と肩の間に顔を埋めた。
「フラガさん・・・・・・。」
「ゴメン、辛かった?」
 顔を埋めたまま、ムウの手が持ち上がり、そっとマリューの髪に触れる。
「いいえ・・・・・・。」
 くすっと笑うと、マリューはきゅーっとムウに抱きついた。

「気持ちよかったです。」

 放したくないんだけど。

 その台詞を飲み込み、ムウはしっかりとマリューを抱きしめたまま、目を閉じた。

 まどろみながら思う。

 触れた肌の暖かさと温もりから、どうやら自分は離れる事は出来なくなりそうだと。

(だったら・・・・・・・。)
「フラガ・・・・さん。」
 安心したように囁き、身体の位置をずらして抱きつくマリューが、うっとりと目を閉じる。
 その横顔に。

「なあ、マリューさん。」
「はい?」

 ムウは綺麗に笑った。

「もっかいしていい?」